ゲットイントゥハー 11 |
「ほらアーサー、行こう!」 終業式後の掃除をすっぽかしたらしいジョーンズが目をキラキラさせてアーサーの襟首を掴む。 ちょうど友人と話していたところを中断させられて引きずられているので形だけだが抗議した。 「ばか、話し中だったろ」 「そんなの関係ないぞ。終わったらすぐ行こうって俺言ったもん」 「『言ったつもり』だ!」 そうだっけとすっとぼけたジョーンズはズルズル引きずるのをやめない。とにかく普通に歩こうと抵抗して身体を離させた。 目が合い少しドキリとする。ダメだ、気付かれないように。 「アーサー」 ネクタイを緩めたジョーンズが屈託なく笑う。 「早く遊ぼう!」 その裏表のない笑顔にまた柔らかな感情が生まれる。 でもそれの大事な扱い方なんて分からないから、ただその背を叩いて早く行こうと促すしかできなかった。 ―――それと、今日持ってきた鞄がいつもより小さな理由は聞かないでほしい。理由を聞かれてもまさか遊園地で動きやすいように、なんて言えるわけがなかった。 この遊園地は春にエリザベータ達と来たっきりだ。1日パスを受け取ったジョーンズは落ち着きない。 終業式が昼までだったので来れたが、さすがに平日の昼下がりは人も少なかった。 「俺、遊園地来たの久しぶりだぞ!」 「まあそんな来るもんじゃねえだろ」 「早く行って耳買おうっ」 「え、マジか…ってうわ、ちょ、ばか引っ張んな!」 ショップに連れてかれてジョーンズにネズミ耳を渡される。どうやら奢ってくれる訳じゃないらしい。 かといって置こうとしても強い視線を感じるので置くに置けない。強引な奴である。 仕方ないので渋々財布を出す。結構高かった。要らない出費だと少し勿体なく思いながらネズミ耳を持って店から出る。 「あれ、早くつけなよ」 「はあ?冗談か?」 「?本気じゃないなら買わないだろ」 真面目な顔で言われて言葉をなくす。いそいそと付けたジョーンズはニカッと笑った。 「似合う?」 「…バカじゃねえの」 そんなことをされたら付けないわけにはいかない。 覚悟を決めてネズミ耳を袋から取り出した。誰にも見られないように祈りながら付ける。 …やっぱりいたたまれない。 「じゃあ行こうか!」 明るいジョーンズの声にネズミ耳は忘れようと頭を切り替えた。 「じゃあ何から乗りたい?」 「え、何から?何からって…うーん」 ジョーンズは立ち止まって唸りながら本気で考え出す。決めてないのかよ。 埒が明かないとその腕を掴んでズルズルと引っ張った。本当は触れるのも緊張するけれど、別に良い。 目的地に着いたので係員にパスを見せる。それからまだ考え込んでいるジョーンズを軽く肘で小突いた。 「おい、ジョーンズ」 「…」 「おいこら!いい加減戻ってこい!」 「うわあっ!?え?何ここ」 その集中力には脱帽だ。呆れてひとつため息をついたあと手からパスを奪い取って係員に見せる。 どこか微笑ましいものを見るような目線が居心地悪い。 「ではどうぞ」 「ちょっとアーサー、だからここは…」 「うるっせえ。雰囲気崩れるから黙れ」 ヒンヤリとした独特の空気がまとわりつく。 あまりここは好きじゃないが、きっとジョーンズの方がもっと苦手なはず。彼がホラーに弱いことはアリスがリサーチ済みだ。 「さあ、楽しいお化け屋敷にしようぜ」 どんな反応をするか楽しみで、つい笑ってしまった。 そうして10分後。 「何でだよ」 「何が?」 「何でお前怖がんねえんだよ!」 耳に向かって叫んでもジョーンズはどこ吹く風だ。きょとんとして至極当たり前のことのように言う。 「俺、ああいうのは怖くないんだ。結構面白かったぞ」 「ああそうかよ。クソ、バカにしてやろうと思ったのに」 「どっちかって言うとアーサーの方が叫んでたよね!」 「言うなばか!!」 心外だ。ケロリとしていたジョーンズに反して予想外に怖かったお化け屋敷に振り回されたのは終始アーサーの方だった。 