ここでようやくボクは気が付いた。今まで理解していなかったこと。それをもっと早くから知っていれば、ボクはこうやって馬鹿らしく、自分らしくもなくおろおろとする必要はなかったのに、とんだ失敗だと思った。
なまえの目からは絶え間なくどこからそんな量が出るのかというほど、さっきからぽろぽろと涙をこぼしている。ボクの目の前で、しかも職場でとかちょっと信じられない。少しは恥ずかしいって言う気持ちとかないのかな。だって誰かに見られたらそういう印象をつけてしまうかもしれないのに。すぐ泣いてしまうような面倒な奴かもしれないと。

そんなことも顧みずに泣いてしまうと言うことはよっぽど悲しかったとか、悔しかったわけで、こんな状態にしてしまったのは言わずもがなこのボクだ。



きみのまつげが奮える、きみの涙は、くるしい



なまえは本当によく僕の意地悪に面白いくらい耐えちゃう子だった。別に彼女じゃなくてもよかったのかもしれないけど、たまたま目についたのがなまえってだけだ。誰でもよかった。彼女がこのギアステーションの職員になって、真面目そうな子だなあというのが印象だった。そこでボクの心に悪戯心がつい芽生えちゃって、あんな真面目そうな子が困っているところが見て見たいと思っちゃった。なんだか昔からボクはそういうことをしちゃう癖というか、悪戯が好きなようだった。インゴのような怒らせたら怖い人には絶対しないけど。まあ、それはそれでスリルがあるんだけどね。

そんなことも知らず、そんな僕の性を駆り立てたなまえを初めて見た時から心がうきうきとしていたのを覚えている。すぐにどんなことをしてやろうかということだけが頭を占めた。

「私だって、がんばってるんです」

「う、うん」

「そりゃ、っひく、エメットさんには、敵いませんけど」

それからなまえには提出してもらう書類にありもしないミスを言いつけてそのミスを直すまで残業させてみたり、わざとインゴのフリして色々言ってみたりと、様々なことをなまえにしてきたボクは最初から今の今まで少しも飽きることはなかった。事あるごとに、なまえはボクの仕組んだことはなんでもないかのように平然な顔をしている。ひょっとしたら全部ボクが意図してやったことだって気づいているのかもしれない。だけど、それを本人に聞けるはずもなくボクはそのばれるギリギリのラインでの悪戯を楽しんでいた。
まるで壊れることのないおもちゃ。なまえをいつしかそんな風に扱っていたのかもしれない。

「ご、ごめん」

「ひくっ、…」

泣いている状態特有のひくついた声が聞こえる。なまえがついに泣いてしまったんだと、さっきから何度もボクに知らせていた。今更この場から逃げることなんて許されない。逃げるとしてもここはサブウェイボス専用の執務室なんだから、出口はなまえの真後ろにある。すなわち、ボクの退路なんて元々なかったわけだ。
椅子に座っているボクがなまえを見上げると、泣きすぎで目元が赤くなちゃって。ボク、意地悪の仕方は一人前に知っているけど、慰めたことなんてあまりないからこういうときにどうすればいいのか全く分からない。まして、ここまで泣かれてしまってはお手上げ状態である。

「ね、泣き止んで?」

「すぐ、止まります、から」

そう言って何分たっただろうか。すぐ止まると言いながら、ボクを何分困らせてきたと思っているんだ。

「っ……ふぇ」

「いい加減、止まって」

「さわんないで、くださいよ」

一向に止る気配もないし、ここでインゴが帰ってきても困るから痺れを切らしてボクはなまえの前に立った。僕より頭一つ分以上小さいなまえはボクを見上げる形になる。涙が目尻を通ってこめかみへと流れた。改めてなまえを見降ろして、小さいなあと思った。
ボクははめていた手袋を取ってズボンのポケットに入れて、親指で目元から擦った。すると、なまえがボクの手を叩くようにして払って拒絶の言葉を吐いた。よほどボクの言ったことが気に障っていたらしい。

「…んと、ホントにごめん」

「…………」

「今度ランチでも奢ってあげるからさ」

「…………」

「さっきのは…ボクも言い過ぎたと思うよ」

なまえのバトルサブウェイでの成績は最近負け続きだった。

その敗因というのも、季節の変わり目による風邪でポケモン達もそれにやられてしまっているということだった。本当なら休ませてやりたいところではあるが、そもそもバトルサブウェイの乗務員自体少ないし、代理なんてそうそうに立つはずもなくそのまま戦い続けていた。それに、なまえの実力はボクが認めるほど結構強い。流石にボクやインゴとまでは及ばないけど、いつも40戦目以降を担当している。乗っているのももちろんスーパートレインなので尚更、なまえの代わりなんて務まる人はいなかった。
そこでボクが意地悪で「そんなに負け続きでよくスーパートレインに乗ってられるね」なんて言っちゃったから、なまえは泣いちゃったんだ。どんなことにも耐え抜いてきたなまえならこんなこと気にも留めないと思った。だけど、今回ばかりはそうでもなかったみたい。
なまえにもプライドというものがあるのだとハッと気が付いた。そもそもこのバトルサブウェイに勤務している職員なんてそんな奴らばかりじゃないか。ボクだってそうだというのに。

「私も、こんなになるとは、思いませんでしたけど」

「?」

「たしかに、ポケモンの管理が十分でなかった私がいけないです」

「でも、それはしょうがない」

「……あなたに言われると、これほどまでに悔しいとは思いませんでした」

まだ涙は止まっていないけど、弱弱しく笑って見せるなまえに不覚にもどきっとしてしまった。本当は悔しくてたまらないのに、強がっている。さっきのはどうやってもボクが悪いのに、なまえはいつものように気にしないようにしているみたいだった。本当は、いつもこう思っていたのかもしれない?ふとそんなことが浮かんだ。
そうすると、ますますボクは自分のしてきたことに後悔を感じ始め手はまたなまえの涙をぬぐっていた。また手を払おうと、なまえはボクの腕を掴んだけど今度はボクが引き下がらなかったので、涙が溢れるたびに僕の親指で拭いてやれた。

ボクはその涙を見るのが苦しいと感じながら、内心別のことを考えていた。



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