淪落の恋 7


言われた通り自分は真っ青になった。頬から温度が引きザアアと血が引く音が頭に直接響いている。

何に真っ青になったって、少し嬉しいと思いかけたことにだ。

何故だ。アーサーはろくに恋愛したことが無いのに年下のアルフレッドには彼女がいたから無意識下で嫉妬して、そいつがふられてざまあみろと喜ばしく思っているのだろうか。
アルフレッドの視線が痛い。腕を庇うように手で掴んで視線を下にさ迷わせた。
怖い。自分が自分でなくなりそうで。

このままじゃいけない、と本能的に思う。アーサーは脚に力を入れると急いでターンして部屋まで歩いた。このままじゃダメだ。どうしようもなく落ちていきそうで怖くてたまらない。
けれどどんなに急いでも後ろから足音は消えなくてただぎゅっと目を瞑る。何で来るんだと叱りつけたくても声はろくに出そうにない。

そうしてやっと着いた扉を開けて閉めようとした瞬間ガッと靴がねじ込まれてアーサーの体を一気に絶望が駆け抜けた。そのまま力ずくで入ってきたアルフレッドが怯えを目に灯したアーサーを閉めた扉に押し付けて、両手を扉に付けて囲いを作る。逃げられない。

悔しそうに唇を噛んで俯いたアーサーをアルフレッドが見る。

「なんでそんなに俺のこと意識してるんだい、アーサー」

唇を噛む歯に力を入れる。名前は呼ばないでほしい。アルフレッドの声がアーサーを耳から侵していく。頭がぼんやりして、理性が利かなくなる。

「…してない」
「してるよ」
「してない」
「してる」
「してねぇって!」

あまりに言いえているのが悔しくて、そんな自分の情けなさに力任せに扉を叩くとドンと鈍い音がした。冷静さを失いそうだ。頭が熱くて、やけにイライラする。なのにアルフレッドは妙に静かにこちらを見ている。
―――違う、あの目だ。激情を宿す燃えるブルー。

「君は今までろくに恋愛したことないんだろう。分かってないんだ」

静かに言ったアルフレッドがそっと体ごと顔を寄せてくる。心臓が鳴りやまない。

「俺のこと、好きになってるんだよ」

行き場の無い手は気を抜けばアルフレッドに縋りそうになる。それをはね除けるようにアーサーは力の限りアルフレッドを押した。そしてよろめいても一向に退こうとしないアルフレッドを睨む。

「気持ち悪いこと言うな!俺はお前と違ってちゃんと女が好きだ!」
「俺だって女の子が好きだよ。君だから好きになったんだ」

飄々と言われて何も言えなくなる。泣きたいくらい頭が痛い。誰か助けてくれ。こんなものは望まないのに、こんな感情はいらないのに。

それでも頭はアルフレッドに愛されてるその事実だけで信じられないほど甘やかになる。嫌だ、こんなのは違う。間違っている。

葛藤するアーサーは他所にアルフレッドが細い指をアーサーの顎にかける。まさか、キスをする気なのか。
想定しうるかぎりの最悪の展開にいやいやと半ば泣きそうになりながら頭を振るが、アルフレッドは鬱陶しそうに見て両の手でアーサーの頭を掴んだだけだった。固定されて逃げられない。

そのまま抵抗もできず重ねられた唇からは血の味がした。怪我をするまで噛んだ自分の唇はきっと、最後の最後までは抵抗しきらないアーサーに呆れ返っていることだろう。

触れあっただけの唇はすぐに離れて、反射的に唇を抑える。首まで赤いだろう。さっきまで青ざめていたのに忙しない。

「……もしかして、この前のがファーストキス?」

アルフレッドの驚いたような声にいっそ泣きたくなる。恋愛に疎くて女と付き合ったこともない童貞の自分が何故キスしたことがあるというのだ。笑えばいい。思う存分呆れればいいじゃないか。
ヤケになってアルフレッドを見る。そうしてアーサーは、無意識に唇から手を離して呆けた。

アルフレッドの顔が見たこともないほど真っ赤になっている。

「…やば」

ちらりとこちらを見たアルフレッドと目が合う。溶けそうに柔らかで激しい熱情が視線から流れ込んでくる。

「うれしくて、しにそう」

幸せを噛み締めるような複雑な顔をしたアルフレッドに再度顎をとられたけれど、抗えない。何故だ。どうして。自分達はどこで間違えた?どこでこんな深みに落ちてしまった?

けれど、アーサーはこの手の振り払い方を知らない。

3度目のキスは拒まなかった。これで共犯になってしまった。
逃げられなくなってしまった。









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