「ため息ですか」
疲れと憤りと僅かな怒りと焦燥感、混ざりに混ざって呼吸をこぼすと目の前の男児に触れられた。
「そうよ」
「何故ため息をついたのですか?」
「えぇっとね…」
あなたにうんざりしているからです。
とは言えまい。
この子はどうにも話が通じない。今まで沢山の子供達を見てきたけれど、どうにも。
それをワイミーから日常生活における部分だけでも他者と共存できるよう訓練するように言われてこのざまだ。
「気にしないで、さぁ、続けましょう。まず人にあったらご挨拶をするものよ」
「いえ気になります。ため息とは不平不満の象徴です。感嘆を表現する場合にも使用されますが、主に反対の否定的なニュアンスを大きく含んでいます。何かあったのですか」
そこまで分かるのなら何故あと一歩、「私が疲れている原因」に気がつけない?
そう思うとまたため息が出る。
一体、どうしたら。
「L、疲れているの。お願いだから少し…」
柔らかに暴言を吐きかけ、突然温かな手に指先を包まれた私は自分の過ちに気がつく。
「疲れた時はこうするといいです。初めて会った日にあなたが教えてくれました」
じんわりと温もりを増す手に肩の力がすとんと抜けた。この子だって、間違いなく。
「ああそうだった。覚えていてくれたのね、ありがとう」
そう言って私はLという先日まで名の無かった子どもを抱きしめた。抱き寄せても彼から何の匂いもしなかったけれど、それは万能な無の匂いでもある気がした。