淪落の恋 13


「停学…!?」

9時も過ぎて帰宅するとジョーンズ家はにわかに騒がしかった。そして不思議に思っていると義父に呼び出され、告げられた信じられない言葉。

冷や汗が吹き出る。ケンカ。病院。アルフレッドが。スーツのズボンをぎゅっと掴む。どうしようもなく歯が震えて、カチカチと音を立てた。

「同級生とケンカしたそうだ。昨日もケンカしてきたようだし…今は病院にいるらしい」

アルフレッドによく似た義父がこちらを覗き込む。まるでアルフレッドにされてるみたいだと思った。
それでも、違う。

「今から、病院に行くんですか?」
「?ああ」
「俺に行かせてください」

義父が目を丸くする。でも引き下がる気はない。アーサーは小さく唇を噛んだ。
多分、このままじゃアルフレッドはどうしようもなくなる。身動きが取れない。そんなのは本意ではない。アルフレッドは、幸せにしたい。この手で直接は出来なくとも。

「俺に、行かせてください」

アーサーはひとつの決意をした。









アルフレッドは病院の待合室で教師と共にいた。アーサーを認めたアルフレッドは目を丸くしたが、アーサーはそちらを見ずこちらに気付いた教師にぺこりとお辞儀をする。
アルフレッドは何か言いたげだったが続きは手で制した。

「この度はご迷惑をかけてしまい、本当にすみませんでした」

深々と頭を下げると年配の教師も同じように下げる。

「こちらこそ目が行き届かず申し訳ありません。…それで、アルフレッド君にはその、」
「ええ、最近の行動は目に余りますし、停学中に家でしっかり教育し直すつもりです。相手の方のご家族は」
「子供のケンカだということで別に気にしないということです。幸い相手の子は一発殴られただけですし、今日病院まで来たのはアルフレッド君の怪我が開いたからなので」
「分かりました。それでは連絡先だけ教えていただけますでしょうか?」
「はい。…あの、それであなたは」
「アルフレッドの義兄です」
「あ、そうなんですか。それでは」

教師は胸ポケットから取り出した紙を見ながらメモ帳に何か書き出し、アーサーに渡した。連絡先が書かれていた。

「この度はどうもすみませんでした」
「いえ、それでは」

人の良さそうな顔をした教師が待合室から去っていく。それから黙っていたアルフレッドが薄く口を開いた。

「何で来たの、義兄さん」

低い声は潰れている。一体どんなケンカをしたんだろう。照明もあまりない暗い緑に染まる病院の待合室にはアルフレッドとアーサーしかいない。この世界に二人しかいないような。

アーサーはアルフレッドの頬に手を伸ばした。実に2週間ぶりの接触だ。アルフレッドの身体が大袈裟に揺れる。両頬は湿布とガーゼで素肌を触れない。
こんなになるまで、アーサーを。

「…一生恨んでいい。だから、お願いだ」

自分の切羽詰まった声がどこか遠くで聞こえる。アルフレッドに触れている。そんな些細なことが、血液が沸騰しそうなほど嬉しくて、自分がどれほどまで飢えていたのか知る。

「一日だけ恋人になりたい」

一生分の『恋人』としての思い出が作れたら、それだけで生きていける。

「お前を愛してる、アルフレッド。…ミラノに行こう」

そのまま頭を引き寄せて肩に押し付け抱き締めた。キスはしない。今の自分達は恋人じゃないのだ、キスなんてしない。精々ハグくらいだろう。
アルフレッドの手が恐々アーサーの背に回った。

「―――正気かい」
「大真面目だ」
「君が俺の、恋人?」
「…ああ」
「ハハ、何だいそれ…。…ずっと見てた夢と、同じじゃないか」

アルフレッドがアーサーを力一杯抱き締める。頭が埋められた肩が濡れた気がしたけど、アーサーは何も言わなかった。











「父さんの顔見た?」
「見た。すげー驚いてた」
「まあそりゃそうだろうね、だってあのアーサ…」
「義兄さん」
「…義兄さんが『アルフレッドとミラノに行く』なんて言うとは思わなかっただろうし」
「まあ了承してくれたしいいだろ。明日は5時にここを出るぞ。準備してから寝ろよ。眠かったら飛行機の中で寝ればいいから」

顔を腫らしたアルフレッドが嬉しそうに笑った。アーサーは目を細める。本当に久しぶりに見た、アルフレッドの心からの笑みだった。
アルフレッドの部屋の前に来る。自然と二人とも無言になった。

明日、自分とアルフレッドは恋人だ。たった一日だけでも、確かに二人は二人だけのものになれる。

アルフレッドが表情を消してアーサーに顔を近づける。キスだ。分かって、咄嗟に手をつっぱねた。
アルフレッドが目を丸くする。アーサーは目を逸らさなかった。

「…そういうことは全部、明日に、取っておこう」

こちらをじっと見たアルフレッドは、ふうと小さくため息をついてアーサーの額の髪をかきあげた。
額にやさしくキスが落ちる。

「…じゃあ、おやすみ『義兄さん』」

優しく笑ったアルフレッドが後ろを向いて部屋の中に入っていった。
明日のことが楽しみで、同等に苦しい。

「アルフレッド」

呟いたのは名前だけなのに、愛しくて仕方なかった。









100509
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