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我が伍番隊隊長である武藤泰宏に「たまには飯でも行くか」と誘われ、連れて来られたのはボロさ満点の古びたラーメン屋だった。夕飯時にはまだ早く、店内には俺ら二人と酒飲みのオッサンが一人いるだけ。
腹は余り空いていなかったが、隊長が誘ってくることなんか珍しかったし、別にこれからの予定も特に無かった俺は誘われるがままこうして着いてきた。

適当なラーメンを注文すればその店の店主らしき爺さんが覇気のない声で注文を受ける。大丈夫かよこの店、なんて思っていることが隊長にバレたのか俺の顔をチラリと横目で見て微かに笑った。

「ここ、味はウマいんだよ」
「そうなんスか」

俺が伍番隊に入ってからもう随分と時が経ち、今では俺も副隊長だ。伍番隊は東卍の中で唯一内輪揉めが許されている"特務隊"。その名の通り隊員の中に怪しい奴らや東卍に背いた物がいないかを調べあげ、背信者にはその度徹底的に罰を与えてきた。

隊長と過ごしている内に、俺を可愛がってくれていたことは分かっていたし、また俺も隊長のことを実の家族なんかよりも深く信頼していた。

「三途は女作らねぇのか?」
「……ハ?」

唐突な質問。それは爺さんがラーメンを作り終え、微かに震える手で二つ丼を持ち、俺らの前に湯気が立つラーメンが置かれたとき。隊長は何食わぬ顔で箸を俺の前に差し出しながら言ってきた。

「なんですか急に?」
「別にそんな驚くことじゃねぇだろ。気になっただけだ」
「女はいないっすね。あんまり興味無いです」

長くこの男の隣に居たが、恋愛という話題を口にしたのは初めてだった。いつも話題となるものは大体、裏切り者の話や集会等でマイキーから出た話題のこと。つまり東卍についてが主だ。だから俺は一瞬箸を受け取ることもせず、驚愕してしまった。俺が隊長に言った女がいないのも事実だし、作るつもりも特に今はなかった。だが隊長はラーメンをすすりながら顔に似合わない言葉を連発し俺を更に驚かせる。

「一人でも本気で好きな奴が出来ればお前なんかは特に変わるかもな」
「変わる?」
「目に見える景色だよ。喧嘩馬鹿のお前には心許せる女一人ぐらいいてもいいんじゃねぇかって話。ホラ、麺伸びるぞ」
「はぁ……?」

このときの俺は隊長の言っている言葉の意味なんか分かるはずも無かった。性欲はそこらの男と変わらずでも付き合うとなれば別だ。好きだ、愛しているだなんて言葉で心が満ち足りる事なんか無ければ、ましてやそれを女に求められても困るし面倒臭いと思っていたから。





集会を終え隊長を乗せ車を走らせれば、帰る前に寄って欲しい所があると言われた。俺は二つ返事をし、車を目的地まで走行し着けばコンビニの前で一人の女が立っている。車のライトに照らされ少し眩しそうに此方を覗き込む女に俺は眉を顰める。

「なんかあの女こっちチラチラ見てんスけど」
「あれは俺の女だ」
「オンナ?」

俺が後部座席へと振り返ると同時に、隊長は車のドアを開け早々に女の元へと歩み寄る。仲睦まじく話す二人に俺はすぐに隊長の言った女の意味が"彼女"であることを悟った。

「三途、コイツも乗っけていいか?」
「え?はい。勿論」

隊長の横からひょっこっと顔を出した女はとても小さく見えた。隊長がデカいからかもしれないが、猛獣に小動物がくっついているような。そう、例えるなら熊とうさぎ的な感じだ。

「初めまして。三途君ですよね?私なまえって言います。いつも泰宏からは話聞いてます」
「…どーも」

第一印象は正直よく分からなかった。顔だってもう夜だったから暗かったし余り見えなかった。ただ、隊長とは付き合いが長いのか随分と打ち解けている感じが会話を聞いていて読み取れた。隊長の家まで送っていくと彼女も当たり前かのように車から降りる。「ありがとう」と手を振る彼女に、俺は軽く会釈だけをしてその場を後にした。





月日は流れ、隊長となまえの中に俺も一緒に過ごす時間が増えた。増えたといっても帰り際になまえが一緒になることぐらいだが。そうなると自然と俺はなまえと会話を交わすことも増えていき、いつしか俺は隊長の女からなまえさん、彼女は三途君から春千夜君と呼び名が変わっていく。隊長は東卍の内情を彼女の前では話したがらない。彼女がいる前では普通の一人の男で居ることに初めは驚いたが、なまえは常人よりも心配性というものが垣間見えていたからその判断は賢明で最もだと思った。

