日差しがじりじりと強くなってきた、季節は初夏。
少し湿った風が裾を揺らす日は、汗が肌の表面にじんわり滲んで、にわかなうっとうしさが浮かんでは消え浮かんでは消え、忙しい。
でも今私の体が感じているのは、暑さではなく熱さの方で、その原因はまぎれもない、私の右半身の隣にある。
「暑いな…!」
さっき突然現れたのは、ハウスでも成績の1位、2位を争う天才のメロ。
講義を受けた時、一番前の席で一際目立っていたブロンドの後ろ姿と、友人と時折サッカーに興じる横顔しか見たことがなかった。
まさかこんな近くで、二人きりになるなんて夢にも思ったことがなかった。メロ。美しい憧れの人。
「一人で水やるには範囲が広すぎだろ。いつもこうなのか?」
「あっいえ、違うんです。いつも花壇の水撒き担当は3人なんですけど、2人は今日特別授業を受けていて…」
話をよく聞く人なんだ。
講義の時と同じ熱心さで聞き入る様子にそんなことを思いながら、私は天才の傾聴に耐えうる話をせねばとしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「…なら、」
どう終わらせればいいか萎んだ語尾の続きを引き取るように、メロが艶やかな唇を開いた。素敵。差したような、透明感のある赤色。
「他の奴に頼んだ方がいい。先回りして気を遣っても、誰も状況に気がつかないならお互いに不幸だ」
じょうろの先から広がる水に、太陽の光が反射して、きらきらと輝いている。まるでその手の煌めきがじょうろを伝っているみたいだ、と息を飲む。
「…はい」
無意識的に返事をこぼすと、よし、と背筋を伸ばし改めてメロはこちらを振り向いた。
背が、高いなぁ。
目は、思っていたより、優しい感じだな。
初夏なのに蜃気楼を見ているみたい。
ぼんやり見つめていると、ふと、視界が暗くなった。
斜め上に視線を移して、ばくばくと心拍が激しく鳴り出すのを自覚する。
メロが、手をかざして日差しを遮ってくれている…?
「帽子くらい被って来い、な?少し頬が赤くなってきてる」
「…!!はい!」
慌てて両手で頬を隠す私の焦りに、全く気がつかないのか、メロはぼそぼそと「焼けると厄介だろう」「ニアが前に水ぶくれになっていた」と続けた。
歩いたら心臓が飛び出しそうなドキドキを隠して、こくこくと頷く。
「少し遠回りだけど日陰通って戻った方が良さそうだな」
汗を拭ったメロが、じょうろを取り上げ視線で同意を求めている。
「…はい!」
私は倒れずに、玄関までたどり着けるのだろうか。