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六本木にあるオートロック式のマンション。まだ私達が付き合いたての頃、「お前ならいつでも家来ていいよー」と彼が私に暗証番号を教えてくれた。いつもは蘭ちゃんが居る時にしか来ないからそこまでの必要性を感じなかったけれどこういう時に役立つとは。

前々から多少なりともおかしいなとは思っていた。ただ決定的な証拠が無いのと、そうであって欲しくないという二点から私は一歩踏み出せずにいたのだ。だがそれは段々と確信へと変わっていった。彼から蘭ちゃんと私のものでは無い香水の匂いがする事が増え、リビングの隅っこに私のものでは無い口紅が落ちていた事もあった。流石にその時は蘭ちゃんに問い詰めたけど、竜胆の彼女じゃね?と話を逸らされてしまったのだ。だからこうして私はいけない事と承知で今、彼の住むマンションに蘭ちゃんが居ない時間を狙って来た。

蘭ちゃんは優しかった。私にずっと優しくてたまにちょっと意地悪な所もあるけれど、そんな彼も大好きだった。けれど今、私はもうその思いを過去形へと変えつつある。
蘭ちゃんの部屋のオートロックを解除すればガチャリとロックの解除音が響き渡った。口からは心臓が今にも飛び出そうな程に胸が音を立ててザワついている。唾をゴクリと飲み込み、ドアにそっと手を掛けて引けばソレは確信へと変わった。
今日は予定があると言っていたのに、玄関には蘭ちゃんが前に気に入っていると言っていたレザー調のアンクルブーツ、その隣には誰が見ても分かる女性物のピンヒールが綺麗に並べて置いてあった。

「アッ…なんか音したぁッ…ちょっらんっ、部屋いこおよォっ…ン」
「あ?竜胆じゃねぇ?気にすんなよ」

聞こえてきた声は今正に情事の最中とも言われるような女の熱を帯びた声と大好きだった彼氏の声。その瞬間、目眩と吐き気が催して私はすぐ様部屋を飛び出した。

走っては止まり走っては止まり、また走って。私は家路へと向かう。目から涙が零れ落ち頬に伝っても拭うこともせずただ頭の中は、「裏切られた」と「気持ちが悪い」とそれとあの優しかった蘭ちゃんの顔が交互に浮かぶ。「俺にはお前だけだからお前も俺だけだと誓えよぉ?」とか言っていた癖に自分は簡単に私を裏切った。アレもこれも全て嘘だったのだろう。ぶっちゃけ本気にして信じてしまっていた自分が悔しくて惨めで情けない。見抜くのが遅かった私は随分とバカだ。

「ウッ…ぁ…ヒック…最低」





もういっそこのまま目を覚ましたくないのに朝は必ず嫌でもやって来る。昨日はずっと泣いていたせいで、鏡に映る自分の顔は目が腫れて最高に酷く不細工だった。携帯の電源を切っていた事を思い出し、電源を付けるとギョッと一瞬で目が覚める。蘭ちゃんから何十件の着信とメールが届いていたからだ。

『今何してんのー?』
『今から家来いよ』
『お前ほんと何してんの?』
『電話出ろよ』

初めに来たメールの時間は、私が蘭ちゃんの家を訪れてから二時間後だった。それまでその女と宜しくしてたって訳ですか。よくもまぁその後に私を平然と呼ぶ気になれたものだ。…もしかしたら私が自惚れていただけで元から彼女では無かったのかもしれない。ああ、そうか。それかもな。
すると私は自分でも驚く程に先程までの辛くて悲しいという感情が消え失せ、怒りやら憎しみなどの負の感情が私の中で渦巻いていった。女だからって舐めてもらっては困る。

そうと決めれば早かった。先ずは仲の良い友達に連絡を取り、合コンをセッティングしてもらった。友達に事情を伝えれば最初は驚いていたが内容も内容でそれならばと協力をしてくれた。いつもだったら女友達と遊ぶのすら時間も場所も事細かく説明しなければならない独占欲の塊なる奴が居て、中々気兼ねなく遊べなかったがそんな男はもういないし知らない。

