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※梵天軸


時というものはとても残酷だ。年々と移りゆく景色の中で春には決まって桜が咲くように、冬には雪が降るようにとベタだが私達も変わらず同じ季節を巡っていくと自惚れていた。昔から彼は忠誠心が人一倍強く裏切りを許さない。彼の性格は私が一番知っていると自負していた点はある。人間というものは実に貪欲だ。やっぱり自分が一番でありたいと思ってしまう。変わらないのは私だけで彼は違っていたのだと一人取り残されたような気持ちに陥る。つまり何が言いたいかというと、私は彼と離婚をしようと思う。

一緒に過ごした期間はもう何年になるか。彼とは高校からの付き合いで結婚にまで至った。私から告白をして、彼が了承してくれたのが始まりだった。暴走族と普通の女子高生と言う形からスタートした私達。彼が暴走族から世間の道理にかなわない道へと歩む時、彼は私にムードもへったくれもなく普通にそれもコンビニの弁当を食べている時、プロポーズをしてくれた。

「おめぇに選ぶ道は一つしかねェ。ずっと俺ん所に居ろ」

驚き過ぎて持っていたお箸を落としてしまった。春千夜は固まる私の左手を取り返事なんて最初から聞くまでもないというかのように、薬指に小さなダイヤが埋め尽くされた指輪をはめる。キラキラ輝くダイヤは私好みの指輪のデザインで、前に雑誌でこういう指輪が可愛いと見せたことがあった。その時は余り興味なんて無さそうに「ふぅん」程度で話は流れてしまったのに、そのデザインを彼は覚えていてくれていたらしい。サプライズが苦手な彼が余りにも自信満々で言うものだから、この状況でプロポーズ?と笑いながらも目尻が緩んで涙を流して頷いた。

彼との結婚は半ば駆け落ちみたいなものだった。ウチの親は昔から世間体を気にする親で元々私と暴走族に所属している春千夜が付き合っていることに対しても首を縦に振ることは無かった。プロポーズされたのは高校卒業してすぐの事だったし、若さゆえに後先考えずの行動ではあったが彼を選んだことは今だって後悔はしていない。幹部であり、また組織のNo2ともなれば忙しいことは当たり前で、一人の夜が増えることは寂しかったけれどそれでもちゃんと私の元へ帰ってきて私を抱きしめてくれる彼が居たから我慢出来たし、どんなに遅くても私の作ったご飯を食べてくれるから苦手だった料理だって今では得意となった。


そんなある日、現実は簡単に私を幸せから深い穴底へと突き落とす。春千夜のスーツをクリーニングに出そうと整理していたとき、ポケットの中から一つライターが出てきたのだ。

…なにこれ?

英語名で名がインプットされているピンク色のライターに頭に雷が落ちたように衝撃が走る。明らかにラブホテルを連想させるライターに一瞬にして持つ手に汗が滲んだ。回らない頭の中で落ち着かせるように息を大きく吸っても呼吸は浅くなるばかり。

春千夜タバコ吸ってるし誰かから貰ったとか?でもホテルなんかのライターを普通人に渡すか?キャバとか飲み屋で貰ったのかも。

勘違いを微かに期待して震える手でライターをテーブルへと置く。その手でスマホにホテル名を入力し検索を掛ければ、それは勘違いでは無いものと思い知らされた。

思い切りラブホじゃん。浮気されてたのか私。

そのホテルはラブホテルなのにオシャレで有名なホテルなようで、直ぐにホームページと室内の画像が出てきた。心臓がどんどん熱を引いて氷のように冷たくなっていく。私と春千夜がホテルに行く理由は結婚してからは無いし、そもそもこんなホテル初めて知った。いつから浮気をしていたのだろうか。信じたくなくともテーブルに転がったライターを見れば信じざるおえないのだからしんどい。

春千夜は浮気をするような男では無いと信じていた。裏切りを許さない彼だから大丈夫だと思い込んでいた。付き合いが長くてどれだけ初々しさが無くなろうとも、私達は平気だと安心仕切っていた。だってあのとき、プロポーズしてくれた日に春千夜が言ったんだもん。

