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OUT
つくづく、イライラする。じめっとした空気のせいで形の悪い前髪、少し動いただけで汗ばんで蒸れるインナーの下。へらへらと冗談を飛ばす松田さんの下まつげが近くで見ると思ったより長かったこととか、いちいち憤慨したような声をあげる相沢さんの低めの声とか。

最後の切り札は本当に最後の切り札だったらしく、Lという人はあっという間にビルまで建設した。一体いくら投資したのか、新しい匂いに包まれるこのビルに移動して早一週間。その間も原因不明の心臓麻痺は途切れることなく続いている。 捜査員に名乗り出たことに後悔はない。必ずキラを捕まえる。

だから私が今イライラしているのは、夜のニュースで梅雨入りを告げたお天気担当の女子大生がアイドル顔でテレビの中に佇んでいることへの拒絶でもなく、雨だからと普段よりやや厚め生地のインナーを選んだら思った以上に湿度が高く結果暑くて大失敗だったことでもなく、どこに潜んでいるのか分からない名も知れない通称・キラのせい、そのせいなはずなのだ。

機嫌の悪さは運の悪さに比例する。デスクに隠れて不躾に投げ出した足が、置いておいた紙袋の角に当たりストッキングのつっかかる感触が足に響いた。

(…最悪)

時刻は22時。捜査員は一時帰宅が許される時間。

さっさと帰りたいのに、まだ帰りたくない。

その理由がはっきりしなくて、このところずっと調子が良くない。

たまには自分で食事を作って、ゆっくりお風呂に浸かった後ワインでも飲んで、気持ち良く朝まで眠りたい。

だけど私は間違いなくこの部屋に引き止められている。キラでしょう?キラのせい、キラのせい。 私が捜査本部から帰れないでいるのも、日本警察のみんながLに突っかかると何故だか不快になるのも、キラを捕まえたい気持ちがあるから。そうなはず。そうでなくては困る。

「皆さん一度帰られましたが…あなたは随分と熱心ですね」
「はぁっ!?」

背後から突然、Lに声をかけられて思わず素っ頓狂な声を出してしまった。最悪。下品な女だと思われただろうか。

いや、下品も何も女らしさの欠片もなく、ここで男性連中に混ざって捜査してるのよ。今さら可愛こぶったって可笑しいか。
それに、紅一点になってチヤホヤされる為にここに来ている訳ではない。

だけど、Lが目の前にいるとそんな決意が吹き飛んでしまう。

近距離になると思ったよりすらっと高い背、低いのに聞き取りやすい声。こちらのペースを乱す、この男のすべて。

不純な理由で捜査本部にいるとは、絶対に思われたくない。その為には私、帰ってのんびりなんてしていられない。できればずっと側にいたいし。あぁ、考えていることが矛盾している。矛盾しているけれど行動はぎりぎり一貫できてる、極めて怪しいセーフ。濃厚なグレー。

どうしてLと会話できた今日に限ってこの前髪なの。汗くさくないか、今さら気になってきた。

考え込みすぎて、頭がオーバーヒートしそう。

「あなたに倒れられては困ります、少し休んでください」

そんな風に気遣うのは、勿論捜査員だからですよね?それ以上でも、それ以下でもないんだよね?

聞きたい。でも聞けない。女を出したりなんてしたくない。

精一杯女々しく悩んでいるくせにと、神でも死神でも笑えばいい。

二人だけになった捜査本部。自分のバッグなのに奪うように手に取る。今日のところは退散。これ以上ここにいたら私は女になってしまう。


「竜崎、私、あなたが好きです。早く告白したいので、さっさとキラを捕まえましょう。では!」


若干、アウト?ううん、ぎりぎりセーフ。限りなくグレーに近い黒。訳の分からない宣戦布告を正当化するためのパズルを組み立てながら、逃げるようにドアの方へ向かう。

ドアノブに手をかけて大混乱した頭で思わず振り向く。だって、だってそりゃあ、どんな反応をしているのか確認くらいはしておいた方がいいはず。

振り向いてすぐLと目が合った。人差し指の爪をかじってこちらを面白がって見ているような目。あぁ、気に入らない。それなのにどうしても気になる。抗えない。

「矛盾してますか!」

可愛げのない女だ、破れかぶれになりながら、ここまで来たら突っ走るしかない。Lから返ってくる全ての反応が怖いから、何か言われる前にここを飛び出さなくちゃ。慌ててドアノブを引っ張りながら放った言葉はもはや捨て台詞。

ドアが閉まる直前、Lは私の言葉に極めて軽快に答えた。

「矛盾してないと思います」

それからもう一言。

「事件を解決するのが楽しみにな…」


そこから先の言葉は自ら閉めたドアによってあの部屋の中に閉じ込めてきてしまった。

(ああ!もう!)


ドアを閉めたことに、Lの言葉が聞こえなかったことに。

歯がゆくなりながら、私は一目散に自室へ逃げ帰った。


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