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※梵天軸



ザプンッと波の音を聞きながら酒を飲むって少しだけ憧れがあった。防波堤に腰を下ろして足をプラプラとさせても「危ないよ」とか言って誰かが注意してくれる訳でも無い。この時間帯の海にひと気はなく月の明かりが海に反射してキラキラとして見える海を眺めると世界で独り占めしている気分になれる。

海に着く前にコンビニで買ったオヤジ臭さ満載のワンカップを袋から取り出して、周りに誰も居ない事を良い事に片手に持ちグビっと飲めば日本酒特有の辛みが喉を熱くした。

「ぷはぁっ。っふふ」

お前は五十代のオッサンか!と自分に心の中でツッコミ入れたら笑えてきてしまった。何て虚しい奴だろうか。しかし海は私の笑い声なんか聞いてはいないから、どれだけ笑おうが自分の勝手である。ぷらんとした足元の真下は深い海というのに怖さも何も感じなかった。風から伝う空気の匂いは海風の匂いなのか酒の匂いなのかも分からなくなってきたから私はかなり酔ってきているのだろうと思う。

「アハハ〜。くそが!」

海に向かって暴言を吐く。広大な海よ、許してくれ。明日になればまた元気な自分に戻るから。先程飲んでいたワンカップを早々に飲み干し、また次のカップを開けようとするも中々手がおぼついて開けられない。ムキになり口をへの字に曲げて勢い良くプルタブに親指の爪を引っ掛ければピシャッと蓋は開いて、酒は服へとかかりネイルに行ったばかりのオニューの爪が割れてしまった。

「さ、さいあく…」

服はビショビショだしオマケに今回はとても気に入っていたデザインのネイルだけあって気分が更に落ち込んだ。深いため息を付きながら完璧海風よりも強く匂う酒の匂いは中々堪えるものがあった。

今日本当何もかもダメだな

そんなことを思いながら残ったカップの酒に口を付けると背後から懐かしき声が私の耳へと届く。

「なまえ?こんなとこで何してんだよ」
「へ!?…り、んどう?」

声のする方へ振り返れば、それはそれは懐かしきお友達の竜胆君であった。数年前は良く一緒に遊んでいて仲が良かった私達。しかし私の仕事や彼の仕事、プライベート等の理由で時間が合わず中々会わなくなってしまっていたのだ。

「えーっ!滅茶苦茶久しぶりじゃん!」
「久しぶりじゃん!じゃねぇだろ。お前が呼んだんだろーが」
「あ…そうだったネ」
「忘れてんなよな。馬鹿は相変わらず変わんねぇなぁ」

彼は仕事柄多忙だし、無理だろうと承知で送ったメッセージだったから送っていたことをすっかり忘れていた。
竜胆はハァと深い溜息を吐くと防波堤にひょいっと登って私の横へと座る。

「ってかお前酒クサくてヤバいんだけど。何してんの?」
「ふふん。これ開けようと思ったら爪引っ掛けてお酒かぶっちゃったの。爪も割れて最悪だよ」
「笑うとこかよ。つかワンカップとかお前何処のオッサンだよマジで」

この感じが懐かしい。懐かし過ぎて昔に戻ったみたいだった。ずっと会っていなかったせいなのか、酒に酔っているせいなのか私は下らない自分語りを延々と話しているのにも関わらず、竜胆はずっと私の横で煙草をふかしながら耳を傾けてくれていた。それがやっぱり居心地が良くて、話を聞いてくれる人が居るって有難いことだなぁと身に染みて感じるのだ。

「ここ最近のお前の近況報告は分かった。…で、どうしたんだよ」
「どうしたって何が?」
「お前数年ぶりの連絡が"今日会えるなら少し会いたい"とか言われりゃ何かあったかと思うだろ普通に」
「あぁ…」