「春千夜君は睫毛長いねぇ」
「あぁ、まぁよく言われますけど、俺男なんで余り嬉しくはないですね」
「ええっ!喜ぶべきでしょ。春千夜君の睫毛欲しい」

こんなのほほんと花が舞いそうな会話をいつもなまえは繰り広げ、俺にも笑顔を向けることが多くなった。それでも隊長に見せる笑顔とは別物。俺はなまえにとって武藤泰宏(伍番隊隊長)の下についてる者でしかなく、いつも大体隊長と俺が一緒に行動しているから自然とそうなっただけなのだと、そんなつまらない事を考えるようになったのはいつだったか。 心の内に知らぬ間に生まれたどす黒い感情は大きく募っていくばかりだ。

「お前ら、いつの間にか仲良くなってるな」
「泰宏が彼女置いて電話しに何処か行っちゃうからでしょ!ね?春千夜君」
「俺に話ふんないで下さいよ」

ああ、ホラまた。俺に向ける笑顔と隊長に向ける笑顔の違い。隊長へ心底愛しそうに目を向ける彼女に、俺は目を逸らしあたかも興味の無さそうに答える。それに二人は気付かず立派に普通の彼氏彼女というものを見せつけられるのは、胸の中に靄がかかり気持ちが悪かった。あの女のニコニコと口を緩める顔を、見たくは無かったのだ。

「三途?体調が悪いのか?」
「え?ああ、別にそういう訳では無いですよ」
「ならいいが、ちょっと来い」

隊長に呼ばれ、なまえから少し遠ざけた所で隊長は歩みを止める。何かと思えば明日、元黒龍の九井と乾、そして一番隊隊長の花垣を呼び出して欲しいとの事だった。詳しい理由は隊長は教えてはくれず、考え込むように眉を顰めるだけ。そんなときは深くは聞かず、隊長に従うのが俺の役目でもある。短く「はい」と返事をすれば隊長は微かに口元が笑った気がした。









「東卍を裏切ってたって事ですか?」

花垣武道が血塗れでそう隊長に問う。静かな小さな倉庫内で花垣、乾、九井の三人、ボロボロになりながら隊長へと睨みを効かせているのを俺は黙って見ていた。隊長は、花垣の問になんら焦る訳でも否定する訳でもなくマイキーを裏切ったことを認めたのだ。信じていたものが一つ、崩れ去っていく。信頼を得るのは中々難しいが、崩れ去るのは一瞬だった。隊長を実の兄のように思っていたのも、それはすぐに俺の中で"裏切り者"へと変位していく。体の熱がすぅっと冷めていくような感じだった。俺にコイツらを拉致る理由を言えなかったのは、マイキーが俺にとっての絶対的王であったが為、それを知っていた隊長は言えなかったのだろうと安易に考えることが出来た。

ここからの自分は驚く程冷静だった。如何にこの裏切り者を欺けるかを考え、隊長が天竺となるチームへ行き東卍を抜けると言ったときも俺は笑って嘘を吐くことが出来たのだ。"ここが俺の居場所です"と。





「泰宏、最近何かおかしいんだよねぇ」
「そうですか?俺には分からないですけど」

天竺の隊服に身を包み数日。従いたくもない奴らの隊服に袖を通した俺はまたこうしてなまえと居た。少し寂しそうに空を見上げる彼女に、俺は横目でその姿を見ながら耳を傾ける。

「泰宏ってあんまりチームのことを話したがらないからさ。今更泰宏がどんな事したって嫌いになる筈なんかないのに馬鹿だよねぇ。心配かけたくないとか言うんだよ?」

ケラケラと笑っているが瞳の奥には寂しさを隠しているようななまえに、俺の胸の中はまた酷くモヤついていく。俺にとっては裏切り者であっても、彼女にとってあの男は大事な大事な男なのだと思い知らされている気がして、少々嘲笑うかのように言葉を発してしまった。

「本当に好きなんですね。隊長のこと」
「うん。彼以上に好きな人はこれから先出来ないと思う」
「……そう、ですか」

喉から出た言葉は自分でも驚く程に小さかった。自分から言った言葉になまえは返事をしただけ。それなのに彼女は頬を赤く染め恥ずかしそうに言うものだから、やり場のないイライラに墓穴を掘る。この表情が自分に向けた顔では無いのだと思うたび、この感情がウザったらしくて反吐が出そうだった。





天竺と東卍が抗争を交えたあの日。天竺の総長となる黒川イザナが死んだ。隊長の王である主が死んだのだ。サツがやって来て慌ただしく他の連中が逃げる中で、俺は隊長の腕を肩に掛ける。すると隊長は俺に言ったのだ。

「三途、頼みがある」
「何ですか?」
「なまえを俺がいない間、頼む」

それだけ呟くと隊長は俺から離れ、よろっとした足取りで自分からサツの元へと歩み行く。マイキーを裏切り、更に隊長が帰ってくるまでの間なまえを俺に任せると言ったあの男に対して、から笑いが込み上げてきた。

