ポケモン夢 | ナノ

その日、両者のSNSは荒れ狂った

10才を迎えた年に初めてパパから貰ったポケモンがユキハミだった。初めて目にしたユキハミのその愛くるしい姿にわたしは一目惚れ。その子を相棒に故郷であるガラルを巡る旅に出た。

道中ユキハミが魅せるこおり技の魅力にまんまと沼り、気付いた頃には手持ちが全てこおりタイプ。こおりタイプのポケモンは今見つかっているタイプの中で一番種類が少ないと学会で発表されている。出現場所も限られているので、捕まえるのに苦労したこと。

そうして16才を迎える頃、なんとわたしはこおりのみのパーティでバッジを8つ集めることが出来たのだ。

あるチャンピオンは言った。
「君の実力なら俺だって本気を出さなければならないぜ!なぁ、リザードン!」
「ばぎゅあ!」

またあるガラルの大企業である社長は言った。
「統一パーティで勝つというものは難しいことです。君は魅力的で将来が楽しみだ。ジムリーダーだって夢じゃないですよ。どうです、わたくし達と一緒に働きませんか?」

どれも有り難すぎるお言葉だけど、わたしはチャンピオンを目指している訳ではなかったし、ジムリーダーになるつもりもなかった(そもそもジムは既にわたしよりも適任者がいるしなんならわたしの憧れ)。

ガラルは生まれ故郷なので大好きなことに変わりはないし安心する。だけどずっとここに留まっているという考えはなかった。いろんな地方へ行き、まだ見たことのないポケモン達に会ってみたいという欲求の方が強かったのだ。

「今なら引き返すってのも間に合うぞ」

そんな前のことではない出来事を思い出していたら背後からわたしの肩がそっと引かれ、パシャリ。

声のトーンとは裏腹に、決めポーズをキメた男が視界に入るとわたしの顔はすぐさま歪む。

「んげっ、勝手に撮らないでよ!」
「なんだよその顔。勝ち逃げしといてそそくさ旅立とうとしてんじゃねぇっての。ホラ笑え?」

ぱしゃぱしゃ、パシャリ。

「…その写真、絶対SNSに載せないでね」
「あ?んだよ可愛いのに。……ってかマジで行くのか?ガラルでもまだまだ旅は出来んだろ」

念の為写真を見せて貰えば思った通りわたしの顔は半目であった。サイアク。これを可愛いと思うのがどうかしている。

はぁ、と大きなため息を1つ吐き、空港のアナウンスが聞こえたと同時にキャリーケースの取っ手を握った。幼き頃から知っている、幼き頃からお世話になっている本当の兄のような彼はガラルで最強のドラゴンストーム、キバナくんだ。そんな彼の面影は今はなく、ワンパチが拗ねたときみたく眉を下げている。

「……行くってば。もうこのやり取り何回目?流石にちょっとしつこい」
「おまっ!オレさまがわざわざいそがしい仕事の合間をぬってここまで来てやったのに何だその態度はよォ!」
「それは嬉しいよありがとうってかやめて!頭ボサボサになるっ」

ぐりぐりと頭を掻き回され視界が揺らぐ。変装をしているとはいえ、こんなの彼のファンに見られたらたまったものじゃない。だいの大人が子供のように駄々を捏ねているってだけでも目立つのに…。

「…お前が成人したら酒飲みに連れてってやる約束、どうすんだよ」
「今生の別れでもないし大袈裟だよ。また帰ってきたら連れて行ってね」
「ハァ!?それまで帰って来ないつもりか!?」
「っ声がデカい!!」

暫しガラルを離れるだけでこうもくっつかれるとは思わなかった。昔はこれが逆で旅に出て行くキバナくんに対しわんわんと泣いていたあの頃が懐かしい。

「…どーしても行くっつーんならコイツ連れてけ」
「へ、ヌメラ?えっいいの?」
「孵化させたときからお前に懐いてたからな。お前と旅したくて仕方ねェんだと」
「わぁぁ!嬉しいっ」