彼は煙草を地面に押し潰すとまた新しい煙草に火をつける。昔まだ私達が十代の頃、竜胆の煙草吸っている姿がかっこよくて私も吸いたいと彼の煙草に手を出したら「お前はダメ」って頑なに吸わせては貰えなかった事を思い出した。あれからもう数年か。時の流れは早いものだ。
私はグビっとまた酒に口をつけ、暗い海に目を移す。

「彼氏にさ、フラれちゃってさ」
「…は?マジで?」
「うん、マジだよ大マジ。婚約までしてたのにさ、急に君とは結婚出来ない、好きな子が出来たとか言うんだもん」

ああ、ヤバい。口に出したら鼻の奥がツンとしてきた。だって今日の出来事だもの。今日は彼と指輪を見に行く予定だった。それなのにさ、ルンルンで彼氏に会えば気まずそうに一言「別れてくれ」だもんな。流石にあっそうですかと言える程のメンタルを持ち合わせては無く、あの時の私は鳩に豆鉄砲を食らった顔をしていて、その後に般若のように目を釣りあげていたと思う。

「もうビンタしてやった思いっきり!でも全然スッキリしないんだよね。あーあ、婚期逃しちゃったよ。自分が惨めすぎて笑える」

手の平をパシパシと平手する素振りをしながらから笑いを浮かべるも、竜胆は黙って深く煙草を吸い白い煙を吐いた。本格的に私の涙腺が崩壊しかけた時、彼は煙草を消すと夜空を見上げながら口をそっと開いた。

「有り得ねぇなそのクソ男。殺して来てやろうか?」
「でしょでしょ〜。でも有難いけど殺しはダメぇ。ぅ"う〜」

流石反社のお仕事しているだけ言葉選びが常人とは異なるが、その優しさは更に私を涙の道へと追いやった。子供のように泣く私に竜胆は大きな手で私の頭を撫でる。昔からそうだった。私に何かあったときは必ずその手の平で私を撫でて慰めてくれた。数年会っていなかったのに、全く変わっていないのが嬉しくてそれに対してもほんの少し涙がこぼれた。




「ズビッ、はーっありがとう。竜胆が来てくれて良かった」
「…どーいたしまして」

あれから私が泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれた彼に感謝し、離れた手に少し名残惜しさを感じつつも私は笑顔を向ける。竜胆はそんな私にスーツの上着を脱ぎ、「ん」と渡すと立ち上がり防波堤をピョンと軽々降りた。

「行くぞ」
「え、あ?何処に?」
「俺ん家。お前の家こっから結構遠いだろ。んな格好してたら帰るまでに風邪引いちまうぞ、ホラ」
「あ…うん」

差し伸べられた手を受け取れば、私が落っこちないように支えながら降ろしてくれた。前から竜胆は女の子に対して紳士な所あるよなぁなんて思うと少しだけ胸の奥がむず痒くなる。向こうはそんな気でやっている訳では無いのだろうが、顔も格好良いしスーツも似合っちゃうし。仕事は特殊だが女にモテるんだろうなぁと竜胆の顔をついついまじまじと見てしまった。

「なんだよ」
「竜胆モテるんだろうなって。彼女居ないの?」
「はぁ?別にいねぇよそんなもん。…誰かのせいでな」
「え!竜胆好きな人居るの!?」
「ってかマジで酒クサイんだよ!いーから早く乗れ」

竜胆って好きな子居たのか。初めて聞いた女の影にどんな子だろうと思いながら竜胆の車に乗る。そう言えば竜胆のお兄さんの方は失礼だが昔から女の人がコロコロ変わっていた気がするが、竜胆の彼女というものは今までで聞いた事も無いし見たこともないことに今更ながら気が付いた。一体どんな子を好きになったんだろう。





