ワールドウィザウトハー 7


「ティラミスひとつ下さい」
「かしこまりました」

アーサーは笑うが、目の前の少女は落ち着かなさそうにアーサーの顔と服をちらちら見比べた。当たり前だ。どう考えても男のアーサーが女子の制服を着ているのだから。

文化祭の出し物は女装男装喫茶で、男女で服交換したものだ。小さめの制服を着るのは複雑だが、他にも哀れな男はたくさんいるのでここは目を瞑っておく。

結局あのケンカからアルフレッドとは話していない。話したくとも何を言えば良いか分からなかった。新学期が始まってもなあなあのままで文化祭になってしまった。

(言葉にしなくても伝わると思ってたけど)

やっぱりそれはおこがましかったのかもしれない。ふたりは違う人間で、繋ぐ絆は脆い。

(文化祭の後、仲直りしよう)

今、アルフレッドは昼からのバスケ部の催しで彼氏彼女で学校内の障害物レースをする何だかって奴に行くため、この教室のベランダで着替えている。相手はあのマネージャーらしい。

それも今回は仕方ない。もう愛想を尽かされたかもしれないけれど、言いたかったことを言おう。
俺はお前の恋人だ。

「…でもあいつ、もうそんな風に思ってねぇかな」

ならそう認めてくれるまで、何度も。アーサーは大事なことに関しては諦め悪い方だ。

「アーサー先輩」

教室の扉の方から声がしたのでそちらを見る。バイトの後輩だった。何事だろうと近寄るとやっぱり上から下まで見られる。

「似合わねえだろ?」

アーサーの言葉にあはは、と少女は乾いた笑みを見せた。その通りだろう。
少女はきゅっとこちらを真剣な顔で見る。

「…先輩、文化祭のあとお時間いただけませんか?」
「ん?」
「伝えたいことがあって」

そうしてぽっと頬を染められれば、さすがに何を言わんとしているか分かった。告白だ。

それなら今まで悪いことをしていた、とアーサーは反省した。何度か愚痴に付き合ってもらったから随分複雑な気分だったろう。

どう対応するべきなんだろう。今断るべきか、後断るべきか。迷っていたアーサーはアーサーの手を握ろうとしていた少女に気付かなかった。

その時、誰かに襟首を掴まれてグイと後ろに引っ張られた。

後ろを仰ぐ。黒いジャケットに白いワイシャツ、サスペンダーに真っ赤な半ズボンにネズミ耳、要するにミッキーの格好をしたアルフレッドがいる。意外に似合っている。

無言で告白の邪魔をしたアルフレッドはちらりと少女を見ると何の未練もなくアーサーの襟を離して体育館の方へ立ち去った。二人してぽかんとその後ろ姿を見たあと、アーサーは小さく笑った。

少女が不思議そうな目でアーサーを見る。困ったようで、心底嬉しそうな顔だった。

「アーサー先輩?」
「本当に悪い。もしその大事な話ってのが俺への告白なら、受け取れない」
「…っでも」
「悪いことしたなって思ってる。でも俺は、」

「女じゃなくても、あのバスケバカに心底惚れてんだ」

今度こそぽかんとした少女にアーサーは恥ずかしそうに笑った。

「特別に言ったんだ。お前と俺だけのないしょだぞ」

じゃあな、とそれだけ言うと近くにいたクラスメートに何事か伝え、アーサーは楽しそうにアルフレッドの消えた方に走っていった。







アルフレッドはイラついていた。

(まさかOKしてないだろうな、あのバカ)

つい横やりを入れてしまった。けれどアーサーはアルフレッドの恋人だ、妥当な反応のはず。
最近アーサーが何を考えているか分からない。それでも、もしアーサーが自分に愛想を尽かしているとしても、好きなことには変わりないのだ。

(文化祭が終わったら話そう)

今のままは嫌だし、別れる気もない。アルフレッドに飽きたのなら絶対夢中にさせてやる。自分に魅力が無いなら付けてやろう。彼を手にいれるためなら努力を惜しむ気はない。
アルフレッドは誓って、もうすぐくる自分の番をステージ裏の簡易控え室で待った。

ガチャリ。
音を立てて誰かが入ってきた。今日のコスプレも兼ねた障害物レースの相手だろうと顔をあげる。
固まった。

「オラ、恋人様が来てやったぞ」

ふんぞり返ったアーサーに言葉を失った。

「…な、」
「な?」
「何で来たんだい!?ていうか今からパフォーマンス…」
『それでは次の熱々カップルさん、どうぞー!』

アナウンスが控え室にも響く。アーサーがアルフレッドをじっと見て、力強く言った。

「黙って俺に任せろ」

気迫に押されてアルフレッドが押し黙る。アーサーも気にせず裏方からステージに向かった。

体育館には予想外にたくさんの人が集まっていて、その全てが女物の制服を着たアーサーとアルフレッドの登場に静まり、すぐにざわざわし始めた。

その中にはクスクス笑いも混じっていて、プライドの高いアーサーがキレやしないかとアルフレッドは内心ヒヤヒヤする。

端を見ると本日ここに立つはずだったマネージャーが困ったような顔をして立っていた。多分無理に頼まれたのだろう。

『それではお二方、ラブパフォーマンスをしてください!』

その笑い混じりの声にアルフレッドの焦りは一層増す。けれど気にしていないらしいアーサーは目の前に用意されたマイクを掴んだ。一体何をする気なのだろう。

彼はゲームの話をするように平常の声で言った。

「えー、アルフレッドくんを狙っているお嬢さん方」

その言葉にギョッとする。アーサーは静まり返った体育館で、愉快そうに恥ずかしげもなく言い切った。

「俺がいるので諦めてください!」

そうしてウインクにまさかの投げキッス。次の瞬間、会場は割れんばかりの笑い声に包まれた。


黄色い歓声と野次と口笛にアーサーは満足そうに笑ってくるりと体育館から背を向ける。そして呆気に取られているアルフレッドの腕を掴んで引きずっていった。

呆気にとられていたが、舞台裏にひっこんでから何とか声を出す。

「あ、アーサー、あれは…」
「この前は悪かった」

声は遮られる。

「…勝つぞ」

そこで、アーサーの耳が極限まで赤くなっていることに気づいた。アルフレッドはまた目を丸くして、それからくしゃりと破顔する。

「…俺とアーサーのゴールデンコンビが揃えば、楽勝だよ」

ハッとアーサーが愉快そうに笑う。ニヤニヤしながら、アルフレッドはしっかりアーサーの手を握りしめた。










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