モンスターボールを手渡され繰り出せばヌメラは「ヌメェッ」と可愛い声を上げてわたしに飛びついた。
粘膜のぬめぬめで服が汚れてしまうけど、そんな事が気にならなくなる程いつ見てもやっぱり可愛い。

「……おい」

名残惜しいけど機内がぬめぬめになってしまうのは困るのでヌメラを一旦ボールへ戻す。するといつになく真剣な眼差しで名前を呼ばれたのでちょっと身構えてしまった。

「ん?」
「飯、何でもいいからちゃんと食えよ。それとちゃんとホテルに泊まること。お前どこでもキャンプ開いて野宿するからオレさま心配」
「わっ分かってるよ!ってかキバナくんママみたいなんですけど!?」
「お前がいつまでもお子様だから指導してやってんの。あとおれサマが教えたポケッター、あれ1日1回は更新しろ」
「めっめんどくさ」
「近況報告しねェと行くのは許さねェ。そのヌメラの成長過程でいいから必ずあげろよ」

手元のモンスターボールを見つめる。
…絶対わたしの近況が知りたくてヌメラをわたしに手渡した気がする。うん、絶対そう。おかしいと思ったのだ。だってこのヌメラは生まれたときからかなりキバナくんが溺愛していた子だもの。
しかしわたしもわたし、彼も彼。どちらかが折れるまでこの攻防戦が続くのは今に始まったことじゃない。出発の時間が迫っている。いつまでも子供扱いをしないで欲しいのだけど、それを言えば更に面倒くさくなることは目に見えているので口を閉ざす。わたし、空気が読めるコなので。

「…わかった」
「ん、じゃ行って来い」

私見ガラル1過保護な兄(血は繋がってない)に渋々と見送られ、ヌメラ達と共にガラルを飛び立つ。どうかわたしが帰った時にはキバナくんに彼女でも出来て妹(仮)離れが出来ていますように、と願いながら機内の中では爆睡してしまった。

そうして着いた先はテレビで前に特集されて気になっていたパルデア地方。初めての国外にわたしのテンションはダイマックス。

元々、すぐパルデアのジム戦に挑むつもりはなかった。
貯めていた貯金がそれなりにあったから、観光を楽しんでから挑んでみたいと思っていたのだ。時間も自由もあるし、どうせなら育成中のポケモンを鍛えようとガラルで猛威を奮ってくれたわたしの手持ちポケモンを一旦ボックスに預け、観光という名の緩い旅を楽しむことに決めたのだ。

わたしの手持ち。ガバイト、ドラメシヤ、ジヘッド。そしてヌメラである。これら全ての親はあのドラゴンストームのキバナくんだ。「こおりもいいがドラゴンの魅力にもそろそろ気付け」と言って手渡されたポケモン達。どの子も人懐こく、わたしの相棒同様可愛いと思う。それにこおりタイプ以外を育てるのは初めてで、勉強にもなることも確かだ。

そんなこんなでこの機会にこの子達を育成しようとした訳でして。パルデアに来て1週間。テーブルシティに取っていたホテルの宿泊数はあっという間に過ぎていった。次の滞在先は少し遠いフリッジタウンという場所にあるホテル。そこは雪山にある街で、相棒のモスノウ達も遊ばせたかった。きっと喜ぶだろう。それにパルデアにしか生息していないこおりポケモンも捕まえたい。


「わぁ!頑張ったね!やれば出来る子!」

フリッジタウンから少し離れた道中で苦手なタイプに少しでも打ち勝てるように鍛錬していたガバイトは、ニューラを倒しわたしに褒められたくドヤ顔を晒した。イケメンなのに、こういう所が可愛い。

そうして休憩を挟みながら歩を進めて山を探索していたら見つけたポケモンセンター。丁度回復させてあげたいと思っていたので有難くその施設を利用し終えると、スーツのオジサンに話し掛けられた。

「やや!ナッペ山ジムに挑みになられる方ですか!?」
「へ?」
「最近挑戦者が少なく暇していた所なんですよ。その格好、分かります。トレーナーですよね?ささっどうぞ」
「えっ、いやわたしはっ」

