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※梵天軸


「お兄さん、一人?」

そう声を掛けたのは、一言で言えばかっこよかったから。目立つ髪色とそのスーツ姿に魅入られて、私から声を掛けたのがお兄さんとの始まりだった。



家出をして数日。これまでは何とか友達の家にお世話になり過ごしていけた。しかしそれも長くは続かない。友達もその親もまだ居ていいよって言ってくれたが丁寧に遠慮する。暖かい言葉に胸と目が熱くなるのを感じて、私は深く感謝を伝えて友達の家を後にした。これから先の事はノープランだし、お金だってそんなに持ってはいない。けれどあの家には絶対に帰りたくは無いし、何とかなるでしょと若さ故に甘く考える。

でも実際は直ぐに私を現実へと引き戻す。未成年というものは実に据が多く、漫画喫茶でも何処でも22時以降は親同伴でなければ居られない。そうなればSNSで誰か泊まらせてくれる人を探すか公園なんかで野宿するしか考えが浮かばなかった。

悩んでもお腹は減るし、どうしたものかと取り敢えずコンビニへ入り水とサンドイッチを購入しコンビニの外に出ると、煙草を吸っている青年が目に入った。派手な桃色の髪をしたその人は見るからに高そうなスーツを着ていて、都心から少し離れているこんなコンビニでは場違い感が半端無かった。

「お兄さん、一人?」
「あ?」

煙草を吸いながらスマホに目を向けていた彼は、遠目でも分かるほど睫毛がバサバサで綺麗な顔立ちをしている。男の人は端麗な見掛けとは裏腹に、顔を歪ませ目線を私へと移した。

「誰だテメェ」
「なまえって言います。今絶賛家出中なんですけど拾ってくれませんか?」

パパ活とかそういったものは勿論した事が無いし、やろうともした事は無い。考えはしたが。彼の吸っていた煙草の灰がポトンと目の前の灰皿ではなく地面へと落ちる。お兄さんは私を見た後、直ぐ様また目線を私からスマホへと戻した。

「ナンパならもっと色気出てからやれや。オニーサンそんなんじゃときめかねぇよ糞ガキ」
「ナンパじゃないです。家出中なんです」

引き下がらない私に桃色頭のお兄さんは煙草をもう一口深く吸い込んで煙を吐き出すと、眉を顰めて私をジロッとした目付きで見る。その目付きがちょっと怖くて体が硬直してしまったけれど、私もうろたえずに負けじと彼の目を見た。するとお兄さんは私を下から上まで眺めると灰皿に煙草を押し付けた。

「乗れよ」

お兄さんは案外呆気なく了承してくれた。このまま相手にされず断られるとばかり思っていたから私は少し拍子抜けしてしまった。スタスタと自分の車らしきものへと乗る彼に、私は置いていかれないように助手席へのドアを開ける。

「高級車、ですよね?乗った事ない」
「あん?まぁーお嬢チャンがこの先普通に生活してたら買えねぇぐらいの値段かもなぁ」

車をバックし車道へと向きを変え走らすお兄さんに、私は少し興奮気味で問う。少し荒いハンドル裁きで走行するお兄さんに私は目が釘付けだった。周りは高校生の同級生ばかりだし、普段は電車やバスに乗ることしか無かった私は、大人の男の人の車に乗る事自体が初めてだったわけでつい緊張してしまう。

「お前いくつー?」
「え、あ18です」
「フーン」

年齢を聞いてきた割に興味無さそうに前を向くお兄さん。信号が赤信号に変わった瞬間、お兄さんは少しイラついたように小さな舌打ちをした。私の住む街から知らない夜の街へと走り、ネオンの光に照らされるお兄さんの横顔は凄く綺麗でかっこよかった。

「お兄さんかっこいいですね」
「ハ?だから糞ガキには興味ねぇ」
「そんなつもりじゃないですけど」

別にどうこうなりたくて言ったわけでは無いけれど、お兄さんに何故か私は振られる形になってしまった。赤信号が青へと変わり、お兄さんはアクセルを踏む。いつも私が見ていた景色とは打って変わって、私の知らない夜の街へと変化して行く景色は不思議だったしキラキラして胸が自然と弾んでしまった。

