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<ネームレス>


今日も今日とて仕事。
お疲れ様自分。良く頑張った。

なんて私は自分で自分を褒める。誰も褒めてはくれないのだからこれぐらいは許されるだろうと薄ら笑いを頬に浮かべる。今日は金曜日だというのに足が鉛のように重たい。

ここの所毎日と言っても良い程上手くいかない毎日が続いた。仕事場に着いて鳴り響く電話はクレーム電話への対応。女同士繰り広げられる陰口の嵐。聞こえてますよっていっその事言ってやりたいのに、言えないのは私の性分だ。他の部署に書類を届ける際に急いで歩いた所為で盛大にコケるわランチの時にお弁当忘れてコンビニ寄るも財布を会社に忘れてまた戻るわで、自分が悪い所も多々あるが本当に疲れた。精神的にも体的にもボロ雑巾のようにクタクタだ。そんな日々が続いたからか何のために生きているのか、働いているのか分からなくなり夜も眠れない日々が続いていた。

長かった一週間が終わる。
前の私なら家に帰って豪華にご飯をテイクアウトなんてしちゃって好きな映画でも見るけれど、もうそういう気分になれない程に限界が来ていた。体は疲労している筈なのに、私は家路への道から向きを変えた。会社から差程遠くない公園に私は足を向けベンチに腰掛ける。夕方だからか周りにはもう人は殆ど居なくてオレンジ色の太陽に照らし出された遊具が何とも切ない。そんな遊具を見ていると、私なんていなくなっても悲しむものなんて居ないのだろうと余計に感傷的になった。

「…何の為に生きてるんだろ」
「殺してやろうか?」

私の単なる独り言に誰かがそうハッキリ言った。
声の主の方へと目を向ければ、私の両隣のベンチに腰を掛けた一人の青年が居た。首には龍のタトューが刻まれていて髪も目も真っ黒で正気を失っているかのようにも見えるその彼に私は目を逸らす事が出来なかった。

「殺すって物騒ですね」
「殺して欲しそうだったから」

仕事外で人と話すのは久しぶりだった。それだからかこんなイケメンに殺されるなら本望かもしれないと思ってしまう位には思考が疲れ果てているのか、こんな可笑しな事を言われても私は顔色を崩すことは無かった。

「人を、殺したことあるんですか?」

彼の目は少しだけ空に泳いだような気がしたけど彼もまた顔色を変えることは無かった。

「さぁ」

どんな返答の返しなのだろう。私は彼にそれ以上の事は聞かなかった。彼がどちらでも別にどうでも良かったのだ。ただ彼に対して怖いという感情は無かった。まだ出会って数分しか経っていないのにそう思ってしまった理由は分からない。

「死ぬ前に何したい?」
「え?」

まだ「殺して下さい」って返事をしていないのにも関わらず、彼の中ではもう私を殺す事しか考えていないのか異常な質問に私は頭を悩ませる。

「何したいのかな。美味しいもの食べる、とか?」
「ハッ、何だそれ。ありがちすぎんだろ」

やっと笑ったとも言えるのか彼の薄ら笑いに何故か胸がギュッと押さえつけられた気がして、ほんの少しの痛みを感じた。この痛みの理由を考るよりも先に私も釣られて笑ってしまった。この人もオカシイ人だけど私もオカシイ人だろう。それに死ぬ前に何がしたいと言われても、咄嗟に答えられる方が凄いと思う。

「じゃあ貴方は何がしたいの?」
「俺は……昔の仲間ともう一度笑い会いてぇ、かな」
「…そう」

それ以上理由を追求する事はしなかったが、この人にも何らかの理由があるのだろう。
本当に殺されてしまうかもしれないという状況の筈なのに、脳内はもう少しこの人と話したいと思ってしまう私はもう末期なのかもしれない。何故か今出会ったばかりの彼に惹かれてしまうのだ。

「じゃあ行こ」
「何処に行くの?」
「オイシイモノ食いに行くんだろ?」

そう言い彼はスルッと立ち上がる。
男の人にしては随分小柄で、低い身長と童顔な顔付きにもしかして私よりも年下なのかなって思いながら彼に置いていかれないように私も立ち上がる。

「何が食いてぇの?」
「ん〜何だろう。ってか君の名前は?」

最後の晩餐になるであろう物を決める前に、一つ気になっていた事を彼に問う。今から何か一緒に行動するならば名前くらい聞いておきたい。しかし彼は歩く速度を変えずに顔だけ此方を向き私に冷たい目を向けた。

「これから俺に殺されんのに名前なんて聞く意味あんの?」

まぁそりゃそうなんだろうけどとか思うけどさ、それに死ぬなんてまだ一言も言っていないし名前くらい教えてくれても良いじゃない。私は名前も知らない人とご飯を食べた後に殺されるのだろうか。しかしその言葉は喉で止まり口に出す事は無かった。



結局食べに来た場所は近くのファミレスだ。私は店員に2名だと告げ席に腰掛ける。店員はお冷を持ってきて笑顔で去っていった。まさかこれから私はこの男に殺されるなんて思ってもみないだろう。夕飯時という事もあり店内は賑やかで家族連れや友達、恋人なんかで溢れかえっていてファミレスらしく、何度も来たことあるのに今の私には眩しく感じてしまう。