わたしの言葉は届かずこちらへと手を引かれ、ライドポケモンに跨がされたら雪山滑れとこのオジサンは眩しい笑顔を向けてきた。え?なにこの人、ひとの話聞けないの?と思ったのも束の間。

「スタートォォ!」
「はっちょっ待っ!?」

スタートの合図と共に初めて乗るライドポケモンは走り出した。でもさ、意外といけるものだった…うそ。 何度振り落とされそうになったことか。ゴールした頃には寿命が縮まったかと思う程、心臓がバクバク物凄い音を鳴らして死を覚悟した。

「お見事!!Sランク並の速さでしたよ!」
「……」

わたしが死ぬ思いで息を整えている間、スーツの男性はパチパチと拍手し感動していた。お見事もなにも、あのライドポケモンとやらが速すぎるだけなんですけど、とは声が出ず。

やっと落ち着きを取り戻したとき、いつから見られていたのか分からないがオジサンの横に1人の青年が立っていたことに気が付いた。暖かそうな服を身にまとった彼はわたしの前で立ち止まると、口を開いたのだ。

「へェ。あの山滑れたんだ。少しは退屈しのぎになりそうだね」
「へぅっ、」
「今からいける?バトル」
「いっいまからですか…!?」

ひんやりとした目つきにちょっとだけ、ビビってしまった。
せめていつもの相棒たちを、と口を開きかけ、その声は喉奥で止まる。だってボールが揺れた。ガバイト含めたポケモン達はやる気に漲っていたのだ。そんなやる気を無下にするようなトレーナーはいないだろう。ゴクリと唾を飲み込んで視線を彼に合わせた。

「おっお願いします!!」
「…良い返事だね。バトルコートこっち」

そうしてわたしはジム戦を受けることになってしまった訳だけど、よく考えれば手持ちは育成中のポケモンばかりであるし、1匹はまだ戦えるレベルではないヌメラだ。

だけど、わたしやる!!この子達と頑張る!

雪山ならではの、冷たい風が吹く。
パルデアに来て、初めてのバトルだった。なんならこおりタイプ以外で初めてジム戦に挑むんだから、わたしだって緊張しない訳がない。

彼の長いまつ毛が一度揺れると、彼はポケモンを繰り出した。


「おいでモスノウ」

「え?こおり??」


そりゃこんな雪だらけの所にあるジムだしもしかしたらそうかな?なんて思ったが、予感的中だった。しかもわたしの相棒と同じですか!?こんなことってありますか!?

しかし元よりわたしはトレーナー。勝負事に背は見せられないとボールを持つ手に力が入る。

ドラゴンはこおりタイプがお嫌いなのはイヤってほど分かっている。だけどいくしかなかった。育成中だけど!!めちゃくちゃキツいけど!! 








「勝者、グルーシャ!」


……まぁ、結局負けちゃったんですけどね。
でも相性は悪かったがこの子達にとっても良い経験が出来たと思う。特にガバイトはこおり4倍弱点なのに頑張ってくれた。ごめんね、ありがとう。ゆっくり休んで欲しい。

倒れたポケモンをボールへ戻し呆然と立ち尽くしているわたしに、彼も同じく自身のポケモンをボールへ戻す。彼は少しズレたマフラーを整え終わると、まだ熱の下がりきっていない瞳をわたしにまっすぐと向けた。

そんな彼に対して、大きく胸が脈打ち立った気がする。

「相性不一致なのに対策してて偉いね。はがね技覚えてるなんてちょっと油断した。…次も負ける気はしないけど、また挑戦待ってるよ」

高過ぎないその声のトーンがわたしの耳を通過したのと同時に、彼は微かに微笑んだ。そう、確かに微笑んだのだ。すると途端にどんな顔を向ければ良いのか分からなくなって、顔色がオクタン化したわたしは堪らず顔を地面に向ける。

「ぁ…まっまた、会いに来ます…」
「ん?…あぁうん。あんたならいつでも挑戦受けて立つよ」

当たり障りのない返答なのに、わたしの口元は嬉しさのあまりへにゃり、と緩みそうになった。そのまま一礼だけしていつの間にかバトルを見に来たらしい人集りを掻い潜り、足早でその場を去る。多分、傍から見ればその姿は"負けて悔しい挑戦者"に見えていただろう。だが、ちがう。