電話を切り、ふぅと溜息を吐く。次は私の部屋にある彼の私物と思い出だ。私はキャビネットから可燃物のゴミ袋を取り出しどんどん彼の思い出を袋へと投げ入れる。
こーゆうの好きなんだお前って言いながらも乗り気じゃないのに嫌々着てくれたお揃いのTシャツやら、彼が泊まりにいつでも来れるようにと置いておいた部屋着や歯ブラシ。それとなまえこういうの好きそ〜とか言ってゲーセンでとってくれた某キャラクターのぬいぐるみ。全部捨ててやる。付き合いが長かったせいで全ての物を袋に詰めるまでゴミ袋三枚も使用してまった。

最後に残ったのはアルバムだ。ページを捲れば彼との本当の思い出が蘇ってきてまた鼻がツンと痛み出す。どれもこれも私から写真に残したいと言ったものだけど撮らせてくれた蘭ちゃん。こんな一件が無ければ私は変わらず蘭ちゃんの事が大好きだったであろう。パタンとアルバムは寂しい音を立て閉じ、私はそれを袋へと投げ入れる。彼の物が無くなり、元の私の部屋へと戻っていく。私は携帯のメールを開き文字を打ち送信した。

「別れよ」

私達の期間はこのたった3文字により終わってしまった。呆気ないなぁなんて思いながら蘭ちゃんの電話を着拒し、連絡先を削除した。







蘭ちゃんの事だから理由も伝えずお別れをしたらきっと私のアパートに来るに違いないと思い、この一週間合コンをセッティングしてくれた友達の家に泊めて貰っていた。仕事もいつもの帰る道から遠回りして帰るようになった。来るかもしれない、居るかもしれないと念には念を入れて。灰谷蘭という男はそういう男だ。まぁ浮気されていたぐらいだからそれこそ私の思い上がりかも知れないけど。それに私は悪いことひとつもしていないのだから堂々としていれば良いのにとも思うが正直な本音は、面と向かって長い長いお遊びでしたと言われてしまうのが怖いのだ。

「初めましてなまえです」
「えー!凄ぇ可愛い子じゃん!」
「この子最近彼氏と別れちゃったみたいで!誰が慰めてやって下さいよ〜」

そしてやって来た合コンの日。私は皆の前で自己紹介をしていた。恋を忘れる為には新しい恋をするのが一番と言う言葉は誰が作ったのだろうか。蘭ちゃんを忘れる為に此処へ来た筈なのに、セッティングしてくれた友達に申し訳無いが全っ然楽しくない。お酒も入り皆のテンションが上がる最中、私だけが酔えずにいた。
グラスを持ちカラカラと回していれば今日の合コンに来ている一人の男が声を掛けてきた。

「なまえチャンはさ、何で彼氏と別れちゃったの?」
「え?あー、浮気された、からですかね」

この人一番初めに自己紹介していた様な気がするけど、余り聞いておらず右から左へと流してしまっていたせいで、名前がわからず私は少々焦る。

「こんな可愛い子がいて浮気するなんて最低な奴だな。俺だったら絶対そんな事しないのに」
「アハハ…」

適当に相槌を打ってこの話題から避けようとするも、男は私の手を両手で握り真剣な眼差しを此方に向けてきた。

「あ、あの」
「手、ちっちゃくて本当可愛いね。この後良かったら」
「ハーイ、自由時間は終了なァ。その汚ェ手離せや糞ガキ」

私の頭上から聞き覚えのある声がした。その声に体はビクっと跳ねて恐る恐る声の主へと頭を上げれば、別れた筈の蘭ちゃんが立っている。

「あ、らんちゃ…何でここ」
「んー?お前俺の電話着拒して家出してただろぉ?流石におふざけが過ぎるから迎え来たワ〜」

ニコニコと笑っているその表情が更に怖さを増して、私だけでは無くその場に居た皆も蛇に睨まれたようにその場で固まってしまった。そんな私達の事をお構い無しに、彼は私の荷物を早々にまとめるとテーブルに金を置いた。

「これでコイツの分足りんだろ。ウチの飼い猫が世話んなったみたいだからそれでチャラな。…あー、後テメェのツラ覚えたから」
「ヒッ!」

私の手を握っていた男に、蘭ちゃんは自分の指をコメカミにとんとんとしながら笑顔を消す。男は恐怖に怯えて「アッすみませっ…えっあっ」と言葉に詰まって半泣き状態で硬直していた。蘭ちゃんはそれを見て「許す訳ねぇよなぁ?」とまた笑顔を戻す。

