「あんたのこと好きなんだよね。付き合って欲しいんだけど」
やっと掴んだ勝利に未だ冷め止まない興奮。本日わたしの前にもチャレンジャーがいたらしく、夜には天候も荒れると今朝お天気ポワルンくん(人形劇)が氷の衣装に着替えてテレビで予報していたからか、珍しく無観客のなかの試合だった。何方か見て欲しかったわたし達の勇姿を。
「あっ…え?」
「だから……と、…ってほしい…けど」
「全然聞こえない」
このタイミングで冷たい風がビュウゥと音を立てて吹き、目先の彼の声が遮断される。聞き返したことを害したのかパルデア1最強ジムリーダーと呼ばれるグルーシャさんは手袋を取りわたしの手を引っ張ると、ぐっとわたしとの距離を近付けた。そうして先程よりも少し声を荒らげてもう一度言ったのだ。
「だからっ、あんたのことが好きだから付き合って欲しいって言ってんの」
雪雲が傾き出した陽を隠して、ちらちら舞い散る雪からいよいよ本格的に雪が降り出してきた。ポワルンくんの天気予報は90パーの確率で予報が当たると有名である。この降り方ではきっと、明日ここのバトルコートは雪が降り積もりバトルどころではないだろう。やっぱり今日出向いて良かった…じゃなくて!
「えっとぉ…いや、え?」
「今言っとかないとあんたがもうここに来る理由がないし、ぼくに会いになんて来ないでしょ?」
え?今?なにゆえこのタイミングで?
そんなわたしの気持ちが顔に出ていたのか、グルーシャさんはこうなることを予測していたかのように淡々と理由を述べた。ポワルンくんの予報は当たったが、この告白は流石に誰しも予測がつかない。当たり前だけど。
「まっ間違いってことは」
「ない。普通間違って告白とか有り得ないでしょ」
「それはそう…ですね。はは」
取り敢えず笑ってみるも、冗談めいた空気には全くならず彼は至って真剣にわたしを見つめている。
「……」
繋がれていた手に力が込められて、反射的に体がビクッと跳ねた。
「返事、聞きたいんだけど」
「いま!?」
「うん、今。じゃないとあんた絶対逃げるから」
グルーシャさんがわたしの事を好きだなんて考えてもみなかったから、頭は勝利の余韻に浸る所か真っ白になりかけている。
そうしてこの世に生まれ落ちて早17年。アカデミーに入学して2年。今まで旅に明け暮れていたお陰で誰とも付き合ったことがなければ告白さえされたことのなかったわたしは、咄嗟に首を縦に頷いてしまった。グルーシャさんの青みがかかった瞳が大きく瞬きして無言の数秒。そうしてわたしに向けて嬉しそうに微笑んだ彼の顔、きっと一生忘れない。
「ありがとう。あんたのこと、大事にする」
わたしの中で何かが芽生える。まるでラブカスが何匹も目の前に現れたかのように。こんなに寒くて吐く息は白いのに、体は熱が上昇し出して心拍数が跳ね上がる。自分は思ったより、単純人間だったらしい。
「よろしく、お願いします」
「ん、こちらこそ。麓まで送るよ。この天気じゃ危ないから」
急に恥ずかしくなってグルーシャさんの顔が見れなくなってしまった。尻すぼみになったわたしの言葉をちゃんと拾った彼は繋いだ手を離さず背を向ける。
たった今、凍える空気が蒸発するほどの試合をした男が、わたしの彼氏となった瞬間だ。
それが本当に信じられなくて、彼の背を見つめて夢ではなくて?と頭がバグを起こし、頬をかなりの強さで抓ってみた。
「…ぃたい」
「何やってるの」
振り向いて頬を抓っているわたしを見た彼は、今まで想像もつかない(失礼)くらい笑っていた。
こうしてわたしはこの日、8つ目のバッジをゲットしただけでなくグルーシャさんの大事な人となったのだ。
▽
彼との出会いは少し前に遡る。
バトルよりも色んなポケモンに出会いたい。元はそれがわたしの宝探しだと決めていた。だけどわたしの相棒ラウドボーン(その頃ホゲータ)は普段穏やかな性格のくせにトレーナーを見つけると一転、意外とバトル狂であった。
目が合ったらバトル、なんてお約束はこの地方にはなく、両者が応じればバトルが始まる。パルデアに生まれて良かったぁなんて思っていたのに、ウチのバトルジャンキーがやる気に漲ってボールから勝手に飛び出すものだから、戦わずにはいられない。