勿論負けて悔しいという気持ちは大いにある。キツい試合だと分かっていても、負ければバカが付くほど悔しい。でも一緒に戦ってくれた仲間たちと反省会をするのは後だ。

負けたその足でホテルへと戻り、自室のベッドに転がって、暫く放心状態のまま先程のジムリーダーを思い出していた。未だ火照った顔のままようやくスマホロトムを呼び出して動画サイトを起動する。

「"グルーシャ パルデア"って調べてくれる?」
『了解ロト!』

この地方に来る前に、最新機種に変えたからかロトムの機嫌はすこぶる宜しい。
そうしてすぐに出てきた検索結果。挑戦者とグルーシャさんのバトルを観客として見ていたらしき人の撮影していた動画がいくつかヒットすると、また心臓が大きくドキンと跳ね上がった。そこで知った。彼はパルデア最強のジムリーダーと謳われていることを。調べればすぐに出てくるこの時代のネット環境にこれほど感謝した日はないだろう。どれも短い秒数ではあるが、わたしの心臓を射抜くには充分過ぎる動画であった。

キラキラと透き通るような水色のミディアムヘア。冷めた表情をしているのに自身のポケモンが攻撃を受けた際にはしっかりと不機嫌になる顔付き。そして極めつけは誰かが撮影(絶対盗撮)したであろう手持ちポケモンに笑顔を向けている彼の姿。


なんだこれ………めちゃくちゃ好き!!


こうしてわたし、出会って1日目にして呆気なく恋に落ちた。








グルーシャさんとのジム戦からまた会いに行くと言って2週間が過ぎ、わたし達は今日も今日とて修行していた。だっていま彼に会いに行ったところで正直言って勝ち目がない。普段の手持ちポケモンならば良い線までいけるだろうが、なによりこの子たち(ガバイト達)が勝ちたいと頑張っていたから。

ジムリーダーは忙しい。多忙時はいくら過保護で少なくとも3日に1度は連絡を寄越してくるキバナくんですら事務所に缶詰めになり連絡頻度が減少するくらいには。
だからこうして山の中でグルーシャさんに会えるとは思わなかったのだ。コイキングのように口開けて驚いているわたしに彼は片眉を下げた。

「驚き過ぎじゃない?」
「いっいえ!グルーシャさんに会えるとは思ってなくて!ちょっと…びっくりしちゃって」

わたしの髪型、さっきまでちらちら粉雪が舞っていたけれど変になっていないだろうかだとか、メイクちゃんとしておけば良かったとかいろんなことを咄嗟に脳内で慌ただしく考える。ダメだ、どきどきし過ぎておかしくなりそう。
会えるだけでもこんな胸がけたたましく騒いでいるのに、彼は更にわたしが驚くことを口にしたのだ。

「また来るって言ってたのに中々来ないからもう会えないかと思った」
「え"っ!?」

トゲキッスに矢を打たれたような気分になった。
それってどういう意味で言ってますか!?なんて思うも、わたしが想像していたこととは全然違った。

「久々に良い試合が出来たからさ。ドラゴンに苦戦したの、多分あんたが初めてなんだよね」

ですよね、そうですよね…穴があったら入りたい。
そりゃまだ今日で2回しか会ったことのない人が胸ときめかせるようなこと普通言わないよな。一瞬期待したわたしを誰か殴って欲しい。恥ずか死にそうなわたしにそんなことを考えていたなんて知らないグルーシャさんは、ガバイトの頭を手袋を嵌めた手でポンポン、と撫でた。

「あんたってパルデアの人じゃないよね?」
「わっ分かるんですか?」
「なんとなく。大体ウチのジムに挑みに来るのってアカデミー通ってる子が多いから」

そういえば、最初に滞在していたテーブルシティで大きな学校があったことを思い出す。ガラルにも学校はあるが10才超えれば強制ではない為、制服姿が珍しくつい見てしまった記憶がある。

