アナザー夢 | ナノ

そりゃもう好きで好きで仕方がない

※意地悪な南雲のセフレは頑張ってもこの恋が実りそうにないので諦めたい話




「…っもうやだぁ」

口から零れた言葉は荒くなった吐息と混ざり、同時に迫りくる快楽からの嬌声で消えてしまった。暖房のせいなのか、はたまた肌を重ね合わせているせいなのか、真冬のこの季節は冷え込み厳しい寒さのはずなのに、お互いの身体にはじんわり汗をかいている。

今のわたしのこの顔は、気持ちが良いのと複雑な感情できっと見るに堪えない顔をしているに違いない。それを見られたくなくて隠すように目元を両腕で覆ったけれど、すぐにその腕は彼の手により意味のないものとされてしまった。

「なんで隠すの?可愛いのに」
「は、」
「こうされるの、キミほんと好きだよねー。実はドMじゃないの?あはは」

この男がわたしを可愛いなんて思う訳がないのに、思考回路が飛んで一瞬でもときめいたわたしがバカだった。南雲はわたしがメンヘラ女子じゃなかったことを感謝して欲しい。わたしがもし逐一本気にして「わたしのこと可愛いって言ってたじゃん!」とナイフ持って迫ったらどうするつもりなんだ。まぁ、殺せるかは別の話になっちゃうんだけど。というか、100パー返り討ちにあうんだけど。

「…サイテー。南雲絶対女からモテない」
「JCCにいた頃から女の子に困ったことないよ。寧ろ僕が困っちゃうくらい」
「……」
「何その顔。信じてないでしょー?別にいいけどさ」

知ってるよ。そんなこと、ずっと知ってる。南雲は顔も良いし、胡散臭いけど人当たりも良く何考えてるか分かんないけどパッと見話しかけやすい。だから南雲が昔も今も女の子の視線を自然と奪ってることなんて、分かりきったことだ。だけどわたしがそんな事を口にすれば「なになに、ヤキモチ?」と絶対目尻を下げておちょくってくるのが目に見えているから、それについては反応してやらない。可愛げのないわたしに出来ることは興味のない素振りをする、これだけだ。

「ほら、舌出して」

にこりと真っ黒な瞳を細めて口元に弧を描いた彼の表情は、年齢よりもずっとずっと幼く見える。だけど今はそんな風に思えないくらい色めいていて、口を開けばとってもとっても意地悪だ。

可愛いなんて思ってないくせに、軽々しくわたしを喜ばせる言葉を吐く南雲が嫌いだ。
わたしの反応を見て、満足気に微笑むこの笑顔がとても不愉快。
昔からわたしをからかって、面白がるのもムカつく。

