「っはぁ、っはぁ、……なまえさま」
「ノボリさん」
「間に合って、よかったです」
周りはノボリさんの息の切らし様と私が線路の中に落ちてしまいそうになった事態にざわめきだっていた。しかし、私にとってはさほど気にならず、目の前のノボリさんに釘付けになっていた。
「ノボリ、さん」
「どうなさったのですか?」
「ノボリさん」
「なんでしょう」
「ノボリさん、私、」
彼の名前を呼ぶたびに少しずつ声が奮えて、気づけば泣きそうになっていた。このままだったら、私はまた元の世界の自分と同じことになっていただろう。あの眩しすぎるライトに照らされて電車の下敷きになっていた。だけど、今はそういうことに泣きそうになっているんじゃなくて、ノボリさんに本当のことを言わなきゃいけないことに泣きそうになっているんだ。
声が奮えて上手く呂律が回らなくなったところでノボリさんが人目も気にせず私の体を覆いかぶさるように抱きしめてくれた。
「ノボリさん、私やっぱり」
「それで私が貴方さまを捨てるとでも?」
「っなんで、そんなこと…?」
「愚問ですね」
「…どうして」
「私は…なまえさまが好きなのです。例えあなたが別人でも、中身は同じ。それは記憶がないなまえさまと一緒ではないのですか?」
「いっしょなんかじゃ…」
「思い出ならまた作ればいいと、私以前申し上げました。少しかなしいことですが」
「…………」
「私はきっとどの貴方さまでも私は愛すはずです」
「っふぇ」
「ですから、安心していいのですよ」
ノボリさんは私の思っていることなんて分かっていた。私が言いたいことなんてわざわざ口にだす必要なんてなかったように。それほどまでに私のことを理解している。いや、本当はここの世界の私のことを理解していた、の方が正しいだろうか。その理解と私が合致したということは、どの世界の私も中身は同じということなのだと思う。
安心していいという言葉で私の涙は堰を切って流れだし、ようやく私の求めていた答えを知った。
「ノボリさん、好きです」
「貴方さまも、私のことを好いてくれるのですね」
ありがとうございますと言って、ノボリさんが唇を合わせようといったところで周りの視線を思い出して、二人で笑ってしまった。
渚の影
どんな私でもあなたという人を愛すだろう
まえ つぎ
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