晩夏のロマンザ






大学に入学して、はや数ヶ月。日々はバタバタと過ぎて行き、気がつくと夏休みになっていた。一人暮らしに新しい友達、毎日の授業にサークル。どれも楽しいことばかりだけど、やっぱり慣れない環境での生活は少し疲れるもので。息抜きに実家でゆっくりしたいなと思い立ち、新幹線に飛び乗っていざ地元へ。

私のふるさとは漁師町。小さいながらも活気があり、なんといっても綺麗な海が自慢。がたんごとんと車両に揺られながら目を閉じると、懐かしい青が瞼の裏に浮かび上がる。空と海の境界なんてまるで見当たらない、一面青の世界。夏になると、青いキャンバスにもくもくとした濃い白が描かれる。そんな町が私は大好きだ。

最寄駅に着いたのはちょうど日没だった。全てを照らす役割を終えた赤が濃い青へずぶぶと沈み眠ったため、辺りを照らすのは疎らに点在する頼りない街灯のみ。夜の町はとても暗い。

「…………」

生ぬるい風が頬を撫でて去っていく。列車から降り立ちふと海を眺めると、違和感を感じ眉を顰める。最早黒に近い海はあまりにも静かで、生物の気配がまるでしない。音を立てることもなくゆらり、ゆらりと水面が無表情に蠢いている。呼吸音を漏らすことさえ許さない不気味な静寂―――なにか、いないの。なにこれ、知ってる海と、違う――

呆然と立ち尽くしていると、発車メロディが静寂を引き裂いた。おそらく通常の音量であろうそれは、やけに大きく聴こえる。心臓に悪い。いつの間にか暗いホームにぽつんと残されていたことに気づいた私は、駆け足で改札を抜け出す。辺りは真っ暗。道沿いには年老いた向日葵のシルエットが不気味に佇んでいた。怖い顔で見下ろさないでよ。


急いで家に帰ると、両親が懐かしい笑顔で迎えてくれた。ああよかった、安心。母が冷たい麦茶を注いでくれる。ほっと一息つくと、私は先程の奇妙さについて尋ねた。

「ねえ、さっき海が気持ち悪いくらい静かだったんだけど…」
「ああ、それね、たぶん不漁のせいよ。漁師さん達も頭かかえてるわ。こんなこと今までなかったのにねぇ」

自然相手だから仕方ないんだけどな、と父も溜息をつくので、ふうん、と上の空で返事をする。二人とも憂いてはいるが、不気味さは感じてないようだった。じゃああの静けさの原因はただ魚がいないから?いやそれにしたって……駄目だ、思い出す度にぞくり、と不安が心臓を突き刺す。ひとまず考えないようにしよう。麦茶をぐいっと煽れば、コップの表面に滲み出た水滴がぴちゃんと落ちた。

まあ暗い話はおいといて、と三人で寛ぎながら話に花を咲かせて、就寝。カーテンの向こうは夜にとっぷり染まっていた。家を出てからも殆ど変わっていない自室でベッドに転がると、色んな思い出が浮かんでくる。その頃にはもうあの海のこともすっかり忘れ、懐かしく幸せな気持ちの中でうとうとしていると―――むかしむかしの夢をみた。



海と空と入道雲。蝉が喧しく鳴いている。あの白い花は夕顔だろうか。暑さはわからないけど季節は夏だ。今は亡き祖母と幼い私が、何かを見つめながら話している。小さい頃から海が好きだった。

「これはね、鯨様を祀っている祠だよ」
「くじら?」
「そう。鯨様はね、夏にたくさんのお魚を連れてきてくれるんだ。そのおかげで私たちは漁ができる」
「ふうん…」
「ただ、時々迷子になってここに来られないこともある。海は広いからね」
「……」
「鯨様が迷っちゃったら、魚も来ない。漁ができなくなる。そんなの困るでしょう?だからね、この祠に鯨様の好物をお供えするんだ。いい香りが目印になるから迷子になんてならない」
「くじらさまは何が好きなの?おさかな?」
「それが面白いことにね、海の食べ物は嫌いなようなんだ。陸で採れる食べ物なら何でもいいみたいでねぇ。中でも果物がいちばん好きらしいけど」
「変なの。海のどうぶつなのにね」
「ふふっ…そうだねぇ…。そしてね、ここからはもっと信じられないお話なんだけど」
「なあに?」
「鯨様と会うことができたら、お供え物のお礼に海の中へ連れて行ってくれるそうなんだ。驚く程綺麗な世界だそうだよ」
「え!いいなあ!……でもにんげんは息できないよ、どうやって海で息するの?」
「ええとねぇ……」
純粋な質問をぶつけただけなのに、今まで饒舌だった祖母は言いにくそうに口籠った。少し間を置いて苦笑しながら私の頭を撫でる。
「……その方法だけはわからないんだって。秘密なんだろうねぇ」
「そっかぁ。私たちみんながその方法で海に潜っちゃったら、おさかなさん達もビックリするもんね!」
「ふふっ…そうだねぇ…。さあ、もうすぐ夕飯だ、帰ろうか」

