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「はぁぁぁあ。今日もかっこいいよ春千夜君大好き」
「そりゃどーも」

私の愛しみ込めた言葉を軽々とあしらう彼は三途春千夜と言って私の彼氏である。私がアタックにアタックを重ねてやっと付き合えた。私の告白にまさか了承してくれるなんて思わなくて、あの時の少し照れた様子の彼を見れたのは後にも先にもこの時だけだ。出来るならもう一度だけでも拝みたい。

今日は久々に春千夜君と帰れる。
春千夜君はいつも学校に余り来ないし、やっと来たと思ったら学校が終わる頃だとか、早く来ても気付いたら帰ってしまっていることが多くて中々彼と学校で会えない。その為今日の私は史上最上級にテンションが上がり浮かれていた。
カップルあるあるの彼氏が彼女の歩く速さに歩幅合わせるみたいな事は全然無くて、スタスタと私よりもうんと早く歩いて行ってしまうから私は早歩きで彼の後を追う。そんな私を気にしない彼も私は大好きだ。

付き合ってみたら意外な一面が見えるというのは良く言うが、春千夜君はそんな事は無かった。少しはデレる部分も見れるかもと期待したけれど、まんま付き合う前と変わりなくこうしてあしらわれてしまったりする。私が好きだと伝えても告白以来顔色を余り変えない春千夜君に、最初こそ落ち込んだりもしたが最近はこういう人なのだと割り切る事にした。

黒のマスクを付け、金髪の長い髪を靡かせた春千夜君はそんじょそこらの女よりも美しい。本当美人と言う言葉が良く似合う。前にその事を伝えたら「俺、男だけど。ざけんな」と怒られてしまってからは口にはしないけれど。学校では余り誰とも話さず、裏では暴走族入ってるらしいから近寄るなって囁かれているのを耳にした事がある。でも暴走族に入っているからと言って、彼を怖いと思ったことは一度も無い。言動はああでも彼が優しいという事を私は知っている。例えば今日みたいに学校の下校時刻までいた時は必ず私を家まで送ってくれる所だ。

「見すぎ。うぜぇ」
「ごめん!かっこいいからつい見惚れちゃって。でもさ、また喧嘩したでしょ」

いつもの綺麗なお顔に擦り傷が出来ている。春千夜君は暴走族に入っているその関係か偶にこうして傷を作ってくるのだ。私に指摘された春千夜君は少しバツが悪そうに私を見る。

「別に負けてねぇからいんじゃね?」
「そういう問題じゃないよ!」

確かこんな日の為に絆創膏を持っていた筈と私はバッグをゴソゴソと漁る。それをジッと見つめていた彼はバッグの中に入れていた私の手を掴んだ。

「んな事よりさァ」
「え?どうしたの」
「二人の時は何て呼ぶんだっけ?」

マスクをしていても彼の表情を伺えてしまって、私の顔はみるみる内に熱くなっていく。ぜったい絶対春千夜君今悪い顔してる。自分から相手にかっこいいとかそういう類いは言えるのに、何故か彼から求められると恥ずかしくなってしまう私は春千夜君にいつも遊ばれてしまうのだ。

「ホラ、早く言えよ。"ハルちゃん"だかって呼びてぇって言ってたのお前じゃなかったっけ?」
「う"っそうなんだけど」

私だけしか呼ばない呼び名を呼びたいとは言ったけれど、やっぱりずっと春千夜君と呼んでいた時間が長い分、少し恥ずかしい。そんな私を見越してか春千夜君はつまんなそうにポッケに手を入れながら口を開いた。

「っかんねぇ。俺の事好きだかっこいいだ言う割にこういうの恥ずかしいとか。意味分かんねぇワ」
「違うもん!慣れていないだけで!は、は、春ちゃん意地悪!」

少し吃りながらも彼の名を呼べば、彼は満足そうにマスクを片手で下げ私の身長まで屈むと触れるだけのキスを落とした。春千夜君とのキスはこれが初めてでは無いが、こんな公共の場でキスをするなんて思わなくて私は先程よりも更に体は硬直して顔が紅潮していく。

