クリスマスツリーを片付けたら、途端に年の瀬になった。年末の一週間はいつも突然やってきて、実感する間もないまま通り過ぎていく。
「昨日まで街は洋風一色だったのになぁ」
心躍る緑や赤の原色が景色から消えると、緑や赤は松のそれや竹のそれ、鯛のそれに入れ替わって、急激に和風化する。
「切り替えが早くて素晴らしい」
「ニアの素晴らしいほど信用できない褒め言葉ってないわ」
「俺は好きだよ、この節操のなさ!」
ニアもマットも、各々この時期の変化を茶化してみせる。けれど、私はそれをちっとも不快に思わない。同意するし、私も好きだから。
暖房のきいた部屋の中で慌ただしい年末に似つかわしくない、優雅なティータイム。
テレビにはどこかの神社で行われる催し物のニュース。窓の外には灰色の空。
全然気分の上がらない、地味な夕方。
「部屋でやれよ」
私が用意し忘れたティースプーンをキッチンまで取りに行ってきたメロが、足元でごろごろしたまま工作しているニアを避け、迷惑そうな声を出す。
ニアはそれを無視して、何やら熱心に紙へはさみを入れている。白い靴下を履いた片足が上がったので、心の内で悪態をついたのだろうとその場にいる全員が同じことを思う。
「それより、作戦を練らないと」
Lへ聞こえないよう私は声をひそめる。
昨年末、私たちは……ニア・メロ・マットも含めて全員、Lからのお年玉をもらい損ねた。なんてったって、「作成者・L」の難題すごろくは尋常じゃなく難しかった。
私が早々にギブアップしたのはまあ、予想通りな訳だけど、ニアもメロもマットも苦戦した。単に問題が難しかっただけでなく、屁理屈的なひっかけが二重三重に用意されていたらしい。彼ら三人がしばらくLとは口も聞きたくない様子になっていたのは、新鮮で面白かった。
それは、さておき。
今年はどうにか作戦を立ててLからお年玉をいただきたい。アタッシュケースに入った、小切手に言い値のお年玉。
「ナナ欲が深いよー俺今年はパス」
「マット! 諦めないでよー! メロ、メロはやる気あるよね!?」
「何のやる気ですか?」
「ひゃっL!!」
急にぬっと顔を現したLにびっくりして、紅茶をむせそうになる。長い腕がひょろりと伸ばされて、シュガーポットの蓋を開ける。角砂糖を一粒口へ運んで、とぼけてみせる最年長。
ぬぬぬ、作戦も練られないままLから仕掛けられたら、さすがの私でも勝ち目はない。最初から勝ち目がないなんて野暮なことは言わないとして、の話だけど。
その時だった。パズルが完成した時と同じような声色のニアが上半身を起こしたのは。
「出来ました」
「何、それ」
「今年の特製すごろくです」
「おおー!!」
私は興奮してニアの隣を陣取る。
覗き込めば、本当だ! できてるできてる、新しいすごろく。
……だけどちょっと待って。この問題……。
「公平に、記憶力を使う問題にしました」
「えーーっ!」
「これならナナも楽しく参加できます」と心なしかにこやかな顔を作ったニアの声に、私は眉根を寄せる。確かに複雑な計算式や難解な外国語は見当たらないけど、それ、本当に公平か?ニアって確か、能力的に記憶方面に秀でているって聞いたことがあったような……。
「で、この場合賞金は誰持ちで?」
「Lです」
ニアが飄々と言ってのける。ヒュー!とマットが茶化して、メロが頬杖をつく。私は「賞金じゃなくてお年玉だってば」と訂正したいのを我慢する。
「いいでしょう、受けて立ちます」
ニア作成ニアお得意記憶力すごろくで、賞金はL持ち。そのハンデが気に入ったらしい。知的に振り切った人の考え方は、私のような凡人には理解しがたい。
「まあそれはそれとして……ちょっと傾向と対策を練るから、最初のコマの問題見せてよ」
「はいどうぞ。答えられなかったらそのコマで脱落です」
初っ端から脱落なんかするか!とニアを睨みながら、最初のコマに目をやる。
「昨年末、メロが飲んでいた飲み物は?」
私が問題文を読み上げると、一同がからっと笑った。
「サービス問題!」
「一マス目だしな」
「ナナさん用ですね」
マットもメロもLも気軽な調子で話すから、私はいよいよ先行きに不安を感じてくる。
「ええ……?……多分、多分だけど」
「いいですよ、このマスは練習問題にしても」
自信なさげな私の様子に空気が張り詰めたので、気まずくなってニアのお言葉に甘えることにする。
「よし! じゃあ、みんなでいっせーので言ってみよう……!」
私の掛け声に、全員が息を吸う。
いっせーの……
「「「「ココア」」」」
「チョコレートドリンク……え、ええええ」
みんなからの視線を受けて、口から自分のものとは思えない不甲斐ない声が漏れ出た。
だってメロ、いつもチョコレートドリンク愛飲してるのに!
「良かったですね、今のが練習問題で」
ニアのフォローが全然フォローになってなくて笑えない。ああ、遠ざかる私のお年玉。
「ちなみに二マス目は……?」
「おっと、ナナさん抜け駆けはいただけません」
ニアにお願いすると、Lがストップをかけてくる。
「ナナちゃんには正々堂々勝負を期待したいよな!」
マットも一緒になってLに加勢する。私は除け者にされる悲惨な年越しを予感して唇を閉じる。
「や、そんな目で見るなよ……」
助け舟を求めてメロを見れば、今度は逸されてしまった。
「ニア様……! 傾向と対策のアドバイスを……!」
こうなったらどうにか頼みの綱である作成者を口説き落とそうと試みる。
ニアはとっても優しい口調で伝えてくれる。
「最近忘れっぽくて……どんな問題にしたか、忘れてしまいました」
これはどうにもひどい展開だ。私のお年玉は来年に持ち越されたと確信する。
悔しいけれど仕方がない。
また訪れる来年を楽しみに。
観戦係をする今夜も、また一興。