ゲットイントゥハー 8


あの忍び込んだ日以来ジョーンズの見方が変わったのは、否定できない。

「結局誰が金メダル取ったんだっけ?」
「ばーか、ニュースくらい見ろ」

休み時間中に後ろを振り向いて雑談を交わすようになったのはその最たるところだ。ジョーンズと話をするのは楽しい。最近はアリスの話だけじゃなく普通の話もするようになった。

甘いアメの匂いがする。ジョーンズに貰ったブドウのアメを舌で転がしながら、仲良くなったもんだよなあと感慨深く思った。

「あ、アーサーってパンク好きなんだって?最近興味あるんだけどさ、CDショップ着いてきてくれない?」
「あ?今日か?今日は用事があるから無理」
「で、着いてきてくれない?」
「だから無理だっての」
「で、着いてきてくれない?」
「…放課後すぐは無理だぞ」

ため息をつくとジョーンズがしたり顔で満面の笑みを見せた。懐くとこんな奴だったのか。それでもその強引さが不快ではないのだからジョーンズは得な男だ。

それで、とジョーンズは笑顔を貼り付けたまま言葉を続ける。それが少し怖かったのは何故だろう。

「用事ってデート?だから今日そんなにテンション高いのかい?」

早口だ。何となくその勢いに気圧された。一瞬隠そうかと思ったが、ジョーンズは全てを知っているから隠したって今更だろう。

「今日は、兄に電話するんだ」

ジョーンズの顔からふざけた色が消える。多分こういう奴だから、みんな憎めないんだろう。きちんと締めるところは締める奴だから。

「緊張してるのかも」

拳を握ったり開いたりを繰り返しながら眺める。元気な振りか。それならば多分、それを人は空元気と言うのだろう。
でも仕方ない。もうあの兄弟関係は終わりにするべきだ。

「俺も付き合うよ」

驚いて目を丸くする。ジョーンズは至極真面目な顔でこちらを見ていた。

「いや、別にいい…」
「一人だと泣いちゃうんじゃない?」
「バカにすんなよ!」

チャイムの音が鳴って教師が入ってくる。昼も共に食べるようになった。メールも毎日続けている。今最も近いのはジョーンズだ。
一旦前を向いたジョーンズがまたぐるりと振り向く。

「うわ」
「そんな緊張しなくても大丈夫だぞ。俺が着いてるんだから」
「だ、だから良いって」
「俺は君のパパとママに約束したから嫌って言っても着いてくぞ!」
「だから…」
「こらそこ!何を話してる!」

その声に断るタイミングを失う。またくるんと前を向いたジョーンズが暫くして紙を回してくる。

『反対意見は認めないから!』

なんだそりゃ。それでも心配してくれるのが心地よくて、どうしても突き放すことが出来なかった。








「…マジで骨肉の争いだからな」
「ノープロブレムさっ!」

そんな能天気な問題じゃないのだがそれで救われる部分もある。こちらから初めてかける番号を押す指が震えなかったのは、確かにジョーンズのお陰だった。

携帯を耳に当てる。聞こえてきた声はやっぱりいつも通り無機質で、けれど今日はそれに負けていられなかった。

「突然電話してごめん。大事な話なんだ。…うん、すぐ済ませるから。迷惑はかけないよ」

目があったジョーンズがグッと親指を立てる。それに力が抜けて、その分腹に力を込めた。

「…兄さん、俺、もう聞き分けのいい弟はやめる。俺はあの家の正式な後継者だ。…ううん、それは違う。兄さん達は隠したつもりだろうけど、あの遺言は本当は二つあって、もう一つは正式な弁護士が持ってるんだ。裁判なんてことになったら兄さん達は負けてしまう。だからもう、こんなことやめよう。…あの家を、俺に返して」

暫く黙っていた兄は、小さな声で了承した。ドッと力が抜ける。そのままいつも通り挨拶もせず電話を切られた。
携帯を耳から離しても信じられなくて少しの間見つめる。

「アーサー」

ジョーンズが拳を突き出す。その意味をやっと気付いて、同じように突き出したそれがごつんと音を鳴らした。









「ああそうだ、毎日メールしてるけどアリスは嫌そう?」

ずっと試聴を繰り返していたジョーンズにふとそう聞かれて思考が止まる。何も聞いてない?と顔を覗き込まれて何と言うべきか迷った。

「さあな」

結局無難な答えを返すしかない。するとジョーンズは少し残念そうにして、それに何故か苦しくなる。言葉は無意識に出た。

「嘘だ。……楽しいって言ってた、ぞ」

その瞬間パッとジョーンズの顔に笑顔が浮かんだ。


(あれ?)
何か今すごくイライラしたんだが。


「やっぱりな!俺が楽しいんだからアリスも楽しいに決まってるぞ!」

ジョーンズが有頂天に騒ぐ。あまりにもうるさいそれに、CDショップで騒ぐなと足を蹴っておいた。
そこに私怨が混じった気がしたのは気のせいだろう。










100309
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