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カーテンからうっすらと漏れる光で私は目を覚ます。隣に眠っている彼は小さくすぅすぅと寝息を立てていて、子供のように暖かい。まだ起き切っていない頭を覚ますように体を起こすと、枕元に置いてあった携帯を落としてしまった。静かな部屋で響いた物音に、私は彼が起きてしまうのでは無いかと咄嗟に彼へ目を向けたが、変わらず眠っているようだった。ふぅと小さく息を吐き、携帯を取り確認するも時刻はまだ五時を過ぎたばかりだ。今日は平日。学校に行かなければならない。私はベットから足を下ろし、音を立てないように無造作に脱ぎ捨てられた服に身を包む。
彼の部屋を出る際、もう一度彼の寝顔を見ていく。気持ち良さそうに眠っている彼を見れば自然と口元が緩んでしまう。少し寝相が悪い彼に布団を掛け直し、私は彼の住むマンションを後にした。



朝方の空気は少し冷え始めていた。もう時期やってくる冬の匂いに私は息を大きく吸い込む。いつもこうして彼を起こさずに出ていくのが彼は気に食わないみたいで、前に少し怒られたことを思い出し私は携帯を取り出しメールを送る。彼は学校には行ってはいないし、わざわざ私が帰るだけの為に起こすのも悪いと思いそれからはメールを送る事にしているのだ。それでも彼は少し不満げだったけれど。

私と彼との関係性は普通の友達とは少し違う。そしてその関係に必要の無い気持ちが私の心の中に存在している。この感情はこういう関係には余り持ってはいけない感情だと分かってはいるが、好きになってしまった私にはどうする事もできない。





彼は私がバイトをしているコンビニに、お客さんとしてよく来ていた。三つ編みの男の人といつも仲良さそうに買い物をしていて、後からその人が彼のお兄さんだってことを知った。何度か私がレジを担当していると自然と顔見知りになり、一言二言だけれど彼達と話すようになっていった。「このアイスおいしいですよね」とかそんな感じの会話を。

「あれ?なまえチャンじゃん」

その日はバイトが忙しく、上がりが遅くなってしまった私は家路まで早足で帰っていた。声のする方へと振り返ればお兄さんの蘭さんと弟の竜胆君だった。

「あ、竜胆君、蘭さん!こんばんは」
「おー、なに今帰り?」
「そうなんですよ。今日バイトの先輩が休みだったので忙しくて」

外で二人と言葉を交わすのは初めてで、何だか新鮮で不思議な感じがする。蘭さんはいつも比較的フレンドリーに話しかけてくれるのだが、竜胆君はというとまだそこまで仲良く会話を交わすということはなかった。蘭さんが竜胆君に話を振って、それに答えるという感じ。初めは嫌われているのかなんて思ったけれど、それは蘭さんが笑って否定してくれた。

「コイツこういう奴だから気にすんなよ。なまえがタイプだから緊張しちゃってんの」
「ッハァ!?違えし!余計なこと言うなよ!」

蘭さんの言葉に否定しながら怒る竜胆くんを見ていると、二人の仲の良さに羨ましくもありつつ、そんなに否定しなくても良いのになんて思いながらも自然と私も笑みが溢れる。

「つかなまえ一人で帰んの?」
「あ、はい。でもここから家までそんなに遠くないので余裕です」
「いや余裕の使い道間違ってんだろ。こんな時間じゃ危ねぇし竜胆、送ってやれよ」
「は!?俺!?」
「いえいえ!そんな!本当近いので大丈夫ですから」

両手を振りながら遠慮をしたが蘭さんは「いーのいーの。女の子は甘えておけって」と言い竜胆君の背中をポンと叩く。蘭さんは自分は用事があるとか何とかで、私達を置いてそのまま去って行ってしまった。取り残された私と竜胆君。竜胆君は蘭さんの背を見ながら深いため息をついた。

