ゲットイントゥハー 5 |
あの日以来何だかんだでジョーンズが話しかけてくるようになって内心ヒヤヒヤしていた。 朝からアリスのメールについて、休み時間もアリス、昼ごはん中も帰りがけもアリスアリスアリスアリス。 本当にただの友達ならノイローゼになりそうなアリス率だ。それでもアーサーは会話が分かるからつまらなくはない。ただ、知らないふりして話を合わせるのは至難の技だった。 世界史の授業中、教師の自分語りに入ったのでシャーペンを動かす手を止めてぼうっとジョーンズの背中を見つめる。 ピンと跳ねた金髪は癖っ毛らしい。いつもつまらなそうに頬杖をついている手は意外にも今日はきちんと下ろされていた。 背中広いな。 背はあるのにあまり逞しくないアーサーにとっては羨ましい限りである。このしなやかな体と取り替えてほしい。ちょっとのメタボは目を瞑ろう。 そのとき突然後ろを振り向かれて思わず目を丸くした。 声を潜めてジョーンズが笑う。 (いまアリスにメール送っちゃった。返ってくるかな?) (!さ、さあ…………うん、返ってくんじゃね) (そう?やった!) 「こら、ジョーンズ!」 教師の声と共にジョーンズが慌てて前を向く。それを確認してから、そうっと学生鞄の中から携帯を取り出した。確かに新着メール一件だ。 2010/3/8 11:24 From:ジョーンズ 【無題】 暇だよー(´-ω-`) 世界史面白くない ![]() ![]() 思わず笑いそうになって堪える。返信を打とうとしたらやけにボタンを押す音が大きく聞こえて、ゆっくり慎重に打ったら時間が掛かった。 2010/3/8 11:30 To:ジョーンズ 【Re:】 あはは ![]() ![]() メールを送るとすぐに目の前のジョーンズの肩が揺れいそいそと机の中から携帯を取り出していた。キーホルダーがこすれる音が聞こえて、思わずニヤニヤしてしまったから慌てて手で口を覆った。 自分は思ったよりずっと楽しんでいるみたいだった。 アパートの鍵を乱暴に開ける。 最低だ。最近の中で飛び抜けて最低最悪の気分だった。バラをソファに叩きつけると花びらが舞う。 「クソッタレ!」 思い出せば思い出すほどイライラが増して、頭をかきむしる。何でよりによってこんな日に、こんな気分に。 門前払いされた。 今日は父と母の一周忌だった。それなのに墓に入れてくれなかった。実家の敷地内であるにも関わらず、だ。 兄達が父母が死んでアーサーを追い出した後に今までのメイドや執事たちをごっそり辞めさせたことは今日まで知らなかった。 知らない奴らに「主人たちは旅行に行っているから何人たりとも入れられない」と突き返される屈辱といったら、ない。 あれは俺の家だ。いつも帰りたがる訳じゃないのだから、墓参りくらい、いいじゃないか。 「…くそ」 バラの匂いが狭い部屋に満ちる。母が好きで父自らばら園を作ったので、カークランド家は近所でも評判のバラの香りがする館だった。 仲のいい夫婦だった。そのばら園も、もうないだろう。兄達は何故か両親を嫌っていたから。 喪服のネクタイを抜く。シャツの第一ボタンを外したところでズボンから携帯が落ちた。拾うと点滅していることに気づく。ジョーンズからだった。 2010/3/14 21:07 From:ジョーンズ 【無題】 今日アーサーが早く帰ってったぞ ![]() ![]() それは墓参りだったからだ。でも今日はメールをする気力はない。 2010/3/14 21:32 From:ジョーンズ 【Re:】 ごめん ![]() ![]() ジョーンズといるのが楽しくなってきた。アリスとしてメールをするのも楽しい。初めてメールしてからもう2週間も過ぎていた。 やるせなくてバラの花束を持って部屋から出る。外を出ると生ぬるい風が身をまとった。もうすぐ春が来る。 (なにが春だよ) 春なんて下らない。もう何もかも下らない。 世界は自分に優しくない。 (…ハッ、甘ったれの考えだな。ヘドが出る) 自分はまだ幸せな方なのだ。世界にもっと冷たく当たられている人間はごまんといる。 ゆらりと歩き出す。当てなんてどこにもなかった。 誰もいない公園のブランコに座ってバラの花束に顔を埋める。 母さんの匂い。幸せな匂い。 涙は出なかった。もう怒りよりも悲しみしかない。一周忌に息子がひとりも来ないなんて信じられないだろう。 ごめん、父さん、母さん。 親不孝な息子たちでごめん。 「…ごめんなさい」 俺はもう、どうすれば良いか分からない。 「はっ…アーサー…っ?」 名を呼ばれて弾かれたように顔をあげる。街灯の下には、息を切らしてこちらを見るジョーンズがいた。 100305 - - - - - - - - - - top nxt |