なのに、

わたしはいつだって彼を拒めない。

それが悔しくて惨めで堪らなく、文句のひとつでも言ってやろうと口を開きかけた。

「っ、」

それでも言葉にするのは叶わずに、わたしの身体をわたしよりも知り尽くしているこの男によって、思考とは裏腹に身体が大きく跳ねた。

呼吸に合わせて胸が上下する。唇を噛み締めて睨みつけてみたって、南雲はなんにも動じない。この男はわたしが拒めば拒むほど満足気に口角を上げるのだ。

「そんな顔してくれても逆効果だって。なんで分かんないのかなぁ。まるで僕が無理矢理シてるみたいじゃん」

クスクス笑ってわたしの目元にキスを落とし、順を追うように唇、首すじ、鎖骨へとリップ音を鳴らして口付ける。

たまに噛み跡を残すような鈍い痛みにまた身体は小さく跳ねて、その甘美な快感に身体は嫌でも反応し、それとは逆に心臓は毎回ギュ、と締め付けられていく。


マジで、本当に、この男は厄介だ。


だけど、一番厄介でどうかしているのは好きになったってどうすることも出来ない男を好きになってしまった自分ということは、痛いほどよく理解している。








初めはこんなんじゃなかったはずだ。

身体を許した相手はわたしの同期であった。同期というのには烏滸がましいか。ただの同級生…うん、それだ。わたしと彼とでは、才能に天と地の差があったから。

ウチの家系は代々殺しに関わる職業に就いている。母方は毒殺専門、父方は暗殺業。だから自然とわたしがこの道を歩むのは自然のことだった。じゃあだからといって子供のわたしもそれを職として生きていけるかは別の話。これでも頑張ってきた方だ。苦手な武器製造科で2ヶ月武器作りのなんたるかを学びに通ったこともあれば、何種類もある毒の種類を母の教えと科の先生に扱かれ毒づくりに専念したこともある。しかしわたしはどうにも覚えが悪く、どれもこれもその他の殺しに関する授業全般何をやってもドベだった。本当に類まれなるドベドベのドベ。先生は「かける言葉も見つからん」と呆れ、親は「あんたって子はどうして…」とため息を吐き、わたしは「殺しって奥深すぎない?」といつも涙目。向いてない、この言葉につきる。

何ひとつこの養成所で得意なものがないわたしに対し、いつの間にか周りから「アイツお偉いさんの娘でコネで入ったんじゃね?」と噂までされるようになった。安心して欲しい。わたしが一番なんでここに入れたのか不思議に思ってるし、一般家庭の職種とは違うけどウチはごく普通の殺し屋一家庭だ。お偉いさんでもその娘でもなんでもない。

「わまたそれ食べるの?好きなの?」
「…うっさい。好きで食べるんじゃないし」

射撃のスキルだって自慢じゃないがワーストから数えた方が早い。狙撃の腕でその日の昼が決まるこの校内で、わたしは食べ物を選ぶ権利すら得られないほど射撃に関してもド下手な為に食べるものは毎回同じ。それを何考えているか全く分からない笑顔で毎度からかってくるのは当時通っていたJCCで一番の不良メンバーといっても過言ではない南雲だ。

まともに授業を受けないくせに何をやらせてもこなしてしまう南雲と赤尾ちゃんと坂本くんのこの3人を、JCCで知らない人を探す方が難しいだろう。

「でも毎回同じ物しか食べないよね
「こっこれしか食べられないの!喧嘩売ってんの!?放って置いて!」
「ギャハハ!おめぇらいっつも痴話喧嘩してんな仲良しかよ」
「違うし!南雲が絡んでくるだけだから!」
「えそれは聞き捨てならないなぁ。僕はただいつもそんなマズ…ンン"。米粒一つ残さず食べてる君を尊敬してただけなのに
「今なんて言おうとした?」

こんなのが日常茶飯事で、煙草の煙を宙に浮かしながら赤尾ちゃんが余計とおちょくるものだからわたしの頭は更にヒートアップしていく。その横で坂本くんは黙々とご飯を食べていた。南雲にはムカついたからその日の乱切りされた野菜を美味しそうな定食の上に乗っけてやったら黙ったので良しとする。

何故わたしがこんなにも南雲に絡まれるのか。
それは単純にわたしと南雲が諜報活動科で元授業を受けており、ほぼ同じタイミングで暗殺科へと転科したからだ。まぁつまり、わたしに至っては何処にいっても「お前じゃここ無理」と先生に追い出され、淡々と科を周り、一番自分に向いてない科目しか最終的に残っていなかったのだ。それが暗殺科だった。ついに来ちまったか…と顔を歪める暗殺科の先生の嫌そうな顔は、いま思い出してもちょっと傷つく。

転科して南雲はいつの間にか坂本くんたちと仲良くなり、それでいてわたしにも話しかけてくるものだから自然とわたしも坂本くんたちと会話をするようになった。するとわたしもヤバいやつ(ある意味)と恐れられるようになり、彼ら以外に友達は出来ずこの3人プラス1人という形で学校生活を送ることになる。

そんな訳でわたしの思い描いていた青春は描けなかったけど、今までのJCC生活に比べたら、楽しかったのは事実だ。





その日の授業は校外学習だった。ツーマンセルで相手チームにペイント銃を当てたチームが勝ちということで、赤尾ちゃんと坂本くんがペアを組んだ為に南雲はわたしとペアを組んだのだ。

2人とまではいかなくても、ドベのわたしより優秀な生徒は他にもいるだろうに。とはいえわたしと組んでくれる相手もいなかったから南雲の誘いを受けてしまったけど、やっぱり断るべきだった。

