ポケモン夢 | ナノ

長年の友人が勝負をしかけてきた!



テーブルシティの裏通りには飲み屋街がある。
こじんまりしているお洒落なバーからわいわい騒げる大衆居酒屋。そこから数メートル離れた場所には綺麗なお姉さんが相手してくれるお店であったりと逆も然り。夜のこの街は、昼間とは少しだけ違った景色が見える。

時間通りに予約してくれた店に足を運べばちょっとお値段が張りそうな個室の居酒屋であった。初めて来る場所と久々に会える友人に対し、胸が極端に弾むのを隠せない。そんな私へ「ガキかいな」と先に来ていた彼女にケラケラと笑われてしまって、頬を膨らましたのは1時間程前のこと。

トレーナーをしていた頃は飲み屋街なんて足を踏み入れる理由がなかったし、大人になってしまった今でこそ飲みの場に訪れることもあるが、今そこに自分とかつての旅仲間がいるということが、少し不思議な気分なのだ。

「凄い懐かしんどるけど成人したのそんな前じゃないし、自分おばあちゃんみたいなこと言うやん」
「いやでもなんか…干渉深いじゃん?こうして一緒にお酒飲んでるだなんてさ。昔は自販機でサイコソーダ半分ことかしてたのに」
「まぁ…そりゃ分かるけど。ってかよぉそんなこと覚えてんなぁ」
「覚えてるよっ!私の青春全部ポケモンとチリだし」

数年前の、まだ10代の一番楽しい時期。私は実家を離れてポケモンと共に旅に出ていた。ポケモン達を鍛えてジム戦に挑んだり、色んな街を訪れてみたり。でもまぁそんな生活がずっと続けられるはずもなく、今は一般企業に就職してトレーナー生活から一転、社畜である。毎日同じことの繰り返しでつまらないと思う日もあるけれど、この世界でトレーナーとして生きていけるのなんてほんのひと握りだし、大体は成人を迎える頃には就職して落ち着くのが一般的だ。

あの頃は何をするにも手持ちのポケモン達と一緒であり、新鮮な毎日が楽しくてずっと笑っていた気がする。きっと私はこの先歳をとっても旅に出て良かったと胸を張って言い続けるのだろう。そして手持ちポケモンと同じくらい大事で、同じ時を共にした友人のチリに久々会えるともなれば、普段の倍以上テンションが上がってしまうのは許して欲しい。仕事の疲れも、嫌なことも、全部が全部もう頭の片隅だ。

「チリは…全然変わってないね」
「それどういうこっちゃねん。ディスってんのか」
「あはは、褒めてる褒めてる!安心してるの。だってさぁ、チリちゃん誘っても忙しそうで全然会えないし、こうしてゆっくり話すのなんて社会人になって初めてじゃん?」

わざとらしく口を尖らしてチャン付けで名を呼べば、チリは少しばかり困ったように片眉を下げた。自分のことを聞かれると片眉下げて笑うの、本当に昔から変わってない。

チリが四天王に選ばれたとき、両手を叩いて喜んだのがまるで昨日のことのようだ。多分、その場では私の方が彼女よりも喜んでいたと思う。照れ臭そうにしているチリを見たのは後にも先にもこの時だけで、「可愛い!」なんて言ってチリを抱き締めたのが懐かしい。昔から彼女は才があったし、良い所まで追い詰めても私がチリにバトルで勝てたことは一度もない。そんな彼女は私の憧れでもあって、それは今でも変わらないなと再認識し半分残っていたグラスのビールをグビっと飲み干した。

「チリは頑張り屋さんだからなぁ。偉いね、毎日お疲れさま」
「なんや急に、気持ち悪いわ!ってか自分酔っとるんやろ?水頼もか?」
「ううん、これくらいじゃ酔わないし大丈夫。チリこそ今日は平気なの?時間」
「あー…大丈夫じゃないんやけど、平気。ナマエが気にすることあらへんよ」

四天王になってからのチリはとても忙しそうだ。たまに電話はするけれど、会えるのはレアで社会人になってからご飯へ行けたのなんて片手で数える程度。仕方がないことなんだけれど、一人で家に帰って感傷的になると、ふと昔を思い出しては寂しくもなったりする。

「…時間作ってくれてありがとう。嬉しいよ」
「なんやほんま急に改まって。やっぱり酔ってるんやろ」
「へへ。嬉しいことは素直に言わないと。またいつ会えるか分からないし?」

