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ご飯を作る。彼がお腹を空かして帰ってくるだろうから。お風呂を沸かす。彼の疲れが少しでも癒されるように。

あの竜胆の告白を受けた次の日。私は彼の言うとおり荷物をまとめて竜胆の家にやって来た。急に結婚と言われて、はいと答えてしまったがこの同棲生活は以外にもスムーズに進んだ。あまり得意ではない料理も彼が美味しいと答えてくれるのが嬉しくて、最近は一人暮らしをしているときは憂鬱に感じていたご飯の支度も好きになってきた。竜胆は結婚しようとは言ったけれど、私の気持ちを尊重したいからその気になったら言ってくれとあの後に言ってくれたのだ。

「ただいま」
「おかえりっ。ご飯もうすぐ出来るからお風呂入ってきなよ、湧いてるから」
「ん」

まるでもう新婚生活をしているような会話はまだ照れ臭い。竜胆はジャケットを脱ぎソファに置くとキッチンに居る私の傍へと立つ。

「どうしたの?水飲む?」
「あー、抱き締めていい?」
「わっ!」

私の返事を聞く前に彼は私を抱き締める。数年間私を好きでいてくれた彼は早く帰って来れる日は必ずこうして抱き締めてくる為、私は毎日がドキドキしっぱなしだ。それに私も答えるかのように竜胆の背に腕を伸ばせば、竜胆は更に抱く力を強くする。

「うっ、強い!りんどっいつも力が強いっ」
「あ、ワリィ。いやさ、嬉しいじゃん?未来の嫁が俺ん家で飯作ってくれんのとかさ」
「……ッお風呂入ってきて」

顔を真っ赤にする私に竜胆はにっこり満足気に微笑むと私の頭をポンと手を当てて風呂場へと向かって行く。あの日顔を茹でダコのように染めていた竜胆は何処へ行ってしまったのだろうか。私だけが毎日こうして竜胆に胸を高鳴らしている気がしてちょっと悔しい。





「ウマいけど盛大に焦げてんな」
「ハハハ〜。どーもぉー」

誰のせいで焦げてしまっているのだと思ったけど、ウマいと言ってくれたので口にはしなかった。コップに水をつぎ一口飲んだ私は竜胆に問いかける。

「あ、竜胆明日の仕事どうなったの?行けないなら私一人で行ってくるけど」
「ばーか、無理矢理休み取ったわ」
「本当に!?大丈夫なの?」

この家は広いが物が少ない。竜胆自体自炊はしないタイプだったらしく、食器も元から余り揃っていなかった。私の家から持って来ようとも提案したが、どうせなら新しい物を買いに行くかと竜胆が言ったのだ。

「急ぎの案件終わらせたし別に平気。っつーかなまえ、俺と出掛けんの嬉しい?」
「え!うっ、うれしいよ」
「そ?俺もうれしー」

お箸で私の作った焦げたおかずをつつきながらサラリと言う言葉に私はまた胸が脈打つ。気付かれないようにご飯をかき込んでみたが喉に詰まりそうになって、私は急いでコップについである水を飲み干した。





「どっか見たい雑貨屋とか決まってんの?」
「んー。特に決めてないけど取り敢えず駅周辺のデパートとかで良いんじゃない?」
「了解」

竜胆の車を走らせること数分、パーキングに入り車を駐車する。こうして竜胆と出掛けるのは本当に久々で、朝から私は楽しみでいつもより一時間も早起きをしてしまった。メイクをしてお気に入りの服に身を包めば、竜胆は私を見るなり「可愛いーじゃん」なんて言うから、私も彼の私服姿に「竜胆もかっこいいね」なんて言いあって、いい歳した大人が思春期のような会話をしていることに二人で笑ってしまった。

「どんな食器が良いとかある?」
「別に。お前が好きなやつでいーよ」
「言うと思った。でも迷うんだよね」

料理は得意ではないが食器を見るのは嫌いじゃない。最近密かに竜胆がいない時間にスマホの動画サイトで料理動画を見ているせいか、可愛い食器に憧れがあった。私がどれにするか悩んでいると竜胆はその後ろから口を開いた。