南雲とわたしの身体能力の差があり過ぎて、早々に足を捻ってしまって見事にすっ転んでしまったのだ。

「ぶっっ。こんな序盤ですっ転ぶなんて漫画みたいだね。なんでキミってそんな面白いの…っふ、ふは」
「…ごめん」
「え珍しい。いつもは"笑うな!"って僕のことを殴りに来るクセに
「いや流石に殴ったことはないじゃん」

最悪だった。
思いっきり転んだせいで膝は擦りむけてその姿小学生のヤンチャっ子だし、捻った足を動かそうにも痛くて動けない。それをよりにもよってからかい上手な南雲に見られるなんてなんたる不覚。

「ってかそれめちゃくちゃ痛いでしょ
「痛くない。だいじょうぶ」
「えぇ。それは往生際が悪すぎるって」

わたしに視線を合わすようにその場に座り込んだ南雲にわたしの口は線を結んで眉間に皺が寄った、起き上がろうにも痛くて足に力が入らなかったのだ。

「南雲、ほんと悪いんだけどわたしのことは放って置いていいから…先行って」
「ナマエ…」

ただの校外学習が、まるで映画のワンシーンのようであった。 しかしこれは冗談で言った訳ではなく本音である。久しぶりの校外学習を南雲たちが楽しみにしていたことをわたしは知っていた。それなのにわたしのせいで出端を挫いてしまって申し訳ない。

わたしはきっとここでリタイアになる。これが本番であったら銃もマトモに使えないわたしを待ち受けているのは間違いなく死であろう。だから「後で必ず追いつく!」なんて格好良いことなんて言えっこない。最近見た映画が脳内に再生されて、アレを言えるのは余程強運の持ち主と実力を持った主人公タイプの人だけなんだなぁってそんなことを思った。

「はえっ!?」

だけどわたしの体はフワッと浮かぶ。そしてわたしの目はこれでもかというくらい見開いた。一気に南雲の顔が近付いてきて、お互いの体が密着しているじゃないか。「よいしょ」と南雲がわたしを抱き抱えたからだ。

「ちょ、南雲!?えっなにしてんの!?おっ降ろしてっ」
「いやこれツーマンセルだからキミいないとクリアになんないんだよね。これ終わったら寮まで送り届けてあげるから我慢出来る?」
「いやっえっ!?」

にっこり笑った南雲に語彙が飛んだ。
正直言えばこの日が初めて南雲に対し心臓が跳ねた日でもあった。南雲からすれば授業(坂本くん達と勝負してたらしい)の為だろうが、わたしはそれどころじゃない。

結果的にわたしを抱き抱えながら銃を持つ南雲にギョッとした坂本くんペアには負けてしまったが、一応2位という順位は取れた。わたしは何も出来ず足引っ張っただけだけど、わたしを抱えながらの南雲の運動神経等にめちゃめちゃ驚いた。

授業が終わり赤尾ちゃんに爆笑され坂本くんは絆創膏をくれた。いやマジで恥ずかしいやら情けないやらで顔を上げることが出来ない。こんなにも穴があったら滑り込みたいと思うのは初めてだった。

「さて、送ってくよ」
「あ、大丈夫。さっきよりかなり痛みも引いたし歩けるから…ってちょっと!?」
「キミもうちょっと素直になった方がいいよー。足引き摺ってるじゃん」

これくらいならまだ痛みはあるが歩けない程ではない。それなのに南雲はいつもの如くにこにこ笑みを浮かべて返答を聞かず、わたしを無理矢理おんぶする。

「あっは!おめェ赤ん坊みてぇじゃん!ウケる」
「赤尾、お前からかい過ぎだ。ナマエお大事に。また明日来いよ…んッふ」

坂本くんも肩震えているように見えるのは気の所為かな。手を振る2人にわたしの顔は真っ赤だったと思う。瀕死に近い。
そうしてそのまま歩き出した南雲の背から降りることは叶わず、2人きりになった途端何話したらいいのか分からなくなってしまい、気付けば寮についてわたしの部屋のなか。

