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兄貴の女。何人も見てきたけど大体はタイプが似ている。従順でいつも兄貴の横にくっついていて、嫌われないように尻尾振っているような女。浮気されても必死にしがみついている女を見ていると心ん中で「カワイソーに」とか思うけど別に俺の知ったことでは無い。まず、兄貴は処女キラー。ここは俺らが兄弟であっても理解しかねる。前に何で処女がいいんだよって聞いた事があった。

「あ?初めてが俺って忘れたくても忘れらんねぇじゃん?あと恥ずかしがってんの見んの好きだから?」

後者は俺も納得が出来る。分かる。だが前者は何と言うか兄貴が言うと違うんだよな。どす黒い感情が含められている気がする。俺はそん時ふーんと余り興味無さそうに返したけどさ。歴代の女達が知ったらこぞって兄貴を殺しに来そう。

兄貴の女になるのは大変だと思う。血の繋がった俺が思うんだからそうだと思う。隣に立つにはそれ相応の努力が必要だ。俺と兄貴が調子に乗っていたチームに喧嘩ふっかけに行ったとき、白目向いて倒れている大将の頭をブーツで踏みながら、まだ興奮が収まらない兄貴は当時の彼女に電話を掛けていた。俺らが住む家に急いで来たらしい女を優しく言葉で感謝する訳もなし、そのまま部屋で情事へと追いやるのだからその彼女には流石にいたたまれない気持ちになった。

兄貴の部屋は玄関入ってすぐの部屋。だからたまに遊びから帰ってくれば女の声が嫌でも漏れていることがある。興味のない女の営みめいた声はいくら兄弟であっても配慮をして欲しい。聞きたくねぇしうぜぇし、兄弟のセックス事情なんて知りたくもない。それとなく兄貴にもう少し声を抑えろと言えば、

「お前も彼女作ればいんじゃね?」

と笑われて、兄貴に言っても無駄だと思った。
そんなこんなで月日は流れると兄貴はめっきり女を家に連れて来なくなった。普段恋愛の話なんてしねぇし、性欲は一夜の女にでも発散させてんだろうなぐらいにしか俺は思っていなかったのだ。

そんなある日。俺が家に帰ると玄関にピンヒールが一足置いてあるのが目に映る。黒のゴッテゴテのキラキラしたやつ。兄貴彼女出来たんかと思ってリビングに行くと、一人の女が煙草をふかし、俺に気付くと目が合った。

「あ、」
「…お邪魔してます。蘭は用があるみたいなんで待たせて貰ってます」

素っ気なく言葉を発する女に待ってんなら兄貴の部屋行けよ、と口に出そうになったけどその言葉は飲み込んだ。どうせ兄貴がここで待ってろとか言ったんだろう、そう自己解釈をしてそれ以上は口を開かず、冷蔵庫から飲み物を取り出すと自室へと足を運んだ。

自室のソファに腰を下ろし、今リビングで兄貴を待っているであろう女を思い出す。今まで兄貴が連れて来た女とタイプが真逆そうな女。話したのはさっきが初めてだから性格こそ分からないが絶対処女なんかじゃなさそうな女。化粧は濃く、気が強そうで、服装だって露出が目立つ。オマケに煙草も吸ってたし。全部兄貴が好きじゃないタイプに当てはまる。遊びか?とも思ったが兄貴は遊びの女を家には上げない。大事にするかは別として、"カノジョ"という括りにならなきゃ兄貴は家に女を上げるなんてしない事を俺は知っている。深く考えても兄の恋愛なんて兄弟であっても分かるはずも無く、俺はソファにそのまま寝転がった。

「あー、だけどめっちゃあの女俺の好みなんだよなぁ」





すぐ別れるかと思ったあの女は以外にも兄貴と長く続いていた。彼女が家に来るのも増えれば俺と話す機会も自然と増えた。名前はなまえといって、兄貴が彼女を落としたらしい。そこは対して驚かねぇんだけどさ、聞いて驚いたのは付き合うまでに兄貴を三回振ってるってこと。