歳も同じ、話も合えば気も使わない。素を見せれるってとても素敵なことなのだと社会人になってからはよく思う。こうしてビールをぷはぁっとオヤジっぽく飲んだって引かれることはないし、自分を偽らず何でも話せてしまう人なんて、毎日気を使う世の中では中々今から見つけるのは難しい。

「あっそういえばさ、チリに会いたくて面接受けに来る子が多いんだって?」
「はぁ?何でナマエがそんなこと知ってんねん」

おかわりのビールを持ってきた店員に空いたグラスを手渡す。新しいグラスを持ちながらふふん、と笑った私に、チリは分かりやすく片口端をひくつかせた。

「私の会社にアカデミー通ってる子のお母さんがいてね、その子がチリの大ファンなんだって。だから結構チリの話聞くよ」
「なんやそれ。絶対良いコト言われてへんような気ィするんやけど」
「ねぇナマエさん聞いて頂戴!チリ様がウチの子以外にも尽く色んな子あしらってるらしいのよ!"お嬢チャンが大人になってもまだチリちゃんを好き言うてくれんなら、また会いに来てや"ってね!?んもう最近の若い子はやぁねぇ!そんなのイケメンだから許されるし許しちゃうわよ!!って」
「ブッッ!!ハッ、チリ様ってなんやねん初耳なんやけど。ふっふふ、ってかそんなん言うとらんし真似せんでええわ」

身振り含めて口調まで会社のおば様になりきると、チリは吹き出し肩を震わせてテーブルをパシパシと叩き出した。余程ツボに入ったのか未だ笑い続けるチリを見ていれば、私の渾身のモノマネも満足というものだ。つまみのポテトを頬張りながら、気になったことを聞いてみた。

「ねぇねぇ、チリに会いに来る子で可愛い子いないの?」
「まぁたなんや急に」
「いいじゃん知りたいんだもん。最近の学生さんってオシャレな子が多いってよく聞くし。1人くらい"お!ええな!"って思う子いないの?」
「だから一々真似せんでええって。ってかいる訳ないやん。子供やぞ」

アホかいなと馬鹿にしたような口調に私の眉間に皺が寄る。しかしチリは気にもとめずグラスに口付けた。

「ふぅん。つまんないなぁ」
「これでもオトナなんでぇ。ってかそんなん一時のよくあるアレやろアレ、年上がよく見えるヤツ。彼女らも本気で言ってるワケないやん」

本当にそうだろうか。聞く話によれば結構本気の子が多そうだけど。それに彼女に恋してしまうのは分かる気もする。だってチリはそこらの男(失礼)よりも断然格好良いし一際目立つ。旅をしていた頃からチリはずっと綺麗だったし、人を楽しませることだって自然と出来てしまう。バトルも強くて頭も回り、オマケに顔も良くモテる要素がこれでもかというくらい出揃っているのだから、若い子がチリを魅力的に思わない筈がない。長年彼女の横にいた私が、いつ会ってもそう思うもん。

「チリは引く手数多だろうなぁ」
「え?バトルの話?」
「違うよ恋愛の話!」

チリは恋愛事の話を余りしたがらない。だから彼女がどんな恋愛を送ってきたのかなんてこれだけ一緒にいても知らないのだ。好きなタイプを聞けばいつも「地面」と即答されてしまう。ポケモンじゃなくて人間で!と聞き返しても、笑ってはぐらかされてそれでお終いだ。

だから今回もどうせこのままはぐらかされるのだとばかり思っていた。次は何頼もうなんてメニュー表を見つめる私に、チリは一際柔らかく口を開いた。

「せやねぇ。チリちゃんモテモテやから」

メニュー表から即座に目線をチリへと移せば、頬杖ついて楽しげに私を見つめているチリが目に映った。

「でもゲットしたい子は全然捕まらないんよ。こんだけ可愛がってんのにチリちゃんとこにはぜーんぜん来てくれへんの。そんで毎回その子は泣いて帰ってきよる。そろそろ学習して欲しいもんだわぁ」

