淪落の恋 16


翌朝、昨夜の顛末を話すと義父は大きな目を瞬かせ、深く深くため息を吐いた。

「…本当に不出来な子供ばかりですまない、アーサー。すぐに連れ戻す」
「いえ、どうか無理に連れ戻さないであげてください」

義父は目を丸くする。アーサーはとても穏やかに微笑んだ。

「…君から逃げ出した娘はいらないか?」
「違います。エミリーが望んで帰ってくるなら式は挙げるつもりです」
「このまま話が流れたら結局君の家にまで泥を塗ることになるんだぞ?」
「大丈夫です。幸いまだ招待状は出していませんし」

あっけらかんと言い切ったアーサーに義父がこめかみを抑えた。アーサーはふいと窓の外を見て朝日に目を細める。
この薄情な白い光にあの二人は暴かれてやしないだろうか。

「――ジョーンズ家への支援は必ず続けます。ジョーンズさんの会社は不運が重なっただけで、地力はある。カークランドもそれは分かっています」
「そんなことは問題じゃない、君は」
「自分ではあの笑顔は引き出せない」

本心だった。アルフレッドと共にいたいからだけでこんなことは言わない。
エミリーは明るい女だった。それでもいつもどこか陰があって、その陰はアーサーではどうしても取り払えなかった。
それが昨日、あんなに幸せそうに笑ったのだ。この籠の中ではきっと一生引き出せなかった。
明るく強引で子供のような女性だった。

「彼女には幸せでいてほしいんです」

心からの言葉に義父は随分長い間躊躇ったあと、小さくイエスと呟いた。










抜け出すエミリーを見た人間が何人かいたらしく、屋敷はその噂で持ちきりだ。時折視線を感じるがそれもそうだろう。自分の立場は婚約者に逃げられた哀れな男なのだから。
廊下を抜ける。カツ、カツと革靴が床を擦る。自室の扉を開けた。中のベッドの上に、アルフレッドがいた。

「エミリーがいなくなったんだって?」
「ああ」

アルフレッドが器用に口笛を吹いて眼鏡の中の目を細めた。

「すばらしいな、うちの姉君は!俺たちがどんなに決意しても出来なかったことを軽々やってのけた」

そのまま立ち上がり、未だに部屋の入り口で動けずにいるアーサーのもとに向かう。アルフレッドがアーサーの頬に手をやった。

「次はどこのお嬢さんと婚約するんだい」

アーサーは暫くアルフレッドを見て、それからそっと頬に当たっている手を上から触れた。
口が動く。声が震えそうだ。

「それが、嫉妬深い坊っちゃんが離してくれそうにないんだ……一生、な」

言い切った次の瞬間アルフレッドに掻き抱かれてアーサーはその力強さに一瞬息を止めた。乱暴に唇が重なる。頭を固定されてアルフレッドの思うままに舐めつくされて、それでも足りなくて、縋るように腕を回す。

何度も何度も口づけながらアルフレッドの手がアーサーの服をズボンから引き出す。そのまま服の中に侵入してきた手はアーサーの肌を不埒に這い回り、胸の突起をきゅっと摘まんだ。

「はぁ…っ!」

思わず足がガクガク震える。くたりと寄りかかってきたアーサーをアルフレッドは抱き止めた。

「ベッドに行こう、アーサー」

こくりと頷いて誘われるままベッドに向かう。ぼふんとベッドに倒れ込むと、アルフレッドが懐からジェルを取り出してサイドテーブルに置いたあと服を脱ぎ出した。

裸を見るのはまだ慣れない。しかもこんな朝にこんな恥ずかしいことをするなんて。けれど現れたアルフレッドの裸にそんな考えは吹っ飛んだ。
思わず見とれたアーサーを見てアルフレッドが雄の顔で笑う。

「脱ぎなよ」
「…おう」

上の服のボタンに手をかける。この際スーツに皺が寄ってもどうでも良かった。ジャケットを脱いでネクタイを抜きシャツを脱ぐ。しかしベルトを外そうとしたとこで、アーサーは動きを止めた。

