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「なまえさん、帰りましょ」
「あ、三途君」

赤点候補のテストがやっと終わり放課後を迎えて帰る準備をしていれば、私の目の前に学年が一つ下の三途君が立っていた。慣れとは怖いもので彼は私の一学年下というのにも関わらず何食わぬ顔で私の元へと来るのにはもう違和感は殆どない。彼はこうして数は頻繁では無いが、多くても一週間に一度くらい私のクラスに出向いて私を迎えに来るのだ。

「今日は学校に来たんだね」
「なまえさんに会う為だけに学校来たンで」
「先輩をからかわないでくれる?」

マスクをしているせいで表情が読みにくく、嘘か本当か分からないその言葉に私は気にしない素振りをしながら鞄を持ちクラスを出る。三途君は時折こういった女を勘違いさせてしまうような言葉を発する事があり、それをあたかも平然に言うものだからそれにはまだ慣れない。

三途君との出会いは数ヶ月前に遡る。その日、補習で帰りが遅くなった私は家路へと急ぐ為にいつもはあまり通らない人気の少ない近道を使った。もう少しで道を抜けるというとき、ブロック塀に背もたれて蹲っていたのが三途君だ。

額や目の付近の傷からは血を流していて見るからに痛々しさが垣間見える。私は急いで鞄からハンカチを取り出して彼に手渡したが、三途君はハンカチを受け取らず「いらねぇし大袈裟」と一言そう言い放つと、ヨロッとした足取りで私とは逆方向へ歩いて行ってしまった。

それからだ、彼が私の元へと来るようになったのは。どうやら彼は私と同じ学校だったらしくあの日を境に彼は学校に登校した日には私の元へと来るようになった。初めてのお誘いは勿論びっくりしたし、あの時は特攻服を着ていて同じ学校ということも知らなかった私は初めは誰かピンと来なかった。誘われ動揺しながらも一緒に帰っているときに三途春千夜という名前と私の一学年下の男の子だと言うことを教えて貰った。二回目に帰ったときに教えて貰ったのは、初めて会った日は喧嘩をした帰りだったということ。だからあの時あんなに傷を負っていたのかと納得してしまった。そして何回目かの一緒に帰っているとき、聞いたことがある。

「ねぇ三途君。初めて会ったあの日、何にもしてあげられなかったのにどうして私に帰ろって誘ってくれるの?」
「帰る道一緒なんで」

一言、それだけ。逆方向歩いて行かなかったっけ?とも思ったけれど、私も私でその頃には彼と帰るのは一週間の楽しみの一つになっていた。私の楽しみなものは三つ。一、ドラマを見る、二、お風呂にゆっくり浸かる、三、甘いものを食べる。これに新たに四つ目の三途君が加わった。

それにしてもいつも一緒に帰るときの三途君はいつも何処かしら傷を付けている。今日だってそうだ。酷くはないが歩いているときにちらっと見えた手の甲が赤くなっていて私はつい顔を引きつらせてしまう。

「三途君学校来てないときって喧嘩ばかりしてるの?手、今日も赤くなってるよ」
「別にそういう訳じゃないっスけど、売られたから買ってるだけです」
「おおう…男らしいっすねぇ」

まるでヤンキー漫画に出てくるようなセリフを吐く彼に、私は少々苦笑いがこぼれる。話を聞く限りでは負けは余りないようだが、やっぱり新しい傷が毎回増えているとついつい大きなお世話だとは思うが心配してしまう。

「でもあんまり喧嘩しちゃダメだよ。私と帰るときいつも傷作っててさ。大きな怪我でもしないか心配だよ」
「約束は出来ないけど善処します」
「ほんとに?」
「……ハイ」

マスクをしているから口元までは分からないが少しの間を空けて彼はそう呟いた。多分彼の事だからそうは言っても傷をまた作ってくるのだろうが、素直に善処すると言葉が出た三途君に少しの安堵と共に胸を撫で下ろす。

「あ、三途君今日この後予定ある?」
「別に無いですけど」

三途君の返事を聞き私の顔はニパァッと分かりやすい程明るくなった。今日のテストが終わったら絶対行こうと決めていた所があったのだ。

「じゃあさ!スタバ寄ろ!新作のフラペチーノ出たから飲みたいの!テスト終わったし自分のご褒美に!」
「スタバ…この間も体育頑張ったとか言ってコンビニのケーキ買ってませんでしたっけ?そんで太るとか言って食べた後落ち込んでましたよね」
「う"ッ。いいのいいの気にしちゃダメ!行こ!奢るから」

直球ストレートな言葉が容赦なく胸を貫いていったが、私は屈せずに三途君を半場強引にスタバへと連れて行く。店内に入ればラッキーなことに時間帯も時間帯であまり混んではおらず、大して待つことも無く順番は回ってきた。

