ノボリさんとクダリさん、サブウェイマスターの二人はいつだってトレーナーの憧れの的であり地下での頂点であり続けていた。この人たちが本気を出したら四天王にも勝てるんじゃないかというそのポケモンバトルの実力は、イッシュ地方は勿論、他の地方にも噂が上がるほどだと言われている。未だにその話を聞く度に、そんな人たちが私の上司で毎日のように顔をあわせていると思うと大変恐れ多い。冗談ではなく。私達駅員の中には彼らが目的でここに就職した人も少なくないはずだ。たしか同僚が前にそんなことを話していた気がした。

しかし私はというと、二人にはさほど興味もなく、そればかりか存在自体も少し危うかったくらいだ。ポケモンバトルもそれほど強くもなかったし、希望の配属先がバトルサブウェイの方ではなくて最初から事務関係の方にだったから。二人のことはあまり頭にないままここに来た。私みたいな人はめずらしいらしい。
でも、そんな私もギアステーションに来て大分経つけれどこれだけは自信をもって言える。

この人たちは尊敬できる上司だ、と。



いばら 00



(また)


モニターの中に灰色の煙がたち込め、しばらくしてそれがだんだんと晴れてきて視界がクリアになる。すると画面には白いサブウェイマスターとその挑戦者、そして彼らのポケモン達が映し出された。そして次の瞬間には挑戦者の喜びの声がスピーカーから発せられる。


「やったあ!サブウェイマスターに勝ったぞ!!」


すると、すぐさまノボリさんがバトルレコーダーの記録を断った。少しため息も聞こえた。普段執務室で書類を片しながらバトルを待っているのにここでモニターを見つめているのだ。彼が何を思ってここにいるのかなんてことはここにいる全員が分かった。
ノボリさんからモニターに視線を移すとクダリさんの顔が少しアップされて映されていた。ここ数日見てきた顔だったけれど、そう長い時間見ていたいと思わない顔だ。クダリさんはフィールドに横たわる彼のポケモンを静かに抱きしめてモンスターボールに戻した。私もペンを握る手が思うように動かず、ようやく記録表にクダリさんの名前の横に黒丸を書いた。


「これは、だいぶ重症ですね…」

「…ボス、なにかあったんですかね?」


はっとして口を閉じてももう遅い。だけど、駅員がみんな思っていたことだと思う。私もぽろっと、つい口から洩れてしまっただけで。独り言のようなその問いかけにノボリさんが驚いたような目をして私を見た。ここ最近クダリさんは不調続きで、それはノーマルトレインだけの話だったわけだけど今日、たった今スーパートレインの方でも負けてしまった。みんなの憧れだった人がこんな調子で何も思わないわけがない。


「まあ、数年に一度くらいこのようなことがあるんですよ」


静まり返った空気の中で俯いていた私にノボリさんが言った。少しほっとした。


「クダリは幼いころからポケモンバトルの実力だけ底なしでして、敗北を味わう機会も少なかった。ですから、こうして一回負けてしまうと調子を崩すのです」

「そう、なんですか」

「…………」

「?」


クダリさんの事情を知ったところで、納得がいった私はそれでもサブウェイマスターでいるんだからそれを乗り越えてきたからこその実力なんだろうなあと思いつつすっかり止まっていたバトルの記録を書きとめ始めた。しかし、ここにいる皆がノボリさんの話してくれたことに納得して動き始めたというのに、ノボリさんは一向に動かなかった。直視は出来なかったけれど、記録を書いている時もなんだか私をじっと見ている気がしたんだ。気のせいだと思った。でも、ちらりと目を向けるとノボリさんと目線がぶつかった。


「…気をつけてくださいまし」


ぼそっと何かつぶやいたようにも見えたけれど、すぐに集中管理室から出て行ってしまったのでやっぱり気のせいなのかなと思う。


まえ つぎ

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