「え"!ここが竜胆んち!?私のアパートの倍あるんだけど!?」
「あ?無駄に広いだけだわ。寝るとこさえありゃどこも変わんねぇよ」
「はあーっありえん…」

都内のマンションに着き、竜胆の後に続くとそこに広がっていたのは一人暮らしにしては広すぎる部屋だった。リビングがまず広い。それに伴ったキッチンもオシャレだし。やっぱり反社といえど幹部は違うなぁと身分の違いを改めて感じ、口を間抜けにぽかんと開けてしまう。そんな私を見ていたのか竜胆が声を出して笑った。

「っはは、なまえガキみてぇ」
「だって竜胆知らん間にこんな良いとこ住んでるとは思わないじゃん!蘭さんは?」
「あー兄貴は別んとこ住んでる。ここには俺一人、ってかシャワー入ってこいよ。酒被ったままじゃ気持ち悪ぃだろ」
「え、あ、ありがとう」

竜胆の服らしきものを手渡され脱衣場に案内されると、竜胆は早々にドアを閉め行ってしまった。竜胆の家に来たのはまだ私が高校生だった頃に一度だけ。その頃の竜胆は蘭さんと暮らしていたし私も長居した訳では無かったがこうして竜胆の家にお邪魔して、しかもシャワーまで借りるとなれば少し不思議な気持ちを感じる。竜胆好きな子居るのに申し訳ないなぁと思いつつ、シャワーを借りたらタクシー呼んで帰ろうと私は早々にノズルを捻った。





「はい?何だって?」
「いやだから泊まってけよって言ってんだけど」
「それは流石に…」

シャワーから出て竜胆の服に身を包んだ私は彼の元へと戻るも、タクシーで自宅へ帰るという考えを呆気なく阻止されてしまった。

「別に問題無くね?お前明日会社休みつってたろ」
「休みだけどそういう問題じゃなくって」
「んじゃ決まりな。俺風呂入ってくるから待ってて。テレビとか勝手に見てていーから」
「ちょっ私返事まだしてないし!」

パタンと脱衣場のドアは閉められ私は広いリビングに取り残されてしまった。ほぼ強制的に泊まることを決定された訳だが、流石にそれはいかがなものか。竜胆とは友達だがその前に男女である訳で。そういう空気にはならないにしても、好きな子居るなら私帰った方が良くないか?なんて考えが頭を抱えさせる。うんうんとどうしたものかと唸っていれば、シャワーを浴び終えた竜胆が上半身裸で脱衣場から戻って来た。

「ちょっ、服着なよ!」
「は?風呂から出た後ってあちぃじゃん」

そう言いながら竜胆はまだ少し濡れた身体で私の横へと座り、タオルでゴシゴシと髪を拭く。

「体まだ濡れてるよ?それこそ風邪引くじゃん」
「ん、こんくらい大丈夫だろ。寒くねぇもん」

フワッとしていたマッシュウルフの髪は今はその面影は無く、ストレートに下ろされた髪にほんの少しだけドキッとしてしまった自分に驚いた。それに加えて体つき。もう三十路間近というのにも関わらずそこら辺の男よりも鍛えられている体に、服を着ていないせいでつい目がいってしまうのだ。
ん?あれ?あれれれれ?私何考えてるの、こんなん変態じゃん。
こんなふしだらな事を思って顔をあからさまに逸らそうとする横で竜胆は立ち上がり、財布から一枚の札を取り出した。

「え、何これ?」
「ネイル代。折れちまったんだろ。新しいのに変えてこいよ」
「いやいや!いらないよ!それぐらいのお金はあるよ!」

ほれ、と普通に手渡してきたが私はそれを竜胆へと押し返す。

「いーから貰っとけって。そん代わりさ俺の髪の色にして来て」
「竜胆の?紫ってこと?」
「うんそう。今のも良いとは思うけど、どうせ変えんならいーじゃん?俺好きなんだよなこの色」
「紫のネイル私やったことないな」
「じゃあ尚更いいじゃん」