「や!ちょっとっ!蘭ちゃっ!」

私の腕を強く引き店から出ようとする彼に、私は掴んでいる手を振りほどこうと力を入れるのに、蘭ちゃんはそれ以上の力で私の腕を掴んでいる。鈍い痛みに顔が歪み、やっと離してくれたのは蘭ちゃんの部屋に着いてからだった。

「さてと。一応理由教えてくんね?」

ベッドに腰掛け、足を組み顎に手をやる彼は私が知るいつもの知る蘭ちゃんでは無い。重苦しい空気と低い声のトーン、そしてそのただずまいに冷や汗が背中を伝う。

「理由って…私達別れたんだから私が何しようが勝手じゃん!」
「ハァ?何勝手に別れた気でいんだよ。俺そんなん了承した覚え微塵もねぇけど?」

それは…そうだけど。
しかし、そうなったのも理由は蘭ちゃんにあるのだ。何でこの人は自分がした行いを悪いと思わないのだろうか。

「そもそも蘭ちゃんが浮気してたのが悪いんじゃん!蘭ちゃんが私を裏切るような事さえしなければ、ッこんな事になって無かった!」
「うわきぃ?浮気ねェ…クッハハハハ!」

涙が頬を伝いながらも嗚咽混じりに彼の行いを指摘すれば、急に彼は笑い出した。何に笑っているか理解が全く出来ず、私はただ笑う彼を呆然と見ていた。この人私の事を馬鹿にしているのだろうか。私が捧げて来た男はこんな人だっけ?

「はぁーウケる。やっぱりこの間ウチ来たのお前だったんだ?」
「は?」
「お前あん時玄関にコレ落としてっただろー」
「…それっ」

蘭ちゃんが手に持っているものは、前に蘭ちゃんが私にプレゼントしてくれたリップグロスだった。落としていた事すら気付かなかった私は動揺してしまう。それを見た彼はにやぁっと口の端を上げ不敵な笑みを零す。

「お前が俺の事どんだけ好きか気になっちまってさぁ。そしたらなまえが俺の事思ってヤキモチ妬いてるとこ見たくなっちゃったってワケ」
「な、にそれ」
「んー。だから結構めんどかったけど仕向けちゃった。なまえがヤキモチ妬くようにさ。あーでもあの女とはヤってねぇよ?ウチ来たのお前だろうなって思ったからお前が出てった後直ぐに追い出したし」

滅茶苦茶キレられたけどなとニコニコしながら悪気も無く話す彼に、私はとんでもない人と今まで付き合ってきたのだと思い知らされた。

「涙止まんないの可愛いんだけど」

ベッドから私の元へと近寄る彼に私は必然と一歩引き下がる。しかし蘭ちゃんはお構い無しに私の元へと近付き、自分の長い舌で私の涙を舐めとった。

「ヒッ、やっ」

その濡れた舌の感触は全身を刺激して鳥肌が立つのを感じる。怯える私に蘭ちゃんは舌なめずりしながら笑うのだ。

「ビビってんなよ。今までお前の好きな優し〜い蘭チャンでいてやったろ?」

逃げなければ。逃げなければ私はずっと彼の思うまま生きていかなければならないような気がする。たかが自分の思い付きでヤキモチを妬かせるだけの為に他の女を使い、平気で彼女を傷付けるような男だ。この先幸せになれる筈が無い。

「お前俺の連絡先消したからって安心しきってたろー?アレぜぇんぶ俺知ってて泳がせといたの。分かる?お前仕事帰り泣いてるときもあったろ?その時のなまえの顔最高だったワ〜」

ケラケラとあたかも何も無かったように蘭ちゃんは私に笑いかける。全部、知っているって何?監視されていたってこと?いつから?ずっと?

「だけどさぁ、お前があんまりにも調子に乗って合コンとかふざけたトコ行き出すからさ。流石に許せねぇじゃん。キッツイお仕置しねぇとな」

何も話さず恐怖に震える私に、彼は私の体をひょいと持ち上げベッドへと組み敷いた。ドサッと無造作に押し倒された私は顔が歪む。

「ヤダっ蘭ちゃんいたっ…い"」
「俺から逃げようしてもムーリ。俺お前が大好きだからさぁ逃がすワケねぇの。そんでも万が一次お前が俺から離れようとすんならそん時は」

蘭ちゃんは大きな両手で私の首をそっと掴み、少し力を入れ私に冷たい目を向け言った。

「こーしちゃうかもなァ」






私は彼から逃げられない

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