「一回しか言わねぇ。俺は何があってもお前だけだからその指輪絶っ対ぇ外すんじゃねぇぞ」

そう言ってくれたのに。あの時の言葉は嘘だったんですか春千夜さんよ。キャバクラならば仕方が無いと我慢が出来る。仕事の付き合いで行くこともあるだろう。じゃあ誰なんだろ。信じきっていたせいで検討もつかない。私が問いつめたら春千夜はどうやって説明するんだろう。

今日は春千夜が仕事から帰ってくる日だった。取引先が県外で行われるというからまぁ出張と同じ様なもの。二日ぶりに春千夜に会えると思ってかなり楽しみにしていたんだけどな。それも私だけだったのか。男は浮気をする生き物だと聞いたことがあるが、自分には関係の無い話だと思っていた。しかし実際にこうして証拠を残されてしまうとキツすぎる。こんなの笑って水に流せる人がどれだけいるのだろうか。やるのなら何故上手に最後まで隠し通さないのだ。馬鹿にも程がある。

バッドタイミングでメッセージアプリにメッセージが届いた。送り主は勿論春千夜で、帰宅は20時頃になるとか何とか。今の時刻は昼前の11時。私は身支度をし家を出た。

タクシーに乗り込み行き先を運転手に告げる。行き先に着くまでもずっと頭の中には浮気された事しか浮かばなくて嫌でも色々考えてしまった。私は彼が自分の元へ帰ってきてくれさえすれば良い等の良心的な思考を持てる程の良妻では無い。いくら結婚して苗字が同じと言っても安心してはならない事を今日学んだ。ずっと春千夜について行こうと決めたのに、私はこうして市役所まで来てしまっている。春千夜と婚姻届を出した場所だ。あの日と今では訳が違う。重たい足取りで職員の元へと歩み一枚の紙を欲しいと依頼する。渡された緑色の紙は縁がないものと思っていたが実際手に持つと紙切れ一枚なのに荷が重い。

家に帰りバックから先程の紙を広げる。この紙を提出するだけで他人になるのだから世の中不思議だなぁなんて他人事のように思えてしまう。ペンを持つもまだ書ける程の気持ちに余裕が無く、空欄のまま紙を見つめてもう三十分は経過していた。部屋の空気は重苦しく春千夜が他の女に愛でている事を想像するだけで嫉妬、腹立ち、悲痛でどうにかなってしまいそうだ。おぼつかない手で離婚届をファイルに入れてバッグに戻す。取り敢えず今日は春千夜に何が何でも会いたくない。問い詰めようにも一旦自分を落ち着かせなければ何をするか自分でも正直分からなかった。

キャリーケースをクローゼットから取り出し荷造りをする。帰る場所は無いから取り敢えずホテルにでも泊まって、気持ちが固まったら春千夜が仕事に行っている間にまた紙を置きに来ようと思ったのだ。

荷造り自体は時間も差程かからず、ダイニングテーブルに置いたライターの横に二人で外さないと誓った結婚指輪を置いておいた。これを見れば春千夜も自分が何をしたか分からない程馬鹿ではないだろう。久しぶりに何もはめられていない左手は虚しく見えた。





家を出て取り敢えずホテルを探すも連休が重なりビジネスホテルはこんな時に限ってどこも満室だった。仕方が無く普段は泊まらないお高めなホテルに行ってみればダブルの部屋だが空いていた。一人にしては広すぎる部屋に少々いたたまれなくなる。ビジネスホテルと違い、一晩泊まるだけで目を疑う金額に仕事をせず専業主婦をしていた私はこんな時ですら春千夜の稼いだ金に頼るのは惨めな気分になった。

ホテルのデスクチェアでファイルから離婚届を取り出し深呼吸をして、氏名を書き判を押す。これだけでかなりの体力を消耗した。

以外と人間ってこんな状況下でも涙が出ないもんだな。春千夜目の前にしたらボロボロだろうけどさ。

もうすぐ時刻は20時を迎える。春千夜がそろそろ帰宅すると言っていた時間だ。家に帰ってきて、私が居ない家で春千夜はどんな顔をするのだろう。浮気するような最低な男なのにこんなつまらない事を考えてしまう私は悔しいがまだきっと本心は嫌いにまではなれていないのだ。これが未練なのか情かは分からない。今日何度目かの溜息を付き、こんな事なんか忘れ去りたいと私はスマホを置いて部屋を後にする。

