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※梵天軸


一人暮らしを始めてもう何度目かの冬が訪れる季節になってきた。夜になれば私の住んでいるおんぼろアパートには冷たい空気がどこからともなく部屋の中まで侵入してきて、古い備え付けの暖房は本当に効いているのかってぐらいには冷気が漂うのにはもう慣れっこになってしまった。
こんな日は毛布にくるまるのが一番と布団へ潜り込んだ矢先、何処からともかくドンッと何かを叩くような鈍い音と共に怒声のようなものが聞こえて来た。

「居ますよねぇ?返事して下さいよぉ〜。おいゴラァ!」

一瞬私の部屋の扉を叩かれたのかと思う程に大きな音とその声に私は布団から即座に飛び起きた。古いアパートは最新の設備は愚か壁が薄すぎるという難点があり、隣人の生活音などがよく漏れる。だがこういった事態は二年住んでいるが初めてだった。うるさいぐらいにドッドッと鳴り響く心臓に手をやり息を殺して忍び足で玄関の方へ近付けば、その怒声が先程よりハッキリと聞こえてきて、やはり隣人の部屋から聞こえるようだった。その声の主はどうやら数名いるらしく、耳を玄関に当てると更に声はハッキリと聞こえてくる。

「ちっ、逃げたんかよ。出向いちまったじゃん。オイ、今直ぐ探し行けや」
「はい!」

深夜の時刻では無いが夜というのにも関わらず、その罵声が近所迷惑とも考えず響き渡っていた。隣人がどんな人かは見たことは無いが、どう考えてもアレは通常に生活していたら出会うことはないであろう人種だと分かる。

暫くして何分か経つと、まるで何事も無かったかのようにアパートはいつもの静けさに戻っていった。見たっていいことは無いのに、私は震える手で静かになった事をいいことに玄関のドアをそっと開けてしまったのだ。

ガチャン

緊張しているせいで余計とそう感じるのか、または古いアパートの古いドアのせいでそう思うのか分からないが、異常に音が鳴り響くドアにドアノブを持つ手に自然と汗が滲む。私は顔だけを半分扉から覗かせると、そこには頭のてっぺんから深い藍色がかかり紫色したマッシュウルフの青年が立っていた。

「あ…」
「あ?」

しまった!まだ人居たのか!
ばっちりと目が合ってしまい私の体に冷や汗がたらりと伝う。目先の男はこのアパートには不釣り合いのストライプ柄のスーツを着ていて、明らかに住人では無いだろうと感じられる。私が凝視していたことを余りよく思わなかったのか彼は眉を顰めて素っ気なく言葉を放った。

「何?」
「え!っとあのぅ。お隣さん、です、か?」
「ハ?……あー…、ウン。ちげぇちげぇ」
「で、ですよねぇ」

どう見ても隣人じゃないだろ、と思ったけれど焦った私はついそう言ってしまった。一瞬彼は何か考えるような素振りをして言葉を発したかと思うと、隣人の部屋からゆっくりと私の目の前まで歩み寄る。スーツに見合ったキャップトゥの形をした靴はコツン、コツンと音を鳴らして彼は私の前まで立ちはだかると、少しだけ開いていたドアを全開にするかのようにぐっと私の玄関の扉を開けたのだ。

「あっ!?」
「なぁ、"ですよね"ってことはお知り合い?友達とか?…それはねぇか」
「へっ?いや、その…お隣さん私一度も見たことが無くて」

お隣さんの部屋をちょいちょいと指さす彼に、ドアを思い切り開けられた私はそれに唖然としながらも答える。すると彼は顔色一つ変えずに言葉を放った。

「ふぅん、あっそ。でさ、ちょっと中入れてくれない?さみぃからさ」
「中って…は?え?ウチですか?」
「うん。あー風邪引きそ。ね?入れてよ」

初対面にも関わらず家の中へ入ろうとする彼は、断りの言葉は一切受けないと感じさせるかのように口角を上げて私を見下ろす。そんな怪しさ満点の男を家にあげるだなんて戸惑いを隠せる訳は勿論なく、反射的にドアを閉めようとした瞬間それをさせまいと彼の靴が玄関のドアを引っ掛け阻止されてしまった。