「ホッゲェ
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「凄い!流石!やれば出来る子天才っ」
嬉しさのあまり雄叫びをあげるホゲータを必ず褒めて、勝利の暁にサンドウィッチをご馳走する。そのときのホゲータが可愛くて可愛くて、毎度撫でくりまわしてしまうくらいわたしは親バカだった。
そんなときふと思ったのだ。こんなにも楽しそうにバトルをするんだから、それを汲んであげるのがトレーナーってもんじゃないのかと。
「ねぇホゲータ。何処までいけるか分からないけど、ジム巡りしながら図鑑埋め、一緒に手伝ってくれる?」
「ほ……ホッゲェタ!!」
サンドウィッチのパンかすをお口の横に付けて目を輝かすウチの子は、ちょっと鳴き声にクセがあるがそれすらも愛おしい。たくさん食べて大きくなってくれと好物のハーブソーセージサンドを食べさせて、写真を撮りSNSに上げるのが日課である。
こうして始まったわたし達の旅の始まり。
パルデア出身とはいえ、行ったことのない街やエリアが大半だったから、初めて足を踏み入れる度にドキドキとワクワクの連続だった。
だが悲劇は起こる。
ゆるりと図鑑埋め、からチャレンジロードへ方向転換したわたしはジム戦とはなんたるかをよく分かっていなかった。あれ程「ジムを受けるにはまず
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おかしいと思っていた。野生ポケモンが異常に強いんだもん。思っていたけどたまたまその付近を探索していて、たまたまそこにジムがあったから、物は試しだお頼み申す!とジムテストを受けてしまったのだ。
「ぼくのジムを受けるにはあんたらまだ早いよ。ってかその前によくここまで来れたね」
圧倒的なその強さ。手を出す隙もないとはまさにこのこと。力の差に驚く暇もなく、バッジをゲットするどころか一体も倒せずウチのポケモン即瀕死。
「…出直して来ます」
「そうして。一応どこのジムを受けても良い決まりだけど、ポケモンの力に沿った推奨ジムがあるでしょ。まずはそこから挑戦してみなよ」
そんなことも知らないの?とでも言いたげな彼にそれ以上口を開くことが出来ず、会釈だけして近くのポケセンに駆け込んだ。回復したホゲータ達を抱きしめながらわたしは言った。「セルクルタウンに行こう」って。
そこからのわたし達はとにかく出会った人にバトルを申し込み、ジムを巡り、彼とまた戦う為に努力を積み重ねてきた訳だ。
雨の日も、風の日も、どんな天候でも関係なしにバトルに明け暮れ、やっと7つバッジを集めた頃には進化したアチゲータからラウドボーンと最終進化を遂げたウチのエース。相変わらずクセの強い声で「ホォ
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「あのさ、本当に7つもバッジ集めてきたの?」
しかし結果は惨敗。
またしてもわたし達はグルーシャさんに勝てなかった。
初手のモスノウを倒すのに精一杯で、2番手に出てきたツンベアーによるアクアジェットとじしんのWパンチ。相棒であるラウドボーンは言わずもがな瀕死状態で、他の手持ちに交代したけれど皆コテンパンにやられてしまった。
正直言ってしまえばわたし、ここまで来れたことによる自信が仇となって調子に乗っていた訳でして。
氷ポケモンならウチのラウドボーンにお任せあれ!この調子なら8つ目のバッジもゲット出来るでしょ!みたいな感じでちょっと余裕めいていた自分をぶん殴りたい。
「厳しいこと言うようだけど、弱点狙うだけじゃぼくに勝てないよ。相手がなんの技を使えるのかもっとちゃんと勉強した方がいい。簡単に勝てると思って甘くみないで」
「ひ、ひど」
「氷タイプだからって舐めてかかり過ぎってこと。ぼくらだって苦手なタイプに勝てるよう対策くらいしてるから」
この場所に似合うほどの涼しげな顔と冷たい言葉を吐きながら、彼はポケモンをボールに戻す。目を回しているラウドボーンを抱き締めて半泣き状態でグルーシャさんに顔を向けた。
「っ次は絶対勝ちに来ます!」