ホテルのラウンジへと向かえば東京の景色が一望出来るくらいに良い眺めの景色が広がっていた。こんな事さえ無ければ喜んでいるぐらいの。普段は中々来ないし一人ということもあり少々緊張もしたが、ウェイターに席を案内され私はそのまま椅子に腰を降ろす。男女が多いこの場でおひとり様っていうのにも少々心が折れたが他人は他人だ。こういうときぐらい酒に酔って春千夜のことなんか忘れて寝てしまいたい。自暴自棄なのは従順承知だが、今日ぐらいは酒に頼っても罰は当たらないだろう。




…どれくらいたったか。
アルコールが頭に回っても消え失せることの無い今日の出来事に今まで涙も出なかった癖に急に鼻がツンとしだした。こんな所では泣けないとズウッと鼻を啜って、ウェイターに酒の追加を頼めば私の様子に「お客様、大丈夫ですか?」と声を掛けられた。「大丈夫れす!」と情けなくそう返したが、勿論全然大丈夫では無い。

くそクソ糞!馬鹿千夜!

忘れ去る所かどんどんヤケクソになっていってしまっている。もうほんと、いつから浮気されてたんだろう。毎日知らずに出迎えていた私を見て春千夜は面白かったのだろうか。マジ最低。
大きく鼻を啜りグラスに口を付けようとした瞬間、私の持っていたグラスはひょいっと誰かに取られてしまった。

「あ?」
「あ?じゃねぇよこのクソアマ」
「ば…ばかちよ?」
「馬鹿はてめぇだろうが!」

声がした方へ顔を向けると、グラスを取り上げ随分とご立腹に見える春千夜がそこに居た。何でここに春千夜がいるのだと目を疑う。行き先は伝えていないしスマホだって部屋に置いてきた。一瞬酒に酔いすぎて幻覚が見えたのかとも思ったがそんな筈はなく、やっぱり目の前に立っているのは正真正銘春千夜だった。

「…帰んぞ」

いつも以上に低い声のトーンでそう呟く春千夜に腕を捕まれ怯みそうになるが、その手を私は払い除ける。

「はぁ?帰る訳ないじゃん!本当馬鹿なの?阿呆!」
「てんめぇ…いいから来いや!」
「絶対嫌!春千夜の顔なんか見たくない!」

そんな私に春千夜は大きく舌打ちをし、再度手を引っ張られ私を無理矢理立たせる。そのまま歩き出そうとする春千夜に私は意地でもその場を動かまいと阻止する。

「おい、ガキみてぇなことしてんじゃねぇぞ。いい加減にしろや」
「春千夜こそよくその面下げて来れたよね。有り得ないほんと」
「ハァ?いーから早く来い!無理矢理連れてってもこっちは構わねぇんだぞ」

静かな場所で喧嘩をしていれば周りの視線が痛くなるのは当たり前で、私はグッと言葉を飲み込み諦めてラウンジを出る。エレベーターに乗り、春千夜の顔を見ないようにそっぽを向きながら口を開いた。

「…帰って。私は帰らないから。一人で帰って」
「…お前本当にいい加減にしろよ」
「あっ?」

グッと服の胸ぐらを掴まれ私の顔は春千夜へと反射的に向けられる。目が合った春千夜の目はいつも私に向ける優しい春千夜なんかでは無くて冷めきったまるで知らない人を見ているかのような表情だった。

「お前が家に帰らねぇ理由と指輪外した理由言うまで帰る訳ねぇだろうが。意地でもてめぇを連れて帰るかんな」
「…自分が何したか分からないの?」
「ハ?」

チンと呑気な音と共にエレベーターは開かれ、私は春千夜を睨みつけエレベーターから歩き出す。春千夜も同じく引き下がる訳は無く私の後ろへと着いてくる。私の客室まで着きカードキーでロックを解除し、私はもう一度彼に言った。

「着いてこないで。春千夜なんて嫌い」
「てめぇ…言っていい事と悪いことがあんだろぉが。」
「そういう事言わせてるのは春千夜のせいでしょ。浮気しといてよく言うわ」
「浮気?俺が?」

