淪落の恋 14


最初はファーストクラスの席を取る予定だった。しかしアルフレッドが知り合いには会いたくないとのことだったので急遽ビジネスクラスを取ったのだが、如何せん手狭だ。

きちんと5時に起きたアルフレッドは目を輝かせてアーサーの隣に座った。

「やけに楽しそうだな」
「うん」

ブランケットの下で繋いだ手は何度も握り返される。家を出てから車を運転するときも歩くときもずっとこの調子だ。アルフレッドはアーサーの手を離そうとしない。
アルフレッドがアーサーの頬にキスを落として肩にもたれ掛かった。

「いま、幸せなんだ」

心底幸せそうなその声に、アーサーはその手を強く握り返して「俺も」と返すしかできなかった。







大量のお菓子を買い漁ろうとするアルフレッドを不経済と窘め、義父へのお土産に小一時間悩むアーサーをアルフレッドが強引に違うところへ連れていく。
ジェラート片手にアルフレッドがはしゃいで、アーサーは引っ張られるように手を引かれて歩き回るしかできなかった。

アルフレッドのジェラートが溶ける。舌を伸ばしてそれを舐めとるとアルフレッドが顔を真っ赤にした。
それを見たアーサーは唇をにやりと歪める。

「どうした坊っちゃん」
「…きみ、なんなの」
「は、何が?俺は年下の恋人と楽しくデートしてるただのゲイだぜ?」

いやらしく笑うとアルフレッドが口をわななかせて、そのまま唇に噛みついてきた。キスなんて優しいもんじゃない。

「いっだ!」
「俺のアイスと純情返せ」
「返すかばーか」

アルフレッドの手の中からジェラートを引ったくってかぶり付く。アルフレッドが声にならない悲鳴をあげた。

「こっの…!」

アルフレッドが勢いよく頭をこちらに近づけてきたので慌ててアルフレッドの口にジェラートを突っ込む。開いてなかった口の中には勿論入らず、アルフレッドの口の周りはジェラートでぐちゃぐちゃになった。
暫く無言になってアーサーが吹き出す。

「なんだよお前きったねえ!」
「君の所為だろ!ほら!」
「わっやめ、うわあっ!」

怒ったアルフレッドが突き出したジェラートで口の周りがアルフレッドのようにぐちゃぐちゃになる。今度はアルフレッドが吹き出す番だった。

「何しやがる!」
「ふん、先にやったのはアーサーの方なんだからな!」
「このやろ…」
「はいはぁい、ふたりともそろそろ往来でイチャつくのはやめよー?」

後ろからかかった間の抜けた声にアーサーはアルフレッドの腕を掴んだまま制止する。そこでやっと自分達が周りから非常に注目されていることに気づいた。

当たり前だ、イタリア国内で大声で英語を話し、キス(実際は噛みつかれただけだが)をしたと思ったら子どもの様にジェラートを互いにぶつけあうのだから。

急速に赤くなったアーサーと旅の恥はかき捨てとばかりにどこ吹く風のアルフレッドを認めて、ジェラート片手にやってきたフェリシアーノは気の抜けた笑みを浮かべた。

「イタリアでもゲイカップルは少ないから恥ずかしいんじゃない?」
「…見てるなら声かけろ、ヴァルガス」
「お店まで聞こえてたもん。あ、これ言ってたパンフレット。ちゃんと地元民の声書いといたからね」
「ありがとうなんだぞ!突然悪いね!」
「どういたしましてーバンビちゃん。じゃあ別荘は気がねなく使って。ミラノ楽しんでね!」

はいと手渡されたティッシュで顔を拭いながら小走りで去っていくフェリシアーノに手を振る。アーサーとアルフレッドは顔を見合わせて、破顔した。








「はー疲れた!」
「そうだな」
「何だっけあれ、ガッレリア?凄かったぞ!」
「ヴィットリオ・エマヌエーレ二世のガッレリアだな。確かに綺麗だった」
「ディナーも最高に美味しかったし、この別荘は夜景がきれいだ」

ベッドにぼふりとダイブしていたアルフレッドは窓から外を見ていたアーサーに後ろから近付いてきて、その肩に顎を乗せる。

「こら、やめろ。くすぐったい」

形ばかりの注意だ。アーサーの腹の前に両手を組んだアルフレッドが身体を寄せる。温かい。身体から力を抜いた。

「今何時だっけ」
「さあな。取りあえず、夜は明けてない」
「…一生明けなかったら良いのに」

アルフレッドが首筋に吸い付いてきて小さく身体を震わせた。腹の前の手がいやらしく動きアーサーの服の中に入ってくる。は、と熱の篭った息を吐いた。

「眠りたくないんだ」
「アルフ、ん」
「眠るのがもったいなくて」
「…ん、ぁ」

ちゅ、ちゅとキスマークを付けながらアルフレッドが低く声を出す。それが心に染み込んでいく。窓の近くでカーテンも閉めずにこんなことをするのは愚の骨頂だ。それなのに求められるのが嬉しい。
アーサーは身体を反転させてアルフレッドを正面から抱きしめた。

「おれも」

口付けはどんどん深くなってゆく。誰も気にせずするキスは初めてで、喜びが身体を駆け抜ける。
ベッドにゆっくり沈まされて、アルフレッドを見上げた。

「…エロい顔」

腫れた顔は痛々しい。アルフレッドがまたキスを落としてアーサーの服をたくし上げる。そのまま下って、ついにアーサーの中心に顔を埋めた。思わず身体を起こす。

「ある、やめ」
「大丈夫、気持ちよくしてあげるから」

ズボンのチャックを下げたアルフレッドは既に勃ち上がり始めているアーサーの性器に触れ、頬張る。人にしてもらうのはまだ経験が少なく、アーサーは声を抑えることができなかった。

「っ、はぁ!ア」
「ん」
「ぁああ、や、ひ…!」

じゅるじゅると音を立てて吸われ、アーサーは背を丸めて耐える。足の指に力が入ってぎゅっと縮めた。
アルフレッドがアーサーの中心で顔を上下させている。その額にも頬にも怪我がある。

体が熱い。は、は、と荒い息を吐きながらアーサーは震える指でアルフレッドの服をたくしあげた。その背には痛々しいまでの痣が散らばっている。

身体を丸めてその痣に口付ける。アルフレッドの身体がピクリと揺れた。
もうこんな怪我をしないように、魔法をかけるのだ。アルフレッドはこれから否応なしにアーサーの目の届かない場所に行ってしまう。

―――さみしい。悲しい。
出来ることならこのままふたりで優しい夜に沈んでしまいたかった。









それでも、残酷なまでに世界は平等だ。

カーテンから差し込む光に目を細めたアーサーは、愛しい時間が終わりを告げたのを感じた。

「帰ろうアルフレッド」

まだベッドの中の隣で、アーサーの裸の腰に腕を巻き付けて眠るアルフレッドの髪をすきながら告げる。
その頭がふるふると横に揺れた。いやいやとぐずるアルフレッドの髪をそれでもすきながら、アーサーは落ち着いた声音で言う。

「帰ろう」
「いやだ」
「帰ろうアルフレッド」
「嫌だ、このままきみを」
「だめだ、愛してる」

アルフレッドが顔を上げる。今にも泣き出しそうな顔のアルフレッドの、怪我で腫れた頬を優しく撫でた。

「本当に愛してる」

優しい最後の告白にアルフレッドの顔がくしゃりと歪んだ。









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