「君は何にするの」
「ん」

彼が指を指したものはお子様ランチ。既に決まっていたかのように指を指した為、つい彼とメニューを二度見してしまったが間違い無いようだ。

「お子様ランチなんてずっと食べてないな。好きなの?」
「うん。好き」

それだけ言うと彼は手に顎を乗せ目線を他の客達へと移した。
彼は本当に不思議な人だ。この人は何者なのだろう。物騒な事を言って冷たい言動を吐いたと思ったら、お子様ランチを頼むという。今まで出会ったことの無いタイプの人間だ。

「じゃあ私もこれにする」

決めたのは私もお子様ランチ。本当はパスタにしようかとも思ったけど最後ならば子供思いにふけても良いのかもしれない。
店員に注文を告げるとちょっと驚いた表情をして見せた。それはそうだろう。私が店員だったらちょっと引くもん。

「最後の飯がこんなんでいーの?」
「うん。いいよってか君もお子様ランチじゃんか」

変な奴って小さく笑う彼に私はまた心臓が脈打った。
笑った顔はとても穏やかなのに、目が笑っていないというのだろうか。私達は特に話をする事も無く料理が来るのを待った。

混んでいたせいか結構待ったがやっとご飯が来た。
エビフライ、ハンバーグ、タコさんウインナーにケチャップライス。デザートはプリンだ。どれもこれも子供が好きであろうメニューでかく言う私も胸が久しぶりに弾んだ。

「頂きます」

最後のご飯にこれを選んで正解だったかも知れない。誰かとご飯をこうして食べるのも久々だった為か以外にすんなり胃に入る。半分くらいまで食べた所で彼を見れば、ケチャップライスに刺してあった日の丸の旗を指でくるくる回しながら、手付けずだった。

「食べないの?」
「うん、今腹減ってないから。旗見ただけでじゅーぶん」

旗?この旗か。
私が「欲しい?」とそれを差し出せば「ありがとう」と彼はまた微笑んだ。やっぱり不思議な人だ。怖さも兼ね備えているのにこういう所がただの小さな男の子のようだ。
お子様ランチに何か思い入れでもあるのだろうか。…聞いた所で彼はまた教えてはくれないのだろう。そんな気がして私は疑問を打ち消すかのようにフォークを進めた。


食べ終わりファミレスの外へ出て私は彼の後を着いていく。結局最後まで彼はお子様ランチには手を付けず、彼のデザートのプリンまで頂いてしまった。

「ご飯、奢って貰っちゃってゴメンね」
「いーよ。あれくらい」

結局私しか食べてはいないし払うと言ったのだけれど、彼は1枚のカードを取り出してそそくさと支払ってしまった。街のネオンに照らされながら私は彼の後を着いていく。本当に殺されたくなければ今逃げれば間に合うかもしれないのに逃げる気はしなかった。私は頭が本当におかしくなってしまったのかもしれない。

暫く歩けば一つのマンションへと辿り着いた。

「ここは?」
「俺の家。お前の家の方が良かった?死に場所」

やっぱり私を殺す気なのは変わっていないらしい。玄関へ入ればそこはまるでもぬけの殻のようで、ベッドと机が置いてあるだけの部屋だった。こんなので本当に人が住んでいると言えるのだろうか。ミニマリストでもきっともっと物があるだろうと言えるくらいだった。

「物、無さすぎじゃない?」
「必要ねぇから。余り帰って来ないし」

余り帰らないにしても無さすぎでは無いだろうか。この人は本当に謎だ。考えている事も行動も全てが謎だし彼を理解するには時間が掛かるかもしれない。

「お邪魔します」

私は素っ気ない玄関に靴を起き、無駄に広い居間へと足を踏み入れた。地べたへとりあえず座ると彼の手によって体が引っ張られた。
ドスンと音を立てたスプリングベッドは微かに軋んだ。

「どうやって死にたい?」

私の手を掴んだ手は冷たくて、彼の黒深い瞳が私の瞳を貫いて簡単には逸らせない。彼の声の低さから私は唾をゴクリと飲み込んだ。

「君の部屋に死人出して平気なの?」
「そんな事言ってる場合かよ。今から知らない男(ヤツ)に殺されるってのに」

彼の瞳が少しだけ揺れやっぱ変な女と言った。
彼の言った言葉通り私は変な女なのだろう。だって不思議と今のこの状況が全く持って怖くないのだから。

「逃げるなら今しかねぇけど、いいの?」
「…うん。逃げてもどうせ疲れる毎日だから」
「…そっか」

彼は顔を私に近付け唇を重ねた。重ねた唇は熱を帯び、私は拒むことはしなかった。
唇が離れれば名残惜しそうに笑って見える彼が視界に入ってきた。今の状況を後悔しているとしたら一つだけ。もっと彼に早く出会いたかった。そう思わずにはいられなかった。

彼は腕を伸ばしゆっくりと私の首に手を掛ける。彼の指はやっぱり冷たくて私の体温を奪ってゆく。

「うっ」

徐々に力を増す指の力に、私は苦しくて咄嗟に彼の腕を両手で掴んだが彼が怯むことは無い。
意識が段々遠のいていく中、最後に彼が言った。

「やっぱり名前教えて?」

「っわ、たしのっな、まえ、は━━━━━。」





トサッ。
彼女の掴んでいた白い手が俺の腕から落ちた。
結局名前を聞く前に死んでしまった。
この女は昔からの知り合いな訳でも無いし、昨日まで全く知らない女だ。なのに、痛む筈がない胸が痛んだ。

名前なんて聞いたって意味が無いのに。

「お前とはもっと早くに出会いたかったな」

男は段々冷たくなっていくもう何も語らない女の額にそっとキスをした。
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