「これから何処へ行くんですか?」

あれから車を走らせて十分ぐらい経ったとき、何気無く聞いてみた。子供に興味が無いと言っていたけれど、こういうのって普通はホテルへ連れて行かれるようなパターンしか知らない。そうした経験は無くとも、そういう知識だけは学校で教わらなくたって無駄に自然と付くものだ。

「何処連れてかれると思う?」

ニヤッと口元を怪しく上げたお兄さんに私は息を飲んだ。考えても一向にホテルというワードしか思いつかず、唸るように考えていた私にお兄さんはプハッと笑いだした。

「おめェ自分から誘っといてンな考えんのかよ。お子ちゃま脳だな」
「うっ、否定出来ないですけど」

少し恥ずかしくなって俯けば、また信号は赤で車は止まる。するとお兄さんはハンドルから手を離し、私の頬へとそっと手を当てた。

「なっちょっ」
「お前ちょっとは危機感持った方がいいんじゃねぇの?」
「え?」

そう言ったお兄さんは先程の笑顔とは打って変わって真逆の冷たい目線を私に向けた。間近で彼の睫毛がゆらりと揺れ、お兄さんの目から目線を逸らす事すら出来ない空気が私を纏う。シートベルトを持つ手に自然と力が入った。

「テメェから誘ったとはいえ知らねぇ男の車なんか乗っちまってよォ。俺がヤバい人だったらどーするワケ?」
「やばい人?」
「そー。ヤバァイ人。お前みてぇな奴、直ぐに風俗とか海外に売り飛ばされっかもなァ」
「え…」

そう言ったお兄さんは目のハイライトを無くし、低いトーンで私に言った。氷のような冷たい目付きに、全身に鳥肌が立つ。

「…なーんてな」

お兄さんは私の頬からパッと手を離し、またハンドルを握る。何も言葉を発せず、先程の彼の言葉が頭の中で駆け回る。心臓はドクドクと音を立てて鳴らしており、私もしかして滅茶苦茶ヤバい人に話しかけてしまったのだろうかと数分前の自分に後悔が生じる。私の知らない街へと走り行く彼に、不安でじとっとした汗が体を伝い気持ちが悪かった。





「降りろ」

お兄さんが車を停めたのは一件のマンションだった。何処に連れて行かれるのかと冷や冷やしていた私は、目の前の見るからに高そうで綺麗なマンションに拍子抜けしてしまった。

「ぼったってねぇで早く歩けや俺ァ疲れてんだよ」
「え?あ、ハイ!」

エントランスにお兄さんの靴の音がコツンコツンと響いて私は置いていかれないように後を追う。一般人が到底住めないであろうセキュリティがしっかりしているマンションに、お兄さんは慣れた手つきでカードキーを取り出し部屋の鍵を開ける。

「…ここお兄さんち?」
「それ以外誰の家だよばぁーか」

私の家の玄関より広い玄関に圧倒され、小さく「お邪魔します」と私は玄関の隅っこに靴を脱ぐ。彼はスタスタとリビングらしき場所へと歩いて私も着いていくと、今度は部屋の広さにびっくりした。

「私、売られるんじゃなかったんですか?」
「あ"?」

お兄さんはスーツのジャケットを無造作に脱いで椅子へ掛けたかと思うと私の目の前に立ち、私の顎へ長い指をかけた。

「何お前。マジで売られてぇの?」
「…出来れば売られたくありません」

お兄さんは面倒くさそうに舌打ちをして、私の顎から指を離す。どうしたらいいのか分からずにその場に立ち止まっていると、お兄さんは冷蔵庫から水を取り出して一口飲むと口を開いた。

「風呂場はあそこ、トイレはそこ。ここにあるもんなら好きに使って構わねぇけど絶ッ対ェ俺の寝室には入ってくんな。お前の部屋はココ使っとけ」
「え!あ、部屋まで貸してくれるんですか?」
「リビングうろつかれるよりその方がマシだワ」

今日知り合ったばかりの女に面倒臭いと言いつつ案内されたのは、6畳ぐらいある一室だった。単純な私は、え?もしかしてこのお兄さんかなり面倒見良いのでは?なんて思いながらも、取り敢えずどこかへ売られる心配は無さそうだと少し安堵する。

