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※梵天軸



夜景が見えるホテルの一室。ここは彼が私と関係を持ったときに初めて連れてきてくれたホテルだ。


薄オレンジ色の証明に照らされて、彼は煙草に火をつける。口から吐いた白い煙がゆらゆらと宙へ舞い昇り天井へ近づけば消えていく。私は蘭ちゃんの煙草を吸う姿が好きだ。

「なーに見てんの?」
「んー。らんちゃんが煙草吸うのかっこいいなぁって」
「んだそれ。かわいー」

蘭ちゃんは薄笑いを浮かべながらガラスの灰皿に長い指でトントンと灰を落とす。その優雅な長い指も好きだ。

「いつになったら彼女にしてくれる?」
「なまえがもっと良いオンナになったらなぁ」

蘭ちゃんは優しく私の頭を撫でながらまた一口、煙草を吸う。蘭ちゃんと会う度、抱かれる度に、好きだなぁって本当に思うから私は本音を彼に口にするけれど、蘭ちゃんはいつも遠回しに私を振る。



初めて彼に好きだと伝えた時、蘭ちゃんはちょっと困った顔をして笑った。いつも余裕のある人だから、やけにその表情が私の脳内にこびり付いていて今でも鮮明に思い出せる。

「蘭ちゃん、困ってる?」
「まぁね。好きって分かってたけど。いつか言われるだろーなぁて思ってたワ」

その時も蘭ちゃんは煙草を吸っていて、いつもと同じようにガラスの灰皿に吸殻を押し潰した。ジュッて消し去る音と共に私の心も比例して、ああ、この人は私を特別にはしてくれないんだろうなぁって思うと、心臓はぎゅうっと潰されていく。

それなのに、もう会えないんだろうなって思っていたのに、蘭ちゃんからいつもと同じように連絡が来て、私を諦めさせてはくれなかった。

いつも通りの蘭ちゃんにいつも通りのその姿にいつも通りの煙草とベッド。いつも通りに私を抱いて、いつも通りに長い指が私の頭を撫でて、私を安心させてくれる蘭ちゃんを簡単に諦められる訳なんて無かった。

ずるずる、ずるずるとこの関係は続いていって、長いようで短い夜が憎くもなり焦がれるようにもなっていった。私の事を特別にはしてくれないのに、私の言葉を優しくあしらって私を逃がしてはくれない蘭ちゃんは狡い人だ。

いっそ「俺はお前とは付き合えない」ってハッキリ突き放してくれれば楽なのに。






「お前は俺なんかより全うな野郎と居るべきだよ」

ベッドの中で私を優しく抱いたその指で、蘭ちゃんは煙草を一本取り出し火をつける。蘭ちゃんがずっと使っているデュポンのライターはキンッと音を鳴らして室内にひっそりと響いた。

「なんでそんなこと言うの?」
「馬鹿なお前には教えてやらねェとって思っただけ」
「今更じゃんかぁ」

蘭ちゃんは、ほんの少し片眉を下げて笑いながら煙を吐き出す。口調はいつもと変わらないけれど多分これは蘭ちゃんの本音で。私はそんな蘭ちゃんの広い胸に顔を猫のように擦り寄せながら疼くめた。

「全うな男より蘭ちゃんが好きだもん」
「それを馬鹿って"セケンサマ"は言うんだよ。分かんだろ」

世間様はそうであっても私はそうとは思えない。そんな事、初めから承知の上で蘭ちゃんに恋をした。
不貞腐れ頬を膨らます私に、蘭ちゃんは子供をあやすかのように私を撫でる。大好きな彼の大きな手の平で撫でられても、いつもは安心する筈なのに今日は寂しく感じてしまって、私は何も言い返せずに黙って撫でられる事しか出来なかった。

「お前俺が好きって言うけど、俺がどんな男か知ってんの?」
「どんな?」
「そー。なまえが好きな男はわるぅい奴ってこと」

蘭ちゃんは優しい。初めて会ったときから蘭ちゃんはずっと私に優しかった。仕事の事は何一つ教えてはくれないけれど、首や体の目立つタトューであったり、彼から溢れ出る雰囲気であったり、堅気じゃないんだろうなって私でも薄々気付いていた。でも、そんな事どうでも良くなるくらいに私は蘭ちゃんに溺れてしまっていて、気付いたら深い底から抜け出せなくなってしまうぐらいに好きになってしまった。

「蘭ちゃんは悪い人なんかじゃないよ」
「ハッ、そんなん俺が猫被ってるだけかもしんねェのに。お前本当に俺の事好きなぁ」

私の髪をくるくると指先で遊びながら彼は言う。彼の住む世界に、私という人間は削ぐわないと彼の言動から伝わって来た気がして胸がズキンと痛む。

「らんちゃん」
「んー?」
「私、本当に蘭ちゃんが好きなの」

私は疼くめていた顔を起こして蘭ちゃんの薄紫色した瞳に視線を注ぐ。蘭ちゃんは小さく笑って私の頬をなぞる様に撫でた。少しカサついた男らしい大きな手はそのまま私の肩を抱くとゆっくり私をベッドへ組み敷いていく。

「懲りねぇ奴だなホント。お前が好き好き言う男は明日突然死ぬかもしれねェ男ってのに」
「蘭ちゃんは死なないよ」
「その自信はどっからくんだよ。…ほんっと飽きないよなァお前」

蘭ちゃんは私のおでこにそっと触れるだけの甘いキスを落とす。飽きる飽きないの話では無くて、私は真剣に蘭ちゃんが好きなのに。


「飽きる訳なんて無いよ。蘭ちゃんが好きだから他の人なんてどうでも良いし、蘭ちゃんが好きだからずっと傍に居たい。…無理ならちゃんと振って欲しいよ。そしたら……諦める」
「……ハァ。…それが出来ねーから困ってんの」

蘭ちゃんは髪をかき上げながら、溜息を付く。
てっきり振られると思って身構えていたのに、蘭ちゃんは初めて私が告白した時と同じように困った顔をして笑っていた。

「俺なんかといたらさー、お前多分生活変わるよ?今と同じような生活出来ねェかもしんねぇし、後から後悔しても俺はもう絶っ対ェなまえを逃がしてはやれねぇの。お前の好きな男はそういう男だよ」

だから諦めるなら今だと言わんばかりの蘭ちゃんは私に選択肢を与える。彼は優しい人だから私の未来を考えての事だろう。それでも私の返答は既に決まっている。この先蘭ちゃんより好きな人が出来る事は無いだろうし、世間から道理に叶わないと後ろ指を指されたとしたって、私はきっと後悔はしない。

「蘭ちゃんが好き。大好きなの。私は今の生活より蘭ちゃんがいなくなる方がずっとイヤ」

私の返答に蘭ちゃんは目を細めてせせら笑う。
彼の首に腕を回し、彼の頭を抱き寄せ私から初めてキスをした。唇を離せば小さな吐息がお互いの口から漏れる。

「蘭ちゃん、私を攫ってよ」
「ほんっと馬鹿な女ァ…言われなくてもそーするわ」









私は蘭ちゃんの煙草を吸う姿が好きだ。
彼の煙草から一本取り出し、見よう見まねで火をつける。
肺の奥へと煙を吸い込んで咽る私に、「ばぁか」と笑って蘭ちゃんも煙草に火をつける。
明日の私はきっと幸せに笑っている。

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