「で、あんたはなんでパルデアに来たの?」
「あっ、えっとわたし出身がガラルなんですけど。前にテレビで見てからパルデアに行きたいってずっと思ってて。次に旅するところはここって決めてたんです」
「ふぅん。そうなんだ」

無言になってしまった。
それでもグルーシャさんは帰る気がないのかガバイトの背中に乗っている雪を払っている。そんな優しいところもきゅんとしてしまうわたしは単純なのだろうか。

「ドラゴン統一って凄いね。しかも雪山で修行してたの?」
「えっとこの子達はわたしのポケモンなんですけどその、元々は譲り受けたっていうか。この間の試合でグルーシャさんに勝ちたくて苦手なタイプに打ち勝つ為に修行していたところだったんです」

ガバイトが1度気合い入れのように鳴くと、グルーシャさんは目を少し大きく開けて、柔和に目尻が下がったのをわたしは見逃さなかった。
ガバイトに向けた笑顔なのは分かっているけれどそれだけでわたしの心情、おかしくなりそうなんですがどうしたらいいんですか。過保護な兄よ、教えてくれ。

「そうなんだ。まぁ気持ちは分かるよ。僕はこおりの使い手だから、タイプの不利は違うけど」
「あっ分かります!こおりタイプって他のポケモンに比べて弱点が多いんですよね!捕まえられる場所も限られてますしそこが泣けちゃうところなんですけど、ふぶきとかれいとうビームとか魅力的で強い技も豊富だし、なによりかわいくって…ッハ!」

目を丸くしたグルーシャさんが目に映る。
やっ、やってしまった。周りにこおりポケモンについて話せる人があまりいなかったからつい熱くなってしまった。大バカ野郎である。

「すっすみません。…実はガラルにいた頃はずっとこおりタイプの統一パーティで旅してて。今はこの子たち育ててるんですけど、この山で元の手持ちの子達にも見せてあげたら喜ぶだろうなって…はい」

声の端がどんどん小さくなる。逃げ去りたいくらい恥ずかしかった。気持ち悪がられたかもしれないと肩を落とした矢先、小さな笑声が聞こえた。

「ふは…うん、そうだね。ってかそんな気もしてた」
「えっ」
「あんた僕の行動が少し読めてたし、ポケモン達もいい動きしてたからさ」

彼はガバイトではなくわたしに笑顔を向けた。
そんな彼の一仕草に胸が音を鳴らして仕方がない。どきどきするし、焦るし、完璧本当に恋に落ちたと断言出来る。

「あんたが良ければその特訓、付き合ってあげようか?」
「えっ!いいんですか?」
「うん。毎日は無理だけど」

そう言った彼はスマホを取り出すと、なんと連絡先を交換してくれた。"グルーシャ"と登録されたその画面を見る度になぜだか泣きたくなるくらいの気持ちに駆られ、ホテルに戻った後も本当に現実かと頬を抓ってはベッドの上で悶えていた。





パルデアに訪れて早2ヶ月。
空いた時間にグルーシャさんは約束通り修行に付き合ってくれるようになった。この頃になると胸は毎度忙しないものの、緊張は少し解けてちょっとずつ普段のわたしで話せるようにもなってきた。

「ヌメラ、こっち向いて」
「ぬめぇっ?」

何枚か写真を撮り、ポケッターにそれを添付する。
今日も元気なヌメラはもう写真を撮られることにも慣れたようでシャッター音と共にいろんな表情を見せてくれるようにもなった。

「あんたって毎回ヌメラの写真撮ってるけど、なんで?」
「あぁ実はわたしポケッターやってるんですけど、それにアップしなくちゃなんですよ」

休憩時に缶コーヒーを飲んでいるグルーシャさんは小首を傾げる。

「ポケッター?」
「はい!って言ってもフォロワー1人しかいないんですけどね、へへ。っあ、グルーシャさんもやってますか?」
「やってるっていうかアカウントはあるけど、あんまり興味なくて更新してないんだよね」

グルーシャさんのアカウントを見てみれば、フォロワー数がかなりいるのに最終投稿が半年前の1枚だけだった。1日に何度も更新するキバナくんとは大違いである。

「ポケモンリーグからのお達しで"地域の人と身近な親交を"みたいな? 分からないでもないけど、僕のジムって元々街もない山だし大したことしてないから必要性が分からないんだよね。僕の日常なんて見てもつまらないだろうし」