そうして海に沈む真っ赤な夕陽を見ながら二人は手を繋いで帰る。幼い私のの頭は、祖母が零したあの苦笑の意味など考えることなく夕飯のことでいっぱいだった。おかずはなにかな。




「んん……」

眩しい。夏の朝日で目が覚める。……それにしても懐かしい夢をみたなぁ。今まで頭からすっかり消えていた思い出が急に夢に現れるなんて、何かの暗示かしら。ちょっと不思議な感じ。確かにおばあちゃんとあの場所に行ったのは覚えてる…けど、あの話がどこまで本当かはわからない。勿論、大好きなこの町に元気がないのは嫌だ。でもたかが夢のお話だし、お供え物なんてしたところで不漁が解決するとは限らない…大体祠の在処さえあやふやなのだ。夢は三色だけで構成されており、目印になるものは何もなかった。

――と思っていたのに、気づけば私は祠まで来ていた。よく辿り着けたよね、と自分でも不思議に思う。目の前の海は相変わらず静かなままだったが、夜ではないため不気味さはない。手には旬の葡萄と梨。たしかクジラさんは果物が好きだったはず。これで大漁になって町に活気が戻りますように!と手を一回パンと叩き、数秒間祈る。随分と適当な祈り方だとは思うけど(だって正しいやり方知らないもの)、お供え物は美味しそうだし、これでクジラさんも迷子にならないでしょ。美味しい旬のものは誰だって食べたいものね。明日また来ます、くるり背を向けると、正午のチャイムが町中に響き渡った。お昼ごはんだ。

帰宅後、そわそわと落ち着かない私は鯨について色々調べてみた。鯨は哺乳類。これは誰もが知ってる。鯨は地球生命史上最大の動物。鯨は哺乳類の中で、最も深くまで潜る。鯨は呼吸のために時々水面から顔を出す。鯨は元は陸に住んでいたが、進化の過程で海へと移った。鯨はコミュニケーションのために歌う。
同じ哺乳類なのに違う次元の生き物みたいだ。圧倒的なスケールの差。雄大で、悠々としていて、神秘的で…と一人感動して黙々と情報を漁っていると、ふとある一文が目に留まった。


『世界でいちばん孤独な鯨』


その鯨は、世界でたった一頭だけ、他の鯨とは違う周波数で鳴く。そのため、声が枯れるほど歌っても、永遠に誰にも届かない。終わりのない広大な青のなかで、いつまでも独りぼっち。

――そんなの寂しすぎるよ。

その日の晩は、会う訳がない、生きているかもわからない孤独なクジラのことを考えながら深い眠りについた。


朝と呼ぶには遅い時間に起きると、そそくさとあの祠へ足を向ける。場所はもう覚えた。クジラさん葡萄と梨、食べてくれたかな。なんて大学生にもなって夢を信じている私は、少しおかしい。アスファルトの地べたに暴力的なまでの陽射しが照り返している。暑さで脳みそやられちゃったかな。

少しでも暑さから逃れるため背の高い向日葵が作る陰を歩いていると、港が何やら騒がしい。昨日とはまるで違う明るい雰囲気に、思わず息を飲む。不漁に苦しんでいる町がここまでお祭り騒ぎになる理由は、ひとつしかない。……まさかね。

すれ違ったおじちゃん達に話を聞くと、みんな口を揃えてこう言った。

「大漁大漁!」

――どくん、どくん。心臓の音がやけに大きく聴こえる。どうして、なんで、ただの夢のお話じゃなかったの。

それじゃあ、と忙しくも嬉しそうな漁師さん達が去って行き、道の真ん中で一人ぼっち。喧騒が遠のく。――あの夢が本当なら、まさか。未だ理解が追いつかない頭にぽっとひとつの可能性が浮かんだ途端、私はあの場所へと走りだした。