「なぁ。ちょっと電話しなきゃなんなくなったから、ワリィけど行ってきても良い?」
「あ、うん。全然いいよ」
「すぐ来っからそこ動くなよ?」

行ってしまった竜胆の背を見送りながら、そういえば無理矢理休みを取ったと言う竜胆の言葉を思い出した。最近は丸一日休みというものが少ないらしく、この間なんかは帰ってきてご飯を食べた後は直ぐに寝てしまっていた。

なんか悪いことしちゃったかなぁ。

疲れているのに付き合わせてしまったことを申し訳無く思った。食器をさっさと決めて、竜胆の電話が終わったら帰ってゆっくりしようと決め、再度並んでいる食器へと目を移す。







「マジでもう帰っちまっていいの?行きてェとこあんなら付き合うけど」
「いーの!可愛い食器買えたしありがとうね。竜胆こそ電話大丈夫なの?急ぎの用だったりした?」
「あ?いや、全然平気。気にすんな」

少し歯切れが悪い返事をする竜胆に、私はまた少し申し訳無さが募る。幹部と前に言っていたし、自分がやらなければならないことや、下に付いている人の指示等があるのだろう。彼の仕事の内情を全て知っているわけでは無いが、普通の会社でも上司となればそういうものだ。やっぱりこのまま帰るという選択肢で合っていると思う。





家に着き買ってきたものをテーブルに広げる。色違いの食器ばかり買ってしまいそれを見て竜胆は笑っていた。

「お前、こういうの好きなんだな」
「最近料理の動画見てて、それで可愛くて欲しいなって思ってたの」
「へぇー、料理の動画って俺の為とか?」
「え!?あ…そ、そうなんだけど」

竜胆に問われ、恥ずかしくなった私は声の端が小さくなっていく。その様子を見て竜胆は笑いながら私に「ちょっと待ってて。すぐ戻る」と言いながら家の玄関へと出て行ってしまった。

一人きりになった部屋で、私は買った食器を片付けながら竜胆の事を考えていた。私を好きだと言ってから私が知っている友人の彼とは変わって、かなり甘くなった竜胆を思えばきゅうっと胸は高鳴り締め付ける。朝起きて竜胆とおはようを交わすのは幸せな気持ちになって、竜胆が遅い時間まで仕事となると早く会いたくなり、こうして可愛いと竜胆に言われるのが嬉しくて、今日のようにお洒落をする自分はもう竜胆のことが大好きになってしまっているのだろう。前の恋から切り替えが早いと言われればそれまでだと思うが、それぐらい竜胆は私への気持ちを表に出してくれるから、これを意識しない方がどうかしていると思う。

「なまえ」
「あ、竜胆。車に忘れ物でもしたの?」
「違ぇよ。ホラ、これやる」

竜胆が手に持っていたものはディオールとロゴが称されている白地の紙袋。「ん」と渡され私は思いがけないプレゼントに少々驚きつつも、綺麗にラッピングされているリボンを解けば中にはルージュが一本入っていた。

「これ」
「その色、お前に似合いそうだから買った」
「うそっまってまって!凄い嬉しいんだけどっ」

初めて竜胆から貰うプレゼントに、嬉しさのあまり語彙力が無く頬が緩んでしまう私に彼は笑う。

「喜んでくれんのは嬉しーけどさ、なまえガキみてぇ」
「だって本当に嬉しくて。ありがとう」

ルージュの蓋を開ければ、ピンクベージュの可愛らしい色味のルージュが顔を出す。竜胆は私の手に持っていたルージュをそっと取り私の唇へと近付けた。

「付けてやるよ」
「えっ!?あっいいよ!私自分で」
「あーホラずれんぞ。動くなって」

竜胆の顔が私の真正面に来るも何処を見ていいのか分からなくなり、目を逸らしてしまう。心臓はどくどくと早く脈打つし、顔だってきっと真っ赤なチークを塗っているくらいに赤いだろう。

「ん、良いじゃん。やっぱ似合ってんな」
「あ、りがとう」

自分の顔を鏡で見る余裕も無く、私はお礼を吃りながら竜胆に伝える。竜胆は満足そうに笑ってまた私の頭をポンと撫でるのだ。それがまた胸をきゅうっと締め付けて照れくさくてやっぱり私は竜胆のことが好きだなぁと感じる。