「顔、すっげぇ赤いね」
「…誰かに見られちゃったらどうするの!ここ普通の道だよ!?」
「あ?んなの別にどーもしねぇ。っつか道じゃなきゃいーんかよ」

マスクをまた口元まで上げスタスタ歩き出す彼に私は急いでついて行く。言動が冷たいように見えても、ぶっきらぼうに思えても好きの気持ちは加速していって私の胸の鼓動を速くする。

「はるち、春ちゃんは学校何であんまり来ないの?」
「勉強とかどーでもいいしだりぃしねみぃ。あんなトコで学ぶこんなんかねぇわ」

普段中々会う時間が少ないからせめて学校だけでも来てくれれば会えるのに。そんな私の気持ちを汲む訳でも無く会話はそこで終了を告げた。私の家に着いてしまったからだ。

「送ってくれてありがとう。今日はもう帰るの?」
「あー、この後呼ばれてんだワ」
「…そっかぁ」

寂しい気持ちを顕にした所で春千夜君は私とは居てくれないだろう。彼の"呼ばれている"はあの所属しているチームの総長か五番隊の隊長からの指令か何かだろう。我儘言って彼を困らせてはいけないと笑顔を取り繕う。

「んなシケタ面すんなよ。…また連絡すっから」

そうは言っても私は顔に表情が出やすい為か春千夜君に直ぐに私の気持ちはバレてしまう。そんな彼の一言で私は忽ち笑顔になってしまうのだから本当私は彼にゾッコンなのだと思い知る。

「約束だよ!春ちゃん!待ってるからね!」

普段メールも私から送る事が多くて、返事も余り来なくて偶に絵文字一つ付けて返してくれるような彼だけれど、連絡くれるというだけで私の気持ちは心に日が差すように晴れてしまうのだ。そんな私を見て春千夜君は私の頭をポンと手を当てて背を向ける。私は彼が見えなくなるまでその背中を見ていた。





「も〜彼氏がヤキモチウザイんだけど〜」

昼休み。あれから春千夜君は学校には来ていないようだった。メールしてみても「寝てた」とか「めんどい」しか返って来なくて会えていない。若干ていうかかなりの春千夜君不足だ。友達の彼氏の愚痴だろうが聞けば正直言って羨ましい悩みだなって思ってしまう。

「なまえあの三途君て人と付き合ってんでしょ!?あの人ってヤキモチとか妬くの?」
「ヤキモチ…か」

ヤキモチ以前に皆みたいに私達は頻繁に会える訳でも無ければ連絡だってあまり取れない。でもちょっとというかかなり寂しいけれどそれが彼なのだから。それが私の好きになった男だと思いながら私は笑顔を作り友達に向ける。

「妬かないんじゃないかな。平気そう」

私の返答に友達は楽で羨ましいと言っていたけれど、私は彼女達が羨ましい。そういえば付き合っているけれど、春千夜君に好きと言われた事が無いことに今更ながら気が付いた。私が好きだと口にしても彼はいつも涼しい顔をしているし。あれ?春千夜君て私の事好きなのかな?と疑問と不安が募っていき一気に気分が下降していく。こんな事を思えてしまったら当然ご飯を食べる所では無くなってしまって、給食の半分も食べられなくなってしまった。





6限目終了をチャイムが知らせる。
考えていることは春千夜君の事ばかりで、勉強なんて頭に入ってくる訳が無かった。結局今日も最後の時間まで彼は来る事は無く私は帰る支度をして、鞄を手に取り教室を出ようとした所で声を掛けられた。

「あの、なまえさん。ちょっと良いかな?」
「あ、田中君」

普段余り話した事のない男子に私は話し掛けられた。彼は同じクラスメイトで頭が良くていつも好成績を取っていると有名な優等生君だった。そんな優等生君が私に話って何だろう。提出物やら何やらの理由を考えてみても思い当たらず、私は彼の後を着いていく。

田中君が足を止めたのは体育館の裏だった。下校時の部活前という事もあり、そこに人影は無く静けさの中に私達二人きりだった。

「えと、何だろう?」
「あのさ、君付き合ってるの?三途って人と」
「そう、だけど何で?」

何処かで見られていたのだろうか。というか態々こんな事を言う為に彼は私を呼び出したのだろうか。ザァっと風が吹いて、木の葉が揺れる音と共に田中君は私の肩を勢いよく両手で掴みかけてきた。

