秘密のバースデイ
10月31日。今日は…「きゃぁっ!!」
「あはは、驚いた?大成功〜!」
考え事をしながら捜査本部室のドアを開けると、ドラキュラの格好をした松田さんが襲いかかるようなポーズをして迫ってきて、思わず叫び声を上げてしまった。
10月31日。今日は…ハロウィン。
分かってるけど、よくまぁこの状況で仮装して盛り上がろうなんて気になれるなぁ。
無反応のボスと上司先輩に囲まれているというのに、明るいというか、空気が読めないというか。
…なんて内心は全部飲み込んで、
「もう〜!驚かさないでくださいよ〜。」
と困った苦笑いで流す。
そのままキッチンに足を進め、冷蔵庫を覗き込む。
ハロウィン。
仮装してはしゃぐつもりはないけれど、季節に即した甘いものをLに出して差し上げようと考えていた。
ついでに捜査本部の皆様にも。
かぼちゃは昨日のうちに仕込んできたから、あとは生クリームと…、卵…うん、OK。
「では昼食に出てきまーす!」
食事の時だけ威勢のいい松田さんが言うと、少しうんざりした様子を見せつつ相沢さん模木さんがついて出て行く。
ワンテンポ遅れて捜査を一時中断し、夜神局長も後を追った。
さてと、静かになったことだし作り始めようかな。
エプロンをつけ、支度に入る…
その前に、ボスのご機嫌を確認せねば。
ちら、と目をやると、無意識なのかティーカップの取っ手に指を入れ、右へ左へ丁寧に揺らして手持ち無沙汰にしている。
あんなことしてもこぼれないなら、中身は空っぽだ。
先に紅茶から淹れよう。
大急ぎで紅茶を用意し、Lの元へと向かう。
「気付かずすみません、紅茶召し上がりますか?」
「はい…?」
振り向いたLの口元を見ると、一筋
の血がたらりと。
「ゃっ!!どうしたんですか!?今拭くもの持ってきま…
…あ。」
嬉々とした表情でLが口元の血…に見えたシールを取り外す。
「流血シール、貼るだけで流血してるように見えるそうです。松田さんにもらいました。」
「紛らわしいことしないでくださいよ…こぼすかと思った…。はい、どうぞっ。」
余計なことを仕掛けてくるLにも内心思うところがあり、少し雑に紅茶を差し出す。
「ナイスリアクションでした。」
「…ほっといてください。ハロウィンハロウィンて、何かのお祝いでもないのに、みんなしてはしゃいで。」
ぼやいてみる。いや、はしゃいでいるのは松田さんだけ。Lも少し、かな?
「お祝いはお誕生日や記念日くらいで充分。…あ、そういえばLはお誕生日っていつなんですか?」
質問してから気がつく。そんなプライベートなことを聞くのは良くない。
「ぁ、すみま「今日です。」
慌てて訂正しようとした私の言葉を打ち消すようにLが衝撃発言をする。
「えっ!今日ですか!?」
「はい。」
Lは静かに頷きマイペースに砂糖だらけの紅茶を啜る。いや、紅茶入り砂糖って言った方がいいかも。
それにしても…あやしい。
質問したその場で今日が誕生日だなんて。またこうやって私をからかう気だこの人。
そもそもシークレットだらけのLが、本当の誕生日を簡単に教えてくれるとは思えない。
「…本当ですか?」
「はい多分。」
多分…?ますます怪しい。
「私に教えちゃっていいんですか?」
「ナナさんだけなら問題ありません。あなたはこちらの人間ですから。」
さらっと、どきりとすることを言う。
悔しいけれど、ちょっと嬉しい。
だけど騙されてはいけない。
こんな風に息を吐くように嘘をつけるなんて、Lにはその気になれば、女たらしの才能があるのかもしれない。
「他の人間に言われては困りますが。」
ほら、今度は2人の秘密感を匂わせる作戦!これはL女たらし説にまた一歩近付いた。
…でも。
もし本当に今日が誕生日だったらどうしよう。
せっかくの誕生日に信じてもらえず祝ってももらえないなんて切なすぎる。
うむむ…
…よし。
「分かりました!じゃあ、今日はLのお誕生日ってことで。お祝いしますよ。」
「結構です。」
ズコーーッ
人がせっかくお祝いするって言ってるのに。やっぱり嘘の誕生日申告だったか。
「主役になるのは苦手なので。」
「そうですか。じゃあお祝いの話はな「いえ、周囲にバレないように祝おうって考えますよね普通。」
「はい!?普通って…随分わがままな…。」
「誕生日ですから。」
「仮の、ですよね?」
「まぁ…お任せします。」
興味があるのかないのか、嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない…。
でもそう言われるとちょっと面白い気もしてしまう。早速女たらしLの罠にかかっているんだ。いけないいけない、冷静に。
胸に手を当て誓うと、私は渋々準備に取り掛かることにした。
*
夜になり、皆が仕事に区切りをつける頃、夜神局長が「可愛らしい商品を見つけたから。」とその場にいる人に小さな棒付きチョコレートを配った。オレンジと紫で包装された、ハロウィン仕様。
「わぁ〜!可愛いっ。私もいいんですか?ありがとうございますっ。
そうそう、私からも良かったら。」
どうぞ、とかぼちゃで作ったプリンとモンブランを配る。
ボスを待たずに食べ始める失礼な松田さんが、
「さすがナナちゃん!うまい!」
と言うのを背中で流して、Lの元へ。
「竜崎もどうぞ。」
にこっと差し出すかぼちゃスイーツ…には、特別に小さな旗を。
さりげなくあしらったアルファベットチョコの文字は「HPBD」、ハッピーバースデーの略。
声は出さずに(おめでとうございます)と告げてにこっと挑戦的に微笑んでみせる。どうだ!ちゃんと秘密のお誕生祝いやりましたよ!
