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〈ネームレス〉


彼は言う。
「頭、撫でて」と。

彼がそういう時は甘えたい時と何かあった時だ。だから私は佐野君がそう言う度に幼い子を撫でるように頭を撫でてあげる。

佐野君の髪の毛は金髪に染めて傷んでいそうなのにフワフワで、くせっ毛で柔らかい髪に私の指を絡めれば佐野君はくすぐったそうに笑う。

「ばぁか。俺撫でてって言ったんだけど」
「ごめんごめん。佐野君の髪気持ちくて」

私の膝で寝転がり上目遣いで言う彼に私はいつもの如く返す。頭を撫でてあげれば満足したかのように佐野君はすぐ眠ってしまうのだ。私はその寝顔を見るのも好きでこのまま時間が止まってくれたらいいのにと思わずにはいられない。

彼は東京卍會の総長で私はただの学生だ。
私達は小学校から一緒で中学生になって私がダメ元で告白したらOKを貰ったのが始まりだった。
付き合ってから知る彼は随分甘えん坊で何度私の心を鷲掴みされたか分からない。好きから大好きに変わっていくのにも時間はかからなかった。

前に一度集会へ連れて行って貰ったことがある。
いつもの彼とはまるで別人で大勢いる仲間へと放つ声に"総長"というだけあってその姿は誰もが魅入られる。
いつもの甘えん坊な佐野君とは違ってもう一人の佐野君を見たともいえるだろう。でもやっぱり特攻服を着ていたって佐野君は佐野君で、根本的な所は変わっていなくてそこがまた大好きだった。

「なー、何考えてんのー?」

私が別の事を考えている事を察した彼は、私を見上げながら軽く頬を膨らませる。そんな彼が可愛くて愛おしい。

「んー。佐野君は可愛いなぁって」
「俺が可愛い?」

以外な答えだったらしく佐野君は軽く拍子抜けしたように目を大きく開けた。しかしすぐに眉をひそめてムッとした顔で起き上がると私を押し倒す。立場逆転だ。

「俺の何処が可愛いの?教えてよ」
「えっ!ちょっ、佐野君!?」
「お前、俺の事分かってないなぁ」

悪戯に笑うその顔に私は体が凍りつく。…この佐野君はヤバいかもしれないと脳内から警戒音が鳴り響いた。咄嗟に佐野君から逃げ出そうとしても掴まれている腕の力は女の私では振りほどく事は不可能だ。

「逃げようたって無駄だよ。お前力弱ぇーもん」

余裕な表情を見せ付ける彼は先程の可愛らしい彼ではなかった。そこに居るのはまるで獲物を狙う猛獣だ。佐野君は私の耳元で息が触れるくらいの近さで低いトーンで呟き掛ける。

「顔真っ赤。かぁわいい」

ブワッと身体中が熱くなってこれが本当の佐野君だって思い知らされた気がした。

「か、からかわないでよ!」
「からかってなんかねぇよ。お前が可愛いとか訳分かんねぇこと言うから教えて貰おっかなってさ」

満面の笑みを浮かべている彼の背後に「逃げらんねぇぞ」って言葉がのしかかって見える気さえする。
私は可愛いと言ってしまった事を心底後悔した。こういう時の佐野君はもう何言っても無駄だ。私は半端諦めのため息をつく。

「ため息なんてしてる暇があったら俺の目を見て教えてよ」
「んっ」

佐野君は軽いリップ音を鳴らしながら唇を重ねる。もう何度もしてるというのに未だこういうものは慣れなくて、体につい力が入ってしまう自分が恥ずかしくて情けなくなる。

「俺からするとお前の方が数億倍可愛いんだけどね」
「すっ数億倍!?」
「な?可愛いって言われただけで恥ずかしがったりキスだけでこんなんなってるお前のが可愛い」

そう言う彼はまた私に甘いキスを落とす。佐野君の髪が私の頬に触れそれが少しくすぐったくてもどかしい。
手を緩めてはくれないから、私は諦めて力を入れるのを辞めた。それに気付いた佐野君はニヤッと口角を上げ私に言うのだ。

「まだ時間あるよな?」
「……集会あるんじゃなかった?」

時刻は16時を回り空はすっかりオレンジ色に染まっているのが窓から見える。佐野君は忘れてたと小さく舌打ちをして少し考えるかのように時計を見つめる。嫌な予感がしたけれどそれはすぐに頭の中で当たりだと知らされた。

「まぁまだケンチン迎えくるまでに時間あるし、可愛いって言った事後悔させてやるよ」
「え!?ちょっ!さっ佐野君!?」

そこからは佐野君なりの私の仕返しが始まった。甘くて密な空間に幾度となく「可愛い」やら「もっと顔見して?」やらなんやら恥ずかしいセリフをこれでもかというくらい浴びさせられ、ドラケン君が迎えに来た頃にはすっかり体も心ももたないくらいに疲労していた。佐野君を除いて。





「おっせぇよマイキー。いつまで外で待たせんだコラ」
「ごっめーんケンチン」

彼の家の外で待たされたドラケンこと龍宮寺堅は佐野万次郎にご立腹のようだった。
そりゃ外で待たされた挙句中々部屋から出てこないとなれば怒るのも当然だよね。ごめんね、ドラケン君。
私の火照った顔付きで何をしていたか察知したドラケン君は佐野君の頭をコツンと軽く小突く。

「盛んのはいーが時間わきまえろ。総長だろうが。つか女に無理させてんじゃねぇぞぉ」
「いてっ!ちっげぇよケンチン!コイツが俺の事可愛いとか意味分かんねぇこと言うから分からしてやっただけだし」
「ハァ!?お前らほんと…馬鹿か?」

ドラケン君は呆れたようにバイクのエンジンを掛ければ、佐野君もちょっとむくれながら自慢のバブのエンジンを掛けた。
さて、私も帰ろう。今日はいつもよりも意地悪だった佐野君のお陰で良く眠れそうだ。

「じゃあ、佐野君。私もそろそろ行くね」
「は?何言ってんの。連絡するから家帰って待ってろよ。迎え行くから」
「うん…はい?」
「あんなんじゃまだ足りないつーの。泊まる用意しといて」

じゃねと返事をする前に去って行ってしまった彼に私の拒否権は勿論無いのだろう。私は彼の姿が見えなくなるまでその場に立ち止まっていた。どうやら今日彼は私を寝かせてはくれる気はないらしい。

彼から連絡がくるまで後約2時間。
私は彼の連絡が来るまで出来るだけ体を休めておこうと心に誓うのであった。


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