鳩が豆鉄砲をくらったように大きな目を見開く彼に私は余計と苛立ちを表へと出す。よくそんな顔が出来るなと持っていたバッグを荒く春千夜へと向かって投げつけた。

「っ、俺がいつてめぇを裏切ったって言うんだよクソが」
「机、見てないの?ラブホのライターあったでしょ。しかもご丁寧に春千夜のスーツのポケットに入ってたよ」
「あ"?んなもん知らねぇよ。俺がおめぇ以外の女なんざ抱く訳ねぇだろうが」

今にも私に食ってかかってきそうに眉を顰める春千夜に私も負けじと睨みつける。心の整理が出来てからと思ったが拉致のあかない話に私は机に置いておいた紙を春千夜に渡す。

「これ、後は春千夜が名前書いて判子押すだけだけだから。書いたら市役所に出しといてよ」
「は?てめぇ…こんなのまで用意してやがったのかよ」
「浮気されて黙っていられるほど私できた女じゃないんで」
「さっきから聞いてりゃ浮気浮気って俺の事がそんな信用ならねぇのかよ」
「信用も何もっあ!ちょっ」

手渡した離婚届は私の目の前で春千夜の手により、ビリビリと音を立てて破かれ粉々となった。

「ちょっと何すんのよ!」
「うっっぜぇ」
「はぁっ!?ン"っ!」

私が言い返そうとしたとき、腕を無理矢理引き寄せられ力強く私の頭を抱え掴みキスをされた。息が出来ない程の荒々しいキスに春千夜の胸をどんどんと叩くがまるで意味が無い。中々離してはくれない唇に呼吸も苦しく何がしたいか分からない春千夜に対し、ずっと流さなかった涙が頬へと伝う。

「っふ、ン"っ、うぇっ、ンンっっはっぁ」
「っは、これで多少は大人しくなったかよ」

透明の糸を引き離れる唇に彼は少し荒い息を吐きながらも私を見下ろす。私は今まで止まっていた涙が溢れ落ち嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっていた。すると春千夜はセットされていた自分の髪をぐしゃぐしゃと掻きながら気まずそうに私に告げた。

「あー…心当たり、あるわ」
「うっ、ヒック」

泣いて返事が出来ない私を先程とは打って変わって優しく腕を掴みベッドへと私を座らせるとゆっくりと春千夜は口を開いた。

「前に取引先の女に近付かなきゃいけねぇことあったんだけどよ、多分その女だワ」
「…聞いて、ない」
「俺らの管轄外で薬を横流してやがる奴がいるって話が出てよ、普通なら俺等が出る幕じゃねぇけど雑魚がヘマしやがったから俺が出る羽目になったんだわ」

そう話す彼は何時に無く真剣な表情で言葉を吐く。普段仕事の内部のことは余り話さないから初めて聞くような話ばかりで、私は泣きながらも春千夜の言葉に耳を傾ける。

「その女に近付く為にちょろっと猫被ったらベラベラ内情話し出してよぉ。そしたら俺のこん好きとかくだらねぇこと言い出しやがった」

舌打ちをしながら怠そうに答える春千夜に嗚咽混じりに私は問う。

「っだから、うっ、ヒック、浮気したってこと?」
「ざけんな馬鹿が!俺がする訳ねぇだろうが。あー、俺にはクソ程大事にしてる嫁が居るからてめぇみてぇなアバズレ一切興味もねぇしくたばれって言ってやったワ」

舌をべぇっと出して冷たく言い放つ彼の顔付きを見れば嘘か本当か直ぐに分かった。
春千夜は本当容赦ないなぁ、なんて思いながらもやっと少し落ち着きを取り戻し始めた私は鼻を啜る。

「その女の人はどうなったの?…春千夜が浮気してないって証拠が無きゃ私安心出来ないんだけど」
「あ?あー、証拠も何ももうソイツ死んじまってるし山にでも埋まってるんじゃねぇ?」
「え?こ、殺したの?」
「当たりめーだろあんなカス女。元々殺す予定だったししつけー女はスクラップ。俺が振ったの気に食わなくてライターでも忍ばせたんだろ」

もうこの世に存在していないらしい女に「調子乗りやがってクソ女が」と目を据わらせ吐き捨てるように苛つく春千夜を横に私は唖然としてしまっていた。
ということは始めから春千夜は浮気なんかして無くて私のただの早とちりだったということ?