「ピーチフラペチーノ1つ。サイズはトールでお願いします。あ!あと生クリーム多めで。三途君はどうする?」
「いや、俺甘いもんは…アイスコーヒーでいいです」
「じゃあそれも一つお願いします」
「かしこまりました〜」

笑顔が素敵な店員さんに注文をし、私が財布を取り出そうと鞄に手をかけると同時に三途君が早々とトレーにお金を置いた。

「え!?待って、私が奢るから!」
「あー、別にこれぐらいいいっすよ」

表情を変えず何食わぬ顔で彼は会計を進める。私が半場強引に連れてきてしまったのに奢られるというものは気が引けるし、三途君が私に奢る理由は無い。私はお金を財布から取り出し彼に手渡そうとするも、三途君は頑なにそれを受け取ってはくれなかった。

「ダメだよ三途君。私が奢るって言ったじゃん」
「ハァ。意地っ張りですよねなまえさんて。じゃあこれはご褒美って事で今回は俺が奢るんで次奢って下さいよ」
「ご、ご褒美?」
「テスト、頑張ったんでしょ?俺からのご褒美って奴です」

そう言われてしまうと私は黙って持っていたお金を自分の財布へ戻すしか無かった。自分にご褒美はよくあげるけれど、人から貰うご褒美というものは小さい時以来だったから胸の奥が何だかこそばゆくなってしまった。そんな私達を店員さんが「青春ですね」と微笑み、手渡された私のフラペチーノと三途君のコーヒーのカップには可愛らしいニコちゃんマークが二つくっついてハートが散りばめられていた。お子ちゃま脳な私はカップに顔を赤くして店員に「ちち違いますから!」と言って足早に店を出る。








「なまえさんこういうの気にする人なんですね」
「え!?いやぁその…」

そりゃ勿論気にしますとも。最近はやっと慣れて来たが三途君と帰るのですら初めは緊張していたぐらいだ。私自身は嬉しいけど、カップルでも無いのに傍から見てそう思わせてしまったのは三途君に悪い気がしてしまう。少し歩いて取り敢えずベンチに腰かければ三途君は黒色のマスクを外しコーヒーのストローを啜る。

こうして見ると本当にモデルみたいだなぁ。

コーヒーを飲んでいるだけなのに、私が隣でごめんなさいと言わんばかりの綺麗な横顔は見惚れてしまう。口元にある傷がまた彼の顔を引き立たせるのだから不思議だ。チラチラと横目で見ていたのを三途君は気付き私の方を振り向くと片眉を下げた。

「飲まないんですか?」
「あ、飲む飲む!えっと、その前に奢ってくれてありがとう。ごめんね。ご褒美なんて普段貰わないから嬉しいよ」
「どーいたしまして。俺が奢りたかっただけなんで」

三途君はこうしてまた私を戸惑わせる言葉をさらりと言う。こんなときどう返したらいいのかいつも分からなくなってしまって私の胸はドキンと大きく脈打つのだ。
そんな気持ちを消し去るように私もフラペチーノのストローに口付ければ桃の甘みが口いっぱい広がってその美味しさに頬が緩む。

「美味しい!これ凄い美味しいよ三途君!」
「へぇ。良かったっすね」
「うん!もうなんていうの?テストの疲れがぶっ飛んだ感じ!」
「ハッ、なまえさんそれこの間のケーキ食ってるときも同じような事言ってましたね。語彙力ねぇなぁ」
「ウッ、仰る通りです」

三途君に笑われてしまった。顔がどんどん恥ずかしくてぴゅーっと熱くなっていく。私の方が年上なのに、こういう時の三途君は私より大人びているように感じてしまうのは何故だろう。紅潮している自分を見られぬように、私はまたストローを啜るけど隣の視線を感じてチラっと目を移せば三途君が頬杖しながらやっぱり此方を見ていた。

「…見られてると恥ずかしいんだけどな」
「俺が見たいから見てるんですよ」
「ブッ」

さらに追い討ちを掛ける様にドラマで見るようなセリフを平然と言ってくるから、私は飲んでいたフラペチーノをついに吹き出してしまった。

「ちょっ!三途君!?女子にいつもそういう事言ってるの?」
「は?」
「い、いやあの、あんまりそういう事言うと世の女子勘違いしちゃいますよ〜て話なんだ…ケド」

くるくるとストローを回しながら話す声は徐々に小さくなっていく。今日の三途君はいつも以上に何と言うか距離が近くてフラペチーノの様に甘い言葉を言うから流石に平常心を保ってはいられない。

「他の女に言ってそうです?俺」
「え?いや!?三途君の交友関係私知らないけど、三途君みたいな人に言われちゃったら皆誤解しちゃうんじゃないかな?私だからいいけど」

いや、違う。今私は大嘘をついた。本当はドキドキ滅茶苦茶している。流石にこんな事ばかり言われてしまうと私の心はもう爆発寸前で今にも泡を吹いて倒れてしまうんじゃないかってぐらい。