「お前荷物少ねぇのな」
「必要最低限のものしか持って出てきてないので」

私の鞄を見るとお兄さんは言った。お財布、スマホ、充電器に少しの下着と着替え。それしか持っていなかった為、家出と言いながらも小さな鞄にお兄さんは不思議そうに見ていた。余分な物は邪魔になると思って、持っては来なかったから。

「あっそ。飯は?」
「さっきコンビニで買いました」









リビングで先程買ったサンドイッチを食べるもとても食べづらい。何故ならテーブルを挟んで真正面にお兄さんが私の事をずっと見ているからだ。

「あ、あの食べます、か?」
「ハ?いらね」

一応聞いてみたものの、あっさり断られてしまった。レタスとチーズが挟んであるサンドイッチを口へと運び喉へと通す。綺麗なお兄さんにまじまじ見られていると緊張してしまって中々思う様に口が進まない。

「そんな見られてると食べづらいです」
「あん?見るも見ねぇも俺の勝手ェ。つかそれしか食わねぇの?もっと女はふくよかな方がモテんぞ」

骨じゃんと彼は言いながら私のサンドイッチを手に取り食べだした。結局食べるんかいとツッコミを入れたくなったがそこは黙っておこう。

「んでぇ?何で家出なんかしてンの?」
「…お母さんもお父さんも私の事を人間と思ってないから」
「はぁ?」
「なんて言うか人形、見たいな感じですかね。あれしちゃダメ、これしちゃダメばかりで。女の子何だからもっとこうしてなきゃいけないとか、門限は18時だしついには私の友達まで悪く言う様になって」
「ンゲェッ。反吐が出そ。お前よくその年まで我慢出来たな」

俺なら無理と舌ベラをベェッと出してお兄さんは眉を顰める。お兄さんの反応が普通だろう。私の友達も皆同じだった。私はペットボトルの蓋を開け一口水を飲む。

「だから、ちょっと遅い反抗期です。悪い子になって見たかったんです」

ずっとずっと我慢してきた。我慢しないと怒られるから。一度だけ反抗した事がある。そうしたらお母さんには泣きながら殴られて、お父さんにはベランダに閉め出されて家の中には入れて貰えなかったっけ。それからお父さんとお母さんに嫌われないように良い子を装っていた私は、自分自身に限界がきて疲れてしまった。周りの親が羨ましかった。もっと皆と遊びたかったし、彼氏だって欲しかった。でもあの親の言いなりになっている内は私はずっと籠の中の鳥だろう。逃げ出すには自分から逃げ出さなければずっと私は縛られたまんまだ。あの家に居たらいずれ私は息が詰まって死んでしまうであろう。

「悪い子ねぇ。…まァおめぇぐらいの年の奴が親の言いなりってのも無理な話なんよなぁ。縛る事なんざ無理無理」
「ですよね!私間違って無いですよね!?」
「近ェ、寄んな。糞ほどテメェに興味ねぇけど暇つぶしにやさし〜い春千夜オニイサンがお前の事飼ってやる」

ニヤァと怪しく笑うお兄さんに私は目を丸くさせた。飼うって私のことを?しかしお兄さんの表情を見る限り冗談には見受けられなかった。

「…ハルチヨってお兄さんの名前ですか?」
「あん?それ以外に何があんだよ。飼われるなら飼い主の名前ぐらい覚えとけブス」

ブスと言うワードに加えて、今初めて名前教えて貰ったんですがと少しムッとしたけれど、飼うということはつまり置いておいてくれるという訳で。私はムッとした感情をペットボトルに口を付け水と共に流し込んだ。

「あ、そん代わり」
「え?」
「飼われるには俺の言う事を忠実に聞くことと俺のする事に口煩く聞かねぇことォ。これ守れねェんだったら即殺してバラして魚のエサにするかもな」
「ヒッは、ハイ」

嘘か冗談か分からないところがまた怖い。綺麗な顔して言葉使いが荒いお兄さんに、魚のエサだけにはなりたくないと返事をする。

私はこうしてお兄さんに飼われることとなったのだ。
今日一日で私の生活は一変した。普通にあのまま生活をしていたら、今日のような夢みたいなことは起きなかったであろう。お兄さんは少し怖いけど私はこれからの未来に少しだけ光が差した気がして、嬉しくなった。



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