story | ナノ




突っ立ったままぼんやりと空を見上げる佐久間を見た。何してんだ? こんな寒い中。今日の練習もイマイチ調子出なかったみたいだし、今もどことなく元気がない。俺は心配になって佐久間の元へと足を進めた。夕焼けの茜色を全身に浴びながら空を見上げる佐久間の姿は、まるで女神か何かのようだった。男に使うのはおかしいんだろうけどこの表現がぴったりだ。なんて言ったらアイツ怒るんだろうな。顔を真っ赤にして怒鳴る佐久間の姿を想像してにやける顔を引き締めながら、俺は佐久間に声をかけた。

「おい、佐久間!」

「お、源田。どうした?」

「どうしたはこっちのセリフだ。風邪ひくだろ。まったくお前はいつもいつも……」

俺お得意の(母親じみた)説教が始まろうとしていた時、僅かに佐久間の肩が震えているのに気づいた。「また説教かよ。ヤだねえ、源田ママは」なんていつもの憎まれ口を叩く佐久間の表情は、泣くのを我慢しているように見えて胸が痛くなった。またコイツは人知れず傷ついたんだろうか。涙を殺して笑うんだろうか。誰にも頼らず立ち上がるんだろうか。
気づくと俺は、冷えた佐久間の体を力一杯抱きしめていた。

「なっ、源田!?」

「うるさい黙ってろ」

「……苦しいって」

「苦しくないとお前逃げるだろ」

「逃げねーよ」

「嘘だな。逃げる」

「もう、勝手にしろ」

拗ねたようにそっぽを向いた佐久間の頬は、ちょっと赤くなっていた。照れ隠しなのか嫌そうな態度でいても本人は俺の腕の中にすっぽりと収まっている。泣いた妹……いや弟を慰めるように頭を撫でてやれば、ぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。

「空、見てたんだ」

「なんか見つかったか?」

「ペンギンの形した雲」

「よかったな」

「どこまで流れて行くんだろうな」

「さあな」

「つーか空ってどこまで続いてんだろうな」

「ずっとずっと遠くじゃないのか?」

「ずっとずっと遠くってどこだよ」

「さあな」

「じゃあ、そのずっとずっと遠くの先には何があるんだろう」

そう言ってわけのわからないことを並べた後「みたいなことを考えてたんだ」と笑った。するりと俺の腕から抜け出して空に手を伸ばす。うんと両腕を突き出して、つま先で立って、少しでも空に近づけるように。

「俺はここにいて、雲はあそこにいるだろ? 俺から雲は見えてても雲から俺は見えてないかもしれない。だから手を伸ばしても届かない。……これって悲しくないか?」

「ずいぶん難しいことを考えていたんだな」

「まあな」

ふっと笑ってまた空を見上げる佐久間の視線を追いかけるようにして、俺も空を見上げてみた。茜色の中に点々と白いもやもやが四つ。意識して見ると雲って結構高いとこにあるものなんだな。
佐久間の言う通りだとしたら雲はかなり損してる。必死になってアンタに向かって手を伸ばしてるあんなに可愛い佐久間を見れないなんてな。

「佐久間。あんな遠くにある雲のことはわからないけど、俺はお前のこと見えるぞ。同じ地面に両足をつけて、同じ学校で同じボールを追いかけてる。雲は明日も同じ場所にいないだろ。俺は違うぞ。ずっとゴールの前にいる。ゴールの前で俺が皆を守るんだ」

胸を張ってそう言った俺に「源田、お前一生中学生でいる気か?」と佐久間は笑った。一生中学生か、悪くないかもな。ずっと皆でサッカー出来るなんて最高だ。「あーあ。大人になんかなりたくねーよな」なんて言いながら俺に背を向けた佐久間の表情は、昨日より少しだけ大人っぽく見えた。
ぽつん。とその場に取り残されたような感覚だけが俺の中に残った。

- ナノ -