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せかせか忙しなく動き回る鬼道くんの妹ちゃんを見た。あっちに行っては何かと選手の世話を焼き、こっちに来てはケガの手当てをし、そっちに行けば息つく間もなく洗濯に手を動かす。チームにはアイツを入れて4人のマネージャーがいるはずだがアイツが一番(無駄に)動いてる気がする。
バカみてー。どんなに一生懸命頑張っても褒められるわけでも利益があるわけでもねえじゃん。しかもマネージャー。他人に尽くすことが楽しいとは思えない。俺はボールを追いながらも洗濯に勤しむ妹ちゃんを横目で見ていた。

「不動さん、お疲れ様です。タオルとドリンクどうぞ」

「お、おう……」

練習が休憩時間になった時、笑顔で差し出されたタオルとドリンクを受け取る。でもやっぱり俺の口からは「ありがとう」という言葉が出て来ない。落ち込んでいたら、俺の隣で同じようにタオルとドリンクを受け取った立向居が爽やかに「ありがとう」と言っているのを見てへこんだ。
気は利くと思う。欲しいと思った瞬間にタオルやドリンクを持って来てくれる。無理な練習を強行しようとする選手をたしなめる姿を何度も見た。やっぱそういうとこは兄妹なんだなー似てんだなーって思う。
そんな妹ちゃんの目に俺はどう映ってるんだろう。兄貴に酷いことをした嫌な奴だろうか。当然と言われれば当然だがちょっと悲しい。

「……あんな妹、欲しいなあ」

「ほう。兄として嬉しいことを言ってくれるじゃないか、不動」

俺も一度でいいから「お兄ちゃん」なんて呼ばれてみてー。ちょこちょこ俺の後を着いて回る妹ちゃんを想像してほっこりした気分に浸っていたら、身も凍るような声色と共に俺の毛根が悲鳴を上げた。
痛い痛い痛い痛い! あの、鬼道くん? 鬼道ちゃん? いえ、鬼道様? なんでそんな鬼みたいな形相で俺の髪の毛掴んでんの? すっげー痛いんですけど。髪が頭皮から離脱しようとしてるんですけど。

「安心しろ、不動。一思いに抜いてやるから」

「ちょっと待って。全然安心できないから。むしろ恐怖とランデブー」

「ははは春奈とランデブーだとお!?許さん認めんハゲモヒカン!」

「痛い痛い痛い……! 興奮すんな、落ち着け、抜けるゥゥゥゥゥ!」

「あ、今ぶちっていった」

「もうやだ、何コイツ!」

「お兄ちゃーん、豪炎寺先輩が探してたよ」

絶体絶命、風前の灯状態な俺の髪を助けたのは妹ちゃんの声だった。遠くから穏やかなまるで天使みたいな笑顔を浮かべて駆け寄って来る。おいおいまじかよ。兄貴の方は目の前で般若みたいな顔してんのに妹は天使? やっぱ似てねーわ。
「ああ、すぐ行く」なんて言った裏で俺にしか聞こえない舌打ちを一発。妹ちゃんの前では優しい優しいお兄様で、俺の前では怖い怖い般若。きっちり使い分ける鬼道くんの器用さに最早渇いた笑いしか出て来ない。

「すみません、お兄ちゃんが」

小さくなった鬼道くんの背中を見ながら妹ちゃんはぽつりと呟いた。少し声を小さくして「ホントは、豪炎寺先輩お兄ちゃんこと探してないんです。内緒ですよ」なんて言った妹ちゃんは「何これ、ホントに鬼道くんと兄妹なの?」って問いただしたくなるくらい可愛かった。
今、悪寒が走ったのはなぜだろう。風邪気味なんだと信じたい。
なんとなく二人きりの雰囲気が気まずいような照れ臭くさいような気がして目を逸らせば、視界の片隅で寂しそうに笑った妹ちゃんが映った。「私、仕事に戻りますね」と帰って行く妹ちゃんの背中に一言。

「その、悪ぃな。いつも」

結局俺の口から出たのは、ずっと言いたかった「ありがとう」ではなかった。お礼の言葉一つ言い切れない俺のぶっきらぼうなその言葉に妹ちゃんはにっこりと笑って仕事に戻って行く。
……やべ。俺もしかしたら妹ちゃんのことs「不動、今から個人面談だ」まさかの鬼カムバック!

「あの、鬼道くん? 髪の毛掴んでます痛い」

「春奈を見るな、モヒカン。残り少ない希望を引き抜くぞ」

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