(※R-15くらいです)



そのまま私を力いっぱい抱きしめるものだから、その腕の中にいる私は潰れて死んでしまうんじゃないかというほどで思わず「ぐぇ」と声が出てしまった。それは女の子らしい可愛い声ではなくてカエルの潰れた時のような、そんな声で。ノボリさんにくすくすと笑われると少しだけむっとした気持ちになり、それと同時にノボリさんの唇を至る所に擦り合わせてくるのが一瞬止まったので、そのついでにノボリさんの両肩を押して朝まで寝させてもらおうと思った。
もうここが人様のベットであることは気にするまい。明日にはなんとか対策を練るので、とノボリさんに心の中で呟いた。

「まだ寝るおつもりですか」

「すいませーん…」

「…私がそう簡単に寝させるとでも?」

すごく眠いというのに、顎を掴まれてノボリさんの顔を強制的に見せられるような顔の向きになった。目線を逸らそうにも視界は彼だけで占められているので私は彼以外の見るものを失う。いくら眠くてあらゆることを考えるのが面倒だと思っていても、こんなに綺麗な顔を間近で見ると心臓がうるさくてしょうがない。しかし、私は彼のことが好きではないのだから、早急にここから逃げ出さないといけないのに、ノボリさんの腕が私の腰をぐっと自分に引き寄せていて目線を逸らすどころか彼から普通の距離を保つことさえ今の私には難しかった。このままの体制だったら、心臓が持ちそうにない。まさか慣れろというのか。このまま時間が経つのを待って普通の脈拍に戻るのを待てというのか。

(ちかい!)

「貴方さまには私の疲れを癒してもらわなければ」

「酔ってます?」

「今日は一度も飲酒しておりませんよ」

私に確かめさせるように彼は息を吐いてみせた。酔ってないなんて元より知っているしノボリさんもこれが冗談だと分かっているのだろうけど、こうやって冗談にのってくれるような人だったんだと思うと、彼の第一印象ががらりと変わっていくような気がした。
真面目で堅苦しいような人かと思えばこうやって冗談にのってくれたり、冗談を言ったりもする。それに加えて顔を擦り寄せてくるのが好きみたいで少し可愛い感じの人なのだと、今の時点で分かる限りだけどそう感じた。少なくとも全然怖い人ではない。第一印象なんて何の役にも立たないのだと身をもって思った。

しかし、それと同時に私は身の危険を感じた。

「え、ノボリ、さん…」

「言ったでしょう。なまえさまに癒してもらわなければ私は眠れそうにありません」

「そ、そんな」

「申し訳ありませんね」

少々付き合っていただきますと、私の足に押し付けられるものに戸惑いながらその言葉に反対しようと口を開くと、そのタイミングを待っていたようにノボリさんがキスをして、私の舌を舐めとるようにして舌が入ってきた。いちいち私に反抗する余地がない。私を待ってくれる余裕や時間を一切与えてくれないノボリさんは、息を吸うのも忘れているような長さで舌を合わせて口の中を犯していた。

こんなのは間違っている。私は貴方の恋人ではない。する相手が間違っているというのにどうして気づかないのだろう。
私にとってこんなに苦しいことは身に覚えのないことで、鼻で息をするなんて器用な真似も出来ない私は息が満足できるほど吸えなくて、それでも少し入ってくる酸素は断続的でちっとも楽にはならなかった。その苦しさに頭がくらくらしてきて、しまいには目から涙が零れ落ちた。
それに気付いたノボリさんは口を離して頬から目尻にかけてぺろりと舐めとる。くすぐったくて恥ずかしくて私は終始目をぎゅっとつむったままだった。

「違いますから、わたし」

「何が違うのですか」

「いや、です…こんなことしちゃいけない」

「しかし私、こういう時に言うなまえさまの嫌の意味を知っております」

「ちがう!」

「なまえさま、」

私の腕を掴んで、自分のぴしっとキマっていたネクタイを解き私の両腕を縛った。もちろん抵抗はした。けれど女と男の力の差なんて言うまでもなかった。いよいよ私の焦燥感も加速して冷や汗をかいた。