「楽しみに待ってるよ」
首洗って待ってて下さい!と言うかの如くグルーシャさんに吠えたけれど、弱いワンパチほど吠えるとはよく言ったもので。グルーシャさんは顔色1つ変えずに爽快とわたしの前から去っていく。
「悔しい!悔し過ぎる!!」
心もポケモンもズタズタのボロボロにされた後、アカデミーの寮に戻って悔しさを吐き出せば、それなりに頭が冷えて冷静に考える。確かにグルーシャさんの言っていることは正論で、わたしが彼の手持ちやこの子達の扱いにもっと長けていれば、勝てなくともいい線まではいけたのかもしれない。初めてグルーシャさんと戦った日から他のエリアを巡っていたせいで、彼以外の氷タイプのポケモンと対戦をすることが少なかったのもいけない。情報も武器だ。そんな大事なことを忘れていて恥ずかしく思う。結局はわたしの実力不足が敗因だ。
そうして決めた。わたしの目標。
この子達を何としてでも勝たせたい。そしてあわよくばオブラートに包まずグサグサ毒タイプかのように心を抉ってくるグルーシャさんに「おめでとう。あんたの勝ちだ」と言ってもらいたい。
その日からわたし達はナッペ山に入り浸るようになったのだ。
「また来たの。あんた、意外と根強いね」
「今日こそ勝ってグルーシャさんにおめでとうって言って貰いたいんです!対戦、よろしくお願いしますっ」
「何それ。ってかここでポケモン出そうとしないで。バトルコートあっち」
彼にバトルを挑んだあの日から、来る日も来る日もわたしはグルーシャさんにバトルを申し込み続けた。でもやっぱり彼は強者であり、あと一歩のところまで追い込めても簡単に勝ちは譲って貰えない。そうして負けた後はまた懲りずに修行に励むのだ。
「あんたのこと、見直したかも」
「へ?」
ジムバトルももうすぐ両手を数える回数に達するこの頃になると、彼に刺々しい言葉を言われなくなり、バトル後は普通の会話もするし時には助言までしてくれるようになったある日のこと。
そっと暖かい缶のエネココアをわたしに手渡してくれた彼は自身のパーカーのポケットに手を入れて、ボソッと口を開いた。
「そ、それはもしかして褒めて下さってる!?」
「うん。日に日に力をつけてるあんた達見てると初めの頃を思い出すよ。あんたのポケモン、良い動きするようになってきたよね」
ココアのお礼を告げるも、グルーシャさんに褒めて貰えたことが初めてだったから頬が緩むのを隠せない。そんなわたしを見た彼はゲェッと眉を顰めたけれど、嬉しいものは嬉しいんだから仕方がないと思う。
「へっへへ。じゃあわたしが勝つのも時間の問題ですねっ。わたし絶対グルーシャさんの口から"おめでとう"って言わせてみせますから」
「それとこれとは話が別。でもまぁ負ける気はないけど…もしそのときが来たら考えといてあげる」
彼は氷の使い手なのに寒がりらしく、わたしよりも暖かそうな格好をしているのに鼻先がまだ少し赤い。わたしがもし勝つ事が出来たらもうこうして彼と話すことはなくなってしまうのかと思えば、少し寂しい気持ちが襲ってきたり。
「グルーシャさん約束ですよーっ!」
グルーシャさんがジムへと戻っていく際こちらを振り返ることはなかったけれど、わたしは大きく手を振った。
「あんたのこと好きなんだよね。付き合って欲しいんだけど」
だけどまさかの想定外。おめでとうを言われるよりも先に、告白されるだなんて思いもしなかった訳でして。
あの時のわたしはすぐに首を縦に振ってしまったけれど、付き合ったことを後悔はしていない。でももしかしたら彼は後悔しているのかも。
グルーシャさんと付き合って3ヶ月経つ。
鳴らないスマホ、会えない彼氏。
あの告白に一瞬で落とされたわたしの方が、グルーシャさんのことを好きだという絶対的な自信もある。
大事にするよって言ってたのに。
大事にするも何も、まず会える時間が少なすぎる。わたしは学生で、彼はジムリーダー。忙しさの違いも分かっているつもりだ。だけどそれにしても、と思ってしまうことが多くて悩んでばかりいる。
「えっ…今日のデート中止ですか」
『ごめんね。ジムテストに合格した子がいてさ、バトルすることになったんだ』
