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※梵天軸


「あー!すっごい今楽しいんだけど!」
「なまえ久しぶりの参加だったもんねぇ」

アルコールが程よく体内へ回り、今の私は最高に気分が良かった。大学の仲間たちと飲み会に参加していたのだがやっぱり来てよかったと心から思う。鼻歌を口ずさみながら居酒屋を出る私に友人も笑ってノってくれた。この友人が言う私が久しぶりの参加というのにはちゃんと訳がある。

私の彼は嫉妬深い。例えば私と彼がカフェに行くとする。その店員が男だとして、ほんの少し会話をするだけでも嫉妬するぐらいの男なのである。「見てんじゃねぇ」とか「さっさと失せろ」とか。その度に何にも悪くない店員に申し訳なさが募り心の中で何度も謝罪をする。そんな彼に大学の飲み会に行くだなんて知れたらどうなることか。どれだけ彼よりも良い男はいない、信じてくれと伝えても首を縦には振らないそんな男だ。私よりも年上なのにこういう所が私よりも子供っぽい。

しかし惚れた弱みで受け止める事が出来てしまっている私は、彼と同様少々変わり者という自覚は少なからずある。今の現状に満足しているし彼の事は大好きという気持ちに変わりは無いが、それでもやっぱり皆と遊びたいという気持ちが芽生えてくるのは自然の事で、自由な友達を見ていると年相応の考えが生まれてくる。

しかしそんなある日機会は巡ってきた。今朝彼から電話がかかってきたとき、今日は取引先に顔出さなければならないとか何とかでそのまま自宅へ帰るというような内容の電話であった。私の家に半同棲と言っても過言では無いぐらいにほぼ来れる日は来ていた彼は今日は来ない。私の頭の中に悪魔が囁く。この機会を逃したら次はないぞと。この悪魔の囁きの如く、機会を逃すべく断っていた飲み会に参加することにしたのだ。

久しぶりに遅くまで外に出て酒を飲めたのは楽しかった。時間を気にせず遊べるのは新鮮で、なんなら彼と付き合ってからこんな時間まで外に出ることがまず無かった為か、かなり私の脳内はお花畑だったのである。彼の黒塗りのベンツを見るまでは。居酒屋の前で私達の前に止まる不自然な高級車。見覚えのある車の形。艶光りしている助手席のドアを開けて出てきたのは、まさしく私の彼氏である三途春千夜だった。長いその足で私の目の前まで歩み寄ると、私の顔を見下ろしてにんまりと笑顔を浮かべる。

「なまえちゃ〜ん。俺お前に何回か連絡してたんだけどさぁ、電話も出ずになぁにしてんだこんな所で」
「ヒゥッ!」

声にならず固まる私と友人達。何でこんな所に春千夜が居るのか分からず、体中から嫌な汗がブワッと吹き出し酔いも一気に覚めていく。私と違いお日様の下で生活するよりもお月様の下での生活が性にあっている彼は、今まさにハイなテンションで私に微笑みを浮かべていた。しかもこれは甘い微笑みなんかでは無く、それはそれは後ろに鬼が潜んでいるような微笑みだ。つまりかなりのお怒り状態と見受けられる。

「あ、えっと…皆と飲み会を」
「飲み会?んなの聞いてねぇし、つか何時だと思ってんのかなこの女」
「ヒィッ…」

ニコニコとよそ行きの笑顔を向けてはいても言葉にかなりの棘がある。がしりと私の肩に手を掛けて掴んで離さない彼に、周りは一体どういうことだという風に顔を見合わせていた。それもそうだ。私は彼氏がいることを周りに告げてはいない。理由は単純で、この目立った髪色とド派手なスーツ。彼の写真でも見せた日には皆こぞって何をしている人か聞いてくるだろう。危ないお仕事をしてますなんて言える訳は無く、じゃあ何の仕事している人かと聞かれてもいずれバレてしまうような嘘は後の事を考えて付きたくはなかった。だから隠していたのにそれも今日で終わりである。