興味なさそうにグルーシャさんはそう言ったけれど、これだけのフォロワー数かがげているってことは皆グルーシャさんの日常気になっているのでは?わたしも気になるんですけど。

「わっわたしもグルーシャさんのアカウントフォローしてもいいですか?」
「別にいいけど…多分更新しないよ?」
「いいんです!わたしがしたいだけなので!」
「…勝手にすれば」

パァっと明るくなったわたしにグルーシャさんはなんとも言えない表情で顔を反らした。そうして彼のアカウントをフォローさせて貰うと、彼は自身のスマホを見つめ口を開いたのだ。

「これがあんたの?」
「っあ、そうです!ちょっと見られるの恥ずかしいですね」

グルーシャさんはスマホをスクロールし、暫し画面を見つめる。ちょっとした日常にヌメラの写真しか載っけていないのだが、グルーシャさんに見られているということがなんだか隣にいるのにも関わらず信じられない。

「っあの、わたしのなんて見ても何も面白みがないというか」
「ねぇ、このフォロワーの男ってあんたの知り合い?ドラゴン使いだよね」
「しっ知ってるんですか!?」
「知ってるもなにも、知らない人の方が珍しい人なんじゃないの?」

キバナくんがガラルで有名なのは知ってはいたが、国外でも知られている程の有名人だとは思わなかった。でもよく考えればそれもそうか。ガラルのトーナメント戦はネットの動画サイトでも中継されるくらいだし。

「もしかしてあんたのそのポケモン達って、このジムリーダーのポケモンだったりする?」
「へっ」

ぐいっと近寄せしてきたその距離に、思わず息が止まりかけた。落ち着いて話せるようになってきたとはいっても、この距離感には慣れない。

「あっえっと、そっそうなんですよ。ってか昔から知ってるお兄ちゃんっていうか、」
「オニイチャン」
「いやなんていうか、血は繋がってないんですけどね!パルデアに行くときにこの子(ヌメラ)の近況報告をポケッターに投稿しろって言われてて生存報告というか、はは。…過保護過ぎるんですよ」
「カホゴ」
「はい。前は3日に1回連絡が来るくらいだったのに最近は毎日"いつ帰ってくんだよ"って電話が来るようになっちゃって…妹離れしてくれないんですよねぇ…ははは」
「マイニチ」

ほらグルーシャさん引いてるよ。やっぱりキバナくんの過保護さって異常なんだよ。でもいくらわたしがしつこいやらやめてくれと言ったところで、聞く耳なんて持ってはくれない。

遠い目をしたわたしに、グルーシャさんはハァとため息を1つ零すと、綺麗なお顔の眉間に皺を寄せた。

「ぐ、ぐるーしゃさん?」
「そのキバナさんって人、あんたのこと…」
「え?」
「いや、なんでもない。あんたが鈍い女で良かったって初めて思っただけ」

ハテナを浮かべるわたしに、急に不機嫌になったグルーシャさん。そうしてわたしを見下ろすと、彼は巻いていた自身のマフラーを取った。わたしがそのマフラーに視線を移したとき、彼の冷えた指先でわたしの頭をそっと引き寄せてきたのだ。



「ねぇ、こっち向いて」



「へ、」



ぱしゃり。


「………」


ほんの一瞬のできごと。
きっと3秒にも満たない出来事だったと思う。
触れた唇が離れると、わたしの全身は即座に熱を持ちだし、それを見たグルーシャさんは不機嫌だったように思えるのに、悪戯めいた子供のように笑ったのだ。


「そのオニーサンとやらに言っといてくれる?"僕に捕まってガラルに帰れなくなりました"って」
「かっかえれなくなりました」
「そう。あんたが言えないなら僕が言うけど。ってか僕が言った方がいいな。あんた多分押されたら断れない性格だろうから」
「ぐるーしゃさんに、つかまって、かえれなく」
「何度も復唱しないで。自分で言っててサムいから」

