その後追い出されるようにして自分のデスクに戻ってきてとりあえず座るとぼうっとした。今起きた出来事にうまく頭が追いついていかなくて、ぼうっとした。



いばら 02



結局、私はあの場にいる必要なんてなかったんじゃないかなあって思う。
たしかにクラウドさんに言われたから執務室に行ったのは事実だ。でも、私が何か言う前に話なんてとっくのとうに終わっていて、なんだかからかわれているような気持ちになっていた。
まあ、何か言われるわけでもなかったしノボリさんがいつもどおりにしていいと言われたし、こういう不思議な出来事もあるものだと思ってやや遅れてしまった今日の自分の分の仕事を頑張って片付ける。今日が終わるまでは誰にも呼び出されることはなかった。


「なまえ」


今日は終わった。夜勤の人たちと挨拶したり、まだまだ仕事がある人達には応援の一言を残して私の一日は確かに終わったんだ。だから、この後はあったかい家に帰ってゆっくりするはずだった。
この駅で働く人の決まりで、出勤するときや私服に着替えて帰宅するときは裏口から出入りしなければならない。私の家はカナワタウンにあるからぐるっと回って一般出入り口から入るのだけど、それまでの道もこの時期は寒くて扉を出る前から首をすくめてしまう。腕にしているライブキャスターを見ると電車の時間まであまり時間がなかったので、覚悟を決めて玄関扉を開けた。
すると、私の覚悟を台無しにする声が聞こえるじゃないか。


「ボス?えっと、お疲れ様です。お先に失礼します」


返事はない。私の声が聞こえてなかった?ただ黙ってクダリさんがこちらを見つめているだけだ。昼間の件もあって少しむっとしている私はすぐに言葉を切り出す。こうしている間にも刻一刻と進んでいく。電車の到着、出発時刻はすごく正確なのは私も理解している。もう一度ちらっと腕を見てみた。さっきから一分経っていた。もう私は一言言ったし、ここで帰ったって文句は言わないだろう。

だけど、それは叶わなかった。

「?」

引き留められて一度閉じられた扉をもう一度開けると、冷たい風が一気に吹きかかってくる。寒すぎ!と思った時にはもうそれがなくなっていた。クダリさんの手で、それが閉められていた。それから私の手首にもクダリさんの手がしっかりと巻きついていた。


「……あの?」

「…………」

「ボス、聞こえてます?」

「…さみしい」

「?」

「帰っちゃ、やだ」


思わず肩に下げていたバックを落としそうになって、いや、実際半分ずり落ちていた。今聞いた言葉がどうも私には信じられない。と言うより、ありえないことなんだ。私に言うことじゃない。クダリさんにしては小さめの声だったけどそう聞こえた。


「言っている意味がよく分からないんですけど」

「さみしい」

(本当にそう言ったんだ)

「なまえが帰ったらさみしい」

「っでも、私がやることはもう終わってますし…」

「僕のこと手伝って」

「いや、あの」
「いや?」

上司命令なら、それはまあ逆らえないがタイムカードももう押してきてしまったし、という言い訳をだらだらと並べていたらクダリさんの手が背中に回ってきて、力いっぱいだっき締められて潰れそうになった。苦しいけど、なんだって私をこんなに引き留める理由も分からないのではその申し出に返事するのもためらってしまう。さみしいなんて、理由の内に入らない。

「っちょ、ギ、ブ…」

「あっごめん」

私の酸素が限界をむかえて絞り出すように声を出したら、ぱっと離してくれて一安心したのもつかの間で、私を離してすぐに力なく笑っていたクダリさんが目に入った。


(本当に、言ってるのか)

「でもね、本当なの。今日ノボリ遅番じゃないから帰っちゃって」

「…そうだったんですか。なら、そうと早く言ってくれれば喜んで手伝いますよ」

「ごめんね、無理に引き留めて」

ノボリさんが傍にいないと仕事なんてあんまりしないじゃないですか…とは死んでも言えないけど、私には明らかにいつもより随分元気がないクダリさんが心にひっかかって簡単に私の足を引き留めた。


まえ つぎ

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