淪落の恋 6


アルフレッドはそれからも頭の悪い振りを続けた。
調べた結果、本当にアルフレッドは超がつく優等生らしい。素行は良く、明るく友人も多く頭がすごぶる良い。暴言を吐いたことなど一度もないのだそうだ。

「何、こっち見ないでよ変態」
「アルフレッド!何言ってるの」
「あ、いや、大丈夫だ」

そう言ったアーサーを見てアルフレッドが怪訝そうな顔をする。けれどアーサーは気付かない。そんなことに構っていられなかった。

食卓で目の前に座るアルフレッドは本当に自分のことを好きなのだろうか。

(好き、って)

ぎゅっと唇を噛む。赤くなるな。これしきのことで何をしている。
でも、誰かが自分を好きだと思っていると知った経験なんてなかったから、どうすればいいかわからない。

目で追ってしまう。そうしてその身体が自分より体格がいいことや手首がやけに細くて手のひらが大きく見えること、脚が長いこと、色んなことに気づいた。見れば見るほどアルフレッドは格好良くて、どうしたって自分がアルフレッドに好かれてるとは思えない。

生意気で、口が減らなくて、すぐ不機嫌になって、笑うと幼い顔になるこの子どもが?
そんなばかな。

「さっきから変だぞ、義兄さん」

アルフレッドの声がする。気づけばアーサーはアルフレッドと部屋に戻っていた。いつの間に。
自分は動揺しすぎだ。アルフレッドのことを考えすぎて他のことが疎かになるなんて、あってはならない。

「悪い、始めるか」

今からは家庭教師の時間だ。そう思ってアルフレッドを見ても、じっとこちらを見返されるばかりだった。
居心地悪い。何だかよく分からないがアルフレッドに見られるとどうしようもなく怖かった。
アルフレッドが薄く唇を開く。

「…アーサー」

驚くほど肩が揺れた。今、明らかに自分は動揺している。
名前を呼ばれた、ただそれだけのことなのに。アルフレッドの声がやけに甘く耳の奥に残って離れない。疎ましくて煩わしくて、同等に失いたくないと感じている。

「どうしたの」

どうすればいいかわからない。見上げるとアルフレッドが動きを止めて、それから小さく息を飲んだ。ごくりと動いた喉仏に訳もなく胸が鳴って泣きたくなる。何だこれは。

「なに、その顔」

一体自分はどんな顔で、アルフレッドを見ている。

おかしい。何故自分はこうも過剰反応しているのだ。戸惑いの範囲を越えている。これではどちらが好きなのか分からなくて、勘違いしそうだ。

(あ)

「そうだ、勘違いだ」
「え?ちょ、どこ行くんだい!」

答えずに立ち上がり振り切るように早足で廊下へ出る。そうだ、どうせ自分の勘違いだ。恥ずかしい。同姓の、しかも姉の婚約者である男に惚れる人間がどこにいる?それにまだ出会って一月届くか届かないか程度だと言うのに馬鹿げてる。そんなこと、あってはならない。

エミリーの部屋をノックして、返事が聞こえたら素早く入った。中のエミリーが目を丸くしてこちらを見る。

「どうしたの、血相変えて」
「アルフレッドに彼女は?」
「え?」
「彼女はいるのか?」

エミリーは驚いて言葉がでなかったようだが、少しして何とか声を出した。

「ええ、いるらしいけど」
「男じゃないよな」
「当たり前でしょ。どうしたの」

その言葉に、アーサーは腹の底から深々とため息をついた。

よかった。勘違いだ。アルフレッドはきちんと女を好いている。あれは全て勘違いで、気の迷いで、アルフレッドとはこれからも義理の兄弟としていい関係を築ける。

息苦しい。こめかみが痛くて、心臓が変にうるさくて、腹の底がぐるぐる気持ち悪い。
けれどこれも思い込みだろう。そんなものだ。

アーサーはいぶかしがるエミリーを宥めて部屋から出る。そして扉を開けるとアルフレッドがいて腰が抜けそうになったが何とか耐えた。驚くなんてらしくない。

「エミリーに何言ってたんだい」

その声には答えず出来るだけ自然な呆れた顔を作ってアルフレッドの目を見る、振りをした。

「お前なあ、恋人いるならキスなんてするなよ」

声が震えなかったのは何よりの収穫だった。アルフレッドが目を見開いて、それからバカにするようにフッと笑った。何だよと言うまもなく信じられないことを言う。

「ふられた」
「え」
「だれかさんの所為でふられたよ。他に好きな人がいるんでしょ、ってさ」

そこまで言ったアルフレッドは、アーサーを見て同情したような声を出す。


「…ハッ、顔真っ青」


けれどそれは、バカにしていると言うにはあまりに苦さが滲みすぎていた。









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