気恥しいのかグルーシャさんはわたしに自分のマフラーを少し荒く首に巻いていく。彼の言った言葉の意味を理解する以前に放心状態のわたしを横に、彼は自身のスマホをタップし操作する。そうしてくるりとお顔を向けると、わたしにスマホを手渡した。

ゆっくりと視線を彼からスマホに移し替えると、目がとび出そうになった。というか、出た。



「こここここれって…!?」



わたしの反応が面白く満足したのか彼は目を細める。

ずっと投稿されていなかったグルーシャさんのポケッター。そこに最新ツイートが1件。文章はないものの、わたしのアカウントがしっかりメンションされている。



先程グルーシャさんにキスされた画像のツイートに。





「あんたのこと、帰したくなくなったくらいに好きになっちゃったんだよね。だからそのオニーサンって奴に宣戦布告しといた」






−−−−−−−−−−−



「クソが!!」
「ヤケに今日は荒ぶってるな!今日も良い試合が出来たとは思っていたが、そんなに悔しいか!でも俺もリザードンも」
「そっちじゃねぇ!!」

本日、キバナとダンデはトーナメント戦に向けての練習試合をしていた。あと1歩のところでキバナは負けてしまい、自身の写真を1枚撮る。そうしてアップする為にポケッターを開くのは、彼の生活のなかでもう日常の範囲内。

キバナは常に流行の最先端をいく男である。
だから世界の情報には詳しいし、トレンドもしっかりチェックしている努力家である。そうして見つけてしまった1枚の写真。

"パルデア グルーシャ"、"絶対零度 熱愛"というトレンドのタグをなんの気なしにタップしたのだ。ナマエの旅先がパルデアだったから。

そうしてトップに上がってきた身に覚えがある顔つきと、初めて見る得体の知れない男のキス写真。いや、似てるだけ。そんなまさかなんて思いつつ震える指先でメンションされていたアカウントへ飛んだ。


「アイツじゃねぇかよ!!!」



後日、大変お忙しいキバナさまはガラルを飛びたち、これは事実なのかとパルデアに出向いた。電話じゃ拉致があかないと思ったので。


「そういうことだから。この子は僕のなんで、彼女でも作って妹離れしたらどうですか?」
「ンなの許すワケねぇだろうが!ぽっと出の男にこいつの何がわかんだよ!お前も目ェ覚ませ!出会ってンな経ってねェだろうが!知らねェ奴に騙されんな!!」
「そっそんな事言われても。ってか知らなくないよ!わっわたしの方がきっとグルーシャさんのこと好きになったのその…早いし」
「ハッ………ハァァァ?」

彼女の言葉に、グルーシャはニヤッと勝ち誇った顔をキバナに晒し、キバナはそれに対し信じられないとゲンガーに魂を抜かれたように生気を失った。

そうして数秒無言だったかと思うとダンデとの試合に負けたとき同様、いやそれ以上に歯を食いしばりここがテーブルシティのカフェの一角だというのにも関わらずキバナは大声で叫んだ。




「彼氏作ってくるとかオレさま聞いてないんだけどォ!?」




その日、キバナは変装する余裕もなく彼女とグルーシャに向かって猛進している姿がパシャリと客たちに激写された。

"これってあのキバナ?あとグルーシャだよな?"

それがSNSに動画と共にツイートされれば瞬く間に拡散され、その日のトレンドは"ドラゴンストーム キバナ失恋"、"絶対零度とドラゴンの一騎打ち"等々。

そうして暫くはグルーシャの熱愛報道に"今まで浮いた話なかったじゃん!まだ信じられない"や"スノボ現役から推してたんだが!?でもまずは女の詳細kwsk"とファンから発狂の嵐。

対してキバナはというと、更新が3日間も途絶えていたことに心配になっていたファン達はトレンドを見て事実を知り、こぞって彼の最後の投稿にコメントを残した。
"ずっと好きだったってマジなの!?推せる!見直した流石キバナさま"、"どんまい。お前にはドラゴンと俺たちがいるだろ"、"チャンピオンに慰めて貰えよw"等々ネットで溢れかえっているとはまだこの時3人、知る由もない。


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