「ひっ」
「つれねーことすんなよ。俺、風邪引いちゃうかもっつってんじゃん」







後悔した。あの時何故ドアを開けてしまったのかと。
後悔した時既に遅しという言葉通り彼は今、私の狭き部屋の狭きリビングで腰を降ろしている。断る時間も与えられず恐怖から「はいぃ」と小さく口にしてしまい、彼の微笑んだ顔付きにまた更に恐縮してしまう。絶対さっきの怖い声出てた人の仲間じゃんと思うと背筋が凍ってしまって、今だってこうしてインスタントの珈琲を入れるのにも手が微かに震えてしまっている。彼はというとそんな私を見もせずに、狭くて対して女らしくもない部屋をくるくると見回していた。

「こんな狭ぇ部屋で不便じゃねぇの?」
「えっ!あ、はい…もう、慣れましたので」
「ふぅん」

余りまじまじと見ないで頂きたい。友達ならまだしもさっき出会ったばかりの、それも怖い得体の知れない男の人に。
一人用の小さなテーブルにマグカップを二つ置けば彼は「どーもー」と少しだけ笑顔を見せる。
私は自分の心臓を少しでも落ち着かせる為にカップに口を付け一口珈琲を飲むが、落ち着く所か未だ心臓は勢いまして鳴り響いている。目の前の彼はテーブルに頬杖をし唐突になんて事もないように話しだした。

「金借りてたみたいでさー」
「あ…お隣さん、ですか?」
「そーそー。だから見に来たんだけどさぁ」
「はぁ…」

聞いてもいない隣人の内情をベラベラと話し出す彼に私は耳を傾けることしか出来なかった。見に来たってことはお隣さんと元から知り合いだったのだろうか。その不釣り合いな格好からしてその道の方だと思っていた。それに加えて首元の目立つ刺青。偏見かもしれないが、明らかにこちらの住人では無いと思っていたがもしかして私の間違いだったのだろうか。踏み込んではいけないオーラが滲み出ているが、物腰は優しい口調で話す彼はもしかしたらお隣さんと知り合いだったのでは?私が勘違いしてた?という考えが僅かに私の頭に浮かんできた。

「もしかしてお隣さんとお友達だったとかですか?」
「あ?トモダチ?」
「ヒッ、いえ違うなら本当すみません!」

やっぱり違うよね!そうだよね!
顎から手を離し眉を片方下げる彼に私は目を逸らすようにまたカップへ口を付ける。珈琲の味は変わらず全くしないし心臓は痛いほどバクバク音を立てている。ここが外なら走って逃げ出す勢いだが、自分の部屋である以上それが出来ないことが悔やまれる。

「トモダチ、ね。…そうそう、そんな感じ。だから心配して来たんだけど。もう解決するからいいんだけどさ」
「か、かいけつ?」

男はスマホをポッケから取り出すとその画面を見ながら口を繋ぐ。

「そー。もう大丈夫だから問題ないって事。それよりさ、俺等お友達になろーぜ」
「…はい?」

大丈夫って何?どっちの大丈夫?隣人が無事だから大丈夫?それとも捕まえたから大丈夫、とか?そんな考えが私の頭を交差して余計に混乱してしまうのに、それにプラスしてお友達になろうという意味不明なお誘いがきて、意想外の展開に私はつい持っていたカップを滑らすところだった。

この人と友達?そんなのむり!むりムリ無理!
言っちゃ悪いがこんなよく分からない人と話すことだけでも精一杯で恐くて堪らないのに友達になんかなれる筈がない。

「いいいやぁ、友達っていうのにはまだ何と言いますか」
「あ、もう俺行かねぇと、予定あるんだわ。珈琲ありがとな。残しちまってワリィ」
「え?あ、いえそれは…構いませんけど」

私の返答を聞いているのか聞いていないのか彼はスーツの袖を少し上げ腕時計を見ると腰を上げる。
もう帰るということに安堵しながらも無理矢理部屋へ来たとはいえ、すんなりお礼を言われてしまうと少し肝を抜かれる。

「あ、お前名前なんつーの?」

申し訳なくなるほど一人立っているのが一杯と言わんばかりの狭い玄関で靴を履く彼は私に問う。急に振り向かれ、本当は怪しさ満点の男に名前なんか教えたくは無かったが、答えるしかなさそうなこの雰囲気に嫌々ながらも名前を口にする。

