淪落の恋 12


それからはひどいもので、アルフレッドが家に寄り付かなくなってから影も見なくなった。義父曰く頭を痛めているらしいが、金持ちの子が突っぱねていると思われているらしい。

それでも時折見ることがある。その時決まって胸が痛んだ。いつも違う女物の香水で、泣きそうになる。

アルフレッドの笑顔は見ない。いつも眉を寄せてアーサーを見ないようにする。当たり前だ。側にいないようにしているのはアーサーも同じだったからだ。





けれど流石にその日は見ないようにはできなかった。

「アルフレッド様…!?」

夜も更けた頃玄関先に顔を腫らしたアルフレッドが帰ってきて、アーサーは眠気覚ましの温かなコーヒーを持ったまま固まった。アルフレッドの顔の青痣は青紫になりつつある。

「大丈夫ですか?私が治療をしますわ、さあ」

メイドがアルフレッドの手を取る。目を細めて紅を引いた唇が艶やかに歪んだ。いやらしい。胸をアルフレッドの腕に擦り寄せて、目に余るほど不快だった。
自分がやりたい。アルフレッドに触れるのは、自分だけでいいのに。

けれど。

顔を背ける。アーサーにそれを望むことは許されない。アーサーが離した手をもう一度掴むことはできないのだ。最後まで掴むことはできないのだから。
玄関から背を向けて廊下を抜けようとする。苦しい。今はあのメイドがバカな真似をしないよう望むばかりだ。

(アルフレッド)

好きで仕方ない。好きで仕方ないのに。


「待ちなよ」


声がかかって思わず動けなくなった。振り向くとアルフレッドがこちらを見ている。
どうしようもなく、胸が鳴った。

「やって、義兄さん」
「え」
「アルフレッド様、私が…」
「義兄さん」

アルフレッドの強い目にアーサーは息を飲んだ。声が体に染み込む。

「…いいぜ」

あくまで兄と弟というスタンスは崩さないようにする。近づいてきたアルフレッドはひどい顔で、見ているこっちが痛いほどだった。









アルフレッドは顔だけでなく体まで痣だらけだった。どう考えてもおかしくて、自棄になったとしか思えない。
それでも自棄になる理由は十分過ぎるほど分かっているから聞けなかった。

「…何したんだ」
「ケンカ」
「何人と」
「10人くらい」
「じゅっ…!?」

思わず二の句が継げなくなる。10人なんて捌けないに決まってるのにケンカを買うなんて、ただのバカだ。湿布を貼りながら胸が詰まる。
アルフレッドが傷つくのは嫌だ。アルフレッドが苦しむのは嫌だ。でも、止められない。

「…心配、かけさせないでくれ」

うつ向いて呟いた語尾の弱くなった言葉に、アルフレッドは肩を竦めた。

「悪いね、優しい義兄さんの気持ちを考えないで」
「違っ、」
「でも君は、」

医務室なんてないからここはただのアーサーの部屋だ。ゆらりと顔をあげたアルフレッドがアーサーを見下ろす。
アルフレッドと言葉を交わすこと自体久しぶりだ。嬉しいのに、苦しい。

「それ以上に、ひどいよ」

その顔が今にも泣き出しそうに歪む。

「…あんな顔で、俺のこと好きで好きでたまらないって顔をしながら、……自分の気持ちに、蓋しようとして」

まだ何か言おうと開いた口はけれどそれ以上は続けず、アルフレッドが立ち上がる。追いかけなければ。追いかけて、何をふざけたことをと言わなければ。

でも、何も言えない。あまりにその通りで、言い返すことすらできない。
兄としても恋人としても追いかけられない自分はただの最低な人間だ。分かっているのに、どうにもならない。


次の日、アルフレッドは停学処分を受けた。










100509
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