「……っ…はあ…はあ…」
ようやく祠に着くと――そこにあったはずのお供え物は跡形もなく消えていた。
「…っなんで……ほんとに…」
どっどっどっと煩い心臓。いや、でも、さすがにないよね。そんなこと。だって伝承なんて作り話だもん。きっと果物だって狸か何かが食べたんで……

「おい、何してるんだ?」

びくう!と肩が大袈裟に跳ねる。え、うそ、男の人の声、後ろに、誰が。振り返ることもできずに硬直していると

「大丈夫か?具合悪いのか?」
「ひっ」

突然私の前に青い男が現れた。服も目も、海を彷彿とさせるような、青。

なんで、ついさっき私の後ろにいたじゃない、なんなの。なんで、なんでとまとまらない思考に苦しんでいると、青い男はしゃがんで心配そうな表情で私の顔を覗き込み、再度。

「ほ、ほんとに大丈夫か?」

大丈夫じゃないわよ。



また夢をみた。さみしいクジラの夢。陸の生活に息苦しさを覚えたクジラは、いつの日か海へと沈み、そこを生活場所とした。広い広い、静かな静かな青の中で独りぼっち。ここなら平穏に暮らせると満足していたクジラは、時間が経つにつれ後悔をし始めた。苦手だった筈の陸の喧騒が懐かしくてたまらなくなったのだ。しかし、もう遅い。あまりにも長い年月が経っていた。陸に戻ろうとしても、もうそのような体力はない。結局、騒がしくも楽しそうな他の皆の姿を、陸から遠く離れた海面から眺めることしかできなかった。だが眺めることすら一瞬しか叶わず、再びざぶん、と海へと沈む。悠々とした大きなからだは、際限なく広がる青の中ではただただちっぽけな存在だった。何処へ進むのか、自分でもわからないクジラは仲間を求めて、歌っていた。ずっとずっと。たったひとりで。



瞼をゆるゆると開けると、青い空と真白な入道雲が目に沁みる。いつの間にか珊瑚樹の陰で私は寝ていたらしい。誰かに膝枕をしてもらっている。少し高いな。…あれ、私、どうして外で寝てるんだっけ……。首をぐるりと回し、まだぼんやりとしている視界を見渡すと――頭の方に、青い男。

「――っ!!」

その姿を捉えるや否や、凄まじい速さで思考が再開。記憶に残っているあの男は夢じゃないのか。もう一度恐る恐る目線を上に向け姿を再確認。やっぱりいる。…いやでもまだ夢の中なのかも。ほっぺた抓って確認したいけど動いたら起きたのバレちゃう。ていうか何で膝枕!?ああ、ひょっとしたら海中旅行できるかも、なんて思うんじゃなかった。冷静に考えたら海の中で息できる訳ないじゃない!
どうしようとぐるぐる考えを巡らせていると、ばちっと目が合ってしまった。しまった、見すぎた。

「起きたか?体調はどうだ?」

寝たフリをしてやり過ごそうかと考えたけど、私の顔を上から覆い被さるように覗き込む表情が心配の色で満ちていたため、少し警戒心を解いて口を開く。

「…大丈夫…です」
「よかった。急に倒れるから心配したぞ」

倒れた原因はあなたなんだけどね。でもとりあえずいい人そうでよかった。

「あの、ありがとうございました」
「いや気にするな。起き上がれるか?たくさん水を飲んだ方がいい。汗が尋常じゃなかった」

うう、汗のことを異性に指摘されると恥ずかしいな…。かああ、と赤くなった顔をこれ以上覗かれたくない為すぐさま上体を起こそうとすると、親切にも背中に手を添えてくれた。薄い衣服の上からでは、男性特有のごつごつと骨ばった手の感覚が直に脊髄に伝わってしまい、思わず体を反らす。

「ひっ!」
「顔赤いぞ?ほんとに大丈夫か?無理するなよ」
「……っ」

相手が平然としているのに自分だけ狼狽えていることに耐えられず、無言でこくこくと頷き、持ってきていたバッグから水を取り出して勢いよく飲む。ぷはあ、おいしい、生き返る。

完全に目が醒めたところで、私はこの男の正体を知りたいと思い始めた。ここまで来て何もせず帰るのは何だか勿体無いもの。

「…あの…あなたのお名前は?」
「ああ、申し遅れてすまない。…フッ…俺の名前はカラ松。静寂と孤独を愛する男だ……よろしく子猫ちゃん。」
「……あ、はい。私の名前はナマエです。先ほどはありがとうございました」