はぁ、とため息混じりのチリに対し、私の口は間抜けにポカンと開く。足りない脳みそで考えた後、ひとつの考えに辿り着いた。

「え…?ああっ!ポケモンの話??」
「なんでそうなんねん。恋愛の話やろ?ナマエから言うたやん」
「あ、いやそうなんだけどさ…え?マジ?」

即座の的確なツッコミに語彙力が消え去った。いやだってまさか私から聞いたからとはいえ、こんな素直に話してくれるだなんて思わなかったのだ。

「まってまってチリって好きな子いるの!?いつから!?私の知ってる人!?」

ズイッと体をテーブルの方へと前にのめり出すと、少々驚いたのかチリは後ろに体を引く。目を輝かせた私にチリは一瞬口を閉じ黙ると、含みのある表情を浮かべた。


「あー…そうやなァ。…んじゃ、他の男すぐ作って泣くのやめるて約束してくれるんなら教えてやってもええけど?」


今度は私が口を閉じ、黙る番だった。






「…気付いてたの?」
「何年一緒に居たと思ってんねん。他の奴は騙せてもこのチリちゃんは騙せへんわ。昔からなんかあるとナマエはよく喋って笑うとこ、ほんま何にも変わっとらんな」
「今そんなこと言われたら泣いちゃうじゃん」
「無理して笑わんくてもええから。そんな仲やないやろ?」

私の大好きな笑顔が目の前にある。気を抜いたら本当に涙腺が緩んでしまいそうで、こくこくと頷いて顔を下へと俯かせた。

社会へ出てからの私は、トレーナー時代に恋愛を全くといってした事がなかったせいか大の恋愛下手であった。好きになるのも早いが、終わりも早い。男を見る目がないのか何度かお付き合いに至っても、長続きすることが出来ないのだ。というよりも、遊ばれて終わるという恋愛ばかり。1人目もそう、2人目もそう。今回だって、あんなに好きだと言ってくれた男が蓋を開けたら二股していた。勿論本命は私じゃない。

悔しくて惨めで情けなく、何を言ったところで結局何も知らなかった頃の状態に戻れる訳なんてない。
旅で得た経験は社会に出てからも生かされることはあった。だけど恋愛面は誰に教わるわけでもないし、こればかりは旅の知識はも何の役にはたたない。年齢だけは大人になっても、恋愛に関してはきっとお子様よりも乏しい。

こんな恋愛じゃなくて、ちゃんと自分だけを大事にしてくれる人と付き合いたいのに、現実はドラマのように上手く事は進まない。

「…今回のことはバレたくなかったのに」
「ははっなんで?んな寂しいこと言わんといてや」
「ちがう。そうじゃなくて…チリに会えると、元気になれるし、実際さっきまで楽し過ぎて忘れられてたし。それにまた同じ恋愛繰り返してるって、チリに思われたくなかったから」

声の端が極端に小さくなる。だけどちゃんとチリの耳には届いていて、席を立ったかと思えば私の隣にそっと腰掛けた。そうして私の頭をポンポン、と優しく撫でたのだ。

「やめて、ほんとに泣いちゃう」
「ええよ泣いても。チリちゃんしかおらへんし、特別に胸かしたるわ」

子供をあやす様な柔らかい声のトーンに、鼻の奥がツンと痛む。この人はどれだけ優しく、甘い人なんだ。

一頻り泣き終えるまで私をずっと慰めていてくれた彼女に、胸がいっぱいになる。最後の方は酒も入っているせいか彼女の優しさに余計と涙していたのは事実である。

「…ありがと。スッキリしたかも」
「そりゃ良かったわ」

目を細めた彼女は私のバッグからハンカチを取り出すと涙をそっと拭ってくれた。

「ねぇチリ。昔、私のポケモンが熱を出したときあったじゃん?ポケセンが遠くて、まだタクシーも今より余り普及してなくて中々捕まらなかったとき」
「あー、あったなぁそんなこと」
「チリが飛んで来てくれたんだよね。で、自分のポケモンみたいに朝になるまで一緒に看病してくれてさ」
「ほんまよぉ覚えてんな」

いつの間にか私の顔には笑顔が戻る。そうして段々と普段の自分を取り戻していくと、チリはニカッと私に微笑みかけた。

「ん、やっぱ笑ってる顔が一番可愛ええわ」

数秒、ボルドー色の深い赤色の瞳と視線が合わさった。胸が1度ドキン、と音を鳴らし、即座に理性を取り戻す。

「あっ?あーもうチリちゃんてばそういうとこ!急にそんなこと言われたらびっくりするじゃん!だから学生さんたちにモテモテなんだろうなぁ。ははっ、教えてその秘訣」
「はぁ?こんなことナマエにしか言わへんし思わへんわ。ってかこれに懲りたらもう目移りすんのやめてチリちゃんにしとき?」

私の喉から出ていた笑い声が止まる。瞬きすら忘れて、チリの言った言葉を理解するのには今度こそ時間が足らなかった。チリは私の髪をサラりと指でとかすと、途端に心臓は早鐘を打つ。