はて。何故急に竜胆の好みの色にして来いと言われるのか分からない。脳内にハテナが沢山浮かぶがやはりお金は貰えない。

「ネイルには行くけどお金は貰えないよ。ってか竜胆好きな子居るんでしょ?」
「あー…うん。いる」

やっぱり居るんだ。顔を僅かに赤く染めてる竜胆に、だったら尚更竜胆の言う通り動く訳にはいかないじゃんと心の中で呟く。すると竜胆は私の方へ体をぐいっと向けるとその体と顔に似合わず小さく頼りない声で呟いた。

「お前、なんだよな」
「ん?声小さくて聞こえない」
「あ"〜だからっ!お前が好きって言ってんの!」
「え……?」

まだ半乾きの髪に手をやり私から目を逸らす竜胆の顔は真っ赤だった。例えるとゆでた蟹のように。かくいう私も竜胆の口から出た言葉を理解すると彼と同じく顔に熱を持ち紅潮していく。

「い、いつから?」
「あ?もうずっと前。俺らがまだ十代の頃から」
「十代…」

気付かなかった全く。だって竜胆は私に対して全く恋愛的な素振りなんて無かった。十代の頃からだと言われればもう軽く彼は約十年程の時の間私を好きでいてくれていたということになるのだが。

「なぁなまえ。俺ら結婚しねぇ?」
「なっっはっ!?付き合ってじゃなくて!?」

彼の顔は真剣そのもので冗談のつもりでもないようだった。しかし好きだと告白されたと思ったら次は結婚って斜め上をいっているのにも程があり過ぎる思考に思わず声が大きくなってしまった。

「ちょっと待って竜胆君、一旦落ち着こう」
「はぁ?お前の方が落ち着けよ。俺は落ち着いてるし。お前男運がねぇから俺にしとけって」

確かに竜胆よりも私の方が同様している。胸の奥がバクバクと音を鳴らして落ち着くってどうやって落ち着くんだったっけ?と訳が分からなくなってきてしまった。

「で?どう?」
「どうって言われましても…急過ぎて訳分かんない」
「久々会いてぇとか言って行きゃ彼氏出来ててしかも結婚前提だったとか。フラれたにしろお前が他のヤツと結婚とか絶対ェ無理」
「あっ」

ぐいっと肩を寄せられ私は竜胆に抱き締められる。竜胆の胸に顔がくっつけば竜胆の心臓が私以上に音を鳴らしていた。私は抱き寄せられたまま小さな声で口を開く。

「もし結婚の報告だったらどうしてたの?」
「あ?あー…今の俺なら無理矢理にでも奪ってたかもな」

竜胆は最初からそうすれば良かったわと一人頷き口を繋ぐ。竜胆の髪が私の頬にかかり、それがまだ少し濡れていて彼との距離の近さを物語る。

「明日からお前俺ん家住めよ。荷物は運ばせるから大事なもんだけまとめとけ」
「ちょっ、住む!?まだ私返事もしてないんだけどっ」

顔を上げればすぐ側に竜胆の顔があり、彼は私を見下ろす。私の顔は今間抜けにアホ面を晒しているにきっと違いない。

「返事は"はい"しか聞きたくねぇんだけど」
「っ、あ、えと…はい、よろしくお願い、します」

私の髪を捲りながら首元へと顔をうずくめる竜胆は、言葉は強引にも関わらずどこか自信無さげに呟くものだから、私の心臓はいとも簡単にきゅうっと締め付けられた。私がそう返事をすれば彼は私の体を両手で包みぎゅううっと強く抱き締める。

「苦しいよ、りんどっ」
「あ、悪ぃ」

トントンと竜胆の背中を叩けば彼は焦って私を抱く腕の力をほんの少し緩める。そんな彼が長い付き合いの中で初めて可愛いと感じてしまった。

明日になった私は海で思った言葉通りきっと元気になっているのだろう。大事な荷物をまとめたらネイルを予約して、竜胆の好きだと言ったカラーに変えようと思う。



Title By 子猫恋
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