「えっと〜すみません。その〜」
「あん?」

友人の一人が春千夜と私に目掛けて指を左右に振る。あぁ、明日これ絶対詳しく聞かれるやつだなんて思えば気が遠のいていく。私が諦めて口を開こうとしたとき、私よりも先に春千夜の口が動いた。

「どーもォ、コイツがいつも世話になってるみたいで。もう遅いんでコイツ連れて帰りますね」
「え!?連れて帰るってなまえ彼氏居たの!?初耳なんですけど!」

とても似合わない敬語を使い営業スマイルを浮かべて春千夜はそう断言すると、友人達に早々と背を向け笑顔を消して車へと歩き出す。春千夜に見つかってしまい今からの事を考えるだけで気分は格段に下降していく。友人達に別れの挨拶をする暇もなく、私は春千夜に肩を抱かれたまま車の助手席へと乗せられた。

早々にハンドルを切り、私のアパートへと向かっていく道のりは果てしなく気が重い。車内はどんよりとした空気を纏っており、何て春千夜に言おうか、許してくれるかなんてことをずっと脳内で考えワードを叩き起す。ただ普通に謝っただけで許してくれる彼では無いのだ。あの場には男もいた。勿論恋愛事に発展するような仲では無いが、春千夜は絶対良く思わないし男が居たことも気付いていた筈だ。いつもより荒い運転さばきがその証拠。怖くて運転席へ顔を向けることが出来ない。車が赤信号で止まったとき、春千夜は私の方へ振り向くと大きく舌打ちをした。

「ちッ。お前は俺が仕事に行ってる間に呑気に浮気たァいい度胸だな。テメーはいつからそんなビッチになったんだよおい」
「びっビッチじゃないし浮気なんかしてないもん!友達との飲み会だし!」
「ハッ!よく言うぜ、男も居ただろーが。言い訳すんなクソビッチ。あの場でクソガキ共ぶっ殺さなかっただけでも感謝しろ」
「だからアレは友達だって!そんなんじゃないよ」

絶妙なタイミングで信号は青へと変わり春千夜はアクセルを踏む。ぐぅんとアクセルを勢いよく踏み込んだため急発進する車の衝撃に、体が軽く前に倒れシートベルトへ押し込まれると「ぐぇっ」と可愛くない声が漏れた。酔いが覚めても体内に流れ込んでいるアルコールは抜けてはいない。荒い運転と酒のせいでアパートへ着く頃には吐きそうだった。





「でぇ?テメェは何で俺に黙ってその飲み会だかに行ってんのか説明しろ」
「言わなかったのは謝りますごめんなさい。…たまには羽目外してみたくなっちゃって」
「はぁ??」
「ヒイッ!」

正座をして謝る私に春千夜は目尻を釣り上げて見下ろす。別に春千夜が正座を求めた訳ではないがこの状況下で私の体が勝手にそう判断したのだ。しかしそんなものは春千夜にとってはまるで意味は無く、彼の眉間の皺をより深く寄せた。

「羽目外すってどういうことだよ」
「えっ!いやその…私も大人だからちょっと遅くまで遊んでみたいなぁ、と」
「ハン!夜未だに俺が居ねぇと寝られねぇとかほざいてるガキのクセして大人とかよく言えたもんだワ」
「そっそれとこれは別でしょ!」

春千夜の中での浮気の定義は幅がかなり狭いと思う。下手すれば男と二人で話しているだけで浮気と言いかねない。多分だが。分かっていたのだがバレなければほんの少しぐらい良いだろうという甘い考えがいけなかった。今更ながらも後悔が募る。

「大学生活残り少ないから思い出作っておきたかったの」
「思い出ェ?そんなん俺と作れば十分だろうが」
「それも大事だけど大学時代の友達との思い出!就職決まって卒業したら皆に中々会えなくなるから参加したんだけど…ごめんなさい」