「あっ…えっとその、」
「ナマエがトレーナー辞めて就職する言うたとき、チリちゃん一日中泣いとったんやで」
「う、うそっ」
「嘘やないわ。ドオーに聞くか?」

初めて聞く彼女の心情に、私はふるふると首を横に振るのが精一杯。クスクスとチリは悪戯げに笑っているのに、からかってるんでしょという言葉は出て来なかった。

「いや、でもあの時は…チリも四天王の道に進むし、わたしもそろそろ現実を見なきゃなって考えてて、」
「ん、分かっとるよ。ちゃんと分かっとるけど、離れんのは寂しかったわ」

片眉を下げたチリはいつもみたく困ったように薄く笑う。わたし、今どんな顔をしているんだろう。

「そんなの…初めて聞いたんだけど」
「そりゃそうやろ。初めて言ったんやもん」

あんなに私が別々の道に行くのが寂しいと騒いでいた日もニコニコ顔で「普通に会えるしええやん」とか言っていたのに。今更になってこんなこと聞けるだなんて。チリにしとけとか普段言わないことも口にするし。…涼しい顔して酔ってしまったのだろうか。うん、絶対そうだ。

「っチリちゃん!酔っちゃったかな!?めちゃくちゃ嬉しいんだけどちょっと照れちゃうって!お水頼もっか?」
「こんなんじゃ酔わへんし、水はいらん。それに全部本音やねんけど」
「いや…えっとぉ」

酔った酒の席での話だと思った思考は遮断され、すぐに頭は真っ白になっていく。そんな私へ更にチリは容赦なく畳み掛けるのだ。


「今も昔も、変わらずずっと好きなんやけど」
「あっ」
「ナマエのことが」


顔に熱がぐーんと帯びていくのが自分でも分かる。
遂にはパクパクとコイキングのように口を動かすだけの私はきっと今変な顔をしている。


「気付かんかったやろ?チリちゃんうまーく隠しとったから」


チリの言う通り、私のことを好きでいてくれていただなんて知らなかったし、今の今まで気が付かなかった。
目に映るチリの表情はいつもとなんら変わりはない。私だけが余裕をなくし、顔を赤くして、ドキドキと心臓の音が忙しない。

「自分、なんでチリちゃんが余り誘いに乗らなかったんか分かる?」
「そっそれは仕事が忙しいから、じゃないの?」
「まぁ…それもあるんやけど、ナマエの口から出る男の惚気なんて聞きたくなかったんやわ」

私の髪をくるくると指先で遊んでいたチリは指を止めると、そこで初めて切なげに顔を少し歪めた。そうして一拍あけると、ため息混じりに言葉を繋ぐ。

「ナマエが幸せになるんならそれでええかって思うとったのに、ナマエが諦めさせてくれへんかったんよ。随分切ない思いしたわぁ」
「あ、」
「すーぐ男作るし、毎回泣かされとるし。好きな子がそんなん状況になってんの、放って置ける訳ないやんか」
「ごっごめん…」

目を合わすことがこれ以上出来なくて伏し目がちに謝れば、顎に手を添えられ無理矢理視線を戻される。

「ちっちり、」
「謝んならちゅーして」
「え?」
「ちゅーして、チリちゃんの女になってくれんなら、それでもうええから」

どきどきどき。ばくばくばく。
今までチリに対してこんな心臓の音を鳴らすなんてことなんてなかったのに、私は一体どうしてしまったのだろうか。心臓の音がもうチリに聞こえてしまっているんじゃないかってぐらい音を上げているし、顔だけじゃなくて全身までもが真っ赤に染まっているかもしれない。

それでいてチリは今までにないくらい色っぽく、熱を帯びた瞳で私を見つめるものだから、思わずチリのシャツの袖をきゅ、と握ってしまった。

そうして元より近いその距離が更に近付くと、薄い形の良い唇が触れ合った。

そうしてゆっくり唇が離れると、チリはペロりと舌なめずりする。そんな彼女にきゅん、と心臓は音を変えた。


「恋愛下手のおバカなナマエに、チリちゃんがええこと教えたるわ」


蕩けてしまうくらいの甘い声のトーンとは一転、チリはにこりと妖しげに微笑みを浮かべると、私の唇を親指でなぞりながら囁いたのだ。





「恋もポケモン掴ますのと同じやで。弱ってるときが一番ゲットしやすいやろ?今は流されてしもたわくらいに笑うてても許してやるけど、このチリちゃんが片思いしてた期間分選んだこと絶対に後悔させへんくらいに愛したるから、覚悟しとき」


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