「…こっちも?」
「当たり前だろ」
「……」

覚悟を決めてズボンに手をかけ、パンツごとずり下ろす。目の前のアルフレッドがゴクリと喉を鳴らした。

「真っ白だ。…この前、たくさん痕つけたのに」
「っ、アル」

アルフレッドがゆらりと近づいてきて胸に吸い付く。ベッドヘッドに凭れたアーサーはビクリと身体を揺らしてアルフレッドの髪をくしゃくしゃにした。
ちゅぱちゅぷと耳を塞ぎたくなるような音がする。アーサーは襲いくる快感に耐えた。

「ん、あ…る、も、やめ」
「アーサー」
「あ、る、ふれっど、アルフ、っん」

胸の突起は手で潰されたり転がされ片方は舌で嬲られながら、アルフレッドは先ほど置いたジェルを取った。性器は既に勃起していて、アーサーは熱さと気持ちよさに頬を上気させる。

気持ちいい。こんなに明るいのに快感にどうでもよくなってしまう。アルフレッドが触れる場所すべてが気持ちいい。

アルフレッドのジェルに濡れた指がアーサーの秘孔をを解すように入ってくる。2度目でも、まだ慣れない。
そんな違和感と戦っていると、アルフレッドはジェルにまみれたもう一方の手でアーサーの性器を優しく握った。

「っあ、や」

後ろは指がぬくぬくと出入りしていて、前はアルフレッドの骨張った男の指が扱く。裏筋を撫でながら亀頭を指の腹で潰されてアーサーは喉を反らした。

苦しいくらい気持ちいい。アルフレッドに触られてるだけでどうしようもないのに、前も後ろも何て。しかも。

「ぁ、あ…、っ!はアッ!」

中を引っ掛かれて電流みたいに快感が走る。気を良くしたアルフレッドはそこを重点的に攻めだすのだからアーサーは理性が擦り切れるのを感じた。

「いやだっ、アル、そこやめ、変にっ…ひっ、あぁっ!」
「可愛い。アーサー」
「ある、出、るっぁ、あ、アル…っ!」

髪をくしゃくしゃに掴みながら頭をふるふる振るとアルフレッドがアーサーから指を抜いた。その勢いに出そうになる。

アルフレッドはアーサーをベッドに横たえさせた。そのまま後孔に熱くて固い何かが当たる。触っていないのにアルフレッド自身は完全に勃っていた。

「いくよ」

そのまま一気に貫かれて、アーサーは一瞬息が止まった。ゆっくり腰を引いたアルフレッドはもう一度腰を押し付けてくる。アーサーは思わず高い声を出した。一度目より確実に快感を拾っている。戸惑うアーサーの耳元に律動をやめないアルフレッドの唇が落ちた。

「愛してる」

アーサーは閉じていた目を開いた。アルフレッドが苦しそうな顔に幸せそうな色をのせて、こちらを見ている。

「これからは一生一緒だぞ」
「誰にも言わせないくらい強くなるから」
「だからもう、俺のものになって」
「君を愛してる」

中に注ぎ込まれるのと同時にアーサーの性器はぱたぱたと滴をこぼした。しばらく放心する。

『愛してる』

ぽろ。

「、アーサー…?」
「…はは、情けねぇ。止まらねえよ」

泣くなんて女々しい。分かっているけど止められない。アルフレッドのことで泣いたことなどなかったのに。―――泣かないようにしていたのに。

「お前を愛してる、アルフレッド!」

泣き笑いで手を伸ばすと、アルフレッドも感極まった顔でこちらを抱き返した。








「見てよアーサー!」
「ん?何…絵はがき?」

アルフレッドが興奮した顔で部屋に駆け込んでくる。手渡されたそれはフランスの風景写真だった。裏面を見て、瞠目する。姓は違うがエミリーの名前だ。

【アル、アーサー、お幸せに!】

「…いつからバレてたんだ…」
「さあね。ていうかその写真のとこすごく綺麗なんだぞ!行きたい!」
「ああ?行くって時間…」
「作るんだぞ、ハネムーンなんだから!」

思わず盛大に紅茶を吹き出したアーサーを見てアルフレッドが笑う。屈託ない笑みだ。それを少し憎らしく思いながら、アーサーはどう仕事を調整するかの算段を高速で付ける。
土曜日の昼下がり、柔らかな陽光がふたりに優しく降り注いでいた。









おわり!
100511
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