春千夜に先に言ったとしてもきっと了承はしてくれなかったとは思うが、それでも今回の件は私が完璧に悪い。逆の立場ならどう思うとかそういう類いを久々に遊べることに頭がいっぱいで考えていなかった。

「んな俺といるだけじゃ満足出来ないワケ?」
「そんな訳ないじゃん!そうじゃなくて春千夜と一緒に居るのは嬉しいし大好きだしそれはずっと変わらないけど、今しか出来ないこともちょっとしてみたくなったというか…」
「今しか出来ないこと、ねぇ」

ふぅと春千夜は息を吐き少しの間を開けると、正座している私の目の前に屈みそっと私の頭を撫でた。優しく撫でる指付きに私はほんの少しだけ涙腺が緩む。

「…まぁーなんだ。行くの許してやってもいーけど?」
「えっ!?本当に?」

想像だにしていなかった春千夜の言葉に私は顔をすぐさま上げると、彼は言葉とは裏腹に納得していないように口を曲げていた。

「ぅっぜ、んな喜んでんじゃねぇよバーカ。たまにだ、たまになら行かせてやる。ただし男居んなら絶対ェダメ。次隠れてこんなことしたらまじで許さねぇかんな」
「分かった!分かったからその手を退けて頂きたいのですがっ」

私の頭に乗っけていた手の平で容赦無く髪を掻き回すものだから、私の体は力に負けぐらぐら揺れてしまう。ふんと鼻を鳴らして春千夜はその手を退けるも、まだ何か不満げに眉を顰めたままだった。

「春千夜まだ怒ってる?」
「あー……おめぇ周りの奴らに男いるって言ってねぇの?」

口をほんの少し尖らして拗ねた表情で呟く春千夜は先程までの猛然たる姿は無かった。そんな彼を見たら無意識に私は春千夜の頭を引き寄せ抱き締めてしまった。胸の奥がぎゅうっと掴まれて多分私の中の母性本能なる何かがそうさせたのだと思う。

「お、おい」
「ごめんね。皆に言わなかったのは春千夜が何の仕事してるかとか色々聞かれるのが嫌で言って無かっただけなの。絶対みんな春千夜に興味津々で聞いてくると思うから」
「んなの、サラリーマンとかって適当に言っときゃいいだろうが」

春千夜は珍しく抵抗せず私の腕の中で答える。子供のように抱かれるままの彼を見れるのは物凄く酔っ払っているときぐらいなもので、珍しくて少し私の口が緩んでしまった。

「それは無理があるよ。こんな目立つサラリーマン居るわけないじゃん」
「どーでもいいけど俺がなまえの彼氏って事だけは絶対ェ言え。言わねぇとさっきの話は無しだ」
「言うも何ももう春千夜が来た時点でバレてるよ」

彼にそっと唇を重ねるとそれを合図に深いキスへと変わる。唇が離れ許してくれたと思ってもいいのだろうかと薄目を開ければ可愛く見えていた筈の春千夜の面影は全く無い。そこに居たのは舌なめずりし不敵な笑みを浮かべている男だ。

「あ、えと、春千夜?」
「んー?お前から誘ってきたんだろぉ?俺傷付いてんだよなこれでもさァ。っま、精々俺の下で頑張れや」

そのままベッドへ連れられて、「へばんなよ」と口にするも私はそれには応えることが出来なかった。





翌日、まだ眠っていたいのは山々だが重たい目を開けると、昨夜の情事と残っていた酒のせいで頭と体は悲鳴を上げており言う事を聞かない。金槌で殴られているかのような頭痛に顔を歪めながらスマホを手に取れば、時刻は昼の0時を目前としていた。

「あ"〜〜〜っっ!」
「ぅんだようっせぇな、寝かせろや」
「今日絶対出席しなきゃなんない講義があるの!」

大声で叫んだ私に、隣で気持ち良く眠っていた春千夜は私を睨みつける。しかしそんな事を今は気にしている余裕は無い。ズキズキと痛む腰を無理矢理起こして適当な服を見繕う。慌ただしい私を欠伸をしながら悠々と見ていた春千夜は、私が服を全て着た時点でやっと口を開いた。

「おめーその格好で外出んの?俺は全然構わねぇけどさァ」
「へ?」

ニヤニヤと愉しげに此方を見ながら笑う春千夜に、私は不信感を抱き鏡を覗き込んだ。九月と言えど昼間はまだ半袖でなければ暑さに体がよれてしまう。それなのに、それなのに!

