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<ネームレス>


一目惚れだなんて今までの自分には無関係だと思っていた。それはこれからも。
周りは自分も含めて思春期と言われる年齢だし、ソウイウ物に興味が全く無い訳では無いが友達とバイクで走り回っている方がずっと楽しい、筈だ。

でも別に恋を否定している訳じゃない。例えばケンチンとエマ。二人の気持ちを知っているのは俺だけで、二人のやり取りを見ているのは兄としてでも友達としてでも微笑ましい。ケンチンだったらエマを幸せに出来ると確信があった。何より俺の夢はケンチンは家を建ててエマに子供が産まれる事だ。そして俺はそこで仲間達と酒を交わしながら昔話に華を咲かせる。楽しくない筈が無いんだ。ただ、その時に自分も思いを寄せている相手は居るのだろうかと思う時はある。まぁそんなのまだ先の話だけれど。

だけどそれは突然やって来た。昼休みが終わって五時間目が始まる頃。俺は眠さにいつも負けてしまって授業よりも大事な睡眠をとる。
いつも起こしてくれる筈のケンチンが起きたらそこには居なくて、ああ、そうか。今日はエマと約束あるとか言ってたっけななんて欠伸しながらぼぅっと窓を眺めた。
時刻はもう夕方で窓から見えるグラウンドはいつもより少しだけ寂しく見えて俺は重たい腰を上げた。
こういう日はとっとと帰って自慢の愛機に跨るのが一番だ。そう思えば足取りは少し軽くて靴箱まで向かうに遠いとは思わなかった。

校庭へと出れば俺の見る先に一人の女が居た。彼女は俺に気付いてはいなくてグラウンドをただ見ているだけだった。一つ不思議な点は自分の学校とは違う制服だって事。

「誰か待ってんの?」

気付けば俺は自然と声を掛けていた。友達?彼氏?普段なら余り気に留めずに素通りする筈なのに、何故か話し掛けてしまった。フワッと風に靡くその黒くて長い髪が俺の方へと向くと彼女は話し掛けられた事に少しだけ驚いた様子だった。

「あ…ここの生徒さん、ですか?」

沈み掛けた太陽が彼女の髪を照らした。白い肌に大きな瞳。俺はその彼女に一瞬で心を奪われたのだ。恋なんてした事がなかったけれど直ぐにこれが恋なんだと分かった。

「ん。そー。三年の佐野万次郎って言うの」

俺は彼女に奪われた気持ちがバレぬよう何食わぬ顔で微笑んだ。すると彼女もまた俺の笑った顔に少し安心したかのように微笑み返した。その笑顔に再度また心を奪われて心臓がどくんどくんと音を鳴らす。人生で一番の音を鳴らして。

「奇遇。私も三年。来週からここに通うことになったの。今日は学校見学ってところ」
「転校生って奴?」
「うん。お父さんの転勤で。急だったから制服がまだ届いてなくて」

ちゅるんと艶が掛かっているストレートな髪を彼女は耳に掛け空へと目線を変えた。その横顔はとても綺麗で自分の女にしたいという欲がぶわっと溢れた。しかし俺の気持ちとは裏腹に彼女は寂しそうに空を眺め、彼女は小さく呟いた。

「お父さんとお母さんは大好きだし仕方ないけど…やっぱり地元の友達と離れちゃったのは寂しいなぁなんて。大好きな友達だったから」

笑ってはいるが無理をしているのだろう。こんな時どう話して良いのか分からなくて少し戸惑ってしまった。彼女はそんな俺を見過ごしてか俺にまた笑いかけた。

「でも佐野君が話し掛けてくれたから元気出たよ。ありがとう」

…彼女に話し掛けたのが心底俺で良かった。ケンチンとか場地とか居なくて良かった。こんな思いは酷くモヤモヤする。喧嘩の方が余っ程気楽なもんだとも思った。

「別に何もしてねぇよ。でも暗くなる前に帰れよ」
「うん。また学校で宜しくね」

「送ってく」と言えたら格好良かったのに今日の俺はそんな事を言える余裕は無く、ダセェけどこれが精一杯だった。

帰ってから飯食ってる間も風呂入ってる間も考えてるのは彼女の事で、今日出会って数十分しか話をしていないのにも関わらずこんなに彼女の事でいっぱいになるとは思わなかった。俺の命と言えるお気に入りのタオルケットを握りながら俺は人生初の恋に頭を悩ませた。

告白なら何度かされた事がある。小学校の時、同じ帰り道の女の子の肩に虫が乗っていて、泣いてたから取ってやったら好きだと言われた。
中学に上がったばかりの頃、話したことも無い二つ上の女の先輩が好きだと伝えてきた事もあった。だけどどれもこれもピンと来ないしこの女と付き合ってみたいという感情すら湧かなくてそれより今のチームを大きくさせることの方が大事だし楽しかった。



「マイキー髪、これでいーかぁ?」
「うん。ケンチン…俺恋しちゃったかも」
「は?」

俺の髪を結び終えたケンチンは唐突な俺の話に驚きを見せた。それもそうだろう、俺から女の話なんて普段しないし。

「その女を自分の物にしたい」
「モノってなぁ」

ガキじゃねぇんだからと言うケンチンに俺は笑う。だってさ、恋なんて人生でした事無いし分かんねぇんだよ。こんな時真一郎でも居ればなんか教えてくれたのかもしれねぇけど。…でも女の尻ばかり追い掛けてたしな。あんまり宛にならないかなんて少し笑いが込み上げてきた。