「なまえです」
「おーなまえね。んじゃまた適当に来るからさ宜しく。鍵はしっかり閉めとけよ」
「え?あっちょっ待ってくださっ」

私の引き止めも虚しく彼は早々に行ってしまった。本当に本当のいつもの静けさがアパートに戻ってきて私は胸を撫で下ろす。

一体彼はなんだったのだろうか。結局隣人はどうなったのだろうか。…もうダメだ。頭がキャパオーバーを起こして私はどっと疲れた足でリビングへと戻ると机に二つ分のカップが置かれているのが目に入る。そのカップを見ながらボンヤリとした頭で彼の名前を聞いていなかったことを思い出した。

クラゲ、みたいな頭した人だったなぁ。

前に水族館へ行った時に見たクラゲにそっくりだと思ってしまった。名前も聞いていなかったし、また来るとは言っていたけど約束はしていない。出来れば本当に怖いし来て欲しくはないが、彼のことは私の中でクラゲさんとインプットされた。

小学生ならまだしもこの歳になって「友達になろう」と言って「オッケー」なんて会話有り得るのだろうか。そもそも彼のことは出会ったばかりで何一つ知らないし怪しさ満点怖さ満点の人と仲良くお友達が出来る気がしない。
彼の残した珈琲をシンクへ流す。持っていたカップはまだ少し暖かかった。







仕事が定時でほぼ上がれるのは私が勤めている会社で唯一良いところ。給料は年代からして少し低いところは難点だが、こうして何とか生活出来ているから問題はない。会社に残業等で縛られ、お局にいびられるのは前の会社で懲り懲りだったし辞めて正解だったといえる。

そんなある日も私は定時の時刻になり仕事を終えて会社を出る。明日は土曜日で休日ということもあり家路へ向かう足取りは幾分か軽い。予定も特にないし彼氏もいないがそれでもやっぱり休みは嬉しいものだ。

あれから一ヶ月が経ち、あの日の出来事が段々と夢の出来事だったように思えてくる。クラゲさんはあの日以来家に訪れることも無く毎日が淡々と過ぎていき、私の記憶の片隅へと小さくなっていった。隣人はあれから変わらず見掛けないしどうなったかは分からない。首を挟んだらろくな事が無いだろうから知らないうちが花だろう。


アパートの手前まで着くと、珍しく見知らぬ黒塗りの車が横付けされていた。このアパート自体には立地的に駐車場はない為、珍しいなぁなんて思いながら階段を上がると私の部屋の扉に背をつけて腕を組んでいる男性が居た。その男は私の足音に気付き顔を上げるとタレ目の目を少し下げてにこりと笑った。

「おっ!来た来た」
「ヒッ」

咄嗟に息が止まってしまったかと思うぐらいに変な声が出てしまった。ひらひら〜と手を振る彼はまさしくあの一ヶ月前に来た彼で変わらずクラゲさんであった。クラゲさんの目の前で立ち止まって動かない私に、彼は私の肩に手をかける。

「そんな固まんなよな、俺待ってたんだから。手土産買ってきたからさ部屋入れてよ」
「て、みやげ…」

彼のもう片方の手にはお菓子の箱らしきものが掲げられている。その箱を見ると今話題の人気スイーツ店のロゴがついている箱だった。

「それ…人気のお店のですよね?」
「ん?あぁなんかそうみてぇだな」

けっして、決して食べ物に釣られたのではない。決してその行列が出来る程今話題のマカロンに釣られたのでは無い。怖いから、そう家に上げるのを断った後が怖いから彼を家に上げた、それだけなのだ。







「んんん!おいひぃ〜」
「うめぇけど並ぶ程うめぇかこれ?」

電気ケトルでお湯を沸かし、前と同じインスタントの珈琲を淹れてお皿を出す。手土産と渡された箱を開ければ甘い香りと共に可愛らしいマカロンが顔を見せた。好きなの食えよなんてクラゲさんが言ってくれたからお言葉に甘えて私はピンク色の苺のマカロンと緑色の抹茶を頂く事にした。彼は余ったので良いと言ったから私と同じ苺とバニラのマカロンを皿に移す。一口食べればマカロン特有の柔らかさに甘みが舌いっぱいに広がって仕事終わりの疲れた体にはうってつけだった。顔が緩む私に反してクラゲさんはフォークでちょんちょんとマカロンをつついて眉を下げる。私と彼の温度差の違いにちょっと笑ってしまいそうになった。

「あの、御礼言うの忘れてて、すみません。ありがとうございます。これ、わざわざ買ってきてくれたんですか?」
「あー別に気にすんな。この間無理言って部屋上がらせて貰っちゃったし?その詫びだから」

