ワールドウィザウトハー 6 |
微妙な終わり方をした電話の後もメールのやり取りはやめなかった。 2010/8/30 22:54 From:ジョーンズ 【明日国立体育館で試合】 ごめん 会いたい いつもにない弱気なメールの返事は決まりきっている。 2010/8/30 22:55 To:ジョーンズ 【無題】 試合何時から 会いたいのは自分も同じだった。 アルフレッドのチームは順調に勝っていた。下には降りられないから、二階の観覧席から見る。上から見るバスケというのも新鮮だ。アルフレッドの金髪は探さなくてもすぐ追えた。 ピーッと音が鳴って試合が終わる。 アルフレッドたちは勝ったので次は4回戦だが、確かそれまで1時間ほど空きがあるはず。何せ大きな試合だ。インターハイが終わって2年主体の初めての試合に皆殺気立っている。 アルフレッドの所に顔を出して、それから飯でも食いにいこう。アルフレッドは多分チームメイトと食べるから、自分はファストフードで十分だ。 気の抜けたTシャツから出る腕を冷たい風が撫でる。ここは空調が効きすぎだ。腰を上げて下に降りようと階段へと歩き出したとき、息切れしながら上ってくる金髪が見えた。 空調の効いた体育館でいた筈なのに汗をかいて頬を紅潮させたアルフレッドは、アーサーを認めて相好を崩す。 「アーサー!」 アーサーの腕を取ったアルフレッドにそのまま抱き締められそうになって慌てて突っぱねる。ここはあまりに人目につきすぎる。不服そうな顔をしたアルフレッドに慌てて言った。 「めっ目立たないとこねえの?」 不服そうな顔は崩さないまま思案したあと、アルフレッドはグイグイとアーサーの腕を引っ張った。引きずられるように下に降りて体育館の奥、人目につきそうにない更衣室へ連れていかれる。 空調があまり効いていなくて冷えた体にはちょうどいい。アルフレッドが何も言わずにアーサーを抱き締めた。 (うお) 汗をかいてるからか、いつもよりアルフレッドの匂いが色濃く感じられる。運動した後だからか、妙に早かったアルフレッドの心臓は徐々に落ち着いていった。 包むようにアーサーを抱いて、ぎゅっと髪に鼻を埋められる。 「はー…」 「な、んだよ。らしくない」 「君があれから電話かけても出ないからだろ。今まで毎日会ってたのに会わなかったし」 そうだ。確かに自分は彼との電話を避けていた。アルフレッドの声は聞きたいがあのマネージャーの声はもう聞きたくなかったのだ。 髪にキスを落としてアルフレッドが少し身体を離す。拗ねたような顔をしてアーサーの後頭部に手をやった。そのままキスされる。 「ん、…んっ」 久しぶりのキスは性急な気がした。舌を入れたりするのは初めてではないけれど、前まで恐る恐るという感じだったのに。 貪るように舌同士を絡められて息が苦しくなる。でも求められてるみたいで嬉しい。アーサーは応えるようにアルフレッドの腕に手を回した。 離れた唇はきっと赤く充血している。アルフレッドは暫くそれをじっと見ていて、おもむろにアーサーの肩に唇を寄せた。右手はアーサーのTシャツをたぐり始める。 その予想外の行動にはアーサーも思わず目を見開いて慌てて制止した。 「待てっ、何サカってんだばか!」 アルフレッドが顔を上げる。情に濡れた目で見られてアーサーの身体に一気に熱が灯るのを感じた。それでも。 「見られたらヤバイ、だろ」 アルフレッドがアーサーの唾液に艶やかに光る唇を緩く動かす。 「でも、我慢できない」 その常にない低く掠れた声にアーサーは思わず生唾を飲んだ。アルフレッドはそれを視界の端に収めて再びアーサーの身体をまさぐり始める。 壁に押し付けられて胸が鳴る。アルフレッドにこの様に触られるのは実は初めてだ。勝手は分からない。けれどアルフレッドになら、どう扱われてもいい。 アーサーは目を閉じる。そうして身体の力を抜いてアルフレッドの背に縋る様に手を回した。 アルフレッドが好きだ。愛しい。彼と二人なら、どうなっても構わない。 (でも、もしバレたら?) 脳内再生された紛れもない自分自身の声に溶けそうだった頭が形を成した。 そうだ、そう言えばここはまがりなりにもたくさんの人間が集まっている体育館なのだ。こんなとこでコトに及んでバレない確信がどこにある? バレたらどうなるだろう。青少年には不適切な行為だと問題になるに違いない。そして、何より。 (相応しくない) 自分はこんなことをアルフレッドにされるに足りない。みんなそう思うに違いなかった。だってそれくらい、自分が一番よく分かっている。 アルフレッドに愛されたい。でもこの願いはきっと、誰の目から見ても身の丈に合わない願いだろう。 そう思い始めると、もう、耐えられなかった。 「いやだ!」 渾身の力で目の前の身体を押すとアルフレッドはひどく驚いた顔をした。アーサーは荒い息を吐きながら泣きそうな自分を叱咤して声を出す。 「下らねえことやろうとしてんじゃねえよ…っ!ホモってバレたいのか!」 我ながら余裕のない言葉選びだ。アルフレッドはアーサーの言葉に少し傷ついた様な顔をして、それでも身体を離すとギッとこちらを睨み付けた。 「俺は、誰に言っても構わない」 「ばかじゃねえのか!?俺はあのマネじゃねえんだぜ」 「はあ?何で今その名前が出るんだい」 アルフレッドが苛立たしげに言った言葉に何故か暗い感情が浮かぶ。心は少しも楽しくないのにアーサーは揶揄するように言った。 「知らないのか、なら教えてやる。あの女はお前に惚れてんだよ」 その瞬間、アルフレッドの表情が変わった。 「…だから何?」 「あ?」 「あの子が俺を好きだとして、今何の関係があるの。俺の恋人は一人のはずだ。…アーサー」 強い蒼に捉えられて身動きが取れなくなる。いつもこうだ。いつもこうやって丸め込まれて、アルフレッドの好きなようにことが運ぶ。いつもなら気にならない。けれど。 「アルフレッド・F・ジョーンズの恋人は誰か、言ってみなよ」 何故だか今日は、そうやってアーサーを良いように扱うアルフレッドに振り回されることが我慢ならなかった。 握った拳で勢いよく壁を殴って、思ったことを考えもせずそのまま投げつける。 「なんだよ、何なんだよお前!お前はそうやって、俺がずっと苦しんでること簡単に解決しちまうんだ!俺なんかずっと悩んで落ち込んでたのにお前にかかれば数秒かよ!不公平だ!」 「はあ?ちょっとアーサー、」 「もうお前なんて知らねえ!」 全部言い切ってからアルフレッドをくぐり抜けて走る。アルフレッドは追いかけてきたが構わず外へ出て全速力で家の方へ向かった。 息が切れ始めた頃、速度を落として歩き出す。後ろを向くと体育館は遠くにかすんでいた。 先程のことを思い出す。投げつけた数々の理不尽な言葉は、八つ当たりだ。完全なる八つ当たり。 「…やっちまった…」 アーサーは頭を抱えたくなった。 100415 - - - - - - - - - - top nxt |