「きすまーく……」
「ふん、蚊にでも刺されたとか言えばいいんじゃねぇのぉ?」
「見えるとこに付けないでって言ったのに……」
「おめーが俺を怒らせたんだから自業自得だろバカ女」
「くぅっ。そうだけど、これじゃ大学に行けないじゃん!」

蚊にさされたと言って誰がそんな話信じるだろうが。信じるのはきっと精々小学生ぐらいなものだろう。首、鎖骨、二の腕。服から見える所には全て付いている赤い跡に私は肩を落とす。そんな私を見てゲラゲラ笑う春千夜を、今度は私が逆に睨みつけた。効果は全く無いが。

「良かったなァ?春ちゃんと居れて。もう一回寝んぞ」
「そういう問題じゃないし!春千夜のアホ!いつ消えるのこれ」
「んなの知んねぇよ。ひんひんよがって気持ちがってたんだからそれでいーだろうが」
「言わないでっ!」

そこら辺に脱いであった春千夜のシャツを投げるも彼にとったら痛くも痒くもなし。しかし喧嘩の原因を作ってしまったのは私であり春千夜を怒らせてしまったのだから自業自得である。私は大学へ行くことを諦めるしかなく春千夜が横になっているベッドへと戻る。

「おーおー。初めっからそうして素直にしてりゃいいんだよ」
「明日は…何が何でも行くもん」
「行け行け。んでその跡昨日いた奴ら全員に見せつけてこい。特に野郎共」

それだけは絶対に嫌だと歯向かい、後で隙が出来たらスマホで『キスマーク 消す』で検索することを心に誓った。そこでふと疑問が浮かぶ。そういえば春千夜昨日仕事と言っていたのに何故私がいる場所が分かったのかと。

「ねぇ、春千夜」
「あー?」

本当に一眠りしようとしていたのか目を瞑っていた彼は長い睫毛を薄く開く。仰向け状態の私はもぞっと動いて彼の方向へと向きを変える。

「昨日春千夜仕事で家来れないとかって言ってたよね?それにどうして私の居場所分かったの?」
「…GPS」
「はい?」
「お前のスマホに入れたGPS」

は?何食わぬ顔で平然と当たり前のように言い放った春千夜の顔は何処か清々しい。私の見間違いだろうか。

「え、待って。私そんなの聞いて無いんだけど」
「はぁ?言っただろうが。お前が俺と前にヤッてるときに」
「知らない。絶対聞いてない」
「てめぇが俺の下で気持ちよさそォ〜にしてたとき言質取った」

そんなときに言われても…。
落胆する横で春千夜は満足気に口元を上げていた。「防犯だろぉが」とか「GPS使えんな」とか言いながら自然に私の服の中に手を伸ばし、私の胸をやんわりと揉み出す。

「ちょっ無理だって!昨日あんなにしたのにっ」
「あん?お前が意識飛ばしたせいでこっちゃ物足りなかったんだよ。つーかさっきあんだけ動いてたんだから大丈夫だろ」

私の言動を有無も言わさず事に追いやる彼にいつの間にか服を脱がされていく。時刻は13時手前。明日も大学に行けそうに無いと早々に観念した。

ちなみにその日の夜はベッドで力尽きている私を横に、春千夜はあれだけ体を激しく動かしたというのにも関わらず元気にお仕事へと向かった。どれだけタフなんだ私の彼氏。
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