なんともキザな返事が返ってきたなあ。こんな性格じゃないでしょ、さすがに。私の予想はハズレかしら。それでもやっぱり気になるなあ……。どうやって聞き出そう。あなたはクジラですか?って聞いてみる?いやそんなこと言ってもし普通の人だったら気まずいし…と悩んでいると

「礼なんかいいさ。寧ろ俺から礼を言わなきゃならない、ありがとう」
「……え?私何かしましたっけ」
「ああ、してくれた。葡萄と梨をご馳走になったよ。美味かった」
「!」

驚いて目を見開く。
まさか、え、うそ、本当に

「そう、俺はクジラだ」

さああ、と海風が二人の間をすり抜ける。怪しい者じゃないから安心してくれ、なんて言ってるけど、問題はそこじゃなくて。そりゃあ期待はしてたけど、クジラがヒトになるなんて、普通、常識で考えて、ありえないじゃない。でも、この祠の前、葡萄に梨、どことなく人間離れした雰囲気は…

「く、くじら様、ですか…」
「様なんてよしてくれ。そうだな、名前で呼んでくれた方が嬉しいなァ。」
「……わかりました…カラ松、さん」

さんも付けなくていいのに、と笑ってくれたけれど呼び捨てにできるほど今の私に余裕は無い。
この町の伝承を知っているのかと訊かれたので、あやふやだが昔祖母から聞いたことがあると伝えた。

「どこまで聞いたんだ?」

必死に記憶の糸を手繰り寄せる。ええと、たしか一昨日の夢では……

「お供え物をして、もし鯨様に会えたら、お礼をしてもらえるって……方法はわからないんですけど、海中を案内してもらえる、と聞きました」
「…方法が抜けてるだけで、後は全て正解だな。素晴らしい」

それじゃあ、私も伝承通りカラ松さんに海に連れて行ってもらえるのか!と歓喜していると、カラ松さんは困った笑みを浮かべていた。

「っいや案内は構わないんだが…その…方法がだな……」

確かに、人間が海に長時間潜れるって、いったいどんな方法なんだろう。思いつかないや。痛いのは嫌だなあ。

「別に痛い、とか後遺症が残る、とかじゃなかったら全然いいですよ?」
「…痛くもないし後遺症も残らないさ。」
「じゃあその方法やってください。海の中に行ってみたいんです」
「………でも」

私がいいって言っているのに、まだ彼は渋っている。それに先程までの紳士っぷりなどまるで感じられない表情で俯いていて。顔、赤いな。どうしたっていうの。

「……本当に、いいのか」
「はい、大丈夫です。小さい頃から海の中が憧れでしたから」

人間って、宇宙には行けたのに、海底にはまだ辿り着けていないんですよ。造り込まれた最新の潜水艦に乗っても、深海まで行くのさえ精一杯。だから、私、クジラを尊敬してます。からだひとつで、ありのままで深い深いところまで自由に泳げるなんてかっこいいですよね。

そう告げると、カラ松さんの顔がくしゃり、と歪んだ。俯いていてよく見えないけれど…割と大柄な人なのに、今にも泣き出しそうなこどもの様な表情で――あれ、この感じ、どこかで――

……そうだ、倒れている時に見た、あの夢の中のクジラみたい。独りぼっちでさみしいクジラ。誰にも届かない歌を歌い続けるクジラ。大きすぎる青の中では小さな小さなクジラ。――もしあのクジラが彼だとしたら、私は

「私、海も鯨も大好きなんです。どうか連れて行ってください。」

カラ松さんの肩が、ぴくりと震えた。ゆるゆると上げた顔は赤に染まっており、青い目は潤んでいる。ゆっくりと私との距離を縮めて行き、私の首筋に頭を埋め、低く掠れた声で耳元で囁く。

「ナマエ、ありがとう。……今から少しだけ、俺の言うことをちゃんと聞いてくれ」
「っ!」

背筋がぞくりとした。ごくり、と喉が上下する
音さえ聴こえるこの距離で私の心臓は持つのだろうか。
結局、どんな方法なのか聞く間を逃した私は、この後「先に聞いとけばよかった」と少しだけ後悔する羽目になる。潤んだ青い目に浮かぶのは、ひとつの感情だけではなかったのだ。