自覚はあったのかとクラゲさんに対し失礼な思考が頭に浮かぶ。この間と同じようないかにも高価なスーツを着てマカロンをつつくクラゲさんが何故か面白くて今度は我慢出来ずつい笑ってしまった。そんな私を見て彼は何が面白いのかと眉を顰める。

「何笑ってんだよ」
「ヒェッ、あ、いえ、すすみません。…その今更何ですけどなんかその格好でマカロンていうのが、はい…面白くて」
「はぁ?」
「すみません!」

怒らしてしまったかと思い青ざめた私は頭を下げるとドンっと鈍い音が鳴り机におでこを強打してしまった。

「う"っつぅ〜」

何かの罰が私に落ちてきたのだろうか。やはり手土産に釣られたのがいけなかったのだろうか。痛むおでこを両手で押さえ痛がる私にクラゲさんはプッと笑いだした。

「ハッ何やってんだよお前。今の音相当痛いんじゃね?何か冷やすものは?」
「あぐっ、大丈夫です、確か冷えピタあるんで…」

ヨロっとした足取りで冷蔵庫に向かい冷えピタを一枚取り出す。こんなダサい私をクラゲさんに見られてしまい羞恥心でどうにかなりそうだった。

「ホラ、貼ってやるから貸せよ」
「いいいえ!大丈夫ですから!」
「まぁそんくらい大丈夫だろうけど貸してみって」

私の手から冷えピタを取り私の前髪をかきあげると少し冷えた指先が私のおでこへと触れる。距離が近すぎて顔が真っ赤になってしまう私にどうか、どうか気付かないで頂きたいと願うばかりだった。
冷えピタを貼ってもらい、シートから冷たい感触が伝わってきて私はなんとか平然を装う。

「ありがとうございます。貼ってもらっちゃって」
「こんくらい別に。まぁ、何か俺が面白かったらしいし?俺のせいじゃん」
「いえいえ!ほんと、すみません…」
「なまえ謝りすぎな。別にお前何も謝ることしてねぇじゃん」

もう冷めてしまっているであろう珈琲に口を付けるクラゲさんを見ると、本当は優しい人なのだろうかという疑問が湧いてくる。この間の不可解な件、首元の刺青とか急に部屋へ入るとかそういうのを抜きにしてみれば話してみると以外に普通に話せてしまっていることに驚く。この間のお詫びと言って手土産を持ってきてくれた彼に対して、びびってばかりで失礼な態度をとっていたのかと思うと人を見掛けで判断してしまっている私は最低な人間だろう。

「クラゲさん、ごめんなさい」

出会いはどうであれこの人がどんな人であれ、こんな私と友達になりたいと言ってくれるのならば受け入れるのが筋では無いのだろうか。私は目の前の彼へと姿勢を正す。急に謝られたクラゲさんは私のその姿勢に「はぁ?」と片眉を下げた。

「あの!私!」
「おいなまえ」
「は、はい。何でしょうか」

私の彼への態度を謝ろうとするとそれは彼によってはばかられた。クラゲさんは私の両頬を片手でぎゅっと掴んで眉間に皺を寄せながら歯を見せる。

「誰がクラゲさんなんだよ」
「ムグッあ、しょっ、しょれは」
「まさか俺の事言ってんじゃねぇよな?」

やっぱりこわい。その顔が怖い。
彼の質問に「えと、髪型が前に見たクラゲに似ていて〜」などの答えを言える程肝が据わっている訳は無く、本人目の前にしてクラゲさんと呼んでしまった自分に心の中に何故留めなかったのかと心の中で自分を平手打ちする。
むぎゅむぎゅと頬を指で押さえる彼は手を離すと、青ざめ半泣き状態の私に彼は言う。

「…まぁ名前言ってなかったし、仕方ねぇよな。でも流石にクラゲは論外だわ、竜胆な」
「え?」
「俺の名前だよ!り・ん・ど・う。灰谷竜胆つーの俺」
「りんどう、さん?」
「そぉ」

灰谷竜胆と名乗る彼に私はもう一度深く謝る。すると彼は小さく溜息を吐くと私に言った。

「もうそんな謝らなくていーから。そん代わり許してやるから一つ俺の言うこと聞けよ」
「えと、な、何でしょうか?」

言うこと聞くってまさしく小学生かな?なんて思ってしまったがぐっと心に飲み込み、何をご所望されるのかと不安から声の端が自然と小さくなる。竜胆さんは考える間もなくあたかも最初から決まっていたかのようににっこりと微笑んだ。

