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※ 社会人設定


「あなたが好きなのっ!」ってドラマみたいなセリフを叫んでその場に泣き崩れたら、その組んだ腕を振り払って私の元へ駆けつけてくれるのかな。なんて夢にもならない空想は私を更に惨めな気分にさせただけだった。
名字は違えど、私達は血を分けた兄妹。愛し合うことなんて許されない。障害のある恋ほど燃えるっていうけどそれはお互いが好き合っていればこその話で、一方通行なこの恋はたった今から行き場をなくした不毛な思いでしかなくなったのだ。
右を見ても左を見ても吐き気がするほど白一色の小さな箱の中に一筋の真っ赤なバージンロード。その先に一組の男女が幸せそうに寄り添っている。
今日、私の兄は結婚する。
離れ離れになっていたお兄ちゃんと中学の時に再会して、もう十余年の月日が流れた。自分の気持ちに気づいてからは気が遠くなるくらい一日を長く感じたし、今更「お兄ちゃんのお嫁さんになる」なんて冗談を本気で言えるほど幼くもなかった。気持ちを伝えられずに苦しんだこともあったけど、私は兄妹という関係に満足していた。切れることのない家族という名の絆。それを信じ続けることで自分を慰めていたのかも。「それでも幸せだった」なんて言ったら私のことを哀れだと世間は笑うのかな。

「お兄ちゃん」

純白のウエディングドレスに身を包んだ小柄な女性と寄り添うお兄ちゃんは、私の知らない人だった。昨日まで二人で生きてきた唯一無二の兄妹だというのにこの虚無感にも似た嫌悪はなんだろう。好きとか嫌いそんな気持ちを抜きにして、大好きなお兄ちゃんの幸せすら喜べない薄情な自分に腹が立つ。
その時、俯いて涙を堪える私の耳にお兄ちゃんの声が飛び込んで来た。穏やかな声で「春奈」って私を呼ぶ。優しく細められた目のあたたかさはいつもと同じだけど、その表情をさせているのは私じゃない別の人。「たった一人のお兄ちゃんを奪われる」という事実は、胸の奥でふつふつと黒い炎が燃え上がるのを煽る一方だ。それでも私は口許に精一杯の笑みを浮かべ、心にもない「おめでとう」を吐き捨てた。最後の足掻きだったのかも。いつも私を気にかけていてくれたお兄ちゃんだったから、きっと私のちょっとした変化に気づいてくれる。
ねえ、お兄ちゃん。こんなにも愛していたのは私だけだったの? また私を置いて行くの? また私は大切なものを奪われるの?
お兄ちゃん、どうか気づいて。今、私の頬を濡らす涙が本物ではないことに。

「ありがとう、春奈」

さようなら。私はあなたが嫌いです。

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