「よ」
「佐野君!」

同じクラスにでもなれたら話す機会なんていくらでもあるのに現実はそう上手くはいかないらしい。彼女は隣のクラスに転入だった。久しぶりに朝から登校して見れば周りから聞こえてくる話題は彼女の事ばかり。俺の耳に入る周りの彼女への褒め言葉は俺にとってはあんまり面白くない。彼氏いんのかとか可愛いかったとか。俺が初めに目を付けたっての。お前ら全員くたばれってな。他の男に唾付けられる前に行動しなければと俺は彼女の居るクラスへと足を運んだのであった。

「この間はありがとう」

そうにこやかに笑う彼女の顔に心臓はやっぱり早くなってああ、好きだって実感する。この間の制服と違って今日はウチの学校の制服を着た彼女はまた違った雰囲気がある。なんか俺、変態みたい。

「ん、だから何にもしてねぇって。それより放課後暇?」
「放課後?特に予定ないよ」
「じゃあ迎えに来るからそれまで待ってて」
「へ?あ、うん」

キョトンとしたその顔にちょっとだけ笑いそうになったけど、俺は言いたい事言えたし満足だった。
周りはこの状況にざわつき始めていたがそんなの気にならない。寧ろこれは有利だ。俺は欲しいと思ったものは手に入れたいしやり遂げたい。それは恋だって例外じゃないんだ。絶対彼女を逃がしてはいけないと思った。

授業終了のチャイムが鳴ると同時に俺は席を立つ。いつもは寝てるけど今日はそういう訳にもいかない。足取りは弾み早々と彼女のクラスへと向かった。

「早いね佐野君。今終わった所だよ?」
「うん。楽しみだったから」

そう本音を伝えれば彼女の顔はカァっと真っ赤に染め上がって黙ってしまった。やっぱり可愛い。すげぇ可愛い。自分の女だったら抱き締めている所だ。だけどそれは我慢だ。そんな思いを胸に秘め、彼女の支度を終わるのを待ち俺らは学校を後にした。

「何処行くの?」
「んー、別に決めてねぇ。取り敢えずどっか座れる所」

足元には二人分の影が伸びてきて、俺は彼女の歩幅に合わせる様に速度を緩める。ファミレスでも公園でも何処でも良いけど今日はバイクじゃねぇから行ける範囲での行動だ。
少し歩けば土手に着きそこで話す事になった。

「こんな所あるんだね」
「たまにケンチンと来るんだ」
「ケンチン?」
「俺の大事なダチ」
「そっか。いいね、そういうの」

そう言えばと彼女は下を俯き悲しそうな表情を見せた。俺はそんな彼女を見やり、口を開く。

「今度連れてってやるよ」
「え?何処に?」
「お前の地元。俺のバイク乗ってさ、行こうぜ。風切りながら走んのってすげぇ気持ちいいよ」
「バイクってまだ中学生じゃんか」

フフっと目を細める彼女はとても綺麗で、気を緩めれば直ぐにでも触れてしまいそうなその距離に俺は脳内にブレーキを掛ける。ケンチンが慎重に行けって教えてくれたけどゴメン、ケンチン。ちょっとやっぱり教えを破るわ。

「いーんだよ、細かい事は。俺もお前の地元行ってみたいし。ちなみに女乗せるのは妹以外でお前が初めて。お前が良ければ俺は大歓迎だけど」
「え!そ、それって何だか…告白みたいだよ?」
「うん、その通り。告白だもん」

俺の返答に本日二回目の彼女の頬を染める姿はやっぱり可愛くて人生で初めて告白したのに彼女の顔つきで緊張がやんわり解ける。

「でも!私君の事良く知らないし」
「そんなのこれから知ってきゃいーじゃん。何知りたい?お前にだったら何でも教えてやるよ」

どうやら俺は思ったよりもガキで好きな子を少し虐めたくなる気質な様だ。彼女のあたふたしている様子を見るのが可愛いしもっと意地悪めいた事をしてみたくなってしまうのだ。突然の告白に彼女は自問自答しているのか少し考える様に言った。

「わ、わたしのこと好きなの?」
「うん。一目惚れ。この間初めて会った時凄ぇ可愛い子だなぁって思っちゃってさ。髪が綺麗で友達思いでそれから」
「分かった!分かったからもういいよ!」
「そ?その恥ずかしがり屋な所も可愛いって思う」
「もう充分だよ!」

キャパオーバーした彼女は茹でダコの様に赤い。小さな手で顔を隠しているようだがそれは俺にとってまるで意味が無い。
彼女の両手をそっと離して俺は彼女に告げる。

「返事聞いても良い?」

実際この時の俺はぶっちゃけとんでもなく緊張していて顔に出さない事に精一杯だった。恋愛は勝ち負けでは無いが、振られたらと思うと少しの恐怖が産まれてしまう。しかし、返って来たものは俺の予想を遥かに超えた返答だった。

ちゅ。

確かに今、唇と唇が微かに触れた。それは0.0何秒の世界だったかもしれないが俺には充分過ぎる返事だった。

「っこれが返事だよ」
「…見掛けに寄らず大胆過ぎね?」
「ばか!恥ずかしいセリフばっかり言うからお返し!」

またもや恥ずかし蹲る彼女に俺の口元は喜び上がる。やっぱり彼女は可愛いし俺にとっての最高の女だ。

「じゃーこれからはもっとお返ししてやるよ」
「そんなお返しいらないよ!」

ポカポカ力無く俺の肩を叩く彼女に俺はその腕を掴み今度は先程よりも少しだけ長く唇を重ねた。離れた唇は少し名残惜しいがそれはこれからのお楽しみにとっておこう。

「じゃあ今日から宜しくな」

今日から始まる彼女との関係に俺は思いを心に寄せる。この先の未来もずっと君が居ますように、と。
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