「あ、ゴメン竜胆君。私一人で帰れるから気にしないで帰って大丈夫だよ」
「ん?あっこれはちげぇよ、兄貴に対してだから。送ってく」
「でも竜胆君も予定あるでしょ?悪いよ」
「女一人で帰んの危ないから。この時間物騒じゃん、別に急ぎの用もないから平気」

ゆっくりと歩き出す彼に私はお礼を告げるも彼は「うん」としか言わなくて、私の歩く道へ歩幅を合わせてついて来てくれるという感じだった。特にお互い話す事もなく、ただ私の心臓がちょびっとドキドキと忙しく音を鳴らしていただけ。

「送ってくれてありがとう」
「別に全然。そんなの気にしなくていーから」

その日は本当にこれだけ。それでも私には忘れられない日になった。次に会う時はお礼を必ず言おうなんて思っていたら、その日から彼がコンビニに来る日は必ず私のバイトが終わるのを待っていて、家まで送ってくれるようになった。相変わらず「危ないから」という理由で。彼女でもないのに申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが入り混って胸がもどかしい。段々と普通に会話をするようになると、彼と打ち解けられた気がして私はそれが嬉しくて仕方がなかった。多分この頃には私はもう彼が好きになっていたんだと思う。

「なまえがいいなら俺んち来る?」
「竜胆くんち?」
「おう、お前が好きな漫画全巻持ってっし。嫌なら無理にとは言わねぇけど」
「嫌じゃないよ!行きたいっ」

私の食い気味な言葉っぷりに竜胆君はそっと頭を撫でて笑う。竜胆君は私と同じ歳だけれど、どこかこういう所が大人っぽい。自分と何が違うんだろうとか考えてみるけれど、答えは一向に分からずじまい。それから二人で遊ぶ時間が増えて竜胆君の家に行く回数が増えると、私と竜胆君の普通の友人という関係からセックスフレンドへと名称が変わった。その場のノリといってしまえばそれまでかもしれないけれど、私は彼が好きだった為拒否することは無かった。このときは彼女になれずともそれでいいと思ったし、何せ最中は本当に蕩けてしまうほど甘い空間で、この時間だけは竜胆君を独り占めできている気がして幸せだった。





十二時の鐘が鳴り時刻がお昼を迎えた頃、携帯を開けば数分前に竜胆君からメールが届いていた。

『おはよ。起こせって言ったじゃん』

今起きたのかな何て思いながら、ベッドで寝ていた竜胆君を思い出すとふふっとつい顔が緩んでしまう。返信しようとすると私の親友が携帯を覗き込んできた。

「何々まだ続いてんの?例の竜胆君と」
「ちょっと、見ないで欲しいんだけど」

携帯をすぐさま閉じるも親友は相変わらずニヤニヤしているばかり。私と竜胆君の事はこの親友だけには話しており、いつも話を聞いてくれる友人だ。私は購買で勝ち取った人気のクリームパンを齧りながら彼女に問う。

「もうこの関係続いて結構経つんだけどさ、ずっとは続かないよね」
「あー、どうなんだろうね。大体はお互い大事な人が出来れば関係は終了するのかね?でもなまえは彼が好きなんでしょ?」
「うん、好きなんだけどさぁ」

いつまでもこの関係が続くとは流石に私も思ってはいない。初めは幸せ過ぎてそんなことなんか考えることすらもしなかったけれど、最近はこんなことを考えては不安を抱える日々が続いている。

「もういっそ告っちゃえば?」
「自信ないもん。それにもう言うタイミング逃してる気がしていつ言えばいいのか分からないの」
「でもヤッてるときは竜胆君アンタのこと好きとか言ってくるんでしょ?」
「ちょちょちょ声っ!ここ学校!」