松田さんが、「竜崎のは特別豪華ですね〜!」と覗き込みに来て、慌ててL用スイーツを覆うように屈む。
自ら変な姿勢になったくせに、これはまずいと思う。
Lと今までにないくらい顔が近くなってしまった。
吐息もかかりそうな距離。
「そうですかっ?そ、そりゃあ捜査を指揮しているトップですから!さあさあ、松田さん、こっちで一緒に食べましょうーっ」
私は皆のいるところへ松田さんを誘って誤魔化し、その場を離れた。
*
夜、皆が帰った後、部屋を片付ける。
ちょっと季節感のあるスイーツを出そうと思っていただけなのに、予想外の展開でちょっと疲れてしまった。
キッチンも片付け終わり、壁に寄りかかってお茶でも飲もうとしたところ、Lの足音が近づくのが聞こえた。
「あれ、何か召し上がります?」
「いえ。」
「どうかしましたか?」
「いいえ、お礼を言いに来ただけです。」
珍しい!あのLがちょっと飾っただけのケーキのお礼を言いに、わざわざ自分からこちらに足を運ぶなんて。
よほど嬉しかったのかな。
「プレゼント、どうもありがとうございました。」
素直なLはちょっと気色悪い。いつもと違いすぎて。
これは現在有力視されているL女たらし説の、ギャップ作戦か?
「プレゼントって、スイーツにちょっと細工しただけで全然…」
「いえ、こんな誕生日は初めてです。一生忘れません。」
日中の慌ただしさを忘れる静かな夜、狭くて、少しだけ暗いキッチンに2人きり。
まっすぐに見つめられ、こんな情熱的にお礼を言われると…さすがに、ちょっと、意識してしまう。
私は内心誕生日なのか疑ってたから、本当に大したお祝いはしていないのに。
「またまた。本当に今日が誕生日だったんですか〜?」
茶化して誤魔化すように尋ねると、じりじりと近寄ったLがぐっと私の耳元に顔を寄せ「本当ですよ。2人だけの秘密です。」と告げる。
キッチンの隅に追いやられ、逃げ場もない。
目の前には大きな胸板。それを隠す白いTシャツと、少し覗く鎖骨。ちょ、ちょっと、この雰囲気…。とてもじゃないけど顔は動かせない。
ドキドキしたまま直立していると、Lは私の耳元から離れないまま、もう一言呟く。
「今日の服装、楽しませてもらいましたが…私以外の者の前では注意してください。」
…
…
…え?
…!!!
バッと、胸元を抑える。
巻き戻すように記憶を振り返り、あるシーンにたどり着いて一時停止。
L用スイーツを庇って覆った時、み…見えてた…!?
「見たんですか!?」
突然騒ぎ出す私に、Lはやれやれといった様子で離れ自席に戻ろうとする。
キッチンから出る後ろ姿に再度、
「見えました!?」
と尋ねる。
散々ドキドキさせて…この女たらし!
「一生忘れません。
…ナナさん結構男をのせるのが上手いんですね。男たらし、というのでしょうか。」
と聞こえ、顔から火が出そうな程恥ずかしい。それに、誤解だわ!
「ち、違います!誰にでもそういうことしている訳では…」
「私にだけですか?光栄です。」
あぁ、負けた。完全にLのペースだ。
諦めた私が静かに口を閉じ、悔しさに打ちひしがれていると、向こうに行ったと思ったLが、再びキッチンにひょこっと現れ言う。
「いつもと違って楽しかったのは本当です、また来年もお願いします。」
悔しいのに、そう言われるとやっぱり嬉しい。
来年は服装には気をつけよう、と心に誓いながら、
(来年…?)
(本当に今日、誕生日だったのかな?)
と小さくて大きい疑問が頭をかすめた。
happybirthday!!!L**
2015.10.31