「兄貴も兄貴だけど、三回もよく振れたな」
「んー、蘭て顔は良いけど良いウワサ聞かないじゃん?女癖も含めて」
「まぁ、そりゃ言えてっけど」
「だから言ってやったの。"女泣かせるような男はそもそも論外。私は毎回男に時間を合わせる事も無理だし、浮気されても黙ってるような女じゃない。そういうの大嫌い。だから蘭は絶対無理"って」

綺麗な顔に似合わず、目を細めて口を大きく開けケラケラと笑うなまえの横顔は、まるで幼い悪戯好きの少女のようだった。そのまま彼女は煙草に手を伸ばし火をつけると、1口深く吸い込み煙がゆらりと宙へ舞う。唇に色付いたピンクのグロスが彼女の顔を引き立たせてよく似合っている。きっと、兄貴にそんな物言いの出来る女は多分世界中探してもこの彼女だけだろうとそんな事を思った、バスルームへ目を向ければまだ兄は風呂に入っていて、まだ出て来る様子は無い。

「んで、兄貴はどうやってなまえを落としたんだよ」
「あ〜。ふふっそれは内緒。弟クンには教えてあげない」
「んだよそれ」

べっと舌を出し笑う彼女に、俺はその先を聞くことを阻止されてしまった。弟ったってたった1つしか歳変わんねぇのに凄く子供扱いされてしまった気分だ。
ムッとした表情で彼女の右手を見ればリングがはめられていることに気付く。それは兄貴の指に嵌められていたものと同じ奴。ペアリングとか揃いのもの付けんの縛られてる気がして無理とか言ってたクセに、兄貴普通に自分がやってんじゃん。

本気、か。

所詮腐っても兄弟。兄貴のことは兄弟として大事だし、決めポーズ取るところとかいつも良い所持ってく所とか嫌いだけど、それでも兄は兄だ。こういう時ほど血の繋がりがめんどくさい物だと感じることは無いだろう。もう少し早く自分がこの女と出会っていたら、何か変わっていたのだろうか。兄貴の女なのだから、こういった濁った感情は持つだけ無駄だし、消し去らなければならない。

「お、竜胆帰ってんじゃん。二人で何話してんだよ」
「あっ蘭。別に対したこと話してないよ。蘭との慣れ染め?みたいな話。ね?」
「うん、まぁそんな感じ。何も教えてくんねぇけどな」
「へぇ、すげー大事な話じゃん。んなの俺に聞けよ」

聞いたって兄貴も教えてくんねぇだろ。
当たり前になまえの横へと座り自分も煙草に火をつける兄貴は、少なくとも俺が今まで見てきた中で一番穏やかな顔をして笑っている。そして彼女と同じく右手にはめられているリングが目に入ると、俺の中でモヤッとした感情が渦巻いて腹ん中が気持ち悪くなった。

「俺、ちょっと出掛けてくるわ」

二人のやり取りなんて見ていても面白くも何ともないしつまらない。だったらこの場に居ないほうが気が楽だ。兄貴にこんな感情バレたら後々面倒くさくなるし、女より兄貴の方が大事だからと自分に言い聞かせて家を出た。

その日の俺は知らない女と一夜を共にし自宅には帰らなかった。演技してんの?ってぐらい汚く喘ぐ見知らぬ女を他所に、なまえの事を考えながらセックスしてんのが自分でも最高にクズだと思う。
忘れる為に知らない女を抱いているのに、頭の中はあの女の事でいっぱいなのだから、末期にも程があんだろとイラつきながらも精を投げかけた。





早朝、家に戻ればもう彼女は居なかった。少しだけ安心してリビングへ向かえば、バルコニーで煙草を吸ってる兄貴が居た。

「窓空けとくなっつったろ。虫入んじゃん」
「おかえり〜。なまえとすれ違わなかった?今帰ったんだけど」
「…知らね」

いつもはこんなこと女にしたことがなかったクセに。こんな早ぇ時間に起きるなんて絶対しなかったクセに。もう、ベタ惚れじゃん。
彼女とすれ違わなくて良かったと再度安堵し、自室へ戻ろうとするも兄貴は俺を呼び止める。