「そ…ですか。分かりました!頑張って下さいねっ。負けちゃダメですよ」
『うん、言われなくてもそのつもり。また連絡する』
プツンと切れた電話と同時に吐いた小さなため息。気にしていないフリはちゃんと出来ていただろうか。いくら電話越しといっても、気持ちが声に表れないようにするってのは意外と難しい。
わたしがグルーシャさんに何度も挑み続けたように、ほかの挑戦者がいつ来たっておかしくない。だってジムリーダーだもん。これが仕事だから仕方がない。
ちゃんと理解している。
…しているんだけど。
「グルーシャさん、わたしのこと好きだと思う?」
「ホ
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サンドウィッチをたらふく食べたラウドボーンは眠くなってしまったのか欠伸をしながらわたしに首を傾げる。
「ふふ、分かるわけないよね。…今日は暇になっちゃったし、お昼寝していいよ」
瞼を閉じかけているラウドボーンは小さい頃と変わらない顔をしていて、思わず笑みが溢れる。ラウドボーンはのっそりとわたしの傍から起き上がるとリュックへ向かい、何かを漁り始めた。
「どうしたの?」
「ホゥラッ」
「…げんきのかけら?」
咥えていたのはげんきのかけら。わたしが落ち込んでいると分かって持って来てくれたのだろうか。ほんとうなんて優しい子なんだろう。涙が出そうになっちゃうじゃんか。
「ありがとう。…嬉しい」
彼の額にちゅ、とキスをする。いつでもどこでも頼りになるわたしの相棒。マジ紳士が過ぎる。
それでもグルーシャさんに久々会えると思って浮かれていた分、今日の予定がなくなって胸にぽっかり穴が空いてしまった気分は簡単には戻ってくれない。この子達がいなかったらきっと布団にくるまっていたに違いないと断言出来るくらいには。こういった事だって今日が初めてじゃないんだから、まだ捕まえていないポケモンを探しに行ったらいいじゃない。それだってワクワクするでしょ。そう思うのに、中々そんな気持ちになれなくて寝ているラウドボーンの頭を撫で続けて数十分。
頭の中で考えることはやっぱりグルーシャさんのことばかりである。
わたし、今ドがついてバカが付くほど寂しくて虚しいんですけど、これは一体どういうことなんだろうか。
「…いやほっとかれすぎぃ!!」
すやすやいびきをかいていたラウドボーンの体がビグッと跳ねた。ごめんよ、起こしちゃって。
そうしてわたし、あることにハッと気が付いた。
現段階で発見されているポケモンのタイプは18種類と学会で発表されている。だがここで新種のタイプが新たに発見された。
グルーシャさんは絶対に釣った魚に餌をやらないタイプ。
▽
グルーシャさんて、絶対にわたしのこと好きじゃないよねと思ったら、みるみる内に蘇る少ない彼との記憶。
今思えば初めてのデートのとき(ナッペ山ジム付近)もそうだった。
『グルーシャさんとこうやって会えるの初めてだから緊張しちゃって。えと、昨日髪型変えてみたんですけど…どうですか』
『あんたが良いなら何でもいいんじゃない?それより今日風強いけどその格好、寒そう』
『えっ?あー…』
初デートといっても彼の仕事の合間を縫った短い時間だったけど、ほんの一時でも好きな人には可愛く見られたいというのが女の心理。という訳でいつもの制服じゃなくオシャレをして会いに行ったのだけど、彼がわたしの方へ視線を移したのは一瞬で、すぐに興味がなさそうにユキハミを愛で始めたグルーシャさん。
ユキハミ可愛いもん。対比されたらそりゃわたしが負けるに決まってる。しかしここでアレ?と疑問が生まれたのは間違いない。
そういえばグルーシャさんの管轄しているナッペ山の巡回に着いていったときもそうだ。
『来週なんですけどね、クラスの子たちと西2番エリアへ探索しよって話になってて。あそこガブリアスがいるんですよね』
『へぇ。襲われないように対策練っておきなよ。あんたの手持ちのタイプって偏ってるし』
『あっはい!勿論ですっ。キズぐすりも大量に、じゃなくてその…メンバーの中に男の子もいるんですけど、もしダメなら断わ、』
『ふぅん、そう。…いいんじゃない?行って来たら』