「…いつ用意してくれてたの?」
「ああ、今日買いもん行ったとき電話してくるって言ったろ?そんとき買ってきた」
「そうだったの!?全然気付かなかったよ」
「そりゃそうだろ、バレねぇようにしたかったし。本当は一人で買いに行きたかったんだけどさ、仕事で中々時間が取れねぇから」

ほんの少し拗ねるように言う竜胆がとても可愛く見えて、私は初めて自分から竜胆を抱き締めた。いつも竜胆がしてくれるようにぎゅうっと力を込めて。

「あ!?お、おいっ!?」
「竜胆、いつも私の為にありがとう。でね…あのね、私を竜胆のお嫁さんにして頂きたいのですが」
「……は?えっ!?…はっ!?」

慌てている竜胆に私はふふっと笑いが込み上げる。慌てたり、格好良かったり、可愛かったり。そんな彼をこれから先何時までも見ていたいと思ってしまったのだ。

「大好きだよ竜胆。ずっと一緒に居たいなって思うよ」
「は、待って、ちょっマジで?」
「マジ。嘘でこんなこと言わないよ。私、返事は『はい』しか聞きたくないなって思うんだけど、どう?」

竜胆が告白をしてくれたときのようにほんの少し真似て同じセリフを言うと、彼は私が抱き締めていた腕を取り目線を合わせた。

「男が女に口紅贈る理由知ってっか?」
「え?」
「"キスしたい"って意味なんだってよ」
「あっ」

そう言うと今度は私の腕を引き、彼は私に口付ける。重ねた唇が離れると、私の唇に引いたばかりのルージュが竜胆の唇に色移りをして親指で彼はそれを自身の親指で拭った。どんどん顔を赤らめていく私に竜胆は目尻を下げて私の頬を撫でる。

「ず、狡いじゃん。こんなの」
「好きな女にキスしてぇの当たり前じゃね?んでさっきの話だけどさ。返事は勿論初めから"はい"に決まってんだろ」

竜胆はもう一度私にキスを落とす。私は今世界一幸せだと胸を張って言える。







「で?婚姻届いつ出しに行く?」

甘い時間を過ごし、いつの間にか空は暗闇になっていても、私はまだその余韻に浸っていた。私の髪をかきあげながら撫でる竜胆の手つきは気持ちが良くて気を抜くと直ぐにでも眠ってしまいそうだ。

「ん、明日は午後からネイル入ってるし朝婚姻届貰ってくるよ」
「朝なら俺も時間あるから行こうぜ」
「竜胆最近仕事忙しいでしょ?貰ってくるぐらいなら一人で行けるし大丈夫だよ」

私の言葉に不服だったのか竜胆は私のおでこを中指と親指で弾き、ぺちんと音を鳴らしてデコピンをしてきた。

「い、いたいじゃん」
「ばーか。んな大事なもんは俺も一緒に取りに行くに決まってんだろうが」

軽く怒られるも、反社会的勢力者が市役所に出向くのを想像したらつい笑みがこぼれそうになったが、それを口に出すのは止めておこう。絶対にまたデコピンされるに違いない。

「あ、そうだ。ネイルだけど、明日竜胆が好きって言ってた紫にしてくるね!パステルカラーにするけど」

流石に仕事柄派手な濃いネイルは出来ないけど、服装に合わせやすいパステルカラーのパープルならば大丈夫だろう。そんな事を思いながら手をひらひら〜とさせれば竜胆は私の手を握り絡めてくる。

「あーいいな。マジで俺のモノになってく感じ。どんどんなまえが俺好みになってくのすげぇ好き」
「へっ、あ、うぅ…」

彼はほんとに本当に私を照れさせる天才だと思う。きっと私の反応が面白く楽しんでいるのもあると思うが、私は彼の一言一言で嬉しさと気恥しさを隠せず顔に出てしまうのだから仕方がない。

「次は結婚指輪買いに行かねぇとな」
「うん、どんなのが良いかなぁ。楽しみだね」

竜胆が私を好きになってくれて良かったと心から思う。ずっと好きでいてくれた彼に、私はこの先もずっと竜胆と同じ道を歩んで行くことを誓うのだ。
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