ワールドウィザウトハー 3


準備が終わって逸る気持ちを抑えられず、体育館にメッセンジャーバッグを背負っていく。トンカチで打った指は少しジンジンするけれど、別によかった。

(アルフレッド)

また下らない話がしたい。今日のアルフレッドの活躍を見て気分が高揚している。
だから体育館近くであの金髪を見つけた瞬間、思わず大声をかけそうになった。

「アルフ、」

けれどその隣を見て固まる。
アルフレッドは小さな―――多分マネージャーだろう、可愛らしい女子と何だか楽しそうに笑い合っていた。
思わず声がつまる。

バスケ部員とマネージャー。一緒にいるのはごく当たり前のことだろう。
けれど自分には分かってしまった。あの少女はアルフレッドに惚れている。

お似合いだと、思ってしまった。

メッセンジャーバッグのベルトをぎゅっと握りしめる。こういう時、自分たちの関係の危うさを知る。

自分たちの関係は奇跡の上に成り立っている。恋人同士になってデートをしたりキスしたりしているけれど、アルフレッドは選り取りみどりなのだ。自分なんかよりずっと似合う女は、驚くほど沢山いる。

マネージャーとパッと目が合った。何故か逸らしたくてたまらなくなって、それでも負けちゃいけないと視線だけは逸らさないようにした。
ああ、正面から見れば見るほど可愛らしくて仕方ない。女になりたい訳じゃないけれど、それでも無性に沸く気持ちを止められない。

その時、アルフレッドもこちらを向いた。

(うわ)

衝動的に目を逸らす。何故か、目を合わせることが耐えられなかった。

「アーサー?」

ぱたぱたと駆け寄ってくる音がする。居心地悪くて居たたまれなくて、下ろした腕の肘を掴んで、目線を下にさ迷わせた。

「何ボーッと突っ立ってんだい!来たなら言ってくれればいいのに」

視線の先にアルフレッドのスニーカーが覗く。しょうがなく上を見るとアルフレッドが楽しそうに笑っていた。
それが先ほどの笑顔と一線を画していて、何故かひどく安心する。

肩越しにマネージャーが見える。その顔は複雑で少し悔しそうだ。
胸に沸くのは劣等感と優越感。汚い感情。

「じゃ、帰ろ」
「え」
「ん?」
「後ろのマネージャー…」
「ああ、ちょうど誰かと待ち合わせしてるらしいから一緒に待ってたんだ」

嘘だと思った。
多分アルフレッドといたいから、嘘をついたのだ。勘だった。けれど、ね?と言ったアルフレッドに曖昧に笑ったその表情に自分の予想が間違いでないことを知る。

アーサーはぎゅうとズボンを握りしめた。また汚い感情が胸に沸いてしまいそうだった。








「で、何か言いたそうだけど何?」
「え」

一緒の帰り道はやはりどこかぎこちなくて会話が続かない。途切れた会話の間を埋めたアルフレッドの言葉に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

でも、言えない。
言えるわけがなかった。自分でもいやと言うほどこの感情の醜さは分かっている。女に嫉妬なんて自分の分がわかっていない証拠だ。どうしたって自分は劣る。それぐらい分かっている。

だから、この感情をさらけ出す勇気はない。

「…アル」
「ん?」

シャツの襟首を掴んで引き寄せる。口付けるだけのキスをした。甘くもない誤魔化すためだけのキス。
こんな優しさのないキスは望んでいなかったのに。

襟首を離す。アルフレッドは不服そうだったが、がしがしと頭を掻いて呆れたように笑って呟いた。

「路上チューなんて初めてだよ」
「う」

誤魔化すためとはいえ、こんなことをしてしまった自分が恥ずかしい。アーサーが顔を反らす。

だからアーサーは、アルフレッドがどこか苦い顔をしていることに気づかなかった。










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