私の親友はとても良い子で大好きだが、少し声が大きい為たまに焦る。私は彼女の口に手を当てるも彼女はどこかウズウズしているかのように口をにやけている。

「…楽しんでるでしょ」
「だってあの灰谷兄弟だよ?気にならない方がおかしいでしょ」

確かに竜胆君は好きだと言ってくれる。しかしそれは行為中のときだけの話。だから多分彼からしたらリップサービスというかその場の雰囲気で言っているような気もする。だって行為後には言われたことは一度も無い。その言葉を鵜呑みにした場合、竜胆君にとって"あんなのただの行為中の社交辞令"と言われた日には私の心は粉々に割れてしまうだろう。何度も"私も好き"だと言いかけてもそれは喉まで出かかり、結局は最後まで言えずにいるのだ。







それでも私は誘われればこうして彼に会いに来てしまう。会えば苦しくもなるのに、会えたことが嬉しいだなんて矛盾しているとは思うけれど、自分が訳分からなくなってしまう程竜胆君が好きなのだ。
竜胆君の家に着くと毎回必ずぎゅっと抱きしめてくれる彼に、私は顔を擦り寄せる。

「ンだよなまえ、何かあった?」
「ううん、なんにも。竜胆君良い匂いする」
「は?今日俺香水も何もつけてねーけど」

彼の背に回した手を中々離さない私に竜胆君は珍しがる。
香水とかそういう意味じゃないんだよなぁ、本当に安心するけれど、今日は特に彼に会いたかったから連絡が来て嬉しさを隠せなかった。

「今日お前の見てぇって言ってたDVD借りてきたけど見る?」
「借りてきてくれたの?見たいっ」
「よし決まりな」

彼の隣に座って映画を見るなんて、傍から見ればカップルに見えるだろう。彼は優しいからきっと情事だけの為に会うのは可哀想とか思っているのかもしれない。私の事を気にかけてくれるそんな優しい所も彼の良いところでもあり好きだけれど、私にとったらその優しさについ勘違いしてしまいそうになる。

映画ももう少しでラストシーンに迫るところで、彼は飽きてきたのか私の膝に頭を乗せて寝そべってきた。

「今一番いい所だよ?」
「ん、今日あんまし寝てねぇから眠くなってきた」
「そうだったの?無理して今日じゃなくても良かったのに」

私がそう言うと彼は私を見上げながら眉を顰める。いつもつけている眼鏡をそっと外すと、私の頭を優しく持ち唇を重ねた。

「疲れてるとき程会いたくなるんだよ」
「え!?あっ」

唇が離れれば、竜胆君は少し不機嫌そうに呟く。ああ、まただ。こういう所だよ。こんな風に言われたらストッパー掛けているのに自分の気持ちが制御出来なくなりそう。私、竜胆君の彼女になりたいって言いたくなってしまう。そんなことを思っているなんて知りもしない竜胆君は、起き上がるともう一度キスを落とす。私の首元に顔を踞せる竜胆君が可愛くて私は彼のペースにゆっくりと飲み込まれていく。狡い。

「映画見ねぇの?」
「…竜胆君が寝たら見る、ってか竜胆君からキスしてきたんじゃん」
「あーまぁそうだけど。…続き見んの少し後になるけど、いい?」

私の小さく放った"ウン"という返事に、彼は微笑みながら私をベッドへと招き組み敷く。冷え込んで来ているこの季節に、二人の体温が混ざり合うのは心地好い。竜胆君が寝たら見ようと思っていたDVDは結局見ずに、私は彼に体を預けるように眠ってしまった。





振られて会えなくなって友達にも戻れなくなってしまうのなら、気持ちを伝えずともこのままでも良い思っていたけれど、会う回数が増えていく度に好きの感情は大きくなっていって、私を苦しませる。タイミングを見失ったと言い聞かせるのも結局は逃げなのだ。最近はこのままずっとこの気持ちを引きずるのは良くないなとも思うようになった。一歩踏み出さなければいつまでもこのままだと私は考えていた。

次会った時には必ず竜胆君に好きだと伝える。本気で彼が好きだと。彼女になれなかったとしてもこの気持ちは伝えておきたい。そう決心をしたときだった。

あれ?竜胆君?