「ちょっ痛っ!」
「あんな奴君には似合わない!辞めとけよ!!」

あんな奴?あんな奴って春千夜君のこと?
急に声を荒らげたその男はクッと目付きを釣り上げて、私の肩を掴む手に力を込める。

「はっ離してよっ!」

掴まれた両肩の鈍い痛みに私は顔が歪む。振りほどこうにも随分な力を入れている為か男はびくともしない。
これヤバいかもと思い、辺りを見渡しても周りに人は見当たらない。男を思い切り睨みつけるがそんな小さな抵抗は男に取っては無害も同じだった。

「この間アイツと帰ってるの見ちゃったんだ!あんなろくでもないような不良と君が付き合ってるなんておかしいよ!裏では何してるかしれてる!別れて僕と付き合うべきなんだよ!」
「はぁっ!?」

私の中でプチンと音がなった気がした。アンタが春千夜君の何を知っているのだ。不良という一括りで彼をろくでもないと決めつけないで欲しい。私か言い返そうと口を開いた瞬間、ドカッと鈍い音を立てたかと思うと田中君は地面に吹っ飛んでいく。

「誰の女口説いてんだよ?ぁ"あ"?」

聞き覚えのあるその声のする方へと振り向けば、誰が見ても分かるぐらいに偉くご機嫌斜めの様子で春千夜君がそこに立っていた。田中君は春千夜君に殴られたようで地面で唸り声を上げ春千夜君を見上げると「ヒッ」と小さな声を漏らす。

「はるちよ、君?」

春千夜君は私を見るとチッと舌打ちをし田中君の上に跨り袖を掴む。

「俺が不良でェ、ろくでもなくてぇ?俺と付き合ってんのがおかしくてぇ…あと何だって?」
「あっえっヒッ」

ドカッ

「僕と付き合うべき…だっけか?」

ドコッ

恐怖と痛みで声を出せない田中君に、春千夜君はイラついた様にまたもや拳を振り下ろす。田中君は春千夜君に抵抗なんか出来る筈は無く、鼻血を出し「すみません、すみません」と謝り続けていた。

「俺の質問に答えろや。おめぇ殴られ足んねぇの?」
「ヒッヒィ」
「春千夜君!もうやめようっ!その人血が出てる!」

春千夜君がまた殴ろうとした腕を両手で阻止をすると、春千夜君は舌打ちをして起き上がり、悶える田中君に最後の一蹴りをお腹に入れた。

「ガハッ」
「なまえが優しくて良かったなァ。ガリ勉クソ野郎が」

余りの殴られ様に痛そうに唸る田中君につい声を掛けそうになったが、春千夜君が私の腕を引いてそれを阻止をする。私はそのまま春千夜君に引かれその場を後にした。







「春千夜君、ごめんね私のせいで」
「お前が謝る意味が分かんねぇ。他に何かされた?」
「ううん、逆に頭キて私が言い返そうって思ったら春千夜君が来てくれたから」
「ハッ。お前言い返せんのかよ。っつかその前にノコノコ着いてくんじゃねぇよ」

春千夜君は歩みを止め私の方へ振り向き眉間に皺を寄せる。

「ヴっ、ごめんなさい」

眉を下げ謝る私に、彼は自分の髪をクシャクシャと掻いて少々気まずそうな表情を見せた。

「あー、そうじゃねぇワ。なんつーか…分かんねぇ」
「え?」

私の声と共に春千夜君は私を抱き締めた。私が痛がらない程度の強さでぎゅうっと抱き締め、私の頭をポンポンと撫でる。

「あー…今日みてぇなこと結構あんの?」

今日みたいな事とは田中君みたいな出来事であろうか。小さな声で呟く彼に私は口角が上がってしまい、春千夜君の背中に手を回し顔を彼の胸にうずくめる。

「ないよ。今日が初めて」
「…俺、学校行くの考えるワ」
「え!嘘!?」

まさかの言葉に私は顔を上げ目をパチクリとさせれば、そんな私に彼は抱いていた手を離しまた歩き出した。

「ねぇねぇ!ほんとに!?学校でいっぱい会えるの?」
「うるせェ。おめーに悪い虫つかねぇように見張っとくんだよ」

毎日じゃねぇけどなと付け足しされたが私にとっては最上級に喜べることだった。

「ありがとう、嬉しい。春千夜君大好きだよ!」
「…お前そういうの恥ずくねぇの?」
「そりゃちょっとは恥ずかしいけど、伝えたいんだもん。…春千夜君は私の事好き?」
「は?ハァッ??」
「春千夜君から一回も聞いた事がないなって。そう思ったら不安になっちゃって」