さも気にしてないと言わんばかりの言動と眉ひとつ動かさないその表情。スタスタと歩いていくグルーシャさんに、わたしの足はピタリと止まる。男の子というワードを出してみても冷静沈着いつも通りのグルーシャさんに、胸の中でしこりが出来た気がした。
わたしだったらグルーシャさんが他の女の子とどこかに出掛けるって言ったらいい気はしないけど、彼はそんなことないらしい。それに彼処は危ないからとか心配してくれるかなって少し期待もしていたけれど、そんなことも全然なかった。
他にも彼はメッセージの送り合いが得意じゃないのかあまり返って来ないし、返ってきても素っ気ない。干渉し過ぎるのもどうかと思うけど、しなさ過ぎるのもどうしたものか。少しくらいは気にして欲しいのが正直なわたしの本音だった。これって我儘なのかなと考えれば考えるほど悩みの種は増えていく。まるでこんなの片思いみたいだ。グルーシャさんがわたしを好きという確信が欲しかった。思えば好きだなんて告白以来言われてない。デートに誘うのも、メッセージを送るのも、殆どいつもわたしからだから。
これって付き合ってるとはいえないよね。
そんなことを最近毎日考えてしまうくらい、わたしと彼との間には確かな温度差があった。
「ロトロト
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ぽけっとしていたら、わたしの前にスマホロトムが元気に震えながら着信を知らせてくれた。
「…学校?」
一瞬グルーシャさんかとも思ったが、画面を見て肩を落とした。そうして着信が切れてしまわない内にわたしはそっと通話ボタンをタップしたのだ。
▽
「なに?話って」
「へへ。時間取らせちゃってごめんなさい」
「別に大丈夫。気にしないで」
どうしても話したいことがあって、とメッセージを送ったのが昨日。いつもはそこそこ返信が遅いのにこの時ばかりは何故か即既読がついて、電話が鳴ったのには正直言ってかなり驚いた。
それに初めて「ぼくが今から向かおうか」なんて言うものだから、慌てて明日わたしが行きますと伝えたのだけれど。
「……」
ジムの外にあるベンチに腰掛けて数分。ちょっとこの状況が気まずさ半端なくて、制服のズボンを掴む手に力が込められた。
だってなんだかグルーシャさん、機嫌が悪い。いつもはもうちょっとお顔の表情筋が和らげだと思うんだけど、今日はなんというか、会ってからずっと固い。
「えっと、実はなんですけどね?」
「……うん」
声色も普段よりトーンが下がっている気がする。もしかして、もしかしなくとも、わたしが勝手にグルーシャさんの予定も聞かずに明日行きますと言って無理矢理時間を作ってもらったからかもしれない。
わたしが何処へ行こうとも深く聞いてくることもなければヤキモチも妬かれない。だから今回のことを告げたって別に彼からすればそんなことで呼んだのかと思われてしまうかもしれない。…やっぱり黙っていた方が良かったのかもと今更後悔も交えながら口を開いた。
「グルーシャさんにとっては大したことないかもしれないんですけど、」
「…ちょっと待って」
「へ?」
「それ、悪い話?」
遮った彼の声に口をポカンと開けるわたし。
緩くマフラーを巻いているお陰で口元は見えないけれど、アクアブルーの双眼がわたしの瞳にぶつかった。
「あっ悪い話っていう程じゃ」
「ぼくと別れたいとか、そういう話じゃないの?」
「ん?」
ゴクリと息を飲み込んだ。今日も変わらずこの場所の気温は低い筈なのに、わたしの背中には嫌な汗がじとりと流れる。
1番考えないようにしていたことが、頭の脳裏に湧き上がる。グルーシャさんがやっぱりわたしと付き合っていて後悔していたんじゃないかということ。
彼のことを考えたらわたしからお別れを告げるのが1番良いに決まってる。だけど狡い考えのわたしはどうしても彼のことが好きだったから、離れたくなくて手を離すという選択肢を選べなかったのだ。
だけどグルーシャさんからその話題を振られてしまったら、もう言わざるおえない。
「…別れたいのはグルーシャさんの方じゃないんですか」
「は、」