学校帰りに私が歩いていた歩道の道路を挟んだ向かい側。私の目が急におかしくなったとかでは無ければ、彼は今女の人と歩いている。女の人は竜胆君の腕に両腕を絡めて仲睦まじそうに。
心臓が凍え死んでいくように冷たくなる。竜胆君にバレないように一瞬で背を向ける。見たくなかった光景は夢ではないと思うのはもう一度だけ振り返り、彼と彼女を見たとき。

ああ、やっぱりもっと早く気持ちを伝えておけば良かった。
自然と涙が流れ、周りの通行人はギョッとした目で私を見るが、そんなことを気にしている余裕は無かった。それでもいつまでもここには居られないと泣きながらゆっくりと歩き出すと目の前で聞き覚えのある声に私は顔を上げる。

「あれー?なまえじゃん。は?泣いてんの?」
「あ…」

私の顔を見ると蘭さんは目を見開いて驚く。竜胆君のお兄さんに泣いてる所なんて見られたくはないのに、蘭さんの顔を見たら余計に視界が滲み出す。

「ら、らんさぁん」
「おーおー、竜胆と喧嘩でもしたァ?お兄さんか聞いてやろっか?」

優しく頭を撫で、蘭さんは泣きじゃくる私へあやすように言う。蘭さんの後を着いていくと、一件の少し怪しそうな店へと続く階段を蘭さんは慣れているかのように降りて行った。

「あ、蘭さん!まだ営業前ですけど」
「知ってるー。ちょい部屋貸して?今なら人いねぇだろ」

薄暗く余り広いとは言えない室内に連れて行かれ、辺り見渡せば、ここが私など到底行く予定は無いクラブというところだと分かった。私の顔を従業員が見ると蘭さんに小さな声で呟く。

「蘭さんの彼女さんですか?でも制服で来るのはマズイっすよ!」
「バァカ、違ぇワ。コイツは竜胆の女ァ。服は見逃せや、どうせバレねぇって」
「竜胆さんの!?最近来ないなぁなんて思ってたら彼女出来たんスね」

従業員の男の人を適当にあしらいながら蘭さんは奥の部屋へと足を進めていく。慣れない景色に周りを見渡す私に蘭さんは笑っていた。

「んで?何で竜胆と喧嘩してんの?」
「あ、いや喧嘩じゃなくて、その前にさっきあの竜胆君の女とか言ってましたけど、私たち付き合ってなくて…ですね」
「あ?オマエら付き合ってねぇの?」
「はい……付き合ってません」

蘭さんは心底驚いているようだった。そりゃ竜胆君の家によく顔を出していればそう思うのかもしれない。彼女ですと言えたならどんなに良かったことか。顔を俯きながら言えば蘭さんは急にケラケラと声を出しながら笑い出した。

「ハハッ、マジかぁ。フッ、くくっ」
「そ、そんなに面白いですか?」
「ん、フハハッなまえじゃなくて竜胆な?拗らせてんなァって思ってさ」

蘭さんは変わらず笑い続ける。拗らせてると言われても何を拗らせているのか全く検討がつかない私は少々蘭さんに頬を膨らめる。

「笑いすぎです」
「ハーっ、ワリィワリィ。んで何で泣いてたの?竜胆絡みだろ?何か嫌なことでもされた?」

目尻を指でなぞりながら蘭さんは私に問う。目元なんかはやっぱり双子というだけあって顔立ちが竜胆君と似ている。そうしたらまた彼の顔が頭に浮かび、隣にいた女の人も一緒に浮かんできて止まっていたのにまた鼻がツンと痛み出す。私は首を横に振りながら口を開く。

「嫌なことは何も。私、好きなんですよ竜胆君のこと。蘭さんに言う事じゃないとは思うんですけど、こんな関係になっても付き合うって話にはならなくて。好きだとも言ってくれるんですけど、それも…その、シてるときだけというか」
「はぁ?マジかぁ……ッフ」