「へぇ。意外と女の子なんだねぇ」
「意外とって余計だし…あんま見ないでよ」
「女の子の部屋に入るのなんて初めてだからさ」

南雲がジロジロとわたしの部屋を物珍しそうに観察するものだから、恥ずかしさと変な胸のドキドキで死にそうだった。今まで南雲に対してこんな心臓がうるさくなることなんてなかったのに、今日のたったのあの数時間でわたしはとってもおかしい。2人きりで話すなんて何度も過去にあったのに何を今更緊張しちゃってんの。というかいつもちょっとバカにしてくるくせに女の子って思ってくれてたんだとか、女の部屋入るの初めてなんだ!?とか柄にもないことを思ってしまったら、胸の動悸はもっと早くなってそんな自分にかなり驚いた。

「…送ってくれてありがと」
「ん?いえいえ、どういたしまして」
「あと、ごめんね」

わたしをからかってくる南雲はムカつくけれど、今日の出来事に関しては別だ。これからもう少し体力もつけていかなきゃならないな、先は長いなんて反省しながら南雲に謝罪とお礼をするも、目の前の彼は大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせた。

「え、まだ気にしてたの?そんなこと」
「そんなことって…南雲今日楽しみにしてたじゃん?わたし初っ端足引っ張っちゃったし、なんも出来なかったから」

この寮の部屋は狭いがワンルームの一人部屋。ベッドに腰掛けていたわたしの隣に南雲がぽすん、と座り重みでベッドが小さく軋んだ音を立てた。

「なっ、」
「なんかしおらしいナマエって珍しいね。素直でかわいー」
「は、ちょ、」

ぽんぽんと子供を宥めるように頭を撫でられ、驚いて手を振り払おうとすればその手は南雲の手により阻止されてしまった。

「猫が驚いたときみたいな反応するんだね、ナマエって」

クスクス笑う南雲にいつもみたいな返しが全く思い付かない。

あ、ダメだ。

頭の回転が悪い人間は、この殺し屋の世界に身を置くなら致命的な人種だ。わたしはこの世界に置いてもバカだけど、恋愛に置いてもからっきしだから判断が鈍るのなんて当たり前で、こんなときどうすれば良いか分からなかった。この距離が近くなった南雲に何も言えないんだもん。

南雲の顔がそっと近付いて、ふに、と重なった柔らかで少しカサついた唇の感触。それがキスされたのだと分かった頃には、わたしは南雲に押し倒されてしまっていた。

「黙っちゃって大丈夫?怖い?」

声色は柔らかいのにいつもと違う南雲の雰囲気に胸がドクンと大きく波打つ。

そこから、わたし達の関係性はぐるっと変わってしまったのだ。






もうやめたいって何度も思った。
南雲に抱かれる度に、好きな気持ちがどんどん大きくなっていく自分に疲れてしまった。

環境も変わり、わたし達は大人になった。日本殺し屋連盟の直属部隊、オーダーの一員になった南雲に「これならキミでも出来るんじゃない?」と紹介されたのは、殺し屋の任務の管理や簡単な斡旋などのサポートを行う事務仕事。就職先が見つからず、フリーになれる実力もないわたしにとっては有り難すぎる話だった。

だけどこれがもしかしたらそもそもの間違いだったのかもしれない。普段からわたしと南雲が職場で会うことはないけれど、何故かわたしの休みやスケジュールを知っている南雲は自分との時間が合えばわたしを誘う。

この関係が続いて気付けばもう27歳。世でいう結婚適齢期に入ってしまった。JCC時代からの仲だけど、わたしは今でも南雲の彼女になれていない。好きだと喉から何度もでかかった事もある。それでもフラれるのが怖くて小心者なわたしは結局その言葉を飲み込んで今の今までこの関係を続けてしまった。

「あんた、良い人いないの?」

母の電話に嫌気がさした。でもJCCに通っていた頃から浮いた話のひとつもしない娘のことが気になるのは当たり前のことなのかもしれない。

こんなとき相談出来る女友達でもいればいいのだが、生憎わたしの大事な女友達にはもう話すことすら出来ないわけで。

「…潮時だよね」

結構な時間をセフレと称した言葉で終わらせるのは寂しいし胸は苦しくなる一方だけど、そろそろ蹴りをつけなきゃなんない。南雲だってきっともしわたしのことを好きでいたとしたらこんな都合のいい関係は終わらせて、とっくにアクションを起こしていたはずだ。わたしはそれが怖くて出来なかったけれど、この数年間全くといって良いほど状況は変わらなかったということは、そういうことだろう。