今日半日悩んでいた気持ちを彼に伝えれば、春千夜君は目を細め顔を近付ける。怒っているかのようにもとれるその目付きにあれ?私なんか言ってはいけないこと言っちゃったのだろうかと唾をゴクリと飲み込んだ。

「オメーは俺が好きでも何でもねぇ奴と付き合って、その女の為に態々学校なんて糞ダリィ場所に行くとでも思ってんのか?」
「い、いや?思ってない…デス?」
「ハテナ付けてんじゃねぇ!」
「いたいっ」

デコピンをお見舞いされ、私は両手でおデコを覆う。すると春千夜君は眉を顰めため息を着いた。デコピンをかましたその手で春千夜君はマスクを取り、私の唇へ自分の唇を重ねる。重ねた唇が離れると、目の前で春千夜君の長い睫毛がそっと開く。

「俺だって好きだっつの」

囁くように小さな声で言葉を口にした彼に、私はどんどんお湯が沸いたヤカンの様に沸騰していく。彼を見ればところ無しか綺麗なお顔が赤面している気がして、これが夢じゃないかとつい疑ってしまう。
好きって言った。春千夜君が私の事を好きって言ってくれた!
言葉を口にしてくれるのがこんなにも自分を幸福にさせると思わなかった。

「とんだ間抜け面ァ。…お前は俺のモンだから下らねぇ事で悩んでんじゃねぇよ。ここでもっと凄ェキスでもしてやろうか?」
「すすす凄いキス!?」

春千夜君はニィッと口角を上げべぇっと長い舌を出した。さっきまでの照れた様子の彼はもうどこにも居なくて、いつもの春千夜君の姿だ。私はもうショート寸前で、その場を動けず固まる私に彼は大きな手を差し出す。

「ホラ、帰んぞ」
「あ、うん」

差し出された手を受け取り、私は幸せに満ち溢れていた。
いつもよりも心做しか歩幅を私に合わせてくれているのか、ゆっくりと歩く彼の背中を見て私は顔が綻んでしまう。

空はすっかり太陽が傾き掛けていて、夕方のオレンジ色をした太陽が二人分の影を伸ばしていく。
もう少しで私の家へ着くという時に、私は悪気無く言葉を発してしまった。

「田中君大丈夫だったかな。帰れたのかな」

私の何気無い言葉に私の前を歩いていた彼がピタリと足を止めた。

「あ"?…てめぇ今なんつった」
「ヒッ」

振り向いた彼はまた眉間に皺を寄せて私をジッと睨む。繋がれた手を春千夜君は指を絡め取りニヤァと笑った。つい反射的に足が一歩下がるも絡めた指に力が入るだけだった。

「ふぅん。あっそォ。田中つーのあの男」
「え、あのただ血が出てたし大丈夫かな〜って思っただけでその、深い意味は全然無く」
「俺が居る前で堂々と別の男の話する奴には分からせるしかねぇワな」

本当にその理由以外無く、単細胞な自分を恨む。彼は絡めた手を離さずくるりと回り、私の家とは逆方向へと歩き出した。

「ちょっ春千夜君!どこ行くの!?」
「俺の家。"なまえチャン"が俺のモンってこと分かってねぇ馬鹿女だから教えてやるよ」

わざとらしくちゃん付けで私の名前を呼ぶ彼に私は冷や汗がたらりと体を伝う。

その日散々彼の家で私が誰のものか教えこまれ、挙句の果てに拒否権無く制服からでも見える赤い痕を付けられた。
家に帰ってお父さんに発狂されたけれどその話は一先ず置いておいて、あれから毎日とは言えないが春千夜君が学校へ来る回数が格段に増え、会えるようになったので良しとしよう。
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