蘭さんは笑いを未だ堪えているのか片手で口を覆いながら私の話を聞いていた。

「あの…竜胆君て他に彼女居たりしますか、ね?その、さっき他の女と歩いているの見てしまって」
「女ァ?あー…泣いてたのそういうこと?…まぁアイツも女寄ってくるからなぁ」

その言葉を聞き、私はやっぱりあの女の人は竜胆君の彼女では無いかとショックを隠せない。もっと早く好きと伝えていたら何か状況は変わっていたのだろうかと今更ながら後悔が募る。

「馬鹿な弟でゴメンな」
「いえ、蘭さんが謝ることでは無いし私も私で竜胆君にもっと早く伝えなかったのが悪いので」
「なまえチャンは良い子だなぁ。んで、どうすんの?竜胆とは切るの?」

蘭さんの言葉に私は少々の間を置いて考えるが、答えはもう決まっていた。

「私、やっぱり竜胆君が好きなんです。でも彼女がいるならこの関係はやっぱり良くないし、告白してスッパリ諦めようと思います」
「そ?何かあったらいつでも俺に連絡してくれりゃいーよ。竜胆に振られたら蘭ちゃんが慰めてやっから」

ニコニコと笑う蘭さんにまた少し涙腺が緩む。私は時間を割いてくれたことにお礼を告げ、席を立った。私から連絡するのは初めてだけれど、きっと少しぐらいなら時間を空けてくれる筈だ。携帯を開き、文字を打つ。

『明日少し時間あるかな?』

送信ボタンを押してしまったらもう後戻りは出来ない。今までにメールでこんな緊張するなんてこと初めてだ。深呼吸をしてもまるで意味がないくらいに心臓がバクンバクンと音を鳴らしている。そして私は微かに震える指で送信ボタンを押した。





昨日はあの後全く眠れず朝を迎えてしまった。お陰で呆けていたせいか放課後先生から注意を受けるも、心ここにあらずと言った感じで更に先生を沸騰させてしまった。
授業よりも今日のことが大事だから仕方がない。やっと先生から解放され教室へと戻ると親友が慌てた様子で私の元へと向かってきた。

「ちょいちょい!来てるよ!」
「え?何が?」
「校門に!灰谷弟君が来てる!」
「えっ!?」

急いで教室のベランダから顔を出せば、校門に立つ一際目立っている竜胆君がいた。彼がこうして今まで学校に来るなんてことは無かったし今日も私が行く予定だった為、私も驚きを隠せず固まっていると親友が口を開く。

「なまえ待ってるんでしょ!?早く行ってきなよ!」
「えっ!?あっ、うんっ」

急いで鞄を持って玄関に行くと人集りが微かに出来ている。主に女子の。気まずいけれど行くしかないと私は靴を履き、彼のいる校門までと早足で向かう。

「竜胆くんっ」
「あ、なまえ走ってきたのかよ。息上がってる」
「ッ、だって来るなんて思わないから」

私の大好きないつも通りの笑顔で竜胆君は笑う。胸がキュッと掴まれて泣きそうになった。でも、まだ泣くのには早い。

「お前から連絡来るなんて初めてだったからさ。俺なんか学校に来たらワリィと思ったけど…会いたくなっちまって」

所なしか照れたように目を逸らし話す彼に、私は顔が熱くなっていく。そんなことを言われたら、本当に勘違いをしてしまうではないか。他にも女の子がいるのに。

「あー、ここじゃ目立つし俺ん家でいい?」
「あっうん。いいよ」

若干気まずそうに周りの生徒達を見ながら歩き出す竜胆君に、私も急いで後を着いて行く。彼の家へ向かう最中、散々家で言う事を考えたのに頭の中で言葉が飛んでしまう程に緊張してしまって、上手く話せられるか不安が脳裏を過ぎる。