兎にも角にも、わたしはそろそろ終止符を打って前を向いて行こうと決めたのだ。






きれなかった理由には、好きだったからが大前提ではあるけれど他にもある。

今はもう会えない赤尾ちゃんや結婚してこの業界から足を洗った(最近南雲から話を聞くけれど)坂本くんとの思い出話をするのが何より楽しかった。当時の思い出話はいつの間にか笑顔になれるし、元気になれる。

あの頃から思えば南雲の顔つきって全く変わってなくて、もしかして若返りの魔法使えんの!?ってツッこみしちゃうんだけど、それは珍しく即否定された。

南雲がわたしに見せる顔は80パーセント意地悪で、残り20パーセントが優しさだとも思う。

「え、僕バファリン?」
「バファリンよりも全然タチが悪いよ。半分以上意地悪だから」
「えそれ聞き捨てならないな。僕キミにめちゃくちゃ優しくない?」

子供みたく口を尖らしている南雲に頬が緩んだのは何時だっけ?別に付き合っていた訳じゃないのに、終わりを迎えるとなるとそれなりに年月長かったからアホみたいに思い出してしまう。都合のいい関係には疲れてしまったけれど、いつまでもこのままでいられるはずがないのだから。


「…ふぅん?それで?好きな男でも出来たワケ?」
「それは…そういうんじゃないけど」
「なんでいないって即答出来ないの?好きな男いるから僕との関係終わらせたいんじゃないの?ナマエって結構酷い子だったんだね」

分かったとか言っていつものノリでお別れになることを想像していたのに、なんだか雲行きがとても怪しい。さっきまで機嫌よく話してて、いつもの流れになってしまう前にタイミングを見計らって関係を終わらせたいことを伝えたはずだが、南雲の機嫌は非常に悪く見える。

「ひどいって、いつまでもこのままじゃいけないでしょ」
「いけないって何が?」
「っわたし達もう27だよ。南雲だってわたしに縛られず普通に恋愛して結婚とかしたくないの?…わたしいたら、邪魔でしょ」

自分で傷抉ってるのが本当にアホすぎる。
こんな事言うつもりはなかったのに、中々状況に合わせて動くことが出来ないのは昔から変わらず、それでいて感情的になってしまう所も直らない。

南雲のため息を吐いた声が耳に伝うと、握っていた拳に力が入った。
綺麗な別れ方なんてこの関係で望むことは出来ないと流石のわたしにも分かってるけど、喧嘩別れだけはしたくなかったと鼻の奥が微かにツンと痛んだ。


「…別に僕そんなこと頼んでないし勝手に妄想されて余計なお世話だよ。ってか邪魔なんて一度も思ったことないけど?」


今までに聞いたことがないくらいの低い声色だった。思わず肩が跳ねて、体の温度が下がっていく感覚。
南雲から視線を逸らせない。ハイライトを失くした深い黒色の瞳に息を飲んだ。

「なぐ、」
「あっ、もしかしてそれって僕の為だとか言って自分のことだったりする?」
「へ…」

急にニパァといつもの彼に戻った南雲に拍子抜けする。だけどそれは南雲の機嫌が戻ったからという訳ではないことくらい、わたしにだって分かる。

「恋愛して結婚したいのはナマエでしょー?だから僕が邪魔になったってことじゃないの?」
「ちが、違うよ!」
「ほんとかな。でもさ、ナマエの好きな男がどんな奴なのかは知らないけど、普通の恋は出来ないよ。うん、絶対ムリ」

ピシャリと言い切った南雲に気を抜けば視界が滲みそうになる。
好きな人は目の前にいるし、それが何年経っても叶いそうにないから諦めようとした結果が、何故こんなことになってしまうんだろうと唇を噛み締めた。

「なんで、そんな酷いこと言うの」
「酷いのは僕じゃないでしょ。僕を捨てようとしてるキミの方がよっぽど酷いと思うけど」
「捨てるなんて…」
「ねぇ、僕たち殺し屋だよ?普通の恋愛に夢見たって良いことなんてひとつもない。仮に聞くけど一般職してますって恋人に嘘言ったとして、じゃあそのまま結婚まで話が進みました。でも結婚ってなったらずっと嘘続ける訳にはいかないでしょ?職場とか過去の話になったとき、ナマエはまたそこで嘘をつくわけ?」

