ゲットイントゥハー 10


胸を巣くう嫌な感じは朝になっても消えなかった。

「おはようアーサー!アリスかわいいねっ」

朝一番にとびきりの笑顔で話しかけられて胸に重りを入れられたように苦しくなる。不快感が喉に詰まって仕方ない。
叩きつけるように机に鞄を置いてどっかり座る。その常にない乱暴さに目を丸くしたジョーンズがこちらを振り向いた。

「何だい、朝からずいぶん不機嫌じゃないか」
「…うるせえな。黙れよ」

イラつく。目を合わせず背凭れに身体を預けると、ジョーンズは思ったよりずっと真剣な顔でこちらを見つめた。

「本当にどうしたの。また家族関係?」
「何でもない。誰にでもお優しいな、ジョーンズ君は」
「絡まないでよ。話くらいなら聞けるから」
「いらねえ、余計なお世話だ。…や、悪い。ちょっと今荒れてる。気にしないで放っといてくれ」
「気にするさ。理由もないのに荒れる奴じゃないだろ、君は」

また胸が痛くなるけれど、それは先ほどの痛みとは違う。掻きむしりたくなるような甘い疼痛に顔を俯けた。

「アーサー」

名を呼ぶ声は低く甘い。ぎゅうと目を瞑った。

呼ぶな。心地よくて、ずっと聞いていたくなる。

チャイムの音とともに教師が入ってくる。それでもアーサーから目を逸らさないジョーンズは、教師の再三の注意に舌打ちして前を向いた。

その広い背を見る。もう見慣れたその後ろ姿。きれいな襟足がブレザーから覗いている。厚い身体だ。

(さわりたい)

抗いがたい。その広い背にふれて、撫でて、どんな反応をするのか。温かいのか、震えるのか、それとも怒るのだろうか。
見たい。ジョーンズの新しい面にふれたい。

(だめだ、抑えきかねえ)

ぎゅうと拳を強く強く握って耐える。これは友人に向ける感情じゃない。間違ってる。掌に爪が立って痛みに顔をしかめた。

このままじゃダメだ。戻ってこれなくなってしまう。
知りたくもない不都合なことを知ってしまうような嫌な予感がぞわぞわと身体を這った。








トレイにカレーライスを乗せて食堂の端に席を陣取る。逃げるように来てしまった。昼は最近ジョーンズと食べていたけれど、今日は食べない方が良い気がしたから早々に来たのだ。

ジョーンズは放っておいたが大丈夫だろう。友達が多いし、今のアーサーの様に寂しい昼ご飯は食べていないはずだ。
スプーンでカレーを口に運ぶ。食堂で食べるのは初めてだった。黙々と進める。

昼からは普通に接しよう。きっと怪しまれてる。この変な感情はきちんと蓋して、知らんぷりしてまたバカなことを話そう。

始めはその眩しさがいけ好かなくて大嫌いだった。なのに、今は失うのが怖い。アリスなんていなくてもいい、もうメールだけじゃ足りない。
だから、もっと。

「何で俺を誘わないの?」

スプーンを食べる手を止める。目の前の席にパンがどかどかと置かれた。それを食堂で食べるのはルール違反だろうに。

目線を上げるとジョーンズが不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。思わず言葉が出なかった。

「…こ、んなとこまで、追いかけてくんなよ…」
「悪かったね。君が寂しがってんじゃないかと思って心配してきてあげたんだぞ」
「なんだ、それ」

ジョーンズが前に座ってパンを開封する。教室ではジョーンズの友達もたくさん食べていて、一緒に食べる人は困らないはずなのに。

「そんなに俺と食べたかったのか」
「悪い?」

からかいの言葉に詰まる。ジョーンズはもしかしたら、誰よりもアーサーと食べたいと思ってくれているのかもしれない。

生まれたむずがゆい喜びと幸せは自分が恐怖していた感情だ。
知りたくなかったのに、もう認めるしかない。この気持ちは友情なんかじゃない。
これは確かに、恋だった。


「ねぇ、明日の終業式のあと暇?」
「…ああ」
「俺と遊園地行こうよ」

何でもない風に言ったあと目があう。頬が赤くならないよう祈りながら、努めて冷静に言う。

「何で」
「昨日写真見て行きたくなったんだ!」
「男二人で遊園地なんかサムいだろ」
「反対意見は認めないぞ!君は俺と一緒にネズミ耳付ければ良いんだよ」
「なんだそれ、もっとさみぃ」

可愛くないことを言いながら胸が躍るのを感じる。バカみたいだ。男相手に終わってる。

恋なんてしたくない。こんな感情は邪魔なだけだ。
けれどこの気持ちは膨らむばかりで、アーサーの手に負えそうになかった。










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