「そこら辺座って」

彼の家へ着き、そこら辺と彼は言うけれどいつも竜胆君の横に座るから今日も同じ場所へと腰を降ろす。いつもだったらここから甘い時間を過ごすことになるのだけれど、今日はそうもいかない。何度も深呼吸しているのがバレたのか竜胆君は私の顔を覗き込む。

「どうした?何か俺に言いてぇことあったんだろ?」
「あ…えっと、うん。ある」

眉を下げ不安そうに私を見るものだから胸がギュッと締め付けられる。私は体を竜胆君の方へと向け、もう一呼吸して口を開いた。

「あのね、私、その……ずっと前から竜胆君が好きで」
「うん」
「でも、竜胆君他にも女の子いるでしょ?だから気持ちだけでも…伝えて置きたくて」
「…ハ?女?待って、俺に他の女?」
「え?えっと、いるよね?この間女の人と歩いているの見ちゃって」

私の言葉に竜胆君は聞き返す。心底意味が分からないという素振りに私もまた聞き返してしまった。竜胆君は私の言葉に整えられた髪をクシャッと掻いて口を開く。

「あ"ー、そういうことかよ!んだよマジかぁ」
「りんど、君?」
「ん、いや兄貴にさこの間言われたんだよな。"お前もうちょい考えて行動しろよ"ってさ。意味分かんねぇから適当に返事してだんだけど…そういうことかよ」
「え?どういうこと?」

竜胆君はしてやられたという風に顔を歪ませるも、今度は私に向かって勢い良く謝ってきた。

「ほんっとゴメン!アレは違ぇから!道聞かれて答えたら一緒に着いてこいとかウザくて。勿論行ってねぇ!信用してほんと!彼女いるから無理って言ったから!ちゃんと!マジで!」
「へ?……彼女?」

竜胆君今彼女いるって言ったよね、それ私のこと?
全く状況が飲み込めず目を点にさせる私に、彼は真剣な顔付きで話し続ける。

「やましい事本当してねぇから。俺お前以外考えらんねぇしお前以上の女いねぇし」
「竜胆君」
「ん?」
「私達付き合ってたの?」

今度は竜胆君が目を点にさせる。思い描いていた展開と随分違う竜胆君に、私は蘭さんの言葉を思い出す。拗らせてんなって言っていた言葉とあの凄く楽しそうに笑っていた顔。

「…俺、なまえと付き合ってると思ってたんだけど…ちげぇの?」
「んん!?で、でも付き合おうって話になっていないよね!?」
「お前に何度も好きって言ってたじゃん」
「そりゃ、そうだけど」

私達はどうやら大きな勘違いをお互いにしていたらしい。羞恥心にどんどん顔を赤らめていく私に彼も同じく釣られて顔を赤くしていく。私の心臓は少しばかり落ち着きを取り戻し始める。しばしの沈黙の中静寂を破ったのは、私だ。

「あの、竜胆君。今からでも遅くなければ私と、んぐっ」
「あー、待って。それは俺が言うわ」

私の開いた口を竜胆君は手のひらで阻止をする。竜胆君は気恥しそうに目線を私から逸らすと、顔を赤らめたまま言葉を放つ。

「俺、本気で恋したのお前が初めてでさ。なんつーか自分の事しか考えて無かったから、受け入れてくれた時点で浮かれてたんだよな俺。クソダサいけど」

私の口元に当て彼の手は頬をへと移動しそっと撫でる。それが少しこそばゆくて、竜胆君の言葉に胸が熱くなって、逸らされた目線が合うと私の目は少しだけ視界が滲み出す。

「こういうの慣れてなくて本当に悪いけど、好き。お前のことすっげぇ好き、だから…その、付き合って欲しい」

一番聞きたかった彼の言葉に私は答えるかのように竜胆君に抱き着いた。急に抱き着いた私に、竜胆君の体は少々よろめくもすぐに腕を回して私をぎゅうっと強く抱きしめてくれる。