「なまえ!おいコラ聞いてんのかよ」
「あ、ゴメン。聞いて無かった」
「ハァ。だからよー、お前もお前。勝手に変な想像して勝手に出て行ってオマケに指輪まで外しやがって。俺に直接聞きゃいいだろうが。それにテメー俺がプロポーズした日に言ったこと忘れちまったのかよ」

不貞腐れているかのように膝に腕を置き頬杖しながら此方を見遣る彼は何処と無く小さな子供のようにも見える。

「早とちりしたのは謝るよゴメンね。でもライター見たとき春千夜が私以外の女を抱いてるのかと思ったら嫉妬でどうにかなりそうだった。死にたいくらいに。春千夜が言ってくれた言葉もちゃんと覚えてる。だからこそ辛くて堪らなかったの」
「…ふぅん」
「ふぅんて」

私の心の中を暴いたのに春千夜はまだ何故か不機嫌そうだった。目も合わせない彼に私は春千夜の肩に手を伸ばそうとした瞬間、彼にその手を絡め取られてそのまま押し倒されてしまった。ポフンと柔らかな音を立てて沈むベッドと対比して春千夜は私を見下ろす。

「はっ春千夜!?」
「俺さーどんだけ告られようが誘われようが眼中にねぇワケよ。お前以外の女は」
「…うん」
「自分が信じた女が早とちりだろうが何だろうが俺から離れること自体も有り得ねぇの」
「う、うん?」
「まぁーつまりだ」

私の鎖骨に顔を疼くめソフトに唇をつけ言葉にされるのは吐息が掛かり、焦れったくこそばゆい。疲れた脳がどんどん彼のペースに呑み込まれていくように蕩けていくようだった。

「これで最後だ、もう一生言わねぇ。俺が愛してんのはお前一人で次てめぇが下らねぇ事で悩んだり俺から離れようってならお前殺して俺も死ぬわ」
「…っなにそれぇ」

またもや目から涙が落ち赤ちゃんのように泣き喚く私を春千夜は珍しくずっと泣き止むまで私の頭を撫でていてくれた。
随分涙が止まらずやっと涙が止まりかけた私の顔は化粧もぐちゃぐちゃで見るに堪えない顔だろうに春千夜は笑うことも無くずっと抱きしめては大きな手で私をあやす。

「ね、はるちよ?」
「何だよ」
「…私も、春千夜が同じことしたら春千夜殺して私も死ぬ」

春千夜は私の言葉に大きく目を一瞬見開いたかと思うと、直ぐに口の端をキュッとにんまり上げて満足そうに微笑んだ。

「ッハ、上等。おめーぐらい可愛い女どこ探してもいねぇから安心しとけや」


今日の春千夜はいつにも増して甘すぎて、私ですら普段言わないような甘ったるい言葉を口にしてしまう。どちらかともなくお互いを引き寄せ合いキスをすればそれが合図となり密な空間へと引きずり込まれる。体に汗を浮かべる春千夜の姿に、私だけが知っている彼だと優越感に浸れば直ぐに「他のこん考えてんじゃねぇ」と私の体を愛撫する。激しさの中に濃密な空間は、何年も時を一緒に過ごしているというのに幸せ過ぎてどうにかなってしまうかと思った。
春千夜の事を考えていたんだけどなんて言える余裕は与えてはくれず終わりを告げるその行為と共に私は意識を手放した。








目を覚ますとカーテンからはうっすらと光が差し込んでいた。隣を見れば出張帰りで疲れていたのだろう、私を抱き締めながら春千夜はまだ寝息をすぅすぅと立てている。
春千夜が起きないようにそっと体を起こしカーテンを開ければ、自分の左手に目がいった。薬指には外したはずの結婚指輪がはめられている。あの頃と変わらずキラキラと輝かせるそのダイヤに私は顔が綻ぶ。私が寝てしまったあとに春千夜がまた付けてくれたのであろう。
ベッドへ戻りそっと春千夜の左手を取り、自分の左手と重ねる。男らしく少々カサついた手にはめられた春千夜の指輪に私はそっとキスを落とした。

「大好きだよ、春千夜」
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