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白豹の彼の一番にはなれない

彼の部屋に呼び出されたのはほんの一時間前。もう寝ようとベッドに転がり込んだとき、ワカ君から『家来れる?』と連絡が来た。そのメールを見た私は布団からバッと起き上がると同時に、急いで眼鏡を外しコンタクトをつけ、すっぴんで彼に会いたくはないからこんな時間でも化粧を施す。彼を余り待たせたら寝てしまうかもしれないし、私を待たずに他の女の子を呼んでしまうかもしれない。そう思えば自然と焦りを感じる。

私はワカ君の彼女ではない。所詮セフレだ。
都合のいい女だと、思う。私はワカ君の誘いをまず断らない。その理由はワカ君に恋をしてしまっているからだ。

ワカ君は私以外にも女の子が沢山いる。
沢山いるのか実際はワカ君にしか分からないけれど、いることは事実だ。だって彼の部屋に行けば女物の化粧品だとか服が置いてあることもあったから。その度に胸はズキンと痛むけど、私は彼女ではないから仕方がない。醜い独占欲をさらけ出したらきっと彼に嫌われてしまう、そう思うと怖くて気にしない素振りをし続ける寂しい女だ。



「よォ。迎え行けなくて悪かったな」
「ううん。ワカ君ち私の家から近いし」

お風呂に入っていたのか彼のふわふわした髪は今はストレートに伸ばされていた。小さくお邪魔しますと玄関に入れば、そこにはワカ君の匂いが広まって、心拍数がほんの少し早まる。彼の後を着いて行き部屋に入ればいつもの変わらない景色がそこにはある。

今日は他の子の荷物ないな。

チラッと部屋を見渡して、知らない女の子の所有物が無いのを確認出来ると安堵してしまう。壁に掛けられた特攻服を見れば、つい特攻服を着たワカ君を思い出して似合うんだよなぁなんて顔が綻んだ。

「なに?考え事してんの?」
「あっ、ううん。特攻服着たワカ君最近見てないなぁって」

貴重品しか入っていないバッグをいつもの彼の部屋の隅へと置くと、ワカ君は早々に私の手を引いて柔らかな唇を重ねる。

「っん」
「なに、特服着てヤリてぇの?」
「やっちがっ!違うよ!?」
「ハハッ、冗談だわ」

からかわれてしまった。意地悪そうに口元をニィッと上げて言うワカ君に、私は慌てて弁解するも彼は笑うだけだった。顔に熱を帯びる私にワカ君は私の頬をそっと指でなぞる。

「わざわざ化粧してきたワケ?んなのしなくてもいーのに」
「…ワカ君にすっぴん見られたら死ぬもん」
「んだそれ。裸は見られても恥ずかしくねぇのかよ変なヤツ」

頬をなぞっていた指は私の唇へと移動し、親指でそっと触れる。裸だって勿論恥ずかしいけれど、彼の中でほんの少しでも可愛いと思って貰いたくて、ワカ君と関係を持っている女の子達の中に少しでも自分が優位に立てられるように、スタイルに自信がない私はこうして面貌だけでも綺麗にしなければならない。彼にいつか捨てられてしまうのでは無いかと必死なのだ。

「なまえ、こっち来いよ」
「…うん」

手招きされて彼のベッドへ行くもワカ君は私をすぐに組み敷いた。ギシッと二人分の音を立てるベッドに、彼のまだ濡れた髪の雫が私の頬に伝ってそれが冷たい。私を見下ろす彼の左耳のピアスがチリンと揺れる。それすらも艶っぽく見えてしまうのだからワカ君て狡い。

「あー今日さ」
「ん、なに?」
「悪ぃけどちょい喧嘩して来てまだ興奮収まってねぇんだわ。優しくしてやれそうにねぇんだけど、いい?」
「えっ、あっ」

私の返事を聞く前に、ワカ君は私を喰らい尽くすようにキスを落とす。情事中の汗ばむ体と少し余裕の無さそうな彼を滲んだ瞳で見つめる度に、あぁ、ワカ君の一番になりたいなぁって思う。この顔を見れるのは私だけだったらいいのになぁなんて思いながら、与えられる快楽に飲み込まれていくのだ。





喧嘩して来たという理由でいつもより激しかった行為は、日付が変わっても彼は私を求め離さなかった。私もそれに答えようとしたけれど、目を覚ましたら朝で、いつ寝てしまったのか覚えがない。隣に眠る彼を見ると、胸が締め付けられる。私を呼んでくれたことに喜んだり、終わった後の彼を見て寂しくなったり。こんなに近くにいるのに遠い存在だ。そっと彼を起こさぬように起き上がり服を身に纏ったら涙が出てきた。

今日は別の女の子をこの部屋に呼ぶのかな。
私と同じようにその声で名前を呼んで、その手で他の子を抱くのかな。

考え出したらキリがないのだ。しかしいつもワカ君と寝た後は嫌でも考えてしまって苦しくなる。彼の部屋では泣かないと決めていたルールはアッサリと破り捨てられた。ワカ君が起きる前に帰らなければと涙を拭いながら急いで身支度をする。

「んぁ?なまえ?」
「……あ」
「は?何お前泣いてんの?」

ベッドから私を見たワカ君は驚いたように体を起こす。終わりだと思った。セフレが男の前で泣くなんて。重すぎるにも程がある。咄嗟に何て声を出したらいいのか頭が真っ白になってしまう。

「おい、どうしたんだよ。何かあった?」
「あ……ワ、ワカ君、ごめんっ!!」
「は!?」

部屋の隅に置いてあったバッグを取り、私はワカ君の家を急いで出る。ワカ君が「待てよ!」とか言っていた気もするが、振り返ることも足を止めることも出来なかった。


外は雨が降っており、これが涙であるのか雨のせいか分からないが今の私は顔がきっとぐちゃぐちゃになっているだろう。

携帯を取り出してワカ君の連絡帳を開くと、外の冷気でひんやりと冷えた指先で私はそっとその連絡先を削除した。



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今牛 若狭

いつの間にかなまえを好きになってた人。
好きだと気付いたときに速攻で他の女は切ったし、その女達の私物は全部捨てた。
今日起きたら思いを伝える予定だったが泣いていたなまえを見て焦り電話しても応答なし。
この後強行突破するしかないと、彼女の家に行き思いを伝える。



20211026
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