「おい、竜胆」
「んだよ」
「お前あいつタイプだろ」
「…ハ?」

顔色一つ変えずに煙を吐く兄貴に、俺はあからさまに動揺してしまった。兄貴を見る限り別に怒ったりも嫉妬したりもしていない様子で"余裕"さが見て取れる。

「違ぇよ。別にそんなんじゃねぇし」
「やらねぇよ」

持っていた缶コーヒーの缶に吸殻を押し入れた兄貴は、一言静かにそう言い放った。別に元から取ろうとしていた訳では無いし、あの女だってそれを望んではいないだろう。俺とよく似た目が俺を貫いて、まるで頭の思考回路まで読み取られているかのような口振りに、内心少し焦ってしまった。

「だから違うって。俺が兄貴のオンナ取るわけねぇじゃん。血が繋がった兄弟と穴兄弟とか笑えねぇし勘弁」
「…ハハッ、だよなぁ」

正しく自分が言った言葉はストレートに俺自身の心臓を貫いていき、そして抉っていった。兄貴はいつもの"兄ちゃん"らしく笑顔を向けてくるものだから、それ以上何も言えないし、この気持ち早くどうにかしねぇとなんて思ってしまう。

「あんなオンナ初めてなんだよなぁ。媚び売らなくて俺の思い通りに動かなくて、言うこと聞かないすっげー良いオンナ」
「…ノロケかよ」
「そ。ちなみに今日も夜来るから」

じゃあ兄ちゃんもうちょい寝て来るわと言葉を繋ぎ、自分の部屋に戻って行った兄貴。一人残された俺はどうしようも無く虚しくて寂しい奴だ。どうする事も出来ない気持ちに聞きたくもないなまえの惚気を聞かされ、早々に寝に行った兄の後ろ姿に嫉妬してしまう自分も嫌だった。

兄貴が兄貴じゃなかったら速攻で奪うのに。

誰も居ないことをいいことに、喉からハッとから笑いが漏れた。






その日の夜、なまえは兄貴が言う通りやって来た。二人を見たくない俺は部屋にこもりっぱなしで、兄貴が俺の分まで〇〇が飯買ってきたとか何とか言ってはいたが、会いたくない俺は眠いとか適当なこと言って断りを入れた。小学生みたいな低脳さに馬鹿らしくなるが、兄貴に嫉妬してしまうのはマジでキツい。

しかし眠いからなんて嘘ついて本当に眠れるほど簡単では無くて、目を瞑っても目は覚めているし頭の中じゃなまえの事でいっぱいだ。時間が経って、部屋を真っ暗にしたってそれは変わらなくて深い溜息が口からこぼれる。

リビングが静かになったから、そっと自室を開けてみればもう二人の姿はなかった。もうきっと兄貴の部屋にでも戻ったんだろう。この隙に風呂でも入ろうと脱衣所へ向かったとき、一番聞きたくねぇ声が俺の耳へと聞こえて来てしまったのだ。

「あっ…ちょっ蘭ッ、ン、りんどっくん、あッ、いるでしょッ」
「大丈夫だって。アイツの部屋遠いし」
「やあッ…きこえ、るッかも」
「聞こえねぇから安心して?」

部屋から出なきゃ良かった。何この拷問。今までなまえの嬌声なんて聞いた事は無かった。絶対ヤッてはいたんだろうが、なまえが家に来ていたときは部屋から余り出ないようにしていたし、外に出掛けるようにしていたから気付く筈なんてなかったのだ。今の俺の気分、どっかの族と喧嘩して三人を一人で相手にするよりもキツいんだけど。棒立ちになった俺に静かに聞こえてくる情事の甘ったるい声は俺が出させている訳なんかでは勿論無く、兄貴によって出されている声だと思うと気が参ってしまいそうだ。それなのに俺の体は彼女のその艶かしい声に反応してしまうのだから、体は正直とかっていう言葉はこういうこと言うのだろうと自室へ戻りベッドの上で自分の下半身に手を伸ばす。

「あー…くっそ。サイアクだわこんなん」

その日、初めて兄貴のなまえの嬌声を聞き、この日初めて俺は兄貴の女でヌいた。
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