「俺の女になってよ」
「…はい?ちょっとその、聞こえなかったです。ごめんなさい。そもそもお友達って態でしたよね?すみません、もう一度言ってもらってもいいですか?」
「は?聞こえてんだろ普通に。俺の女になってって言ったんだけど」

ずいっと私の元まで近付く彼に私は座っていた体を反射的に後ろへと下がる。一歩引いたのを面白く思わなかった竜胆さんは私の腕を掴んで自分の横へと座らせる。

「ヒッ、いや、でもホラ、名前だってさっき知ったばかりだしそれ以外何も竜胆さんも私もお互いのこと知らなすぎるといいますか。それにホラ!私と貴方とじゃまず着ている服からして身分?が違うといいますか、ね?そうですよ!付き合うだなんて恐れ多くてとんでもないですよ!」

目の前を真っ白にさせながら意味がわからないことを連発し自分の着ている私服をパタパタとさせながらこの場を乗り切ろうとした。だがそんなのは竜胆さんにとっては聞く耳持たずだったらしい。

「ふぅん。それで?他には?」
「他には!?」
「うん。他に俺をフる理由って何?」
「え"!えぇと…」

考える。考えるが頭がパニックを起こしている状態で他の理由が思いつかず悩ませていると、彼は限界が来たようで私のベッドへと私を押し倒した。

「それしか理由がねぇんなら簡単だわ。今から知ればいいだけじゃん?」
「ちょ待っ順序!順序がっ」
「んー、悪いけど俺待つこと嫌いなんだよな」

そういうと彼は無造作にスーツを脱ぎネクタイを外す。上半身が露になると私は目を丸くした。彼の右半身に描かれた絵柄をみて体が一瞬にして動かなかくなってしまったのだ。

「こ、れ」
「ん?あぁこれな。クモ」

私を見下ろす彼は舌なめずりする。その表情がまさに獲物を狙う蜘蛛のように感じさせ私を逃がさないとばかりの目付きだ。

「やっぱり」
「ん?」
「やっぱり竜胆さんて…そっちの方、なんですか?」

小さく呟く私に、竜胆さんは一瞬だけ目を大きく開けたような気がした。やっぱり彼は隣人の友達なんかでは無くて、あの時居たのは−−−。私の考えを見越しているかのように彼は私の唇へ人差し指を当てた。

「シーッ。なまえは知らねぇ方がいいんじゃね?それ以上聞いても楽しいこんなんか何もねぇよ」

可愛らしい髪型とは裏腹に冷徹な彼の目付きに私は唾を飲み込むのがやっとだった。何とか彼から逃れようと体を身じろいしてみても呆気なく彼に腕を掴まれてしまう。

「おいおい、今更逃げてぇとかつまんねーこと言うなよ?俺お前のこと気に入っちゃったし絶対ェ逃がすかよ」

そう言うと彼は私の顔へとキスをしようと近付く。私は震え上がりながら無駄だと分りつつもほんの少しの抵抗を試みる。唇が触れ合う直前に、顔を逸らすと彼は面食らったような表情をして見せた。

「は?」
「いっ、いやぁその、ここアレですからアレ…。そう!壁薄いから声聞こえちゃうかもしれないですし!止めといた方がいいですよ!」

自分が言った言葉の意味を理解するのには充分過ぎる程の間は合ったと思う。咄嗟に言ってしまった言葉の意味に私は青ざめた顔から一気に赤く上昇していった。これではまるで私が大きな声で喘ぎますよと言っているも同じではないか。何故いつも私はこうなのだ。この人と出会ってからまともな受け答えが出来ていない。そんな百面相していく私を見た彼はプッと小さく吹き出す。

「お前って馬鹿だよな。じゃあさ、声抑えりゃいんじゃね?加減は出来ねぇけど」
「ンッんん!」

今度こそ私は逃げられずに竜胆さんに唇を奪われた。私の開いた唇にちゅるりと侵入する彼の舌先に口内は犯される。喰われるように捻りこまれた彼の長い舌により息を吸うのがやっとな私に彼が口を離したかと思うと、にんまりと笑ってクラゲヘアーを少々靡かせて言った。













「あのとき顔覗かせるヤツがわりぃんだよ」









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