「あー…だっる」
「へ?」

急に先程とは打って変わった低い声のトーンに私は顔を上げ三途君を見る。彼は目を据わらせていて不機嫌そうにストローを噛んでいた。

「だ、だるい?」
「あ?猫かぶんのも疲れたってことォ」
「は、はい??」

隣に座る三途君はまるで別の人が座っているようだった。空気が変わっていくのが身にひしひしと感じられ、三途君は大きなため息を付くと私の方へと顔をグッと近付けて言葉を繋いだ。

「はぁぁ。なまえさんさぁ、いい加減鈍感過ぎねぇ?」
「鈍感?私が?」
「そーそー。俺が他の女にも言ってそうとか勝手な事言いやがってさァ、ムカつくんだよなぁ。そこらのクソ野郎みてェなこと俺がする訳ねぇだろ」
「は、あの距離、距離が近い」
「距離ィ?ハッ。"私だからいいけど"、なんだろなまえさんよォ」

ニィっと口角をニンマリ上げる彼に私はゾクッと背筋に汗が伝う。三途君は私が持っていたフラペチーノを手に取ったかと思うと、一口ストローに口付け啜った。

「んげェッ、あっま。良く飲めんなこんなの」
「へっあっ?」

眉を顰めてベロを出し、私の元へと返ってきたフラペチーノに私は同様を隠せずあたふたとそれを受け取る。彼は口直しするかのように自分のコーヒーを飲みながら私に言った。

「どうすりゃ俺の事男としてみてくれるんすかねぇ。この鈍感女は」
「いや、そのう、さ、三途君私の事友達?としか見てないと思ってたし、私自分が鈍感では無いと思ってたんだけど…」
「へぇ、トモダチね。ここまでやってトモダチ止まりかよ」

心臓が酷く五月蝿い。そりゃ迎えに来てくれたときは必ず家まで送ってくれるし、こうして私の行きたい所にも着いて来てくれたりするが三途君の気持ちとは別な話で、私は自分の気持ちに気付いていない訳では無かった。だから鈍感なんて事では無くて単純に私の片思いだと思っていたし、自分から告白する勇気が無かったから言わないように胸に秘めていたんだけど。

「ちょいこっち向け」
「ん?」

三途君に呼ばれ振り向けば唇が触れ合った。触れ合った唇からはほのかにコーヒーの味がして少し苦い。唇を離した三途君は私の目を見つめながら口元を上げる。

「"トモダチ"にはこんな事流石にしねぇよなァなまえさん?」
「…好き」
「………ハ?」
「私、三途君が好き」

驚く三途君を見るのは初めてだった。元々大きな目を更に開けて私を見るものだから相当驚いているんだろうと思う。
私は持っていたフラペチーノを一口飲み、彼にお返しのキスをした。

「ッ…は?はぁ!?」

これまた顔を赤く染める彼も見たのも初めてだった。私だってかなりドキドキして恥ずかしいのに、三途君の表情がその上を上回っていて逆に恥ずかしさが少し和らぐぐらいには彼の顔は真っ赤に染まっている。

「私、鈍感じゃないよ?ただ三途君が私の事どう思ってるか自信が無かったから言わなかっただけで。好きだったよ三途君のこと。友達にはこんなこと、しないでしょ?」
「…ッお前も猫かぶってたんかよ」
「猫被ってなんかないよ!正直言えば今すぐ走って何処かに行きたいぐらいドキドキしてるもん。…三途君は?」

もしかして私より三途君の方がドキドキしてるんじゃないかってぐらい顔も体も固まっているから何だかそれが可愛くて。彼が猫かぶっていようがいまいが私にとってはどちらでも良くて。隠していたんだろうがたまに出る話し方から、本当の三途君は少々言葉使いが荒いことには気付いていたし特に気にもしていなかったけれど、私に対して丁寧な言葉使いを心掛けようとすることが私にとっては嬉しかったのだ。

三途君は一本取られたのが余程悔しかったのか、少し不機嫌そうに小さく舌打ちをした後長い睫毛を此方に向けて言った。

「あークソ、好きに決まってんだろ。じゃなきゃキスなんかするワケねぇだろ」
「うふふ。ほんと?私も同じ。嬉しいな」

私の周りに花が舞うように喜び浮かれる私に、開き直ったのか三途君はもう一度私の口へキスを落とす。

「そうやって笑っていられんのも今の内っすから覚えて置いて下さいねなまえサン?」
「…望む所だよ三途クン。三途君こそ後悔しても遅いんだからね?」

今日一番の三途君の怪しさ溢れる笑みに、私も同じく今日一番の笑顔でそう返した。
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