「今日は私のことを好きだと言ってくださらないのですか?」

それはあなたのことが好きではないのだから当たり前じゃないか。

彼が私の目を見つめてそう言い放った次の瞬間にはシャツに手を掛けられてぷちぷちと外れていくボタンの音を聞いた。手が使えないならせめて足でと思い切り力を込めて動かしてみるもノボリさんが上に乗っていることで動いていないも同然のことだった。
腕も使えないし足でも何も出来ないなら私に抵抗する術と言えば口だけなのだが、そんなのはさっきの会話で通じないなんてことは分かっている。今の私にはどうすることもできないと遅いかもしれないがそう理解すると、ノボリさんに強張っていた体の力がふっと抜けていった。そして、次に私がしたことといえば本当にノボリさんのことを覚えていないか、記憶を探すことだった。もうそれ以外にすることがないのだ。私がノボリさんの恋人でさえあればいい。私がこの人の恋人であれば何もおかしいことではないのだ。もう口は自由になっていて、好きなように呼吸も出来るのに涙があふれ出た。

私が自分で頑張って思い出せるくらいなら苦労しないし、どうしたって彼のことは思い出せない。思い出せそうになって頭が痛くなることもない。どんなに頑張ってみても根本的に彼のことは知らなかった。

「…ひっ、…やっ、やめて、ください」

「な、泣いて…!?私決してなまえさまを泣かせたかったわけでは!」

「こっち、…っひっく、こないでください」

「そ、それほどまでに嫌と……安心してくださいまし。私は貴方さまを抱いて眠るだけで十分です、から」

初めてのことなのに、こんな形で終わってしまうなんてむなしすぎる。私のなけなしの理想や夢がこんな形で終わっていくのかと考えると涙が止まらなかった。それはもう子供が駄々をこねるように(は言いすぎかもしれないが)涙が出た。
流石にそれにはノボリさんもおろおろと慌てはじめる。そして彼は自分の胸に私を押し付ける形で力強く私を抱きしめた。ノボリさんを知らないと分かると、これからすることが怖くなって子供が泣くように泣きじゃくったっていうのに、それをされるとなんだかとても安心するような気がした。香水ではないだろうけど、たぶんボディソープとか、服の洗剤の匂いとか本当に特別な匂いではないなのに、今はそんな普通が安心して、それよりも人に抱きしめてもらうことに安心を一番感じた。
私が落ち着いたところでぱっと私から離れて、いそいそと自分でせっかく脱がした私のシャツもきちんと着せてくれた。少し痛いくらいに縛り付けられていた腕のネクタイも簡単に外すと、「少々失礼します」と言って逃げるように部屋から出て行ってしまった。

(ノボリさんには悪いことをしたかな)

私はネクタイを外してくれる最中で足に当たっていたのに気付いてしまった。私が拒んだからといってノボリさんが治まるわけでもないんだ。そう考えたらなんだか可哀相な気もしたけど、自分の貞操の危機を守れることに必死だったので何とも言えなかった。ことが唐突すぎて恥ずかしく思うこともなく、ただいつも以上に長く息を吐いてしまっただけだった。
しばらくしてシャワーも浴びてきたのか(ドライヤーの音も聞こえてきたし)少し髪の毛が濡らしてノボリさんが戻ってきた。ベットの上から彼を眺めて、こんなかっこいい人でも私は好きな人じゃないと嫌なんだと改めてそう感じた。

「ご夕食はどうしますか?」

「…今日はいいです」

「そうですか…では、私も今日は寝ますね」

「なんか、本当にすいません」

「何をおっしゃるんです。私の傍にいてくださるだけ私は幸せなのです」

ノボリさんの言葉を聞くたびに私は彼の恋人が羨ましくなる。どうやってこんな人を捕まえることが出来たのか、どうやらノボリさんも見間違うほど私と顔はそっくりなので性格は私とまるで違うんだろう。今の私じゃあ到底こんな風には出来そうにないなと思った。
そしてノボリさんが布団の中に入り込んできたので、せめてもと彼の胸に顔を埋めて抱きついてやると当たり前のように私の背中に腕が回された。それが腰の方に下がっていくこともなく、静かな夜であった。



渚の影 04



まえ つぎ

戻る
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -