ポケモン夢 | ナノ

塩対応の彼に効果はばつぐんだ!





アカデミーの"宝物探し"という授業の一環で旅に出た。
元からパルデアに住んでいたのではなく、父の海外転勤に合わせてこの地方に越して来たわたしは余計と右も左も分からぬまま、持ち前の何とかなるだろ精神で相棒のニャオハを筆頭に旅へと出発したのだ。

荷物は重いと疲れるから必要最低限に収め、小さなリュックバックを背負って行きたいと思った所に足を運ぶ。初めてみる景色は全てが新鮮で、毎日がワクワクの連続だった。そうして疲れたらピクニックをするというなんて素敵な旅ライフ。でも困ったことに少々不器用なわたしには、パンに具材を乗っけるサンドウィッチすらもシンプルなものしか作れない。そんなサンドウィッチでも美味しそうに食べてくれるポケモン達を見ていると、「もうこの子たちが宝物です!」と現状に満足してしまったのは記憶に新しい。

そうはいってもポケモンは好きだ。ただチャンピオンだとかそういったことへの憧れは他の人よりも薄い。テレビでバトルの中継を見るのは胸が踊るけれど、自分はたまに旅先で出会う人たちとバトルが出来ればそれで良かった。気になるポケモンを見つけたら興味が湧いて着いて行き、疲れたらまたピクニックテーブルを出して休憩する。こんな呑気で自由なトレーナーいるか?いや、ここにいる。

単位が危ういものがあった為、久しぶりに学校に出向いた。早い者は3つめのバッジをゲットしたとクラスの子が話しているのを聞いて、へぇ凄いなぁ。わたしはまだ1つもゲットしてないや、なんて久々の授業のせいか眠気眼で耳を傾けていた。そうしたらレホール先生と目が合ってしまって、その日の質問攻めはわたしになったことが運の尽き。

その後もたまにアカデミーに顔を出し、着々と他の皆がジムバッジを貰ったという話を多く聞くようになると、チャンピオンに憧れはなくとも流石のわたしも少々焦りが生じてくる。

「ニャオハ、私たちヤバいかもしんない」

食べることが大好きなわたしの相棒、ニャオハは休憩のし過ぎでサンドウィッチを食べまくったせいか、余りバトルをしないせいか、両者だと思うが少し丸っこい。ニャオハはなにがヤバいのかを分かっていないので、甘えるように頬へすりすり擦り寄ってきた。可愛い相棒め、2つも食べたのにまだサンドウィッチ欲しがってる。

「…よし!そろそろ本気出そっ」
「ニャ??」
「特訓頑張ったら豪華なサンドウィッチ作ってあげるから!」

そう思い立ったが吉日。ニャオハは不安げに目を潤ませたが、思ったときに動かないときっとわたしは今まで通りのほほんと過ごしてアカデミーを卒業するに決まっている。

そこからのわたし達、頑張った。めちゃくちゃ頑張った。有難いことにニャオハ含め手持ちのポケモン達も技が枯れるまで特訓に着いて来てくれた。それまで気ままな旅をしていたせいか、急に性格が変わったわたしにポケモンたちは時折涙を見せたが乗り越えてくれた。そして暫くするとハァハァと跳ねていただけのわたしのコイキングは、なんとギャラドスに進化したのだ。マジで感動。たいあたりの威力が桁違いであった。ギャラドスのはねるを見て逃げていく野生のポケモンもいた。威圧が凄い。今のわたし達ならば何でもいける、そう思わずにはいられなかった。

そうして努力が実を結び、やっと3つ目のバッジをゲットしたとき、スンとした感情が突然と襲いかかってきて燃え尽きしてしまった。ここまで来れたんだもん。十分かなって。

それからまた始まった気ままなゆるゆる旅。ニャオハもニャローテまで進化したけれど、また休憩という名のピクニックが主になったからか、シュッとしていた体付きは丸っこく戻り始めている。


そんなある日の夕方、学校の図書室に寄った際の図鑑で見たモスノウというポケモン。それが余りにも綺麗で是非ゲットしたくなった。ゲットは無理でも一目拝みたい。ジッとしていられないわたしはマップで生息地を確認し、次の日にはその場所目掛けて旅立った。



でもわたしは舐めていたのである。
今まで何とかなると思って生きてきたから、大丈夫だと自負していたのだ。



太陽が上ったナッペ山は見渡す限りの雪に埋もれており、生まれて初めて見る辺り一面の雪景色に目を輝かせた。暫くポケモン達と雪遊びを堪能して気付けば正午を過ぎてしまった。お目当てのユキハミやモスノウを探そうともう少し山の奥地に入ると、そこにはニューラの集団。ユキハミおろか他のポケモン1匹もおらず、あっちにもこっちにもニューラしかいない。そっと木の陰から様子を伺っていると、勘が鋭いのか音を立ててもいないのに1匹と目が合ってしまった。

「あ…」

ギロッとした目付きに鋭い爪先。人間、怖いものを見ると声が出ない。今まで危ないことはあったにしても、ここまで恐怖を感じるのは旅に出てから初めてで、体は金縛りにあったかのように動かない。わたし、分かる。力の差が違うんだ。

「にゃ、…ニャローテ」

なんとか震える手でモンスターボールからポケモンを繰り出すも、ニャローテ自身レベルの差を感じたのかわたしの足元に隠れ前に出ることが出来ない。

どうしよう、どうしよう。逃げなきゃ。

そうは思っても体が言うことを聞かない。2匹、3匹とニューラ達がわたし達の元へ近付いて来る。もうこの世の終わりだと思った。お父さんお母さん、ごめんなさい。わたしはもうお家に帰れません。

ニューラが尖った爪先を此方に向けて飛びかかって来たとき、咄嗟に目をギュッと瞑った。



「ひっ……」


…………アレ。痛くない。


一瞬走馬灯まで見えかけたのに、襲いかかってくるであろう痛みはいつまで経っても感じない。恐る恐る薄らと目を開ければ、わたしの瞳にはふわりと宙に飛んでいるポケモンが1匹映った。

「…も、すのう?」

モスノウから舞い落ちる鱗粉は、キラキラと光ってまるで雪のようだった。え?え?と頭にハテナを浮かべている内に、ニューラ達は目の前のモスノウにより攻撃を受けたのかあっという間に怯んで逃げて行く。

助かったのだと分かっても、安堵する所か心臓は余計とバクバクと音を鳴らし、気温は低いはずなのにわたしの額には汗が薄らと滲んでいる。このポケモンが来てくれなかったら本当に死んでいたかもしれないと思うと体の震えは大きくなるばかり。短く息を吐いている自分をどうにか落ち着けようとしても頭はパニックに陥っている。だから背後の人物に気が付かなかったのだ。

「…こんな所で何してるの?」
「へ、」

ビクッと体が跳ねて振り向けば、眉間に皺を寄せ、マフラーをして口元まで隠した中性的な顔立ちをした人が立っていた。

「ココ、立ち入り禁止区域なんだけど」
「…え?」
「たまにいるんだよね。あんたみたいに知らずに入って迷うヤツ」

声からして、男性だろう。先程わたしの前にいたモスノウが彼へとふわり戻っていく。わたしはどうやらこの人のお陰で助かったらしい。

尻もちついて動けないわたしに彼は面倒くさそうにそっと手を差し出した。見た目とは裏腹に軽々わたしを起こすと直ぐにその手は離れてしまう。

「すっすみません。禁止区域って知らなくて」
「だろうね。じゃなきゃバカでもない限りこんなとこ立ち寄らないよ。ケガは?」
「なっないです!た、助けてくれて…ありがとうございます」
「そ?なら良かった」

彼はモスノウをボールへと戻すと、わたしに視線を移し替える。

「どこ行きたかったの?」
「え?」
「送ってく。もう直ぐ日も暮れるし、この空じゃ雪も降るから」
「あっ?いえ!だっ大丈夫です!助けて貰った上に送って頂くのは悪いので!」
「…帰り道分かるの?慣れてる人でもここら辺迷う人多いけど。さっきみたいに襲われたらあんた動けないだろ」
っ!」

初見でこの山を訪れてしまったわたしにその一言は大きかった。彼の言うことは正しく正論で、いつものように好き勝手歩いていたせいで周りを見渡してもどこも同じ景色に見えることにゾッとする。

「…お、お願いしてもいいですか?」
「…着いて来て」

わたしの前を歩き出した彼に急いで置いていかれないよう着いていく。行き先も告げぬまま黙って彼の後を追うと急にくるっと振り返ったので、びっくりしてしまった。

「ここには何しに来たの?ジム戦?」
「えっ!?あ…いえ。実はその、へへ。モスノウってポケモンをアカデミーにある図鑑で見たら会いたくなってしまって来ちゃったんです」
「は?」

彼の大きな瞳が瞬きし、長い睫毛が揺れた。

「でっでもお兄さんのモスノウ見れたし、ちょっとわたしにはまだここに来るの早かったみたいなのでもう少し特訓してから来るようにします!」
「あー…うん。それがいいかもね。また迷って野垂れ死にしたら元も子もないし」
「……おっしゃる通りです」

ちょっとズレたマフラーを回し直し、彼はまた前を向く。

そうして暗くなると危ないとフリッジタウンまでちゃんと送り届けてくれたのだ。

「明日の朝になったらタクシー使って帰ればいいから。あそこがホテル」
「何から何までありがとうございます。ご迷惑掛けて本当にすみませんでした」
「…別にこれも仕事だし。でも次から気をつけて」
「っはい!…ってか仕事、なんですか?」

迷い人がいないか巡回するパトロールでもしているんだろうか。わたしと余り歳は変わらないだろうに凄いなぁなんて思っていれば、彼は驚いたように目をほんの少し見開いた。

「……ぼく、ジムリーダーなんだよね」
「え?」
「ここのジムは別なんだけど、このタウンを超えた先にもう1つジムがあるんだ。そこのジムリーダー。ここの山全部じゃないけどさっきの場所はぼくの管轄で、あんたみたいな人がいないか時間で回るんだよ。だから今日あんたを見つけたのもぼくの仕事。だから、気にしないで」
「え?」

ん?待って。情報が追いつかない。わたし、まさかのジムリーダー様に助けて貰ったということで合っているだろうか。

硬直しているわたしを他所に、彼はそれだけ言うと背を向ける。スタスタと歩いて行ってしまうから、つい大きな声で引き止めてしまった。今言わないと、会えない気がしたのだ。

「なに?」

わたしの声にギョッとしたのか彼はひくついたような表情を浮かべて振り向いた。

「わたしナマエっていうんですけど、今日は本当にありがとうございました!こっちに越して来てすぐ旅に出たのでジムリーダーだとは気付かずすみません。…それで、その…また会えますか!?」

外の気温はかなり低く、自分で言ったクセに顔には分かりやすく熱を帯びる。でも言わずに後で後悔するのは嫌だった。逸る心臓の音を誤魔化すように拳に力が込めると、グルーシャさんは少し考えてわたしの前まで戻って来た。

「声デカすぎ。そういうの恥ずいから」
「あっごめんなさい…」
「はぁ…まぁいいや。ぼくはグルーシャ。ジムバッジ7個集めておいで。そうしたら相手してあげる」

それだけ言うと彼、もといグルーシャさんは今度こそわたしに背を向け行ってしまう。彼にとったらジムリーダーとして放った言葉だろうが、わたしにとっては胸が弾み隠すように口をぎゅっと結んだけれど、嬉しさで頬が緩んでしまった。







グルーシャさんと出会ってからのわたしは、少しどころか大変おかしい。

燃え尽き症候群が嘘のようにやる気が漲り、再度特訓の日々を送っている。丸っこくなりかけていたニャローテは一部始終を見ていたからか呆れたようにわたしに笑いかけた。"オイオイ、お前よぉ"てな感じで。それでも文句も言わずに着いて来てくれた事に変え難い感謝でいっぱいだ。

街についたら、美容院に行って、髪型を変える。エクステを着けてみたり、巻いて貰ったり。メイクだって勉強して、色んな自分を見つけては彼のことばかりを考えていた。

可愛いなって思って貰いたかったのだ。
グルーシャさんの前では、自分が一番可愛くいられる姿でいたかった。


でも現実、そう上手くはいかない。







「…また来たの」
「うぅ…」

ため息混じりのグルーシャさんは怠そうにわたしを見てはげんなりとした口調で眉を顰めた。

「だっダメでしたか?」
「ダメじゃないけど暇じゃない」
「…ごめんなさい。会いたくなっちゃって」
「……そういうこと毎回よく言えるよね。サムいんだけど」

グルーシャさんはわたしの言葉をいつもあしらうのが大得意。わたしもわたしで毎回気持ちを隠せないものだから、呆れられるのも仕方がないのかもしれない。だけど当たり前だがわたしが会いに行かなければまず会えない彼だから、どうしても会いたくなってグルーシャさんの元へ訪れてしまう。 初めて恋というものをしたわたしには、距離の詰め方が分からず多分引かれている。だけどどうしてもグルーシャさんの一番になりたくなってしまったのだから、どうすることも出来ないのだ。

しかし進展は全くの見込みはなくゼロに近い。どれだけオシャレに気を配ってみても、どれだけ会話を持ちあげてみても、グルーシャさんは何時だって冷静で、顔色1つ変えてはくれないのだ。

そんな時のわたしは決まって気にしない素振りで笑顔を作るけれど、心の中じゃ嵐のように泣いている。


「で、バッジは集まったの?」
「あっえっと聞いて下さい!なんと5つ目のバッジゲットしました!」

エッヘン!とドヤ顔を晒し煌びやかに光っているバッジをグルーシャさんの前へと翳す。すると珍しく彼は目をぱちくりとさせた。

「へぇ、頑張ったね」

「へ…」

たったそれだけ。それだけの一言なんだけど、初めて褒めて貰えたことに聞き間違いかと間抜けな声が漏れてしまった。だってわたしを見るその目がいつもより優しい。柔らかい声音が耳に届けばこれが聞き間違いなんかじゃないと分かる。

これだけで泣きそうになってしまうわたしはどうしたらいいんだろうか。いつもは「ギャアギャアうるさい」だとか「あんた毎日暇だろ」とか「暑苦しい」やら「早くポケモンを鍛えてきなよ」とか言うクセに、こんなのって狡いにも程がある。

「ぁ…う」

普段から低い語彙力が更に低下し、喃語のような声しか出せない。そんなわたしを見たグルーシャさんは、何とも読み取りづらい表情を浮かべてぷいっと顔を逸らされてしまった。


その日のわたしはもう心ここに在らず。取り敢えずサンドウィッチを作ってみたら、自己流のレシピになってしまい何ともいえない出来のものを作ってしまった。進化したばかりのマスカーニャはそんなわたしを見て悪戯気にクスクスと笑っていたけれど。





好きな人が出来るって凄い。恋をしなければ知らなかったこと。なんでも頑張れてしまうのだ。あれ以来グルーシャさんはわたしを褒めることはしないけど、それでも十分だった。苦手な授業も、特段気にしなかったオシャレも、ポケモン同士のバトルも、グルーシャさんと出会う前よりずっとずっと楽しいと思えることが沢山増えた。

グルーシャさんはきっとわたしの気持ちに気付いている。でもその先に進めることはないのかもしれない。わたしがどれだけ好きになって貰えるように努力をしてみても、グルーシャさんは壁を作っている気がする。それは凄く悲しいことだけれど、わたしは心に決めていたことがある。