悪い、苦しいと思うが我慢してくれ。ぼそり、と彼が呟く。あまりにも近い距離に耐えきれずぎゅっと目を瞑る。男らしい武骨な手がするりと頭を撫でそのまま耳へと落ち、くいくい、と敏感なところを擽る。
「っ…ふ……っ…」
ああ、これは、だめだ、と脳みそが警笛を鳴らすが、引き返すにはもう遅い。
「……っひゃあ!」
反対側の耳を、肉厚な舌がべろりと舐める。過剰に反応した私に気づいたのか、執拗に耳殻を舌先でつついてくる。くちゅくちゅ、ぬちゅり。同時に熱い吐息も低い声も耳を犯すもんだから、外気の暑さと相まって既に頭のなかはとろとろ。

「…っあ…まってくだ、やあ…っ!」
「っ…すまない…もう止めるから…」
「ひっ…ん」
舌が離れるときの、くちっ、という音さえ腰に響く。カラ松さんの服を掴んではぁはぁと息を漏らす。けどよかった。これで終わりか。と安堵していたのも束の間、顎先を親指でくいと上げられ――唇が重なった。
暫く重ね合ったままだった唇を一瞬だけ離して、触れるか触れないかのところでカラ松さんが囁く。

「今から…その…深いのをする。だが、合図を出すまで絶対に唾液を飲み込んじゃだめだ。零しても、だめ。…あと少しだから頑張ってくれ」
「っはあ…まっ……ちょ、っときゅうけ、させ、んむっ!」

深いの、と聞いて怖気づいた私を逃さないように腰に手を回し、再度唇を重ね言葉を飲み込ませる。れろり、と他よりも皮膚が薄い敏感なところを甜められ思わず入り口を開いてしまうと、すかさず彼の舌が侵入してくる。侵入者は休むことなく性急に中を犯す。歯裏をちろちろ。口内がじゅわりと湿る。上顎をべろり。堪えきれない声と水分が溢れる。そして赤く熟れた舌をずちゅっ!と吸われると、先程から悲鳴を上げていた膝が呆気なく崩れ落ちた。それでも彼は私の腰と後頭部をしっかりと支えて離してくれない。

「んん…っふ……んっ!」
くちゅくちゅくちゅ、と舌を絡ませる度に狭い口内が艶めかしい水で満たされていく。あ、もう、もう限界。これ以上したら零れちゃう。そう思って彼の胸板を汗ばんだ拳でとんとんと叩くと、後頭部に置かれた手にぐいっと力が込められ上を向かされる。途端、何方のものとも判別がつかない唾液が私の狭い口内に流れ込む。多すぎる量に声も出せない。だめ、くるしい、しんじゃう――

たぷん!と全てを注ぎ終わると、カラ松さんは漸く唇を離した。

「はぁっ…っそれを、飲んでくれ…」
「!?」
「飲めば終わりだから…っ」
「っ…」

これで、おわり。恥ずかしいけれど、意を決してそれをごっくん!と飲み下す。口だけでなく身体の内部まで、かああ、と熱くなった。

「っぷは!…はぁ…はぁ…」

肺いっぱいに空気を吸い込む。やっと生きた心地を取り戻したが、脳みそと身体はとろとろに溶けていた。口籠った理由が今ならわかるよ、おばあちゃん。



「すまない。苦しい思いをさせたな」
「…っいえ、…でも本当にこれで海の中でも平気なんですか?」
「ああ、できる。大事なのは聴力と呼吸なんだ」

疑わしいかも知れないが、今からわかるさ。とカラ松さんは笑って言う。そういうもんなのか、と納得してしまう私もどうかしている。さっきの熱がなかなか収まらない。

彼はコホンと咳払いをし、改まった口調でこう言った。
「それではカラ松ガール…いや、ナマエ。静かで美しい青い世界へ招待しよう」
「はい、よろしくお願いします」

いつもの調子に戻ったらしいカラ松さんの口ぶりに、ふふっと笑みが零れる。綺麗な青い目を覗くと、そこにはもう孤独な寂しさはなかった。

高校より少し遅めの夏休み。疲れた体に休息を、と思い地元に帰ったはずなんだけど。どうやら非日常への切符を手に入れてしまったようだ。でも、猛暑に苛まれ項垂れてしまった向日葵を尻目に、ひんやりした青い世界をどこまでも泳げると思うとそれは最上級の休息のように感じた。みんなごめんね、少しだけ贅沢して来ます。

彼と沈んだその青は、どこまでも澄んでいた。