「…自分の大事なモン他の男に頼んでんじゃねぇーよ」

隊長の背に放った言葉は誰も聞いてはいない。





隊長が鑑別所に行ってから数週間。俺は時間が空くときには大体なまえと過ごすようになっていた。なまえに隊長が鑑別所へ入った事を話せば、今にも泣きそうな顔で笑顔を取り繕う。

「…そう、教えてくれてありがとう。いつかそういう事もあるんじゃないかって思っていたから」

なまえにこんな顔をさせるあの男が憎かった。絶対お前一人んとき泣くじゃん。そうは思っても何も出来なかった。必死に下手な作り笑顔を浮かべるなまえに、俺は気付かないフリをし続けるだけだ。いっそこの間にこの女を無理矢理にでも犯して自分のモノにしてしまおうかなんて思ってはみても、彼女を見るとその気にはやっぱりなれなかった。






「春千夜君、食べないの?」
「食べますよ。なまえさんが食べたら」

今日はなまえが行きたいと言っていたカフェに来ていた。隊長はこういう所は苦手だと言って余り来てくれなかったらしい。俺だって特段甘いものが好きな訳では無いし寧ろどちらかというと苦手な部類に入るのだが、この女に"一緒に行ってくれるか"なんて言われたら行かない訳にはいかない。

女が多い店内に、これでもかと言える程の生クリームが乗ったパンケーキ。加えてなまえは更にシロップが入ったミルクティーを美味しそうに飲むのだからそれには流石に目を疑った。その姿を見ているだけで腹の中が胃もたれそうで、頼んだケーキは手付かずだった。それでも、頬を落としそうなくらいに喜びパンケーキを頬張るなまえを見れただけで、来てよかったと思えてしまうのだから自分は末期に近いと思う。そんな顔を見ているとつい俺も口元を上げてしまう。なまえがこんなに柔らかく笑う顔を見れたのは、隊長が鑑別所に入ってから初めてだったからだ。

「春千夜君の笑った顔、マスク取って見るの初めて」
「そうですか?まぁ食うときまでマスク付けてる奴はいないでしょうね」
「そりゃそうだけど…じゃなくて!本当綺麗な顔してる」

自惚れている訳ではないが、綺麗と言われたことはこれまでに何度かある。女みたいと言われることがよくある為、余り好きではなかったがなまえに言われるのは悪い気はしなかった。寧ろこそばゆさまで感じる。

「俺のケーキ全部食って下さい」
「え!?なんで!?ゴメン、本当は来たくなかった?」
「いや、そうじゃなくて…あー、なまえさんすげぇウマそうに食うんで、あげます」

俺の言葉にプシューっと音が鳴るくらいに赤く染め上げていくなまえの顔を見て、正直な話スゲェ可愛いと感じる。少しでも俺に対して男として意識してくれたのなら気も少しは楽になった。だが、これもずっとは続かない。俺には俺のやるべき事がある。裏切り者には処罰を与えなければならない。何も知らず俺の目の前でケーキを頬張る彼女に一つ。ゴメンと心の中で呟いた。





隊長が鑑別所を出る日、俺は隊長を迎えに行った。俺の姿を見るなり少しばかり驚いていたような気がしたが、そんな事はどうでも良かった。
車内の中は無言で俺から口を開くことも無かった。隊長は半年ぶりに見る外の景色を窓から眺めている。

「なまえは元気か?」

先に口を開いたのは隊長で、ハンドルを握る手に微かに力が入った。半年間、なまえは俺と会う度に隊長のことを話さない日は無かった。それ程までにこの男が好きなのだろう。下らない嫉妬心に駆られるのも今日で最後だと自分に言い聞かせ、俺は隊長へ笑顔を向ける。

「元気ですよ。帰ったら連絡してあげたらいいんじゃないですか?」
「…そうか、そうだな。ありがとうな」

隊長の言う感謝は俺にとっては無いものと同じで、連絡なんざ取らせる訳ねぇだろと心の中で呟く。俺の"王"を裏切ったのだから当然の報いだと思う。東卍は裏切り者は許さない。チームは解散したとて、俺の中ではずっとこれからもマイキーが王なのだから。

関東事変の決戦の地で隊長を車から降ろすも、俺に殺されるとは微塵も思っていなかったらしい。刀を振り下ろし、血に濡れていく隊長を見ても何も後悔は無かった。この日の為だけに俺は自分を偽りこの男を騙してきた。

「信用していた奴に裏切られた気持ちが分かったかァ?」

そう問うても隊長はもう何も答えない。目に生気が失われていく隊長を見ているとなまえの顔だけが浮かんだ。それだけだ。





Title By 失青
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