「うん、私も大好き。ずっと竜胆君が好きだったよ。宜しくお願いします」













日が差し、カーテンから漏れる光に私は目を覚ました。いつもと違う幸せな朝に私はつい口元が緩む。 いつものように隣に眠っている竜胆君に、布団を掛けれるも私は彼の額に小さくキスを落とす。暖かい空間にまだ眠ってしまいそうだったが、私はトイレを借りようと服を着て竜胆君の部屋を出た。
トイレから出て彼の部屋へと戻ろうとするも背後から聞き覚えのある声が私に話しかけてきた。

「おはよー」
「ひっ!?あ、蘭さん!おはようございます。起きるの早いですね、まだ朝ですよ?」
「ん、ちげぇの。今帰ってきたとこー」

咄嗟に話し掛けられてつい変な声が漏れてしまった私を、蘭さんは笑って私をリビングへと手招きする。

「俺ん家来てるってことは竜胆と上手くいったワケ?」
「はい、お陰様で付き合うことが出来ました。で、あのぅ…蘭さんあの時やけに笑っていたのってもしかして竜胆君の気持ち知ってました?」
「んー、ウン。勿論」

蘭さんは冷蔵庫を開けながら私に屈託のない笑顔を向ける。やっぱりそうだったのか。きっと蘭さんの事だからこの状況を楽しんでいたに違いないと私は蘭さんからお水を有難く受け取り口をつけた。

「蘭さん竜胆君に言ってくれたんですよね?考えて行動しろよ的なの。気を使わせちゃってすみません」
「あれぐらい全然。将来の妹になるかもしんない仲じゃん?」
「いっいもうと!?」

その発言にあからさまに同様をする私に蘭さんは声を出して笑う。多分私は今からかわれているのだと思うけれど、これを言われてリアクション無しでいられなかった。

「ハーッ、竜胆と付き合った記念に内緒で良いコト教えてやろっか?」
「え、聞きたいです」

蘭さんは向かいの私にそっと耳打ちをするように少しだけ机から前にのめり出すと声を抑えて口を開く。

「竜胆、実はなまえに一目惚れだったんだぜ?コンビニで会う度にカワイーカワイー言っててさぁ」
「…マジですか」
「うん、マジマジ」

私の知らなかった竜胆君の気持ちを聞いて、途端にみるみる耳から顔まで赤くなっていく。蘭さんはニマニマと笑って「内緒なぁ」と言うも私は黙って頷くしか出来なかった。

「なまえ、兄貴何してんの?」
「あっ竜胆君、おっおはよう」
「おー竜胆。お前らやっと付き合えたんだってぇ?おめでとー」

お祝いの言葉を貰うも竜胆君はちょっと不機嫌そうに蘭さんを見遣る。それでも蘭さんは何にも気にしていない様子で、寝るワ〜と言って自室へ行ってしまった。

「早いね竜胆君。まだ寝てるかと思ったよ」
「…帰っちまったのかと思って焦った」

プイッとそっぽを向いて言う彼を見ると、愛しさがどんどん募っていく。ふふっと笑みがこぼれれば、竜胆君は私の腕を引っ張り彼の部屋へと連れて行かれた。

「蘭さん、弟思いで良い人だね?」
「俺の反応見んの楽しがってんだよ。ホラ、もう一回寝んぞ」

布団にくるまされガッチリと抱き着かれてしまうと身動きが取れない。苦しいけれど幸せで私も竜胆君の方へと体を向けて顔を擦り寄せる。

「なぁなまえ」
「なぁに?」
「もう俺の"彼女"なんだから勝手に帰んの禁止な。後、お前からも会いたいときには連絡して欲しいんだけど」

ぎゅうと頭を固定されているから竜胆君の表情は伺えないけれどきっと彼は今、私と同じ顔をしていると思う。そんな彼に、大好きだなぁっていう気持ちが膨らんでいく。

「うん。竜胆君好きだよ。大好き」
「ん、俺も」

これから先訪れていくであろう未来に、私はずっと彼の隣にいられますようにと願い、目を瞑るのであった。





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