ゲットイントゥハー 7


今日来たばかりの家の門でなく、裏手の墓に近い方へ外側から回る。躊躇いなく柵を登りだしたジョーンズに舌を巻いた。不法侵入だということを理解してるのだろうか。

「ほら、早くしなきゃ見つかっちゃうぞ!」

潜められた小さな、それでも心底愉快そうな声に呆れる。スルスルと高い柵を登り終えたジョーンズは臆せず飛び降りてスタリと着地した。どうだ!と言いたげに振り向いてピースされる。こいつには緊張感が足りない。

ひとつため息をついて、じとりと目線を合わせる。

「…キャッチ失敗したらタダじゃおかねえから」
「へ?…うわ、っと」

弧を描いたそれは危なげなくキャッチされた。花弁が舞う。その様を目線の端に納めて同じように柵を上った。

(こそ泥まがいだな、本当)

心に沸くのは情けなさだ。本当に、うちの兄弟は終わってる。

「アーサー」

頂上で動きを止めたアーサーを不審に思って声をかけたのだろうか。大丈夫だと言おうとして呆気に取られた。
ジョーンズが腕を広げてこちらを見上げている。

「怖いなら大丈夫だぞ。ヒーローは何でも受け止められるからなっ!」

―――本当馬鹿だ。この柵の頂上は一介の男子高校生であるアーサーが怖がるような高さではない。ジョーンズは自分を軽視している。

それなのに心は妙に楽しくてならなかった。全く、ジョーンズといると調子が狂う。その上世界が楽しく美しいもののような気になってしまうのだから、始末が悪い。

「なめんな、ばか」

身体を宙に投げ出して着地する。華麗に降り立ったアーサーを見てジョーンズが口笛を吹いた。

「Great!」
「静かにしてろ。…どうやら兄達はいるらしいから、な」

彼らの住んでいる家を見やると確かに明かりが点っている。何が『主人達は旅行から帰っておりませんので』だ。こちらを馬鹿にするも大概にしてほしい。

しかし舌打ちしようと歪めた口には突然横から飛び出てきたバラの花束がぶつかった。

「うぶっ」
「何て顔してんの。…久しぶりに会うんだろ」

言葉に詰まる。バラの匂いが胸をいっぱいにして、怒りが霧散していく。助けられてばかりだと思うと少し悔しくて、お礼は言えなかった。そんな自分が少しもどかしかった。







墓は汚れていなかったが何かを供えた様子もなく、少し寂しい。

「父さん、母さん」

少し花弁が散ってしまったバラを置く。豊満な甘い匂いがふたりの眠る所に届けばいい。

「いつか遺言、守るから」

声にならないような小さな言葉は届いたかどうか解らない。別に届かなくてもいい。これは自分へ言い聞かせるためだ。

不甲斐ない自分を許してください。来年の墓参りはきっと堂々とやってくるから。ばら園も復活させて、年中薔薇を咲かせるから。

墓の前でぼんやり立つ。その時スッと隣に誰かが立った。

「アーサーのお父さんとお母さん」

ジョーンズの声が妙にしっかりしていて驚く。

「アーサー君は堅物で融通がきかないばかちんですが、真面目ですごく優しい奴です。何よりこのヒーローがついてるので心配ご無用です!」

胸を張ってジョーンズが拳で胸を叩いた。何て自信たっぷりなんだろう。しかも根拠のない自信だ。

「…何言ってんだか」
「何だい、全部本当のことだろ?」

親友じゃない。それどころか新友といってもいいくらいなのに、こんなことを臆面なく言えるジョーンズはどれだけ人が良いのだろう。
心がふわりと温かくなる。認めたくないけれど、確かに自分はこんな奴に救われていた。

ガタリと遠くで音がした。兄のどちらかが外に出たのだろう。

「とっととずらかるぞ、ジョーンズ」
「WAO!スパイみたいだな!」

小さな楽しそうな声に吹き出す。

「おい、そこに誰かいるのか!?」

掛けられた大声にバッと駆け出す。それも同時なのだからこんな時なのに笑いが込み上げてきて、締まりがないったらなかった。








「で、遺言って?」

春の夜中は生ぬるい。ゆったりと歩きながら小さく口を開いた。

「…ふたりは事故死だけど、昔から遺言は用意してたんだ。それによるとあの家の敷地内のものは全て俺のものらしい。遺産金は三分割なんだけど。そして兄達がその遺言を隠してるのも知ってる。欲深だからな」

今さら隠し立てすることはない。包み隠さず全てを話すと、ジョーンズは予想に反して何も言わなかった。そちらの方が居心地悪い。

「…おい、なんか言えよ…って、うわ」

突然ジョーンズが被っていた帽子を被らされた。そうして怯んだ隙にスタスタと先に行ってしまう。

「んだよ、アイツ…」

暗闇に消えていく背中を見る。すると急に、何か憑き物が落ちたように涙ぐんでしまった。

「うわ、」

慌てて目を擦ると涙はすぐに止まった。何だって言うんだろう。やはり感傷的になっているのか。

それとも、出来ないと諦めていた墓参りができたからだろうか。

少しの間立ち尽くすが、帽子の鍔をぎゅっと下げてスピードを落としてゆっくり先をいっていた背中目掛けて駆け出す。そして追い付いた背中を小さくこづいた。
動きを止めたそいつに向かってぶっきらぼうに呟く。

「……サンキュ」

ポカンと口を開いたジョーンズは、すぐにニッと口角をあげる。

「何だい、気色悪いぞ!」
「うるっせえばーか!」

涙ぐんだ理由は分からなかった。それでもこうして今笑えるのはジョーンズのお陰だと言うことくらいは、自分にだって嫌と言うほど分かっていた。









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