バッジを7つ集めてグルーシャさんに勝つ。そうして8つ目のバッジをゲットする事が出来たら、「彼女にして下さい」と告白するつもりだったのだ。


そうして努力を積み重ね6つめのバッジをやっとゲットした。あと1つでグルーシャさんとのジム戦だと思えば感極まってしまい、手持ちのポケモンたちをぎゅううっと抱き締めて泣いた。ありがとう、ここまで着いて来てくれて。大好きって。

グルーシャさんの塩対応は相変わらず。多分、きっとわたしが告白をしても結末は振られてしまうのだろうと思う。それくらい、彼のわたしに対する対応が冷めている。でも振られたとしても、大泣きはするだろうが後悔はしない。だってわたしがここまで来れたのはグルーシャさんのお陰なのだ。だから振られたとしても、感謝は伝えると決めていた。





「えー!お前あのジムリーダーが好きだったのか!知らなかったぜ」
「ちょっ声大きい!静かにして!」
「あぁわりぃ!声掛けられたとき誰だお前!って思ってたけどそういうことになってたとはな!可愛くなって乙女ちゃんだなー」
「ひどっ!ってか声が大きいんだって!」
「こんな山んなか誰もいねぇし大丈夫だって」

ケラケラと笑うわたしのクラスメイトのペパーは、先程このナッペ山で会った友人である。この山でクラスの子に会えると思っておらず驚いているわたしに、「何かの縁にサンドウィッチ作ってやる。俺が作るのは絶品ちゃんだぞ」とにっこり笑ってくれたので、甘えることにしたのだ。

もう少しで太陽が傾き夕方になる。ペパーの作るサンドウィッチがこんなに美味しいとは知らず、マスカーニャ達は今まで食べてたサンドウィッチはなんだったのかと分かりやすく驚愕しメロメロになっていた。

今日本当は6つめのバッジを報告しにグルーシャさんの所へ行こうと思っていたのだが、もう日が落ちるから明日にしようなんて思って、久々の友人再会に花を咲かせて恋愛相談までしてしまった。そうして話し終えたあと静寂の空気に包まれた。謎の空気感にあれ?と思いペパーに声を掛けると、彼は指を指す。

「ペパー?どうした?」
「アレ、お前の言ってたジムリーダーじゃねぇの?」
「え?」

ペパーの指す方向へと視線を向ければ目を見開いた。
彼の言った通り、真正面にはグルーシャさんが立っていたからだ。

しかしいつもの彼とはぐんと違って、物凄く不機嫌そうに顔を歪めている。そして彼はわたしの前で立ち止まると氷みたく冷たいトーンで出会った頃のように言ったのだ。


「こんな所で何してるの?」






わたしの手は、手袋に包まれた大きな手の平に繋がれている。無言で私の前を歩くグルーシャさんの手だ。

グルーシャさんが現れたとき、驚き過ぎてあの字も出せないわたしにペパーが慌てて口開いた。

「あーっ、俺たちはただのクラスメイトで、な?ナマエ」

コクコクと首を縦に振ることが精一杯なわたしに、グルーシャさんは数秒の間を置くとわたしとペパーへ交互に視線を向けた。

「……ふぅん、あっそ。……帰ろ」
「え…っわ!」

返事をする間もなく彼はわたしの手を引き起こし歩き出す。慌てて後ろを振り向けば、苦笑して手を振っているペパーが目に映った。

そうして数分歩いているが、こんな手を繋がれたままなんてこと一度もなかったために心臓は今にも音が止まってしまいそうだ。何かを話さなきゃとは思うのに頭は真っ白だし、どうしてこんなに彼が怒っているのか分からない。

ヤキモチ…だとしたらとても嬉しいけれど、流石のわたしも今までの彼の対応からしてそうだとは前向きには思えない。だとしたらなんだろう。怒らせているような理由を考えてみても一向に思い浮かばないのだ。