先ほどの余韻で頭が痛くなる。そうして動けそうになかったアーサーの手を引っ張ってジョーンズがどこかへ向かった。面倒くさくて反応するのも諦めた。 「着いたぞ!」 ジョーンズの声がしてどうにか目を開く。そうして、あまりの事態にもっと頭痛がひどくなった。 「…嘘だろ」 「どうしたんだい?遊園地にジェットコースターは付き物じゃないか」 「少なくとも俺にとっては違う」 「俺にとってはそうだなっ」 引きずられるようにして連れていかれる。何とかして逃げ出そうともがいても上手くいかない。 「待て、俺は乗らない!」 「何言ってるんだい。一人でジェットコースターなんて寂しいだろ」 「それ全部お前の勝手だ!」 無理やり連れていかれる。さっきのお化け屋敷でほとんど体力を使いきったから抜け出せない。結局いつの間にか座って安全バーを下ろしていた。 「大丈夫?」 ジェットコースターがゆっくり発進する。返事もできない。 少しずつ重力が掛かってきて息が詰まる。声も出ないほど緊張しているアーサーにジョーンズは気付くだろうか。 その瞬間ぎゅっと手を握られた。 別の意味で驚いてジョーンズを見ると余裕の顔で笑う。 「アーサー、チビッちゃだめだぞ!」 「っ、うるせぇなめんなっ!!」 グンと重力が無くなる。ただ握られた手がやけに熱くて、肩の力が抜けたのは秘密だ。 秘密も何も根本的に喋ることすら出来ないのだから先ほどの不甲斐なさは杞憂だった。 「アーサぁー。まだ無理?」 「……」 ヒラヒラと手を振って不可能を示す。ジェットコースターの時から外していたネズミ耳を膝の上に乗せてひたすら襲いくる気持ち悪さを耐えた。まだ浮いているみたいで嫌になる。 「アーサー」 「…ちょっと、休憩。どっか、遊んできて」 「君を置いてかい?やだよ」 「行ってこいって。俺も、気ィ遣う」 だめ押しにそういうとジョーンズは躊躇いがちにアーサーが休んでいたベンチから離れていった。額を押さえていた手を離して首を項垂れる。 (気持ちわりぃ) どうにも出来ない感覚に苦しみながら買ってきてくれた水を飲もうと顔を上げる。固まった。 ついさっき別れたはずのジョーンズが窓から顔を出して笑う。何故そんなに冷静なのか聞きたい。 ジョーンズが目の前のメリーゴーランドに乗っている。浮かれたようにネズミ耳を付けて、しかもカボチャの馬車に乗って。 「ぶっ!!」 思わず吹き出すとジョーンズがハッと気づいたように顔を赤くした。それがまた可笑しい。 腹を押さえて笑うとまた気持ち悪さがやって来て、可笑しいやら苦しいやらで散々だった。 それから5分ほど何とも言えない、羞恥に耐えるような顔でメリーゴーランドに乗っていたジョーンズを見てアーサーはどうにかなってしまいそうだった。間抜けすぎて物が言えなかった。 観覧車はほんの少し揺れている。遊び疲れた身体を固い座席に乗せて力を抜いた。 眼下には見慣れた街が広がっている。向かいに座ったジョーンズが緩い声で呟いた。 「たくさん遊んだから眠たいんだぞ…」 「ああ、寝ちまえ」 本当に楽しかった。アトラクションを楽しんだり、館内の水族館に足を伸ばしたり。食べたタコスも文句なしに美味しかった。 「アーサー」 今日一日一緒にバカやった声でない、落ち着いた低い声が聞こえる。 「言いたかったことがあるんだ」 「何だよ、改まって」 ジョーンズがふざけた顔をせず、真剣にこちらを見る。アーサーもつられて居住まいを正し、次の言葉を待つ。ジョーンズが重々しく口を開いた。 「俺はアリスが本気で好きみたいだ。告白しようと思ってる。…君はどう思う?」 そうして続いたのは、今のアーサーにとって最も残酷な言葉だった。 体に重石が付いたようにズンと重くなる。頭が痛い。最低だ。 今、自分はアリスが憎くてならない。 「…知らねえよ」 何とか絞り出した声は震えていて、自分でも分かるほど泣きそうだった。 100314 - - - - - - - - - - top nxt |