「だって…だってグルーシャさんは全然わたしに興味がないじゃないですか。ポケモンにヤキモチ妬くのもどうかと思うんですけど、おしゃれしてもユキハミばかり目がいっちゃうし、探索に男の子もいるって言っても平気そうで。…大事にしてくれるって言ってくれたの、嬉しかったのに」
ダメだ。終わった。
今まで隠していた気持ちは、きっと支離滅裂な言葉になっているに違いない。自分でも何言っているか分からなくなってしまうほど、言葉に躓いてしまった。
気持ちが悪いくらい、心臓の音が早い。
「あのさ、」
俯けていた顔にふわっとした感触が当たる。それが肩を引き寄せられたんだと分かると、驚いて顔を上げたわたしは目を見開いた。
「悪いけど、あんたと別れる気はこれっぽっちもないから」
事の状況が理解出来ず、咄嗟に体を離そうとしても力が強くて引き離せない。3ヶ月も付き合ってこれだけ密着したのは初めてで、続け様に口を開いた彼に今度こそ言葉を失う。
「…可愛いかったよ。どのあんたも」
「え、ちょっ」
「可愛かったし抱き締めたかったけど、我慢してたんだよね。あんたがぼくのこと初めての彼氏とか言ってたから」
「あ、あの」
「男と探索だかなんだか知らないけど、本当は行って欲しくなかったよ。でもあんたがポケモンの生態調べるの好きなの知ってたし、それは悪いことじゃないからぼくが我慢するべきかって思ってたんだけど…そうだな」
グルーシャさんの手がそっとわたしの顎に触れる。
そうしてマフラーをゆっくり下げた彼と、唇が重なった。
「こんなこと好きな子に言わせるくらいなら、初めから素直になっときゃ良かった」
眉を寄せたグルーシャさんの顔を見て、心臓がぎゅうぅと音を立てる。
バトル時とも違う、普段わたしと話しているときとも違う、初めて見る悲しげなその表情。後悔しているとわたしにでも分かるその顔つきに、胸の奥から形容し難い感情に襲われた。
「ぐ、ぐるーしゃさん」
「サムいでしょこんなの。だから言いたくなかったんだよね。がっついてると思われたくなかったし年上らしくあんたの前ではいたかったんだけど。…ナマエは、ぼくと別れたいの?」
ふるふると首を横に振る。
安堵したように息を吐いた彼はわたしが見たかった笑顔を見せてくれた。それに幸福感が押し寄せてきてときめいてしまっている自分がいる。もう一度キスを落としてきたグルーシャさんはわたしの赤くなった頬を見て悪戯気に目を細めて笑うのだ。
「もっと…もっとして欲しいです」
「は?」
「わたしのこと好きってグルーシャさんが言ってくれたのが始まりなんですから、その…もっとこれからは素直に気持ちを言って欲しいし、キスとか、ぎゅうとか、たくさん、して貰いたい、です」
口から心臓が飛び出そうなくらい緊張しているのをグルーシャさんの服の袖を掴んで誤魔化す。大胆過ぎただろうか。引かれてやしないだろうか。
おそるおそるグルーシャさんの瞳を覗き込むと、その心配は無用だったとすぐに分かった。
だって彼の白い頬が真っ赤に染まって口をぎゅう、と閉じている。
「……僕だって男なんだけど。その言葉絶対忘れないで。後悔しても遅いけど」
−−−−−−−−
「そういえばあんたの用って結局なんだったの?」
「あっ!えっとですね、実は日頃のポケモン研究(図鑑埋め)の努力が実りましてっ。この度わたくし、林間学校行かないかってアカデミーから声を掛けて貰えたんです!」
「は…え?」
「ちょっと海外なので飛行機に乗らなくちゃなんですけど、見たことないポケモンも沢山いるらしいのでもう楽しみで!」
「……」
「ちょっと調べたらりんご園もあるらしいんですよ。お土産りんごじゃここまで持ってくるのにダメになっちゃうかな?何か欲しいものはありますか…ってあれ、グルーシャさん?」
見る見るうちに眉を顰めてわたしをジィっと見つめる彼は明らかに不機嫌であり、今にもぜったいれいどが飛んできそうなほど冷たい眼差しでわたしを睨んでいる。
「あんたさっきポケモンにヤキモチがどうたらこうたら言ってたけどさ、教えてあげるよ。ぼくもあんたのその好奇心旺盛なポケモンに対しての熱意に心底ヤキモチ妬くことがあるよ」
早速素直になった彼に思わず「ひゅ」と息を呑んだ。