繋がれた手は離すことはせずに、かといってわたしに目を向ける訳でもない彼に何故だか無性に涙が出そうになった。グルーシャさんの考えていることが、分からない。

彼のジムが見えてきたとき、それまで無口だったグルーシャさんは口を開いた。


「ねぇ。あんたってさ、ぼくのこと好きなんじゃないの?」
「……え」


くるりと振り向いた彼の青みがかかった瞳に、わたしが映る。

「しっ知ってたんですか?」
「うん。あんな頻繁に来られて恥ずかしいことばかり言ってたら気付くでしょ」
「……でっですよね」
「ってかさっきのアレなに?ヘラヘラあの男に笑いかけちゃってさ」
「ペパーはクラスメイトで、」
「それはさっきアイツから聞いた。ってかあんたの口から他の男の名前なんて聞きたくないんだけど」

グルーシャさんは詰まらないようにぷいっと視線を逸らした。

ま、まって。待って下さい。
彼の言った言葉の意味を考えれば考えるほど、キャパオーバーしてしまい、心臓だって人生で今が一番ドキドキと音を鳴らしている。

鼻にツン、とした痛みが襲って来て目の前の視界が即座に滲み出す。声にだした頃にはもう半分泣いていた。

「ちょっどうしよ、ぉ。まっ待ってくださ、嬉しくて泣きそうなんです、けど」

いつも余り表情を変えない彼はわたしが泣くとは思っていなかったのか少々焦ったように繋いでいた手を離した。

「はっはぁ?何でここで泣くワケ?」

本当に意味が分からないのかグルーシャさんは片眉を下げながらわたしの涙を拭う。それが余計と涙腺を刺激するのだ。

「だっだってグルーシャさん、いつもわたしに冷たい、し」
「…冷たくしてたつもりはないけど」
「オッオシャレしてみても、反応薄いし」
「……いやそれは、」
「きっ嫌われてると思ってたからっ…っく。きょ、今日も本当はグルーシャさんに会いに行く予定だったんです。6つめのバッジ見せたくて。あっあの時褒めて貰えたのが凄くわたし嬉しくて…そのおかげでここまで頑張れたから。ッ7つめのバッジもゲットして、グルーシャさんに勝てたら…言いたいことが…っく。ずっとあって、」

泣きたくなんかないのにポロポロ涙が出てくるし、嗚咽混じりで自分が何を言っているのかも分からない。鼻を啜って目を擦って、わたしの顔はきっとメイクが崩れて酷いことになっているだろう。こんな顔見られたくなくて、俯かせることしか出来ない。

「顔、あげて」

先程より気持ち穏やかな声が耳へと届く。
いつまでも顔を上げないわたしに、グルーシャさんは手袋を外すとわたしの頬へと手を添え顔を上げさせた。

「っい、嫌です。こんな顔、見られたくないです」
「なんで?可愛いと思うけど」

呼吸が止まる。本当に止まった。息をするのすら忘れてしまった気分。だってまさかグルーシャさんの口からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。困惑を隠せないわたしに彼は目を細める。


「ぼく、そういう女の気持ち考えるのって余り得意じゃないんだよね。でも嫌だったら嫌って普通に言うし、冷たくしてたつもりは本当にないんだ。……ごめんね?巡回してたらあんたら見つけてさ、2人が楽しそうにしてるの見てたらちょっとムカついて大人気ないことした」
「え…いや、あの」
「……他の野郎にあんたが笑ってるの、イヤだった」


これは本当にグルーシャさんなのでしょうか。メタモンだとか、ゾロアークとかがグルーシャさんに化けてるってことない?余りにも普段と違い過ぎる彼の対応に、心情がぐるぐると回って処理しきれず、今日だけで心臓が動き過ぎて寿命も縮まってしまったかもしれない。

「あっあの!わたしっっ!」

考えるよりも先に、大好きです!そう告げようとした瞬間、グルーシャさんは自身の人差し指をわたしの唇に宛がった。


そうしてわたしの口を閉ざし静かになると、彼はマフラーをゆっくりと下げ柔和に微笑み、耳打ちしたのだ。






「…その先はぼくが言うからまだダメ。あんたが言ってもらいたい言葉全部言ってやるって約束するから早く追いついておいで。待つのは余り好きじゃないけど、あんたの為にぼくは大人だから待っててあげる」




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