どんどん空気が悪くなっていく。
わたしが好きな人は南雲だったから、そんなこと考えたことすらなかった訳で。わたしのこと好きじゃないくせに、捨てるとか、向いてないとか、なんでそんなに南雲が怒っているのか分からない。

「…坂本くんだって一般人のお嫁さん貰ってるじゃんか」
「アレは例外。あんな寛大な人見つける方が難しいよ。この業界に足踏み入れてて今から普通の男見つける方が難しいだろうしね」

ハ、と嘲笑うかのように言葉を吐き捨てる南雲にわたしの揺らいだ視界はもう限界寸前で、一粒涙が瞳から落ちた。

「なんで、なんでそんな意地悪ばかり言うの?」
「え、」
「昔から南雲はわたしに絡んでからかってくるし、ああ言えばこう言って、そうかと思えばたまに優しい、し。…っ今だってなんでこんな怒ってるのか意味わかんなっ、い。わっわたしのこと好きじゃないくせに」
「は、待って、は??」

嗚咽を漏らしながら泣いてる姿はそれこそまさに子供であり、袖で涙を拭って目の前の南雲の顔を見ることなんてとてもじゃないが出来ない。

「わっわたしが好きなのずっと南雲だったのにっ…。好きだから誘われたら会いたくなっちゃって、でもわたしのことを好きになってくれないならいつまでもこの関係続けちゃダメだと思って、お別れしなきゃって頑張って考えて伝えたら他に好きな人いるとか思われるし、も、やだぁ」

自分で何言ってるのか分からなくなってしまった。
滲む視界から少し映る南雲は口を開けてポカンとしている。もう帰りたい。ここ、わたしの家だけど。

「ごめん、僕がバカだった」

「え、」

小さく放った南雲の声音に、今度はわたしが間抜けな声を零した。そうして南雲の大きな手が伸びてきてわたしを引き寄せる。

「はっはなして!」
「嫌だ。ごめん、本当にごめん。実は今日僕ナマエに好きって言おうと思ってたんだ。珍しくキミから連絡がきたから嬉しくて…いつも僕からだったし」
「えっ、ちょ待っ」
「待たない。それで浮かれてここ来たらキミに関係終わらせたいとか言われたから動揺しちゃって。酷いこと言って本当にごめん」

ちょっとタイム。待ってください。
南雲の言ってることがちゃんと理解出来ない。涙は止まっても心臓は別の意味でバカみたいに音を上げ出して、思考能力は落ちている。

「うっウソ言わないで!いつもみたいにからかって後で冗談だって種明かしするんでしょ!騙されないからっ」
「はぁ?そんなことする訳ないでしょ。ってか僕、キミより先に好きになった自覚あるよ」
「なっ、なにそれ」

わたしを抱いていた手を離し、言いにくそうにわたしから視線を逸らした南雲の表情はらしくない。

「僕の初恋キミだもん」
「はぇ……?」
「はぇって…。ねほんとキミのそういうとこ可愛いよね。気が抜けるっていうかなんていうかさぁ。…でもまぁ順番違っちゃったし、告るタイミング逃してここまで来ちゃって悩ませたのは僕が悪いよ。これでもキミのこと、かなり女の子扱いしてたと思うんだけど」

南雲は逸らしていた視線を合わせてわたしにそっと口付ける。
それでも一旦停止しているわたしに笑いかける南雲の顔は、もういつも通りであった。

「…僕と今更だけど付き合ってくれる?」
「……今までの分大事にしてくんなきゃ付き合ってやんない」
「うん、勿論。僕ナマエのこと大好きだし、言われなくてもそーするつもり」

ぶわァァと頭の先からつま先まで下がった体温が上昇していくのを感じ今度こそわたしは全思考が止まり心臓は過去一早鐘をついた。

そうして南雲はわたしを手馴れた手つきでベッドへ組み敷くとわたしの首筋に赤い鬱血痕を残して、後ひとつ分かって欲しいんだけど、と口を形の良い唇を開いた。



「好きじゃなかったらこんな関係いつまでも続けないしこの僕が抱くわけなくない?そこまで僕って優しい人間じゃないよ」




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